16 襲撃

「戻るつもりがなかったのに、何故?」

「ん? いいじゃねぇか。パエニンスラまで行けば、帝国はすぐそこだ」

「パエニンスラで何をするつもりだ?」

「城にはわしの集めたガラクタがあるからな。色々試せると思って」

「ガラクタ……? いや、待て。城? 領主の城に俺を連れていくつもりか!?」


 ヴァルムは肩を竦める。


「だから、おめえさんなら大丈夫だろう? そういう場所での振る舞いは習っとるだろうがよ」

「子供の作法とは違うだろう?!」

「大して変わらん。それに、冒険者がそんなにできると誰も思わん。言ったじゃねぇか。パエニンスラはちっと変わっとる。それなりに出来れば咎める領主じゃねぇ」


 もう、ヴァルムの言葉をどこまで信用していいのか、ビヒトは判らなくなっていた。


「今までも、誰か連れて行ったことがあるのか?」

「さすがにねぇよ。そこまで馬鹿じゃねぇ。連れていけそうな奴らは大抵忙しくしてるからな」


 口を尖らせて、拗ねたような顔をする。

 それでもビヒトはもう作法なんてものから五年も離れているのだ。不安しかなかった。


「魔法のことといい、ちょっと買い被り過ぎだ……その、そう思ってくれることは、嬉しいんだが」

「お。そうよ。それも、気になったのよ。一度出来たことだ。出来ねえなんてこたぁねぇはずなんだが……離れたのが裏目に出たのか? どのみち、今は確認のしようがねぇな……作法が不安なら、着くまでにわしが必要なとこだけ教えてもいい。わしも思い出さねばならんからな」


 ヴァルムの独り言のような部分に首を傾げながらも、領主の前に出ろと言われている訳ではなかったので、ヴァルムが教えてくれるならと、ビヒトは彼について行くことにした。大公の城にも父に届け物をしに行ったことがある。そんな感じで済むだろうと……済めばいいなと小さく溜息をつく。

 ヴァルムと行動を共にすることは素直に楽しみだった。あの日、彼が魅力的に感じた思いそのままに。

 だから、多少の不安は飲み込むことにしたのだ。



 ◇ ◆ ◇



 次の日には二人は竜馬を借りてコルリスを後にした。朝早く出て、暗くなる前には宿をとる。そんな移動ばかりの日を五日ほど過ごすと、首都パエニンスラまではもう目の前だった。

 途中の宿で作法をさらっていると、いつの間にかヴァルムではなくビヒトが教える役に回っている。それを見越していたのか、あるいは全くの偶然なのか、ビヒトには判断がつかなかったが。

 忘れていると思っていた記憶は、ほんの些細なきっかけで浮上してくる。ヴァルムのやたら誤魔化しの上手いやり方は、細かいことまでハンナに注意を受けていたビヒトの記憶を刺激したようだった。


「ほら、ビヒトの方がよく解ってるじゃねぇか」


 何故か得意気にそう言うヴァルムに何度突っ込みを入れたことか。

 首都に入る前日の宿でビヒトが緊張しながら最終確認した時も、ヴァルムは笑って「堂々としているのが一番の作法だ」と言った。


「城は広い。普通は領主とすれ違うこともない」


 と。




 パエニンスラの城は堀に囲まれた、四隅に見張り塔の立つ、四角い堅牢な城だった。街の中央にあるにしては少し飾り気が足りないのではと思われるその姿は、ヴァルムの実家とみれば納得のいく外観だった。

 堀に架かる橋を越えて正門の前まで来ると、ヴァルムの姿を認めた門番二人が槍の穂先を合わせて入城を阻んだ。

 厳しい顔をした二人がヴァルムの数歩後ろを歩いていたビヒトを見つけると、困惑の表情を浮かべて顔を見合わせる。


「ビヒト、お前は黙って見とれよ? 間違っても武器を手にするな」

「は?」


 何の話だと聞く前に、ヴァルムは腰に佩いていた剣を抜き、構える。門番二人も表情を引き締めて視線と穂先をヴァルムに向けた。


「ヴァルム?!」


 ビヒトの声と同時に、門番の一人が素早く咥えた笛を吹いた。もう一人は何か筒のような道具を作動させる。紫の煙が立ち上り、上空で細かな光が複数ちかちかと瞬いた。救援要請にしても危険を知らせるにしても少し変わった色合いと光だった。

 そんなことに気をとられているうちに、金属のぶつかり合う音が辺りに響く。

 城壁には弓を持った兵士も顔を覗かせ、その人数は刻一刻と増えていた。


 正直、ビヒトはどうしていいのか判らなかった。

 武器を取るなというのは解る。客として来たのだから、敵認定されるなということなんだろう。だが、連れてきた本人がその武器を持って城に攻め込んでいるのに、自分だけが客扱いされて中に案内されることはないはずだ。

 獲物の長さでは圧倒的に不利なはずの剣で、穂先を弾き、柄を巻き取り、もう一方の槍は脇に抱え込んで力任せに相手ごと振り回す。

 鼻歌でも歌い出しそうな顔をしながら、ヴァルムはさっさと門の中へと消えた。


 ビヒトが後を追うべきか迷っているうちに、城壁の上から矢が降ってくる。

 そうだよな、と下がりながら避けて、剣に手がかかっているのを意識的に外した。

 いくつか矢を避けたところで、上が騒がしくなった。ひょいと凸凹した鋸壁の間からヴァルムが顔を出すと、ビヒトを見てにっと笑う。


「ビヒト!」


 名を呼ばれた直後に、ほいと軽く投げ出されたのは小柄な兵士だった。


「う、ああああああああ!」


 叫び声に慌てて駆け寄り、なんとか受け止める。

 真っ青な顔をしたまだ若い兵士は、ビヒトと目が合うと、ぱくぱくと口を開け閉めした。軽く頷いて大丈夫だと示し、腰が抜けてるんだろう彼を地面へ下ろす。


「ヴァルム!」


 声をかけても、もうその姿は無く、壁の向こう側で騒ぎが移動している気配がしていた。

 ヴァルムが何をしたいのかさっぱり解らない。と、いうかヴァルムは領主の義弟だと認識されていないのだろうか。自領の騎士団に攻撃されるなんて。あの話は実は真っ赤な嘘だったと、そういうことなんだろうか。

 舌を打って、ビヒトは門へ向かった。

 ようやく立ち上がりかけた門番たちを避けようとして、腕を掴まれる。


「あっ。お待ちください!」


 反射的に腕を捻って、逆に門番の腕を取り、勢いのまま回転させて彼を地面に引き倒す。

 はっとしたが、もう遅い。武器は使ってないとビヒトは自分に言い訳した。


「すまん! ヴァルムを止めないと……」

「え? 止め……?」


 困惑声を背中に、ビヒトは走り出していた。どこ、と迷うことはない。騒がしい所にいる。

 主館までの前庭にはそこかしこに座り込んだり、倒れている兵士がいた。点々と続く彼等の先に人だかりというか、人垣が出来ている。

 魔力が動く気配もするので、魔術師もいるのだろう。


「ヴァルム!」


 ビヒトの声に、囲いの外側の兵士が一斉に彼を向いた。警戒も露わに構えられた武器は、次の瞬間、緊張を解く。ビヒトを追いかけてきた門番が後ろで大きく身振りで伝えたからだったが、ビヒトは気付いていなかった。

 不思議に思いつつも、開けられる道にそのまま走り込むと、ヴァルムが一際立派なマントをつけた剣士を打ち倒し、自らの剣を突きつけているところだった。


「ヴァルム、やめろ!」


 肩を掴もうと伸ばした腕を取られ、ビヒトはそのまま空に投げられる。


「あっ」


 と間抜けな声が聞こえたから、反射的な行動だったに違いない。ビヒトには予想できた動きだったので、そのまま身体を捻って着地し、即間合いを詰める。馬鹿力で剣を振る隙を与えないように。

 相手がビヒトだとわかって、ヴァルムに一瞬迷いが生じたのも良かった。

 剣を持つ手の脇を滑り込むように後ろに回り、同時に剣を持つ腕を下から押し上げるようにして脇を固める。同じ手で顎の下から手のひらを突き上げ、上から左手で顔面を鷲掴みにすると、そのまま身体ごと後ろに引いた。

 巨体がバランスを失い、倒れ込む。

 もちろん、ヴァルムは受け身を取って回転するとすぐに立ち上がったが、周りからはどよめきが上がった。


 構え直すヴァルムに対しながら、ビヒトはさすがに武器が無いのは分が悪いと眉間に皺を寄せる。

 ヴァルムが楽しそうに瞳をぎらつかせて重心を落とした、瞬間。二人の間に槍が落ちてきた。先が三又になったそれは、少し斜めに地面に突き立った。


「そこまで」


 りん、と響いた女性の声に、ビヒトは頭上を仰ぐ。

 二階のバルコニーに立っていたのは、白に近いプラチナブロンドを結い上げ、目尻の少し上がったきつい目元の小柄な美人だった。簡易の胸当てを着けて白の手袋を嵌めているので、槍を投げたのは彼女だろう。

 周囲がかかとを慣らして敬礼するのと、ヴァルムの息つく音が聞こえた。


「ビヒト、黙って見とれと言ったじゃねぇか」


 にやにやとそう言うヴァルムは、ビヒトが黙っているなどと、これっぽっちも思っていなかったようだった。




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