53 それぞれの道
バタバタとした葬儀だったが、帰る頃には雨も上がり、雲間から月明かりが覗いていた。
道々、マスターがマリベルとの出会いを話してくれる。
彼女の母親は数匹の野犬に襲われて、幼かったマリベルを逃がすために自分を囮にして亡くなったのだと。たまたま通りがかった当時冒険者だったマスターが、犬に追いかけられ、泣いているマリベルに声をかけて(さらに泣かれたらしいが)母親を助けに向かったのだが、もう時すでに遅く……
あの時のマリベルの取り乱しようと怒りに合点がいって、ビヒトは深く息を吐いた。
その日のうちに、ビヒトの預かっていた通信具で城への連絡を済ませ、迎えを待って日が過ぎていった。マリベルは身の回りの整理をしたり、セルヴァティオに必要な所作を習ったりしている。
あの場での茶番とはいえ、マリベルには少しここを離れてもらった方がいいと、ラディウス達と一緒にパエニンスラに行く事になっていた。ラディウスが『目を着けた職人』として領主夫人に紹介したいと理由づけをしたので、結構大変そうだ。
セルヴァティオが滞在先が……とか、それなりの見本が……とか唸っていた。
初め涙目だったマリベルも、諦めなのか開き直ったのか、今は落ち着いて見える。
スッキリとしてしまった工房をビヒトはぐるりと見渡した。
「いつもありがとう。マスターも律儀よね」
マリベルは昼ご飯の詰まったカゴを受け取って、何も無くなった作業台にそれを乗せる。
葬儀の日から毎日、昼飯を届けろとマスターからのお達しだった。
「まあ、予定もないしな。俺も食えるし」
レナル氏が本当にあれで手を引いたのか確かめる意味もあるのだろう。借用書を燃やしてしまったし、ラディウスとの繋がりもあるから、もう下手なことは出来ないとビヒトは思うのだが。
「これだと、作業できないな」
「うーん? しばらく帰ってこないと思うし。もし、どこかいいとこ見つけたら、すぐに引越しできるようにしておきたかったし」
「戻ってくるんじゃないのか?」
「わかんないけど、何となく? 戻ってきたら出せばいいだけの話だし」
「そうか」
父親が亡くなって借金の問題も片付いたことで、マリベルの気持ちはより外に向いたらしい。
パエニンスラ行きを前向きに捉えているようで、ビヒトは少しほっとした。
「ラディウスとセルヴァティオには慣れたのか」
「まあね……って、いうか、城の外では今まで通りでいいって、なんなのあれ! あの人跡取りで大丈夫なの? ティオならまだ安心感があるんだけど」
「どうかな。パエニンスラは世襲制って訳でもないらしいから、ラディウスが継がないって言えば、別の人が継ぐんだろう」
とはいえ、葬儀の後の帰り道で彼は「権力って便利だな」なんて口走っていたので、その道もきちんと視野に入っているに違いない。
「彼が継ぐなら、セルヴァティオがきっちりサポートするさ。そのために頑張ってる」
「そこよね。ティオも甘いと思うのよ。もっと自分でやらせないと!」
思わずビヒトは吹き出した。
「ティオの為を思ってやらせてるんだって、あれ、自分がサボりたいからでしょ?」
「まあ、人を動かせるんだから、ある意味上に立つ者の器だと思うが。セルヴァティオの立場が微妙なのは事実だし」
「そう……なの? そういうのも、あるんだ」
「フローラリアで言ってただろう? ラディウスはどう振舞ってどう評価を受けてもなんとかなる。お飾りのリーダーでも側近が優秀なら問題無いし、情勢を見て後を継がない選択も出来る。だが、セルヴァティオは一度評価を落としたら二度とラディウスの横には並べまい」
「あれ、そういう意味だったの……仲良いよね。ほんとに」
ビヒトは頷いた。
「それを解ってるくらいには、ラディウスもちゃんと考えてる。まだまだ、突っ走ることもあるだろうが……あの国はというか、領は懐が広いからな。なんとかなっちまうんだろうな」
「ラッドのお母さん……庶民の出だって聞いたけど……」
「ヴァルムのお姉さんだ。似てないぞ。妹だって言われても信じたくない」
「信じたくないって……」
マリベルはころころと笑った。
「ただ、話をすると姉弟なんだなって解る。努力の人だし、頭もいい。顔はきついけど……あれは家系なのかな? 頑張る人を蔑ろにする人ではないから、多少の失敗など気にしないでいけ」
「ビヒトも来てくれればいいのに……聞いたよ。国では、結構いいとこのお坊ちゃんだったって。隣で作法とか教えてよ」
「……今は一介の冒険者だ。俺はやることがある」
「……うん。だよね。そう言うと思った。……あたしも、あたしのやることを頑張らないと」
◇ ◆ ◇
ホテルの前で、パエニンスラからの迎えにヴァルムがお堅い引継ぎをして、ラディウス達は帰って行った。
馬車に乗るのにセルヴァティオのエスコートを受けてガチガチになったマリベルを、ビヒトは少し笑って見送った。俺の客だからとラディウスがエスコートしようとしていたのだが、いらない憶測を呼ぶからとセルヴァティオが強固に反対したのだ。
現領主の
言いたいことは解るが、もう少し言葉を選ぶべきだったな。
と、思い出し笑いをしているビヒトにヴァルムが伸びをしながら「行くか」と言った。
「心配なら、戻ってもいいぞ。ラディウスはあれでも女の扱いは上手いからな」
にやにやと馬車の行く先を指差すヴァルムにビヒトも笑い返す。
「マリベルの尻に敷かれているラディウスなら、ちょっと見てみたいな」
「あん? それでもいいのかよ。嬢ちゃんが領主夫人かぁ?」
ヴァルムは腕を組んで空を見上げた。
「政務はセルヴァティオがいる。マリベルがラティナ様のように勉強する必要はない。ダンスと、挨拶だけ覚えれば何とかやっていけるだろう。まあ、そんな暮らしをしてもいいとラディウスが思わせられるかは、未知数だがな」
「手っ取り早く城に工房作って贈るくらいはしそうだな」
くっくっとヴァルムは喉の奥で笑う。
どちらにしても、今は二人ともそんな気は無いに違いない。
「セルヴァティオは踊った彼女と上手くいきそうなのか?」
「どうかな。本人同士は意外とうまくやっとるが……旧家の一つだからな。お前さんの言う通りラディウスが領主になって、セルヴァティオが補佐に着くくらいにならねえと、難しいかもなぁ」
「そういえば、学校、どうするって?」
「おぅ。行きたいって言っとったから、迎え呼ぶついでに姉上に頼んでおいた。これでまたラディウスも遊びに来る口実が出来るな。嬢ちゃんが戻って来たとしても、また会えるだろうよ」
そこまで見越して、セルヴァティオは決めたんだろうかと、ふと思う。
純粋に知識を求めているのかもしれないし、さすがにそこまで汲取れるほど、ビヒトはセルヴァティオを知らないのだが。
「すっかり鈍っちまったからな。いくぞいくぞ。まずは、砂漠の手前までだな」
「ちょっと、厳しくないか?」
「あの竜馬なら喜んで駆けるぞ。待ってんじゃねぇか?」
ヴァルムは踵を返して
その後を早足で追いかけて、ビヒトは少し高揚している自分に気付いた。図書館に通う日々も有意義だったけれど、この大きな背中に付いてまだ知らない世界を見るのは、五年前のあの日と変わらずビヒトにとって心躍ることらしい。
「嬢ちゃんもいないし、本気で走らせられるだろう」
「おい。街道はそこまで飛ばせないぞ。この辺りは馬車も多い」
「じゃあ、街道を外れればええ」
「いや。そうだが……畑を突っ切る訳にもいかないじゃないか」
「……ん?」
「は?」
楽しいことと同じくらい、頭の痛いこともあるというのに。
「ちぃっと踏んだって、わかりゃしねえよ」
「わかるぞ?! そういうことしてるから、冒険者はって顔を顰められるんだ!」
「うーるせぇなぁ」
「田園地帯を抜けるまでは、駄目だからな!」
ヴァルムは聞きたくないというように両手で耳を塞いだ。
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