18 父と子
「ヴァルムとは、何処で知り合ったのか聞いても? 失礼だが、ラディウスとそう違わないだろう?」
探られる、というよりは好奇心の方が勝った瞳で領主は問う。
「二十歳です。初めて会ったのは成人を目前にした十四の時でした。父との折り合いとか、成績の事とかで悩んでいた時期で、学校をサボっていたんです」
「ビヒトの出身はアレイア大公国だ」
ヴァルムの一言で、領主と領主夫人が同じように頷いた。
「あの時か。ああ、なるほど。躊躇いなく連れて来られるわけだ」
それだけで事情を察した大人とは違い、少年達はきょとんと自分の親とビヒトを見比べていた。
「アレイアって、魔法の国だよな?」
「魔術のさきがけの国だ。今でもあそこの魔術学校を卒業した生徒の質は高い。西の帝都、東のアレイアだな」
ざっくりとした感覚のラディウスと、しっかりと知識のあるセルヴァティオ。二人はいい関係のようだ。
「え? じゃあ、学校って、魔術学校?」
「ああ。落ちこぼれだがな」
「えぇ〜。魔法、見せてもらえないのか?」
「ラディウス」
窘める母親の声も無視して、ラディウスは何かないのかとビヒトの袖を引いた。
「残念ながら、俺は魔法を発動できないんでな……だが……」
ビヒトはコップに水をもらって、目の前のカップを退けると、指に水をつけてクロスの上に小さな魔法陣を描き始めた。するすると描き上がっていく陣に少年達は目を丸くする。
描き上がった陣が乾かないうちにビヒトはそれに魔力を籠めた。ぽっと水色に光った陣から二つの小さな水柱が立ち上がって、ビヒトの両側から覗き込んでいた少年達の顔へと飛んで行く。
「わっ」
「うわっ」
「このくらいなら、できる」
にやりと笑ったビヒトを見た二人は、濡れた顔をお互い見合わせ、笑い出した。
「え? なんだ? 今のは魔法じゃないのか?」
「陣を使うと一度魔力を籠めなければ使えない。石でも発動できる分、自由度は低くなるな」
「その陣は一つ一つ覚えるんですか?」
「基本を覚えて、後は自分で改良したり手を加えていく。ヴァルムも売っている陣の一部を削って書き換えて使ったりしてるのを見たぞ」
セルヴァティオは驚いた顔をして、自分の父親を見やった。
ヴァルムは目を逸らしながら頬を掻いたりしている。
「他人の陣を書き換えるのは意外に難しい。辻褄が合わなくなると発動しなくなったり思わぬ挙動をするから、変えていいところと残すところを見極めなきゃいけないからな」
「父上は、魔法陣を描けるのですか」
息子の質問に、ヴァルムは何故かひどく狼狽えた。
「ん? んむ。まあ、必要なら、描くな」
「では、私にも教えてください」
「無理だ。教えるのはできん」
「何故ですか。次に旅立つまででも構いませんから……」
「出来んと言ったら、出来ん!」
「……どうしてっ!」
緊張の増していく会話を隣で聞いていて、ああ、とビヒトは問題の根底を見た気がした。
「ヴァルムは感覚で覚えているから、教えるのは苦手なんだ。自分なりの理解は持っているけど、それが他の人と同じではないことがあって伝わらなかったりするから」
はっと、セルヴァティオがビヒトの方を向いた。何か思い当たることがあったのかもしれない。
「基本の陣は書物でも覚えられる。そこから応用した時、ヴァルムに見てもらえばいい。間違ってるところ、直せばいいところは教えてくれるはずだ。ただ、それが全部正解というわけでもない。動くようにはなっているけど、より強力だったり魔力を節約できたり、シンプルだったりするものは他の書き方があるかもしれない。それは、やっていくうちにだんだん身に着くものだから」
じっと聞いていた彼は、一呼吸置くともう一度自分の父親を見据えた。
「描いた陣の添削はしてくれますか」
「そんくらいなら……」
ヴァルムがちらちらとビヒトを見ながら頷くと、セルヴァティオもほっと肩の力を抜いた。
「セルヴァティオは何か身体を動かすのはしてないのか?」
ついでにとビヒトが聞くと、何故かラディウスから答えが返ってきた。
「ティオは弓が得意なんだ。止まってるのも、動くものもだいたい一発で射止めちまう!」
「へぇ。凄いじゃないか」
照れて少し下を向くセルヴァティオに素直な賛辞を述べると、今度はヴァルムが自分の息子を驚きの顔で見つめていた。
「目の前で向き合うのは怖くて。でも、力には、なりたいから」
「んなら、今度狩りに行こう」
「え?」
ヴァルムの誘いに困惑気味にセルヴァティオは顔を上げる。
「父上は弓も出来るのですか?」
「そう、上手くはないが必要な場面もあるからな。投げナイフとかもやるのか? もしかして、毒も勉強しとるか? 森の中で手に入る物なら、教えてやれる」
ぱっとセルヴァティオの顔が輝いた。
「はい。ぜひ!」
小さいうちに固まったイメージがお互いの視野を狭くしていたのかもしれない。ヴァルムが教えられることはもっとあるはずだとビヒトは思う。それには、二人の間に通訳が必要かもしれないけれど……
「おっいいな。俺は弓はてんで駄目だけど、一緒に連れてけよ!」
「ヴァルム。調子に乗ってあまり奥まで連れて行かないように。わかってますね」
「お、おう。気を付ける……」
「母上! 俺も行くから大丈夫だ!」
「あなたが一番信用なりません」
ちぇっ、と舌を打つラディウスを見て、ビヒトはまあ大丈夫かと口の端を緩めるのだった。
◇ ◆ ◇
少年達とビヒトは年も近いこともあって、すぐに砕けて話せるようになった。もちろん、領主の子ラディウスがそれを許しているからであって、本来ならばもう少しかしこまらなければいけないところだ。
セルヴァティオもその辺り少し悩んでいるようだった。
兄弟のようにして育ったから、今更他人行儀になるのも気が引ける。けれど、成人を迎えてしまったら、周りの目は厳しくなる。本人はいいと言ってくれるのだが、公私の切り替えが難しい、と。
謁見の間を出て廊下を歩きながら話していて、ヴァルムの息子らしからぬ繊細さに、環境がそうさせるのか、奥さんの方の遺伝なのかとビヒトは少し場違いなことを考えてしまった。
二人ともまだきっちりとした職には就いていない。だから余計曖昧なのだろう。
「だから、いっそうちの子になればいいんだって。そんで、ティオがパエニンスラを継げばいい」
「ラディウスは領主になりたくないのか?」
「なりたくない訳じゃないけど、別のものにも興味があるから、それじゃなきゃ駄目だってことは無いな」
「俺もいつも言ってるだろ? ラディウスのサポートは俺がするって。主役の柄じゃないんだよ」
「そんなことないのにな。ビヒトは? 冒険者を極めるのか?」
極める? と、少し首を傾げながら考える。
「どうかな……手っ取り早く自立できて、あちこち行けるから冒険者をやってるが……一生かと言われれば違う気がするな」
「そうなのか!? 素手でヴァルムを転がせるのに?!」
前庭での攻防を見ていなかったセルヴァティオと、後ろを歩いていた領主がぎょっとした顔をした。
「あれは、不意をつけたから。まともにやり合うならまだ無理だ」
「まだ! 諦めてないとこがすげぇ!」
「そういえば、騎士団の方にも時間があれば顔を出すよう言われてたな。ちゃんと訓練された人間とはあまりやったことがないから、教えてほしいことが……」
会話の途中で後ろからすいと腕を取られた。
ビヒトが少年達から数歩後退して振り返ると、領主夫人が腕をしっかり掴んでいて、にっこりと笑って横の扉を指差していた。
「あっ。ラティナ」
少々慌てた声で領主が止めに入るのを、彼女は優雅に片手で制した。
「後で話すと言いましたでしょう? どうぞ、許可をくださいませ。誰にも邪魔されずに、存分に話しとうございます」
少女のように小柄なのに、その手も言葉も有無を言わせぬ力がこもっていて、思わず誰もが足を止めてしまう。
領主が溜息と共に手を振ったので、彼女はにっこりと笑って、ビヒトの返事など聞かずに、彼をその一室に連れ込んだのだった。
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