音楽が全ての生き方(解想)『通話と雑音/部活とライブ』

「ふぅ……。未来さんと一緒に練習をするようになってかなり経ちますが……。旧音楽室が本格的な工事になり、使用出来ない期間に入ってしまいました。

 あの時は各自で自主練をすればいいと思っていましたが、ほぼ毎日会っていた未来さんとたまにしか会わないのは……。何だか少し寂しいと感じます。……はぁ。こんな事になるなら、別の使用していない教室を使用出来るように交渉をしておくべきでした……。」



 ーー放課後、誰もいない自室で一人、私は過去の自分の言動を思い出しては、二人で一緒にいられるよう行動すれば良かったと、今更ながらに後悔してしまっていた。


 あの会話をした日からそれなりに日数が経っている訳ではあるが、自分でも驚く程に未来さんと一緒にいたいという気持ちが強くなっていて……。正直、今すぐにでも連絡を取って彼女に会いたいと思っているくらいだ。


 しかし、最近の未来さんは何だか忙しそうな様子であり、あまり頻繁には声を掛けられないでいるのが実情である。



「でも、もうすぐライブ本番が近づいて来ているし、二人で会って一緒に練習しないといけないのは……。しょうがないよね?」



 私はそう自分に言い訳をしつつ、未来さんにLINE通話を掛けてみる事にした。


 普段であれば、おおよそ3・4コール程で未来さんは私の通話に出てくれるのだけど、やはり今日は忙しいのだろうか……。


 通話の呼び出し音が5回、6回となり続け、いよいよ出ないと通話を切ろうとして……。



 ーープツッ!



 唐突に繋がった通話に耳を傾けると、雑音混じり少しだけ誰かの話し声のような音が途切れ途切れではあるけど聞こえてくる。


 私は未来さんが間違えて通話のコールに応じてしまった事に気が付きながらも、どんな会話をしているのかと好奇心の方が勝ってしまい、その話し声に聞き耳を立ててしまう。



 すると、途切れ途切れではあるが、未来さんと女子生徒の話し声が聞こえてくる。



「……には……ないですが、吹奏楽部の為だと思って……。引いてはくれませんか?」


「……ホントにぃ、……したらぁ、……ちゃんは続けられるんだよねぇ?」


「……です。今、ウチは……会から目を……。だから……橘さんしか……ないんです。」


「……少し考えさせてねぇ……。……会長はダメって言ってる……だよねぇ?」


「……す。……部での活動は認められる……すけども。……たりだけでは……しいかと。」



 断片的な会話の内容。その端々から何やら不穏な内容に聞こえるが……。如何せんこちらからは何をする事も出来ないので、私はとりあえず通話終了のボタンを押す。


 そして、何だか聞いてはいけない話を聞いてしまったような気がして……。訳もなく通話履歴を送信取り消しにして、画面上から未来さんへの通話履歴が削除される。


 しかし頭の中では、先程の断片的に聞こえてきた二人の会話が過り、何とも言えない不安な気持ちが私の胸中に広がる。



「あれって……。もしかして、部長の声?でも、部長が未来さんに……。何の事で?」



 私が口にしたその呟きに対して……。勿論の事ながら、一人で自室にいる為返答はなく、私は色々な事を思い浮かべては良くない想像をするしか出来ないのだった。


 そして、その日はいつもなら来るはずの未来さんからの『とうしたの?』との折り返しの連絡が無く、私はより一層不安な気持ちを抱えて翌日を迎えるのであった……。






 ーーー???・空き教室にてーーー


「それでぇ……。話って何かな〜?あなたと会うのはぁ、これが初めてだったよね〜?」


「……そうですね。クラスが一緒になる事はなかったし、その認識で間違いないです。」


「じゃあ、どうしてミクを呼んだの〜?現生徒会長の子に呼ばれて来たんだけどぉ、誰と会うまでは言ってなかったしね〜。」


「突然の呼び出しになり申し訳ないです。それとほとんど初対面である橘さんに折入ってご相談したい事があるのですが……。私の話だけでも聞いてくれませんか?」



 ーー放課後。3年生の階にある空き教室にて、二人の女子生徒がお互いに向かい合うような形で対面していた。


 先程、片方の女生徒が口にした通り、二人はほとんど初対面と言っていい程にお互いに接点のない組み合わせなのだが……。


 生徒会長からの呼び出しもあり、二人は誰もいない空き教室で対面したという訳だ。



 しかし、『相談事がある。』と持ち掛けられた女生徒は、ほとんど初対面の自分に対して相談?と、不思議そうにして首を傾げる。


 そして、相手のその反応は想定済みだったのか、呼び出した女生徒は説明を始める。



「まず、あなたは最近……。そうですね。ここ3・4ヶ月くらいでしょうか?放課後のほぼ毎日、今は改装工事で立ち入れない音楽室にいましたよね?それも部活動の方にあまり顔を出さない水無瀬さんと一緒に。」


「えっ?あ、うん。確かに放課後は聖ちゃんと一緒に練習してたけどぉ……。で、でもそれって部長さんに自主練って事で許可は得てるって聞いてるよぉ?まぁ……。音楽室を使う許可は得てないのはあれだけどぉ。」


「そうですね。音楽室の無断使用は問題ではありますが……。ひとまずそれは置いておくとして、今回の話はそこではないのです。

 ……これはこの前に行われた演奏会。そこの前後で起こった事なのですがーー」



 そして、女生徒は吹奏楽部の演奏会前後に起きた水無瀬 聖みなせ ひじりの楽器破損未遂の話や部内での彼女の曖昧な立ち位置。それとそれら一連の問題がの耳にも入っており、今大変な問題になりかけている事など。


 女生徒は相談事の事前の説明として、様々な可能性の話を含めて彼女に伝える。



 ーーそれはどこか誰かが描いたシナリオに沿ったような、所々で違和感を感じてもおかしくないような説明であったが……。親しくしている聖に関係する問題という事もあってか、女生徒はその違和感には気が付かない。


 そして、女生徒は深刻そうな口振りで説明をひとまず終えて、当初呼び出した目的であった相談の具体的な内容を語る。



「相談したい事と言うのは水無瀬さんの事なのです。現状では水無瀬さんがあまり部活には来ておらず、それどころか橘さんと自主練をしている。その事をよく思っていない部員が一定数存在していて……。それが今回の楽器を傷付けようとする暴挙に繋がったのです。」


「……そう、だったんだぁ。」


「はい。でもそれ以上に問題なのは、その事が生徒会に知られてしまっていて……。部内のいじめ問題の可能性。もしくは、水無瀬さんの素行不良の可能性が話し合われているらしくて、最悪の場合は部の停止。もしくは、本人に対する聞き取りなどを含めた話し合いが必要になるなど、様々な問題に発展するかもしれないの。だから、橘さんには申し訳ないんですが……。水無瀬さんを吹奏楽部に戻す手伝いをして貰いたいのです。」


「…………。」



 女生徒からの突然の申し出。それには申し出を受けた側からの言葉は直ぐ出て来ない。


 ただ黙って、詳細についてもう少し話すようにと、彼女に促す事しか出来なかった。



「それで……。このような相談をさせて貰うのには訳がありまして……。さっきも話した生徒会に目をつけられてるって言うのが原因でして、水無瀬さんが部活動に出ず自主練をしている事が良くないと判断されてまして、その上、部活動とは関係ないライブを開催するというのは如何なものかと話し合われているようで……。

 もしかすると、このままでは部活動の停止に留まらず、彼女が行っていたライブの開催も危ぶまれる事態になりそうなのです。」


「えっ?ら、ライブの事もダメって言われちゃうのぉ?それはぁ……。問題だねぇ。」


「はい。ですから、今の部活動に出ていない状態が続いてしまいますと、今回ばかりは非常に問題が大きくなってしまうのです。

 そこで橘さんには、水無瀬さんを吹奏楽部に戻す説得と自主練を可能な限り減らすように促して貰いたいのです。」


「で、でもぉ……。それは聖ちゃんに聞いてみないとぉ。そもそも吹奏楽部に行かないのはぁ、聖ちゃんの自由意志な訳でぇ……。」


「だから、そのためのお願いなのです。どうか吹奏楽部と水無瀬さんのライブ活動を守るために、橘さんの力を貸して貰えませんか?」


「え、えっとぉ……。」



 女生徒から直々のお願い。その話に困惑と動揺を隠せないでいる彼女であったが……。


 彼女が応えに窮しているそのタイミングでちょうど彼女のスマホが鳴って、通話の呼び出し音声を鳴らし続けている。



 しかし、彼女はスマホの連絡に出る事は出来ないと判断して、画面は見ずに後ろ手で通話終了ボタンをを押そうとする。


 すると、その操作が成功したのか通話呼び出し音声が鳴り止んだ為、彼女はそのままスマホをポケットの中に入れて会話を続ける。


 その音声が雑音混じりではあるが、誰かに聞かれている事を知らずに……。



「なので、橘さんには申し訳ないですか、水無瀬さんと吹奏楽部の為だと思って……。ここは引いてはくれませんか?」


「……ホントにぃ、ミクがそのお手伝いをしたらぁ、定期的に行ってたライブ。聖ちゃんは続けられるんだよねぇ?」


「はい。それは勿論。生徒会長には吹奏楽部の活動の一環だと伝えて納得して貰います。それも水無瀬さんが部活に今まで以上に参加して、あくまで部活動の延長での活動だと認識して貰う必要があるんですけどね……。」


「う、ううん……。で、でもぉ……。ミクまで聖ちゃんに部活を強制するのはぁ……。」


「それでもお願いしたいんです。今、ウチは生徒会から目を付けられているので。だからこんなお願い、橘さんにしか出来ないんです。」


「…………。」



 女生徒の真剣な口調と眼差し、それに気押されるような形で口を噤んでしまう。


 それでも、何とか口にする事が出来た言葉は『待って』であり、彼女は自身がどうするべきかと葛藤に駆られている。



「そのぉ……。少し考えさせてねぇ……。このままの状態でライブをするのはぁ、生徒会長はダメって言ってるんだよねぇ?」


「そうです。吹奏楽部での活動は認められると思いますけども。二人だけでは、部の活動の一環だと認められるのは厳しいかと。」


「…………。」



 女生徒の断定的に口にされたその言葉に押し黙るしかなく、彼女はその場ですぐの回答は出来そうにもなかった。


 そして、そんな彼女の様子に女生徒は『出来る限り早めの回答をお願いします。』と言い残し、彼女が一人教室に取り残される。



 彼女は一人になった教室でポツリと……。



「ミクはぁ……。どうしたらいいんだろぉ。ミクはただ聖ちゃんと音楽をしてぇ、一緒にいたいだけなのにぃ……。

 ミクが一緒にいるからぁ。聖ちゃんは自由に音楽が出来なくなるのかなぁ……。」



 誰もいない教室で呟いたその言葉は誰に聞かれる事もなく、ただ静かな教室に溶けて消えていくのであった……。

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