最終話 可愛いスタッフと執筆

 月曜日になり、俺の体調はイマイチ。でも、がんばって出勤した。自転車で。

 事業所に到着したころにはだいぶ疲れていた。正直、帰りたい。帰って寝たい。


 うちやま

 しね

 だまれ


 幻聴も聞こえてきた。そのせいか、嫌な気分になった。

 

 朝礼に間に合うようにきたけれど、無理が裏目にでたかな。ちなみに朝礼は八時五十分。

 ほかのメンバーは元気にしゃべっている。うらやましい、俺もああいうふうに楽しくやっていきたい。でも、それができないから歯がゆい。


 そんな自分に腹が立つ。あせってはいけないのも頭ではわかっている。でも、気持ちは、というと早くよくなりたい、という思いが先走り、二日分の薬を飲んでしまうことがたまにある。


 でも、そんなことをしても、内臓に負担がかかるだけで、良くはならない。逆効果。そういう行為は主治医は知らない。言ってないから、怒られるのも嫌だし。


 だから、こんな気持ちでは楽しみたくても楽しめない。楽しいと感じられない。でも、父とはたまに口喧嘩をする。父は気性の荒い人で、その血を受け継いだからか俺も短気。さすがに手はおたがい出さないが、おおきな声をあげて怒鳴る。でも、人生経験豊富な父には負ける。逆に、楽しくしゃべるときもある。俺はあまり笑わないけれど、稀に大笑いする。


 朝礼のまえに女性スタッフが俺のところに来た。

「内田さん、久しぶりだね。調子はどうですか?」

 俺は緊張してきた。しかも、俺が気に入っている若いスタッフ。

「あんまりよくないです……」

 彼女は、元川純もとかわじゅんという。

「そっかぁ、ちょっと相談室でお話しましょう」

 俺は頷いただけだった。

 元川さんはスタスタと歩いて相談室のドアを開けてくれた。

「どうぞ」

「失礼します」

 相変わらず綺麗なスタッフだなぁと思いながら入った。

「奥に座って下さい」

 俺は促されるまま動いた。

 元川さんは、クリップボードにコピー用紙を数枚と、ボールペンを持ってきた。俺が言ったことをメモるためだろう。

「現在は、パソコンとホテル清掃が仕事になっていますね。九時から十五時までの勤務になっています。変更したいところはありますか?」

 俺は彼女の話に集中できない、話してくれていることも上の空。異変に気付いたのだろう、元川さんは、

「どうしました? 大丈夫?」

 言った。

「なんか、具合い悪いです」

 俺がそう伝えると、

「あら……それじゃあ、仕事できそうにないね」

 俯いて言った。

「すみません」

「いや、謝らないで。悪いのは内山君じゃなく、病気だから」

「ありがとうございます」

 俺は深々と礼をした。

「いえいえ、そんなに改まらなくていいよ」

 言いながら、元川さんは笑っている。健常者っていうのは、ここまで軽い考え方なのか、と思った。俺は結構深く考えるし、しかもネガティブな方に。良くないよくない、と思いつつそう考えてしまう。

 腹立つことがある。それは幻聴が聞こえるのが主な俺の症状だけれど、主治医は、

「これ以上、薬を増やしても治まるとは考えられない。上手く付き合っていくしかない」

 言われた。

困っているから相談しにきたのに、そういう言い方はないだろう、と思った。でも、反論はしなかった。医者にたてついてもいいことはないだろう。そのことも元川さんに話した。

「そうなんだ、それは大変だね」

 でも、彼女もありきたりのことしか言わない。素人だから仕方ないが。医者でもどうすることもできないのだから。


 俺は元川さんに質問した。

「訊いていいですか?」

「はい、答えられることであれば」

「仕事をする上で、我慢って必要ですか?」

 途端に彼女の表情が険しくなった。

「難しい質問ね」

「そうですね」

「あたしが思うに、我慢の程度によると思うよ。具合いが悪いのに我慢してて、良くなればいいけど、逆に悪化したらまずいじゃない。だから、そこの匙加減は自分の判断によるかもね。あなたの話を聞いてスタッフが判断する場合もあるけれど」

「そうですか、わかりました。今日はどうしたらいいですかね?」

「午前中だけでも仕事できそうならその分の工賃はでるよ」

 俺は考えた、どうしよう。元川さんのアドバイスを参考にした結果、

「今日は無理せず帰ろうと思います」

 彼女から笑みが消えた。

「そう、わかったわ。お疲れ様。一ついいかな?」

「次、いつこれる?」

「それは、体調次第ですからわかりませんね」

「でも、来れるか来れないかは体調次第だとしても、一応、予定だけ組んでおこう」

「わかりました」

 元川さんは一旦、相談室を出て紙を持ってすぐに戻って来た。

 何の紙だろうと思って見ていると、シフト表だ。

今は八月の上旬。最低でも、九回休みを取らなければならない。

「いつ病院?」

「毎週月曜日です」

「そうなんだ。じゃあ、第二月曜日から毎週休みにしておくね。あとは、何曜日がいい?」

「うーん、適当でいいんですけど、金曜日で」

「わかったわ。残りの一日は水曜日にしておく?」

「はい」

「一応、このシフトにしておくから、来れなかったら連絡くれる?」

 俺は、半ば強引だなと思った。なので、

「元川さん、強引ですねえ」

 そう言うと彼女は笑いながら、

「そう?」

 と言ったので、俺は頷いた。

「ごめんね、あたしは内山君の経済面を考えて言ったの」

 は? 経済面? そんなこといつ考えてくれって言ったよ!

 俺は腹がたった。俺が睨むと、元川さんは見つめてきた。クソッ! 可愛い顔しやがって! なので、怒るに怒れなかった。彼女は、

「もしかして怒ってる?」

「いえ、怒っていません」

 俺は、嘘をついた。

「すごい目付きだったから」

 俺は黙っていた。

「じゃあ、帰ったらゆっくり休んでね」

「はい、わかりました」

 そう言って事業所をあとにした。


 とりあえず、帰って寝よう。そのあと、気が向いたら小説を書こう。気分が悪いのを我慢して俺は自宅に帰ってきた。すぐに布団に入って目を閉じた。眠りが浅いからか俺は夢をみた。内容は、人生に絶望した俺が飛び降り自殺する、というもの。それから目覚めた。何でこんな夢をみたんだ。でも、希死念慮がある俺には怖くはなかった。むしろ、夢のような行為をしたい。でも、しないけれど。しちゃいけないことだ。俺がこの世からいなくなって一体、誰が悲しむだろう。思いつくのは一人、父だけだった。でも、それすら怪しい。もしかしたら、誰も悲しまないかもしれない。そう考えたら寂しくなった。それもそうだろう、友達と呼べるのは貝沢梨絵しかいないし、彼女とは仲がいいから梨絵しか泣いてくれないかもしれない。俺の人生って一体……。


 目覚めても気分は晴れない。やはり、病気がよくなっていないのか。この苦しみはいつまで続くのだろう。もし、死ぬまで続くとしたら、今すぐ楽になりたい。こんな世の中とはとっととおさらばしたい。


 小説を書く意欲も湧かず、俺は布団の上でゴロゴロしていた。その時だ、スマホが唸りを上げた。誰だ? と思い、横になったままスマホを持ち画面を見ると、貝沢梨絵、と表示されていた。梨絵からだ! と嬉しくなった。

「もしもし、梨絵!」

『久しぶり。元気してた?』

 彼女のハスキーボイスが耳に心地いい。

「いや、元気じゃない。でも梨絵から連絡もらえて嬉しい」

『そうなんだ、よかった』

「どうしたの?」

『小説書いたの?』

「いや、あまり書けてない」

『そっかぁ』

「残念そうだね」

『うん。残念。あたし密かに修治の作品好きなんだから』

 嬉しいことを言ってくれる。

「じゃあ、今から頑張って書くよ」

『でも、具合い悪いんでしょ? 無理しなくていいよ』

「ありがとう。早く病気を治してまた書くよ。読んでくれるのは梨絵しかいないから」

『そうなんだ』

「うん」

 

 通話が終わったあと俺はまた眠りについた。また夢をみた。大作家になって、書店で本にサインしているシーン。


 起きてから、実際に夢のようになれればいいのにな、と思った。でも、可能性はなくはない。まずは、病気を寛かいまで良くして、それから本腰を入れて書こうと思う。絶対デビューしてみせる。俺は強い信念をもった。

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目標までの道のり 遠藤良二 @endoryoji

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