閉ざされた扉「軋む心と軋む音』


「ーーとまあ、長々と話しましたが……。要はあの人にとって、私はただ放課後に一緒に音楽をしていただけの関係だっただけです。

 だからあの人は簡単に音楽を辞められて、私との約束も反故に出来るんです。ま、今となっては別にもう終わった事ですし……。今更何か言った所で何も変わりませんから。」


「……そう、なんだ。」


「……だから言ったんです。別に面白い話ではないって。あなたが私に話を聞きに来たという事は、あの人から何か言われたか……。もしくは、誰かに私とあの人の中でも取り持つように言われた……とか?まあ、そうであったとしてもどっちでもいいですけど。」



 ーー場所は変わらず、第一女学院の空き教室。俺は水無瀬さんに話を聞きに来て、彼女と未来さんの関係を知るべく、二人の過去について尋ねてみたのだが……。


 やはりと言うべきか、未来さんが水無瀬さんの名前に過剰な反応を示した時と同じようで違うベクトルの感情の起伏が、二人の過去を話す彼女の話の節々に感じられた。


 しかし、目の前の彼女からは先程から口にしているような『どうでもいい。』という感情がハッキリと表れており、こちらとしても何を言うべきなのかと躊躇してしまう。



「(……とは言え。二人の過去を知ってしまった以上、何もしない訳にはいかないよな。

 未来さんのあの様子も普通に心配だし、何よりも……。この子がこのまま心を閉ざしたままにならないかが不安だ。

 だって……、せっかく仲良くなって、一時期はほぼ毎日顔を合わせていた未来さんと練習がほとんど出来なくなって、その上でずっと楽しみにしていたって……。そんなのあんまりな話だし、なぜそんな状況になってしまったのかやらせない気持ちにもなった。)」



 だからこそ、俺がこの場でこの子に綺麗事を言って未来さんに会うように説得する事は出来ないし、それを今のこの子に勧めるのはあまりにも無責任で身勝手な行動だと思う。



 そう思ったからこそ、俺は何も言えず黙って彼女の言葉を聞いていたのだが、俺が何も言わない事に戸惑ったのか……。


 彼女は少し不思議そうな顔をして、『話はこれで終わりですけど?』と俺に告げる。



 しかし、それでも何も言わないでいる俺に対して、彼女は躊躇いがちに口を開く。



「……あの。あなたは私にあの人とちゃんと話せとか……。そういう事言わないですか?

 普通こういう話をしたら、そういう反応をされると思ってたんですけど……。あなたは私に何も言わないんですか?」



 困惑した口調で問う彼女からの質問。勿論ここで誤魔化す事も、ただ黙ってその問いに答えないでいる事も出来たとは思う。


 だけど、先程の話にあった彼女の過去と現在の彼女の状況を考慮すると、ここで変に取り繕うよりはハッキリと思った事を口にして、ヘタな誤魔化しはしない方がいいと感じた。



「……うん。水無瀬さんにそれは言わない。だってそれは……。君がそうしたいと思って未来さんに会わないと、本当の意味での解決にはならないから。誰かに強制されて一緒にいた訳でも、ましてや誰かに言われたからもう会わなくなった訳でもないでしょ?

 だったら、外野の俺はそれを水無瀬さんに言う事はしない。それでも……。さっきの話を聞いて、二人にはまた会ってちゃんと話をして貰いたいから……。は焼かして貰うかもしれないけどね。」



 これが今俺の思っている正直な気持ち。現状の彼女に外野の俺が何と言おうと、きっとそれには聞く耳を持つ事はない。


 でも、彼女と未来さんの二人にはちゃんと会って話して貰いたいというのは紛れもない本心であり、そのために色々と二人にはお節介のような事をしてしまうと思うのだ。


 なので、この言葉は二人に向けたただのお節介を焼くとの宣言であり、俺がこれからどうしたいかを正直に述べただけなのである。



 すると、俺の一方的な宣言に一瞬彼女はポカンとしたかと思うと、すぐに呆れたような表情を浮かべてため息を吐く。



「はぁ……。要は私にあの人と会うように直接は言わないけれど、会わせるように手は回すって事ですよね?少しだけ言い方を変えてるけど同じじゃないですか……。」


「ま、まあ……。そうとも言うね。でも、俺に言われて会うのと、で会うのとでは同じ事だとしても違うでしょ?

 だから俺としては水無瀬さんに未来さんに直接会って貰いたいんだけど……。水無瀬さんはどうしたら会ってくれるの?」


「……普通それを私に聞きますか?はぁ、やっぱりあなたって変な人ですね?わざわざ他人の面倒事に自分から首を突っ込んで行くなんて……。私じゃなくてもそんな面倒な事なんて、普通は誰もしませんよ。」


「ははは、それはよく言われる。でも、喧嘩別れのような形で全部が無かった事になるなんて……。そんなの勿体無いし、いつか必ず後悔すると思うからさ。今すぐにじゃなくてもいいから、ちゃんと未来さんと直接会って話をする機会を作って欲しい。」


「…………。」



 あの時こうしていれば……。そう思いつつしてしまった後悔は多いけど、行動をしなかった事による後悔はして来ていないつもりだ。


 たとえ選択した先に後悔が待っていたとしても、俺は選択行動をしない事で味わう後悔よりはずっとマシだとそう思っている。


 だからと言う訳でないけど、今の状況が続く事で水無瀬さんには後悔して欲しくない。


 きっと今はそう思えなくとも、確実にこの先で後悔する事になると思うから……。



 すると、そんな俺の想いが少しは届いたからだろうか。水無瀬さんは『ふん……。』と鼻を鳴らすと少しぶっきらぼうに続ける。



「……別に後悔なんてしないと思いますが。まあ……。あの人から会いたいって言うなら会ってもいいですけど……。

 でも、あなたが期待するような事にはならないと思いますよ。だってあの人は、私が問い詰めただって何も……。」


「でも、会いたくない訳じゃないんでしょ?だったら、やっぱり二人は会うべきだよ。もしそれでダメだったら、今度こそ離れればいいし……。時間が経って二人とも冷静になれば、何か見えて来る事もあるだろうしね。」


「たかだか半年かそこらで何か変わりますかね。それに部外者のあなたに言われても、私達の何を知ってる?って、思いますけど?」


「うーん……。手厳しいね。でも、だからこそだよ。そんな部外者の俺からでも、ちゃんと会って二人で話をして貰いたいってそう思えたんだから……。当事者の君や未来さんは本心では会いたいって思ってると思うよ。」


「……勝手に人の気持ちを代弁しないで貰えます?私は別にそんな事思ってませんし。それにあの人だってもう……。私には会いたくないってそう思ってますよ……。」



 少しだけ俯き加減になる彼女。その何か痛みに耐えるような表情を見て俺は……。やはり、二人をもう一度引き合わせる必要があると改めてそんな風に思うのだった。


 そして何も言う事なく、二人の間に沈黙の時間が過ぎていったのだが、最終的に彼女は未来さんと会う条件を俺に伝えてくれた。






 その後、俺は水無瀬さんに会って話をしてくれた事に対する感謝とまた会う事を約束して、その日は解散する流れになった。


 また会う事を渋られるかと思ったが、意外にもすんなり了承してくれたので……。


 恐らく彼女自身、未来さんとの事が引っかかっていて、無意識でもその事を諦めきれていない気持ちがあったのかもしれない。


 だからこそ、未来さんとの最後の繋がりかもしれない俺を切らないでいてくれたのだとポジティブに解釈する事にした。



「(まあそれでも、ようやくこれでスタートラインに立てただけなんだけどな……。そもそも水無瀬さんに出された条件の『未来さんから水無瀬さんに会いたいと思わせる。』って事自体、絶賛避けられている身としてはかなり難しい内容なんだよな……。)」



 ーーそう。水無瀬さんとの去り際に告げられた未来さんと会う条件は『あの人の意思で私に会いに来る事。』なのだ。


 勿論それは、ただ未来さんを連れて来るだけではダメであり、偶然を装って引き合わせる事や嫌がる未来さんを連れて来るなどはするなと、強めに釘を刺されたのだ。


 もしそれらが発覚すると、俺とはもう合わない上で、未来さんと二度と会う事も口を聞く事もしなくなると断言されている。



 そのため、二人を引き合わせるのに変な小細工などは使用出来ず、未来さんに自分から水無瀬さんに会いたいと思わせないといけないという圧倒的高難易度っぷりなのだ。



「ふぅ……。とりあえずは、今日の事を掻い摘んで霞さんに伝えるとして、少し実行委員の運営チームに顔を出して帰るか……。」



 俺は色々と今後の事を頭の中で考えるのだが、当然すぐには良い考えが思い浮かぶ訳がなく、ひとまずこの場所を後にする事に。


 そして、本日は実行委員の活動が休みなのだが、運営チームは直前に控えた本番に向けての軽い打ち合わせがあるらしく、中等部のメンバーも一部駆り出されるみたいだと、雫が今朝愚痴っていたのをふと思い出した。



 その後、目的地を決めた俺は教室を出て、誰もいない教室の扉をゆっくりと閉める。


 すると、少し立て付けの悪い扉からはぎしぎしと金具が軋む音が聞こえてくるが、静寂の中不器用に響くその音がなぜだか……。


 苦しい気持ちを音として吐き出しているかのように俺には感じられて、何だか胸の辺りがキュッと苦しくなる錯覚を覚えた。



 体育祭の本番までは後少し。俺がコチラに顔を出せるうちに何とかしたいと思うと同時に、二人がそれぞれ抱えている苦しい気持ちが悲しい音のままで終わらないようにと、静かに願うばかりであった……。

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