距離を縮めて/私から見た彼は(閑話)『少女漫画の再現/不思議な感覚


「……えっと、お兄ちゃんは一体何をしてるのかな?今日は体育祭の運営の手伝いで遅くなるって伝えていたはずだけど……。

 どうして、お兄ちゃんがここにいて。その上何で響子さんと巴さんはお兄ちゃんを挟み込むようにして密着してるんですか!?」


「ま、まあ……。落ち着けよ。二人とはたまたまここでお前を待っていた時に会っただけで。その……。会話をしているうちに話しやすいように近くに座っただけだと思うぞ。」


「ふーん?まあ、百歩譲ってそれは良いとして、何で響子さんはお兄ちゃんの手を握ってるのかな?それに巴さんも妙に距離が近いように感じるし……。一体どういう事なの?」


「あはは、はぁ……。ホントどうしてこうなったんだろうね。俺はだだここで雫の帰りを待ってただけなんだけどなぁ……。」



 水無瀬さんの過去について聞き、あと少しで体育祭の手伝いをする妹の帰りと重なるであろう時間だけ空いてしまった放課後。


 俺は色々と考えた結果、雫の帰りを待つ事に決めて教室を後にし、体育祭運営チームが使う仮設会議室の脇にある簡素な木製ベンチに座り待機していたのだが……。


 初めに巴さん、その後に西園寺さんの順でこちらに話し掛けてきて、なぜだか二人は俺の両隣、右に巴さん左に西園寺さんと俺を挟み込むようにして着席してきたのだ。


 とは言え、ただ近くに着席するくらいなら特に問題なかったのだが、二人とも妙に距離が近いと言うか……。注意するなどはしなかったのだが、側から見るとベタベタし過ぎと言うか、やはり距離が近すぎるようである。



 しかし、当の二人は雫の指摘にも特に動じる様子はなく、むしろ『えっ?』とどこか不思議そうな顔で雫の顔を見る始末である。


 そして、西園寺さんが意味もなく俺の手を開閉して遊び始めて、それに釣られるように巴さんがツンツンと俺の肩を突き出した辺りで、雫も堪忍袋の尾が切れたのか……。



「もう!二人ともいい加減お兄ちゃんから離れて下さい!響子さんも巴さんも皆から見られる公共の場所ではしたないですよ!

 ……て言うか。そもそも何で響子さんはここにいるんですか!?私は響子さんの代わりで会議に出たはずでしょう?それに巴さんも!メンバー的にも生徒会の会議に近い状況なんですから……。普通に副会長として会議に参加して下さい!何でお兄ちゃんと一緒に会議が終わるのを待ってるんですか!」



 雫は早口でそう言うと、多少強引に西園寺さんの手と巴さんの指を俺から引き離す。


 西園寺さんの柔らかい手の感触と、気恥ずかしかったものの何だか心地良かった巴さんの指の感触が消えて、何とも言えない喪失感のような感情が俺の胸に訪れるのだが……。


 雫の反応が怖いから、黙ってこの喪失感を受け入れる他ないのだろう……。



 俺が何とも言えない喪失感を感じつつ、雫の為されるがままでいると、西園寺さん、巴さんの両名とも予想外の行動に出る。



「えっと……。この流れでどうして二人ともさっきと同じ事を今度はそれぞれを逆にして行ってるんですかね?私はお二人の体裁的にも今すぐやめた方がいいと思うんですが?」


「うーん。わたくし只今少女漫画における男性のドキッとするポイントを巴さんと確認中ですの。なのでご指摘いただいた雫さんには申し訳ありませんが……。もう少しだけ確認作業を継続させて貰いたいですわ!」


「え、ええ。私もあと少しだけ調査を続けさせて貰います。も、勿論!相川くんが嫌じゃなければですけど……。ダメ…ですか?」


「い、いや!俺なんかでよければ幾らでも!

 ……って、ハッ!ご、ごめんって。そんなに怖い顔しないでくれよ。雫。」


「なっ!べ、別に怖い顔なんてしてないんだけど!?私はただお兄ちゃんが二人に変な事しないからを見てるだけだから!」



 終いにはわちゃわちゃとみんなでもみくちゃになってしまったが……。とりあえず、西園寺さんと巴さんと仲良くなれたのは確かだ。


 俺はなおも二人から俺を引き剥がそうと奔走する妹を横目に、西園寺さんが来る前まで話していた巴さんとの会話を思い出す。



 そこまで詳しくは話していないのだが、未来さんが過去にあった事が原因で今の状態になっていて、それは彼女自身が向き合わなければ進まない話だと巴さんには伝えた。


 未来さんがしていたという音楽の話などはせず、あくまでも仲の良かった友達との関係が原因であると、今の段階でどこまで姉である巴さんに伝えていいものか分からない為、そこら辺はハッキリとした話はせずにいた。



 しかしながら、巴さんはそんな曖昧な物言いである俺からの情報でも、妹である未来さんの情報を得られたと感謝していて、その辺りから巴さんとの距離感が文字通りグッと縮まった(物理的にも)ような気がする。


 そして、そんな最中に西園寺さんが合流して、今のような状況に至るという訳である。



 ーーまあ、あまりに近過ぎる巴さんと俺の距離感へ疑問を持った西園寺さんへの回答をテキトウに『少女漫画の真似事。』などと誤魔化してしまったのは、あまりにも迂闊だったと言わざるを得ないが……。


 しかし、結果的に巴さんに話していた未来さんの話が西園寺さんの登場によって有耶無耶になり、彼女から水無瀬さんに関する詳しい質問をされる等は無く済んでいる。



 ……とは言え、現状考えるべき事は多い。



「(やっぱり、現状俺を含め霞さんも避けられている状況じゃ、未来さんに近付く事さえ難しいそうなんだよな……。それこそ、水無瀬さんに関係しているような人物には自分から近付こうとしないだろうし、もし俺から声を掛けても、きっと何かしらの理由を付けて会ってくれないような気がするしな。)」



 自分で考えてみてもその通りになる気がするが、あの怯えた様子の未来さんにはどんな内容の話であれ、俺からの言葉は水無瀬さんを通して伝えられる言葉として、あまり聞き入れてくれないような気がしてならない。


 そうなると、水無瀬さんに会うように説得するのは勿論の事、彼女が俺に提示した条件である『未来さんが自分から水無瀬さんに会いたいと思って会いに来る。』というのが、二つ同時に達成不可能になってしまう。


 そして、水無瀬さんは別段こちらに対して期限を設けた訳ではないが、恐らく体育祭を終えてからのゆっくりとした関係改善などと悠長に考えていると、彼女が高校になるタイミングで音楽を辞めてしまうかもしれない。


 その証拠にかつて毎日練習していたはずの音楽を霞さんの呼び出しで休んでおり、ここに来るまでに確認する事が出来た吹奏楽部の部室には彼女の姿は無かった。



「そう考えると、結構タイムリミットまで近いんだよな……。この体育祭の間じゃないと俺が話をする事は出来ないし、その後で二人に会おうにも、今の俺にはその手段がそもそも無いだもんな。こんな面倒事を雫に頼む訳にはいかないし……。どうしたものかな。」


「ん?お兄ちゃん何か言った?タイムリミットがどうとか……。って、もうこんな時間だし、戯れてないで皆さん帰りますよ!」


「……仕方ないですわね。少々名残惜しくはありますが、今日の所は帰りましょうか。」



 すると、俺の考えが言葉に出ていたのだろう。雫が唯一聞き取れた内容を復唱して、俺に引っ付く二人にサッサと帰るように促す。


 確かに何だかんだで時間は遅い時間になっており、完全下校時刻まであと数分程だ。


 そして、雫の言葉に流石の二人も渋々と言った様子ではあるのだが……。それぞれ帰宅する準備をして、今日はこれで解散となる。



 今後の事で色々と考える事が多いが、とにかく今は俺の出来る事をやってみて、それでも一人では対応出来ない事などあれば、誰かの力を頼ってみてもいいかもしれない。


 それこそ、霞さんや巴さんは力になってくれるだろうし、状況を説明すれば雫や三葉先輩だって力を貸してくれると思う。


 俺はそんな事を模索しながら、当初の予定通り、雫と一緒に帰路に着くのだった……。






ーーー不思議な男の子・巴視点ーーー



「ーー俺の方で未来さんについて知る事が出来たのは以上です。すいません。昨日の今日でまだあまり情報を得られてないです……。」


「…………。」



 放課後、体育祭の運営チームの打ち合わせをしている仮設会議室の側。木製のベンチに腰掛け自身の妹が会議を終えて出て来るのを待っていたという彼の話を聞いて……。


 私、橘 巴たちばな ともえは言葉で言い表す事が難しい不思議な感情を彼に対して抱いていた。


 正直、ここで彼に会ったのは本当に偶然であり、元々は生徒会の副会長として運営チームの打ち合わせを確認しようと立ち寄っていただけであり、彼と会って話をする為にわざわざここに来た訳では無かったのだ。


 そもそもの話、ここに彼がいるとは思ってもみなかったので……。



 そして、私の存在に気付いた彼に軽く挨拶をしてから、少しの雑談をしてその場を離れようと思っていたのだけど……。



「(……まさか、こんなにも早く未来あの子の様子がおかしい事の原因を調べているとは……。

 姉である私が不甲斐なくて、あの子の交友関係を把握していなかったから、あまり動けていない状況だったけれど……。目の前の彼はそれ以上に何も分からない状態からの詮索だったはず。それこそ、あの子がおかしな行動を取った現場に居合わせたというだけでそれ以外の情報は無く、彼が自分で見聞きしてあの子について知る事が出来たのだろう。)」



 彼はあまり詳しくは調べられなかったと言って謝るのだけど……。そんな事はない!


 この短期間でその原因を調べられた事だけでもすごいのだけど、それよりも……。あの子の事を自分の事のよう心配して、少しずつでも確実にあの子に近付いているというのが、お世辞などではなく本当にすごいと思う。


 それも誰に言われる訳でもなく彼自身の意思であり、あの子の為にここまで動いてくれている彼に感謝こそすれ、このように謝罪を受けるなんてとんでもない!



 私はほとんど無意識の内に彼のすぐ隣に着席して、思わず前のめり気味になりながら、思いの丈と共に彼に感謝の言葉を伝える。



「そ、そんな事ないです!私、相川くんには本当に感謝してるんです!不甲斐ない私と違って……。相川くんはホントにすごいです。」


「そ、そうですか?俺はただ未来さんの事がほっとけなくて、それでお節介で動いてるんですけど……。でも、気遣いでもそう言って貰えると気持ちが少し楽になりました。お気遣いありがとうございます!」


「いえ!これは気遣いでも何でもなくて、本当に相川くんには感謝しているんです。

 前にも私がどうすればいいのか分からなくて、思わず取り乱してしまった時にも、私に優しい言葉を掛けて宥めてくれて……。私はそんなあなたが『相太お兄さま?』えっ?」



 すると、かなりの至近距離まで近づいてしまっていた彼の顔で見えていなかったのだが、気が付くとすぐ側には中等部生徒会長である所の西園寺 響子さいおんじ きょうこさんが立っていて、不思議そうにこちらを見ていたのだ!


 そして、響子さんの突然の登場で思わず言葉を止めてしまったけど……。私は今、彼に一体何を言おうとして……?


 正直、彼への感謝の気持ちで一杯であり、彼にとんでもない事を口にしようとしていた自覚などは、その時の私には無かった。



「えっと……。相太お兄さまと巴さんはここで一体何をされていて?何やらお二人の距離が妙に近いですし……。それに巴さんのお顔がほんのり赤く見えますわね?」


「……っ!?え、あっ……。えぅ!?」



 そして、響子さんの顔を見て固まる私達を不思議そうにしつつ、彼女は冷静に今の状況を客観的な視点で口にするので……。


 私は急激に恥ずかしくなり、思わず口を開くのだけど……。慌てた私は意味不明な言葉を口にする事しか出来ず、軽くパニックだ。



 すると、そんな私の様子を見兼ねたのか、またしても彼が助け舟を出してくれる。



「……いや、今のは巴さんが少女漫画のドキッとする仕草のをしてくれてただけだよ。

 それであまりにも演技が迫真だったから、ちょっと前のめりになったんじゃないかな?

 実は雫の影響で少女漫画を読む機会があったんだけど、男女の漫画によってそれぞれが異性にドキッとする状況が違っててーー」



 そう言って、彼は自然な様子を装って響子ちゃんの疑問を解消し、変な事をしている訳でないと嘘混じりに誤魔化してくれる。


 別に本当にやましい事はないのだけど、赤面した顔を含め後輩に変な姿を見られて、少々恥ずかしいこの状況を誤魔化したかった私としては……。その助けはホントありがたい。


 内容は少しだけ強引な運びではあったが、女子校の中学生なだけはあり、彼の話に出た少女漫画への食い付き方は良かった。



「えっ!相太お兄さまも少女漫画は嗜まれますの!?実はわたくしもたった今お気に入りの少女漫画を読んでいまして……。

 ホントいいですわよね!男性のヒロインにドキッとする様子や逆にヒロインが男性にキュンと来る様子の描写などは特に!」


「う、うん。ホントいいよね。ちょうど話の流れで巴さんとその話になってね。だから、西園寺さんの疑問に答えるとすれば……。さっきの俺達は『少女漫画のヒロインや男達はどんな状況でどんな気持ちだったのか?』の調査をしていた……。って、感じかな。」


「そ、そうです!私達ちょっと調査をしていまして……。た、確かに少女漫画のヒロインの子はとてもドキッとしていた事が分かりました!ええ、それはもう。ドキッと……。

 だから……。響子さんに誤解させてしまって申し訳ないのだけど、さっきのは相川くんと別に変な事をしていた訳ではないの。」



 何とか相川くんの機転のおかけで、後輩におかしな場面を見られた事を言い訳する事が出来て、とりあえず彼女から変な誤解をされずに済んだのは非常に良かった。


 しかし、彼女にこのような言い訳してしまった事を次の瞬間で後悔するとは……。彼も含めて夢にも思ってはいなかった。



「そうなんですの?では……。わたくしもぜひその調査に参加させていただきたく思いますので……。相太お兄さま?わたくしもご一緒させていただいてよろしいでしょうか?」


「え!?えっと……うん。西園寺さんが嫌でなければ、俺としては大丈夫だけど……。」


「いえ!わたくしも殿方との接触には興味がありましたし……。こんな機会滅多にないと思いますので、よろしくお願いしますわ!」


「う、うーん。何だか純粋な子に図らずして悪戯しているみたいで心が痛い……。」


「ん?どうかされまして?お時間は限られているので、早速ですが……。少女漫画の手と手が触れ合ってドキッとする場面を再現してみましょう?わたくし、お父さま以外の殿方との触れ合いは幼少の頃以来ですの。」


「そ、そうなんだ。こ、光栄だなぁ……。」



 そして、思いの外グイグイと彼に迫る響子さんに押されて、私は自然な流れで彼の右隣りに着席し、彼らの様子を眺める事となる。



 響子さんは先程男性に慣れていない主旨の話をしていた割には、特に躊躇する事なく彼の左手を握り、ギュッギュっとその手を押したりしながらその感触を確かめるてる。


 彼はそんな彼女の行動をどこか照れ臭そうにしながら、自身の手を握る響子さんの事を見ているのだけど……。恥ずかしそうにしているだけで、彼女の手を離そうとはしない。



 私はそんな二人の様子を近くで見たからなのか、何だか無性に彼に触れてみたくなってしまって、響子さんに注意が向いて無防備な彼の右手の甲の辺りをツンっと突いてみる。


 彼は突然の私の行動に少し驚いたようだったが、響子さんを自由にさせている手前、特にこちらを注意するような事はなかった。


 そしてそれ皮切りにして、彼が何も言わないのを良い事に私は彼に近寄って、肩と肩の一部がピトっと触れ合う程の距離感で彼の手を響子さんみたくギュッと握ってみた。



「(あっ……。相川くんの手。暖かくて、意外に少しだけ柔らかい。やっぱり男の子だから少しゴツゴツしているけど、手の平やその周りは普通にスベスベなんだ……。)」



 私はペタペタと触る度にピクっと動く彼の右手に触れつつ、我ながら大胆な事をしてしまっている事を自覚する。


 やはり、自身も女子校に通う人間なので、世間一般の女性よりも男性に接触する機会が少ない。それでも漫画や雑誌などで情報を得て、男性とのあれこれを想像する事はあったのだけど……。実際試す機会などなかった。


 だが今は目の前に彼がいて、その彼に触れる事が出来る大義名分を得ている。



 ーーだから、私が彼に触れたいと思っても別におかしい事でははないし、彼のその手に触れた途端ドキッと……。高鳴る鼓動が収まらないのも仕方ないと自分に言い聞かせる。


 正直この鼓動の高鳴りは、慣れていない男性に触れているからなのか、それとも未来あの子の為に動いてくれている、歳下ながらに尊敬出来る男の子に触れているからなのか……。自分でもそのどちらなのか分からないでいた。



「(でも……。彼に触れていると何だか満たされているような気分になって、もっと触れていたいって思う。今までこんな風に思った事もないし、やっぱり彼は不思議な人。)」



 この感情がどんな種類の物なのか、今の私には分からない。けれど、今も感じている右手のこの感触がずっと続けばいいと思っているのは、紛れもない確かな感情であった……。



 そのため、後に現れた彼の妹の言葉を無視して、彼に触れ続けてしまったのは……。


 この不思議な感情のせいだったと、後になって自分の行動を振り返り、無性に恥ずかしくなった私はそんな言い訳をするのだった。

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