15 通り魔の正体

「覚えてないか? ヴェルデビヒト。五年前に少しだけ世話になった」


 左耳をヴァルムに見えるように少し角度をつけて突き出し、赤い石をトントンと軽く叩いてやる。


「ビヒト、は覚えてる。が、こんなにデカくはなかった」


 ヴァルムから見れば、ビヒトはまだ頭ひとつ分小さいのだが、五年前は確かに平均よりも小柄な子供だった。背が伸びすぎていてイメージが一致しないのか、ヴァルムはビヒトの顎をとって右へ左へと傾けながら観察し始めた。


「面影はあるし……そんくらいの焔石もくれてやった」

「もう背負うなんて言わないでくれよ」

「ん? それは時と場合によるなぁ」


 にやりと笑って、ビヒトの顎から手を離すと、ヴァルムは先程蹴り飛ばした男の方に視線を向けた。


「なんでいきなり襲ってきた?」

「……あん?」


 ヴァルムはちらりとだけビヒトに視線を戻して、すぐにわざとらしく天を仰いだ。


「いや。ほら。うん。二対一だし。助けようかなーとかな」

「どの口が。俺にも攻撃して来ただろ」

「おぅ。防がれて驚いたわ。強くなったな」


 それには嬉しそうににこにこと笑って、彼はビヒトの肩を叩こうとした。その手を掴む。


「誤魔化されないからな。何でこんなことしてる」


 笑顔のまま泳ぐ瞳と、いかにも闇にまぎれます、というような黒づくめの格好にビヒトは嫌な予感がしていた。


「いやな……ほら、おめえさん、あちこちで伝言残しただろう? 赤い石の耳飾りを着けたビヒトという青年がわしに会いたがってるって」


 おずおずと話し出すヴァルムに頷いて、先を促す。


「わしは二年ほどちょいと奥地にいてな、その話を又聞きしたときにはもう赤い石の耳飾りの男は腐るほどいたのよ。面倒なことにわしに会いたかった、という者と、わしのと似せておけばいい思いができると思った者がいるらしくてな。『ビヒト』の名を追いかけても、ちぃともおめえさんに行き当たらない。だんだん面倒になってきて……」

「なってきて?」


 口籠るヴァルムに、ビヒトは先を言うように視線で脅す。


「……どうせ人の名を勝手に騙るような輩が多いのだから、ちぃと懲らしめることになっても構わないだろうと。ビヒトが冒険者でやっているのなら、不意打ちにも反応するはずだからと……」

「それで赤い石のついた耳飾りの男を片っ端から?」

「一応、ビヒトの名を名乗ってるやつを優先的に狙ってはいたぞ」


 額に手を当てて、深く息を吐くビヒトに、ヴァルムは少し慌てて付け足した。


「でもな、おめえさん、ちゃんと反応しただろ? 他のやつらだって、精々コブが出来るくらいにしか力は入れておらん」

「ヴァルム」

「だいぶ騙りは少なくなったと思うぞ? ほれ、こうして会えたことだし、もうやらなくてもいいな!」


 雑すぎる。

 も不意打ちで意識を失くしていたら、永遠に会えなかったところじゃないか。

 それは信頼なのか?

 そう、呆れつつ、ビヒトは倒れているを指差す。


「で。こんな所にいるのは……そいつを?」

「そうだ。そいつにも目を着けとってな。ただ、そいつも赤い石を着けとる輩に喧嘩を売るから、しばらく泳がせとったのよ。そこそこやりおるから……といっても魔術師と組んでようやっとだが、最初のうちは放っておこうかとも思ったんだが……だんだん記念品を集めるようになったからな。互角くらいにやりあってれば他には気が回らねぇだろうから、いい機会だと――」

「なるほど。それで俺にも気付かず」


 ぐぐっと呻いてから、ヴァルムは口を尖らせた。


「こんなにデカくなってるとは思わなんだ。それに、一度もじゃねーか。おめえさんなら、もっと魔術も練り込んでいると思っとったから」


 ビヒトは苦笑しながら小さく首を振る。

 ずいぶん高く買ってくれていたんだと、嬉しくはあったが、現実は残酷だ。


「斬れたのは、あの時だけだ。弾けるようにはなったが、その先まで進めない」


 不思議そうな顔をしたヴァルムに、ビヒトは一旦、転がってるやつらをどうにかしようと提案する。目を覚ましたらまた厄介な気がした。

 ヴァルムは派手な男の装飾品を容赦なくはぎ取って手足を縛り、魔術師と共に街道沿いに放置する。ビヒトが全部取ることはないと言ったのだが、これまでの所業を思えばこれでいい、と言われてしまった。

 外した装飾品は街でさっさと金に換えてしまう。買い戻したければできるだろうともヴァルムは言った。


 作業しながら、歩きながら、ビヒトはヴァルムにぼちぼちとこれまでのことを話して聞かせた。

 そのまま害獣駆除を手伝ってもらうことにして、夜通し番をした成果は良く肥えた猪五頭だった。

 次の日に死体を積んで依頼主に差し出すと、二頭分は食料にするが、あとは売るなりしていいと言われたので、報酬に少し色がついた。

 早めに宿を取って、厨房に一頭分預けて夜に振舞ってもらうことにする。ヴァルムはご機嫌で朝からエールを傾けていた。



 ◇ ◆ ◇



 仮眠をとったりして宿に引きこもっていたので、ビヒトと名乗った彼等とも顔を合わせずに済んでいた。

 話をしたいからと二人部屋にして、それぞれ武器の手入れをしていると、ヴァルムがちらちらとビヒトを窺っている。

 こういう時はうるさいくらいの気配がするのに、森の中では一切の気配を断てるというのがビヒトには不思議でならなかった。少し笑って、視線を合わせずに声をかける。


「何だ?」

「……あー、さっき、話してたヤツな。ほれ、魔法を付与するって……み、見せちゃあもらえんかと……」


 手を止め、ちゃんと顔を上げてヴァルムを見ると、ビヒトは少し難しい顔をした。


「見せるのは、構わないんだが、言っただろ? 壊れちまう」


 さっと、自分の手にしていた小型のナイフをビヒトの前に差し出すと、ヴァルムは子供のようにキラキラとした瞳でビヒトを見つめた。


「……いいのか?」


 ぶんぶんと大袈裟なくらい縦に振られた首に、ビヒトは笑ってそのナイフを手にした。

 荷物から大きめの干し肉を出すと、手の中でナイフの握りを確かめてから、魔力を籠めていく。すぐにその刃が燃えだしたかのように炎を纏った。

 干し肉にナイフを入れると焦げ臭い臭いが充満して、切り口が黒くなる。

 そこまでしたところでナイフがピシリと音を立て、炎が消えたかと思うと、刃先からさらさらと砂のように崩れて床に零れ落ちていった。


 ヴァルムは目を剥き出さんばかりにして一連の様子を見守っていたが、刃がすっかり無くなってしまうと床に膝をついて、その破片をひとつまみ摘まみ上げて確認する。残った握りの部分にも興味深そうな視線を投げたので、ビヒトはそれを差し出した。


「材質や大きさによってはここまで砂状になったりしないが、だいたいは粉々だな。付与できる時間も長くないし、実戦ではあまり使えない。武器が使い捨てになるしな」

「金属以外は全くダメなのか?」

「全くということもないんだが、魔力の伝わり方に無駄が出るようで、ほとんど発動しない。燭台についたろうそくには火は点せた」


 握りを裏に表にして眺めると、ヴァルムは口の中で「ふぅむ」と呟いた。


「ビヒト、帝国へ行くと言ったか」

「ああ」

「急ぐか?」

「いや。それほど。あちこち見たいとは思っているから」


 握りを反対の手のひらにとんとんと打ちつけながら、ほんの一拍だけヴァルムは悩む顔をした。それもすぐに表情から消すと、にっと笑う。


「では、わしとパエニンスラに行こう。戻るつもりは無かったが、お前さんとなら、帰ってもいい」


 思ってもいなかった提案に、けれどどこか怪しいものを感じて、暫しビヒトは黙り込んだ。




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