第15話 プロポーズと外食
父と晴美さん、それと俺の三人で食べた焼肉はとても旨かった。ジンギスカン・カルビ・やきとり・すなぎも、それと野菜。白菜・たまねぎ・しいたけ・もやし、だったかな。
晴美さんの苗字は、鈴木というらしい。どうやら父と同い年で五十四歳。
父は、
「将来、母親になるかもしれんぞ」
そう言うと晴美さんは、
「えっ! それってもしかして、あ、でも……」
何やら躊躇っている様子。それもそうだろう。きっと、遠回しのプロポーズだったんだから。
それにしても、父も隅に置けないな。ちゃっかりしてる。
「太志には子どもがいるし」
「いいじゃないか、いたって。それとも修治が気に食わないか?」
相変わらず強気な父。
「いや、そうじゃなくて、私とは血の繋がりがないじゃない。そのことを言ってるの」
父の表情が険しくなった。怒っているのだろうか。
「おれはそれを承知の上で言ったんだ」
「そう。でも、ごめんなさい……」
三人に沈黙が訪れた。
「チッ! おれに恥をかかせやがって……」
晴美さんは気まずそうに黙っていた。
「父さん、仕方ないよ。俺がいるからいけないんだ」
父は目を剥き、
「お前はおれの大事な息子だ! いけないわけないだろう」
と言い、晴美さんも、
「そうよ、修治君はかけがえのない存在なんだから」
「フッ」
と俺は笑った。父と晴美さんは俺を見ている。
「何が可笑しい」
父が言う。俺は、
「かけがえのない存在、ていう言葉が可笑しかった。もし、そうならもっと親らしくしてくれいてたはずだ」
そう言ってやった。
「修治、お前ずいぶん生意気なこと言うんだな。そんなことを思っていたのか」
俺は何も言わなかった。事実だから。
「けれど、お前が小説を書くのは応援しているぞ。やめろなんて言ったことないだろ。もし、デビューしたら凄いからな」
「それはそうだけど」
「じゃあ、どこが親らしくないって言うんだ。まあ、お前も大人だから何かおれに対して思うことがあるのは当たり前だがな」
晴美さんは父のプロポーズを断って、そそくさと帰って行った。父はゆっくりしていけ、と引き留めたが無駄だった。父も俺もぎこちなくなってしまった。
しかたないな、というような父の顔付きを見ていると、何だか可哀想になってきた。職場も一緒だし。
さっきの出来事は父よりも晴美さんの方が気にしているように感じられた。
精神科デイケアにも行かなくては。病院祭の準備があるから。でも、なぜかデイケアに行くと具合いが悪くなる。
以前、我慢してデイケアに参加していると、更に調子が悪くなり早退した経験があるから怖い。だから、どうしようか考えている。そのことは、相談した方がいいかな。父にも訊いてみよう。
夜になり父は仕事から帰ってきた。
「父さん、相談があるんだけど」
父は疲れた表情だ。朝から晩まで仕事をしたから当然だろう。
「なんだ? 金ならないぞ」
その発言を聞いて俺は苦笑いを浮かべた。
「そんなんじゃないよ」
父はこちらを見て、
「じゃあ、何だ」
「デイケアの話しなんだけどさ」
父は俺から目線をずらし、入浴の準備をしている。
「風呂から上がってからでいいか?」
「う、うん。いいよ」
俺は思った。父は、相談事を疲れているから聞きたくないのかなぁと。だから、入浴を先
にしたのかな。
約一時間後、父は風呂から上がってきた。顔を見ると、さっぱりした顔付きになっていた。
父は冷蔵庫から三百五十ミリのビールを一本持ってリビングに来た。
「話しってなんだ」
父の方から話しかけてくれた。
「デイケアの話しなんだけど、デイケアに行くとなぜか具合いが悪くなるのさ。どうしたら
いいと思う?」
父は目線をこちらに向けずに、
「どうしたらいい? というのは、行くか行かないか、ということか?」
俺は頷いた。
「そもそも、デイケアって何をしに行くところだ? おれ、それがイマイチわからん」
「精神的なリハビリをする場だよ」
「リハビリかー、なるほどな。でも、具合い悪くなるならリハビリになっているのか?」
俺は、訊いて欲しいことを訊いてくれたと思い、
「そこなのさ」
「うーん、職員に相談してみたらどうだ? おれはわからんなぁ」
「そうかぁ、わかった、そうする」
俺は内心、がっかりした。父さんならわかるだろう、と期待していたから。
まあ、仕方ない。父さんの専門職じゃないから。
明日、デイケアに行って相談してみよう。一応、電話をしてから行くことにする。
早速、電話をかけた。
『もしもし、デイケア五十嵐です』
すぐに電話は繋がった。
「あっ、内山です」
『あら、珍しい。こんにちは。どうしたの?』
「ちょっと相談したいことがありまして、明日午後からデイケア行こうと思ってるんですけど、いいですか?」
『うん、来てくれるのは構わないけど、フリータイムじゃないから相談はフリータイムの時にしてもらえる?』
「フリータイムはいつですか?」
『今、プログラム見るからちょっと待ってね。えーと、明後日の午後からだわ。来れる?』
「わかりました。行けると思います。調子次第ですけど」
『わかった、待ってるね。もし、来れないなら連絡してね』
電話はそれで終わった。
同じ精神科にかかっている
LINEを送ってみた。
<こんちは! 久しぶりだね 元気にしてた?>
少し経ってから返信が来た。
<おお、内田君。久しぶり。オレは元気だぞ。内田君も元気なんだろ?>
俺はすぐに送った。
<俺は元気っすよ。でも、この前、希死念慮に襲われました>
彼は不思議そうな顔をしている。
<きしねんりょ? 何だそれ>
原田さんは本当に知らないことが多い、多すぎる。自分もそういう気持ちになったことあるはずなのに。
<言い辛いので調べて下さい>
<何だよ、調べるの面倒だから教えてくれよ>
<じゃあ、言うよ? 死にたくなる気持ちのことだよ>
<ああ、そういう意味か。何も言い辛くないだろ>
<そうですか>
俺は苦笑した。
気遣ったつもりだったが、意味がなかったようだ。
<ところで今から遊びに行っていい?>
俺がそう言うと、
<いいけど、珍しいな。内山君から言い出すのは>
<気が向いたので>
そう言うと原田さんは笑っていた。
<じゃあ、待ってるわ。差し入れなんかいらないからな、あっ、スイーツなんかいらないからな>
俺は思わず笑ってしまった。
<原田さん、それは買って来いという意味じゃないですか>
すると、彼も笑い出した。
<バレたか、まあ、買って来てくれたら金は払うよ>
<いや、いいよ。たまにはおごりますよ>
<おっ、そうか! サンキュー>
仕方のない人だ。まあ、いいけれど、たまにだから。ただ、請求してくるのが冗談とはい
え、痛々しい。
まあ、手土産にスイーツはちょうどいいかもしれない。そう思いながら支度を始めた。ダメージジーンズを履き、ブルーのTシャツを着た。持ち物は、スマホ・財布・煙草・鍵。それらを小さめの鞄に入れて家を出た。
原田さんとは食事に行った。食べ放題で一人前、税込みで二千五百円。焼肉、しゃぶしゃぶ、刺身、寿司、サラダ、スイーツなど、盛りだくさん。
一通り食べ終えた。基は取れただろう、多分。
俺の仕事は滞っているから収入は障害年金しかない。病気で働けなくてお金が足りない
としても父に欲しい、とは言いにくい。やりくりをしっかりしないとすぐに足りなくなる。
煙草も吸っているし。煙草も値上がりしているから、吸い放題という訳にはいかない。計算して吸わないと。例えば一時間に一本とか。時間を決めて吸うといいかもしれないと思い、
自分なりに工夫して吸っている。
もう少し調子が上がってくれば、事業所でもっと働けるのに。とりあえずは、出勤する、
ということを目標にして頑張ろう!
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