音楽が全ての生き方(幻奏)『音楽と二人』

「……あの〜聖ちゃん?最近はずっとここに来てくれるけどぉ……。部活の方はホントに大丈夫なの〜?前にも言ったけどぉ、たまにはそっちにも顔を出しなよ〜?」


「いえ、あちらの方はです。それより、未来さんは前に話をしていたライブ、私と一緒に出てくれるんですよね?未来さんの初ライブになりますが……。出来るだけ毎日、私も一緒に練習するので安心して下さい!」


「えっ?う、うん〜?前言ってた演奏会が終わったみたいだしぃ、あんまり出なくても大丈夫なのかな〜?ま、まぁ……。ミクも初めて聖ちゃんと公式ライブで色々不安だしぃ、聖ちゃんが付きっきりで毎日教えてくれるのは〜、正直かなりありがたいかな〜。」


「……ま、まあ、時間がある日は顔を出すつもりなので、付きっきりという表現も間違いではないですね。とは言え、未来さんはこれまででかなり上達しているので……。本番までには、皆をあっと驚かせるような素晴らしいライブになると私は思いますよ。」



 ーーもう何度になるか分からない程、ここ最近は毎日通い詰めている旧音楽室。


 私、水無瀬 聖みなせ ひじりはそこで待ってくれている未来さんと練習をするため、余程の事がない限り毎日ここに通い詰めていた。


 そのため、前にも言われた『部活の方に顔を出さなくても大丈夫なのか?』と、改めて彼女に問われたのだけれど……。



「(今はもう……。吹奏楽部に行こうとは思わない。部長には悪いけど、このまま未来さんと一緒にいる方がいいし、何よりあそこではが誰かの楽しいを奪ってしまう。)」



 それに比べて、ここには私の音を楽しんでくれて、求めてくれる未来さんこのひとがいる。


 そんな私にとって理想的な状況が今の状態なので、先程未来さんに告げたように、わざわざ吹奏楽部に戻る必要性がないのである。



 そうして、私と未来さんは練習を続ける事数ヶ月。最近は旧音楽室の工事が進行していて、近いうちにここの使用が制限される可能性があると未来さんから教えて貰った。


 基本、工事は私達生徒が授業を受けている昼間に行われていて、授業が終わる頃には作業を終了・撤収しているようなので、私達が使用出来ているのだけど……。


 流石に作業が本格的になる工程では、生徒の立ち入りが禁止されてしまうようだ。



「(とは言っても、完全に閉められるのは2週間程度って話だし……。その間は各自で自主練って事になるのかな。この状態で吹奏楽部の練習場所に顔を出す訳にはいかないし、そもそもの話、未来さんは部員じゃないから練習をする以前の問題だよね。ううん……。私も出来る限り未来さんと一緒にいたいし、何かいい方法はないのかな?)」



 すると、私が難しい顔をしていたからだろうか、未来さんは『どうしたの〜?』と私の顔を覗き込み、眉をハの字にして心配そうにしているので……。私はハッとして、心配するような事はないと未来さんに声を掛ける。


 未来さんと一緒にいる先の事を考えて、今未来さんを心配させていては元も子もない。



 ここはありのままを話して見通しの立たない先の話をするよりも、別の話をして未来さんの心配をひとまず解消させよう。



「あ、いえ……。未来さんが歌ってくれるなら、ライブで色んな楽器を使ったパフォーマンスもアリかなって思いまして……。

 これまでは私一人だったので、単一の楽器で行うのが普通に思っていましたが、未来さんの音域の幅を考えれば、ピアノがベースの演奏だけでは勿体無いと思いまして…ね。」


「あっ、そうなの〜?いっつも聖ちゃんはミクの事を考えて、色々と試行錯誤してくれるからぁ、また考え過ぎてないかって思ったんだけどぉ……。そっか〜、ライブをするのであればぁ、電子ピアノや定番のギターとかも選択肢に入るよね〜?もしかしてぇ、聖ちゃんはどっちも演奏出来るの〜?」


「そうですね。電子ピアノに関してはあまり触った事はありませんが……、基本は押さえているので弾けると思います。ギターはそこそこに練習をしていましたので、多少の練習時間を頂ければ本番までに仕上げる事は可能だと思いますよ。……でもまあ、私はピアノが得意なのでそれと同系統の楽器の方がレベルの高いものに仕上がりますけど。」



 咄嗟ではあったが上手く話を逸らす事が出来た。実際に考えていた事だし、これに関しても未来さんと話したいと思っていた事だ。


 すると、私のその『高いレベル』との発言に対して、未来さんは笑顔で事もなげに私にとっては思いがけない言葉を口にする。



「う〜ん……。確かにぃ、どうせやるならぁ。レベルの高い演奏を聴いて貰った方がいいんだろうけどぉ、ミクとしては聖ちゃんがみんな聴かせたいと思った楽器で本番を演奏すればいいと思うな〜。

 たとえそれが下手っぴでも〜、聖ちゃんとミクの『楽しい!』がみんなに伝わればぁ、それはどんなものであっても音楽だしぃ。初めて聖ちゃんとした鼻歌とピアノの演奏、あれはあれでミクの中では音楽だったよ〜。」


「……そう、でしたね。確かにあれはとても楽しい『音楽』でした。そっか……。別に型に嵌まった演奏じゃなくても、私と未来さんのしたい音楽を届ければいいんだ。」


「うんうん〜。だからぁ、完成度が高くてレベルの高い音楽をするのもいいけどぉ。せっかくの二人で行うライブだし〜、二人が楽しい音楽をする方がいいんじゃないかな〜?」



 私は未来さんから告げられた言葉に目から鱗が落ちるような気持ちであった。


 確かに自分一人のライブであれば、自分が良いと思った完成度を高めた演奏をする事が大事だと思い、実際それを行なってきた。


 勿論、それはそれで高いレベルの演奏を楽しみにしてくれている人達を楽しませられたし、私自身満足のいく演奏を行えた事に楽しさを感じられたので……。それらライブの在り方は間違いではなかったと思っている。



 しかし、未来さんの先程の話を聞いて、その在り方だけが全てではなかったと気付く。


 それがどんな演奏であっても、私達の楽しい気持ちが乗った音を届ける事が出来れば、それは立派な『音楽』になるという事を。


 そして、それを感じたからこそ、私は未来さんに一緒に音楽をする事を勧めたのだと、改めてあの時に感じた心の躍動を感じられた。



「(うん。やっぱり未来さんを音楽に誘って良かった。この人とならどんな形でも自分の楽しいを表現出来ると思うし……。何より、こんなにもいられる場所があるのは本当に嬉しい。

 私の全ては音楽だけだと思っていて、私を表現する方法はそれしかないし、それを高める事だけが私の存在を意味のあるものだと肯定すると……。本気でそう思っていた。)」



 ……でも本当は違った。音楽は私を表現する上での一部に過ぎず、それがどんな形の音であっても、確かに肯定してくれる人が一人ここにはいるという事だ。


 別に誰かに『お前の全ては音楽だ。』と言われた訳ではない。ただ、これまで過ごした環境が音楽なしには自分の価値を見出す事が出来なかった……。ただそれだけの話だ。



 そんな私には、自分にはそれしかないと必死に積み上げてきた音楽おとよりも、私と奏でる時間おとの方がいいと言ってくれた未来さんの言葉は何よりも嬉しく、音楽しかなかった私の心に確かな温もりも与えてくれた。


 私はそんな自身の心の中に生じた熱を確かに感じつつ、その熱が顔に出る前にアレコレと言葉を重ねて、何とかほんのり赤らんだ頬を未来さんから見られずに済んだ。



「……ありがとうございます。私、あなたと今音楽が出来て本当に幸せです。」


「ん〜?何か言ったぁ?……ってぇ、どうしたの〜?何だか聖ちゃん、嬉しそぉ〜?」


「いえ、二人のライブを想像していただけです。さっ、早速ですけど……。声出しから始めますよ。本番まで時間がないんですから!」


「お〜!そうだね〜。今日もいつも通りぃ、練習お願いしますだね〜。」



 そうして、その日もいつも通りの二人の練習を終え、私達は一緒に帰路に着いた。


 普段であれば特にどちらから言う訳でもなく、自然と自由な解散になるのだが……。


 何だか今日は、無性に未来さんと一緒に帰りたいという……。そんな気分なのだ。



「ん〜?何か今日の聖ちゃん。妙にミクに近くない〜?別に嫌とかじゃないけどぉ……。聖ちゃんからは珍しいね〜?」


「そうですか?未来さんが嫌じゃないなら別にいいじゃないですか。それより、未来さんは普段何されてるんですか?これまであんまり聞いてこなかったですけど……。」


「んんん?確かにミクが嫌じゃないし……。それならこれでいいのかな〜?それで普段のミクだっけ?そうだね〜。普段は結構一人で行動してて〜、自分で言うのも何だけどぉ、読書とか手芸とかをしているよ〜?」


「そうなんですか?お昼とかも一人でいる事が多いですか?もしそうであれば、明日は私と二人で食べませんか?音楽の話やライブの話も出来るし、それがいいと思います。」


「おおう!?な、何だかいつにも増してぇ、聖ちゃんがぐいぐい来てる〜。でもぉ、その方がミクも楽しいだろうしぃ、そうだね〜。明日は一緒にお昼食べよっかぁ。」



 その後、私と未来さんは会話を続け、気が付いた時には私の自宅付近まで歩いていた。



 誰かと一緒に下校した記憶など、自分がかなり小さい頃、それこそ小学生低学年の集団下校の時にまで遡らなければ程昔の話だ。


 そして、その時に楽しそうに会話をして下校していた同級生達の気持ちが、今この時になって初めて分かったような気がした。


 私が本当に求めていたのはありのまま自分でいられる時間。今この時のような音を介さずとも一緒にいられる……。そんな普通の関係性だったのかもしれない。


 だからこそ、今の未来さんとの関係性は私にとって非常に重要なものであり、いわゆる近所で昔からの知り合いだった霞さんとはまた違った特別な存在なのだ。



「(別れが名残惜しいなんて感情……。生まれて初めて感じた。また明日になればお昼を食べる約束もしたからすぐに会えるのに。何だか、すぐに帰りたくないな……。)」



 そんな私の感情が表情に出ていたからだろうか?未来さんは少し微笑んでからその場に立ち止まり、カバンの中をガサゴソ漁って中からスマートフォンを取り出す。


 そして、徐にこちらにその液晶画面を向けると、彼女は優しい口調で私に声を掛ける。



「そういえば〜、ミクと聖ちゃんでぇ、LINE交換してなかったね〜?これでいつでも連絡が取れるしぃ、今日は遅くなるといけないからぁ……。帰ってからでも連絡してね〜?」


「は、はい!あの……。また帰ってから連絡します。……だから、寝ちゃダメです。」


「うんうん〜。また明日ね〜。ちゃんと起きとくからぁ、安心してね〜。」



 そうして、私は未来さんと連絡先を交換した事で、先程まで感じていた名残惜しさを無事解消する事ができたので……。


 彼女に今度こそ別れを告げて一人で帰る。



 今日だけでも色んな感情の変化や未来さんとより親密な関係になる事が出来たけれど、明日以降ももっともっと仲良くなって、二人で楽しい時間ときを音楽をしながら過ごせたらいいなと、そんな風に思えるのだった……。

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