音楽が全ての生き方(短調)『未来さんと現生徒会長』

「……はい。では、今日の練習はこれで終了します。明日は演奏会のリハーサルを行いますので普段よりも早く集合して下さい。

 全員分の楽器は明日のリハーサル終了後には会場奥にある我が校のしますので、各自メンテナンス等は今日明日中に終えておいて下さい。それでは……。解散。」


「「「「「お疲れ様です。」」」」」



 ーー定期演奏会を明日に控えた吹奏楽部。


 私、水無瀬 聖みなせ ひじりは相変わらず、旧音楽室と吹奏楽部を行き来する生活を続けていた。


 かれこれ未来さんと一緒に練習を続けて早三ヶ月。今ではメロディを聴いただけでも歌詞を口ずさむ事が出来て、少し音程を変えて演奏してもも着いて来れる程に、未来さんは歌唱のレベルはメキメキと上がっていた。



「(あの調子なら余裕でにも出れるだろうし……。また次の練習会の時にでも声を掛けようかな?未来さんの事だから最初はあわあわするだろうけど、最後にはOK出してくれるだろうし……。うん、今からでも未来さんの反応を見るのが楽しみ。)」



 私はそんな事を考えながら、部活の終了を告げる声に楽器を片付け始めて、明日の演奏で使うヴァイオリンを軽く手入れする。


 さっきまでの練習に自分が使用していたのはフルートだけど、本番の演奏ではヴァイオリンでの演奏を行う予定なのだ。


 そのため、先程部長の指示があったように楽器の手入れを行うのだけど……。



「(とりあえず、ここで行うよりも明日に最終調整する方がいいか。きっと明日ならほとんどの人が早く帰ってるだろうし……。その方が色々と気が楽だから。そうしよ。)」



 考えをまとめた私は手入れしていたヴァイオリンをケースにしまい、部長に『お先に失礼します。』と一声掛けてから後にする。


 まだ部室にはそれなりの人数の生徒が残っているが、私はそれ程気にする事はなく部室を出て昇降口へと向かい、今日の所は旧音楽室に向かう事なく帰路に着く。


 昨日に未来さんから直接、今日の放課後には旧音楽室には行けないとの話を聞いていたので、特に迷いなく校舎を出る事が出来た。



 そして、私は楽器ケースを背負いながら歩き出そうとして……。ん?



「あれは……。生徒会長と未来さん?」



 帰路に着こうとしていた私の目に飛び込んできたのは、校門脇で話をする未来さんと中学生徒会の現会長の姿であった。


 少し遠くなので会話までは分からないけど、未来さんは時折会長の言葉に相槌を打っているが、どこか困ったような表情である。


 しかしそれに気付いていないのか、会長は何やら熱心に未来さんに声を掛けている。



「(生徒会長は一体何を未来さんに話しているんだろ?未来さんが旧音楽室に来れないって言ってたのは、あの人に会う予定があったからなのかな?それにしては、どこか余所余所しいって言うか……。表情が硬い?)」



 そのため、私は一体どんな話をしているのかと興味が湧き、少しだけ近付いて二人に気付かれないようにしつつ、聞き耳を立てる。



「ーーから、生徒会に復帰しませんか?環さんと巴さんと一緒にしてた時のように、あなたにもちからを貸していただきたいのです。

 ……それに、未来は今部活動にも参加していないでしょう?であれば、ぜひとも生徒会に力を貸して貰いたいのです!」


「う、う〜ん……。でもぉ、もう3年生になってそろそろ半年経つしぃ。お手伝い程度ならまだしも〜。メンバーに戻るのはぁ……。」


「そこを何とかお願い出来ませんか?お姉さんの巴さんが副会長をやっていたなら、同じ副会長を務めたくはありませんか?

 私が生徒会長であなたが副会長。それが一番収まりが良いと思うのですが……。」


「…………。」



 ーー何も知らなかった。未来さんが元生徒会役員でお姉さんがいたという事を。


 いつも自分は音楽に夢中で、未来さん本人の事についてはそれ程話を聞いてこなかったと、この時になって始めて意識した。


 これが普段であれば、他人の事なんて特に興味もないし、その人について知らない事を意識した事などはなかったのだけど……。



「(何でこんなにも胸の奥がザワザワするんだろう?目の前にいるあの人が私の知らない未来さんみたいで……。何かやだな。)」



 そう思ってからの私の行動は早く、何事もなかったように二人の前に現れて、ちょうど今ここに来たばかりとでも言うような口振りを意識して、私は未来さんに声を掛けた。


 それは直感的な行動であり、そこに『なぜ自分は嫌だと思ったか。』などを思考する理性的な部分は存在しなかったと言える。



 すると、唐突な私の登場に驚き固まっていた現生徒会長は、それでも未来さんに『では、次会う時までに考えといてくれ。』と言い残して、こちらに軽く会釈して立ち去る。


 そうして、この場には私と未来さんだけとなり、何処となく気まずいような雰囲気が訪れる前に、未来さんは先程の会話を誤魔化すように明るい声で私声を掛けてくる。



「そ、そう言えば〜!明日は吹奏楽部の演奏会のリハーサルだっけ〜?聖ちゃんは色んな楽器が上手だからぁ、きっと本番でもとっても上手で目立つんだろうな〜。」


「……まあ、それなりに練習はしてますし、問題なく演奏出来ると思います。けど、どうせなら私は……。未来さんと演奏出来たらって思いますね。吹奏楽部のはただの発表会で面白いとかそういう物ではありませんしね。」


「そうなの〜?ミクは演奏会とかした事ないからぁ、どんな感じか全然分からないな〜。でも〜、聖ちゃんと一緒に演奏するのはすっごい楽しいからぁ、きっと二人でライブとかしたら楽しいだろうね〜。」


「そ、そうです?未来さんさえよければ、一ヶ月後に行う予定のライブを一緒に……。」



 ーーそして、未来さんと話をしているうちに先程の生徒会長の話は忘れてしまい、結局その件を未来さんに尋ねる事はなかった。


 それは意識的にその話題を避けたとかそういう話ではなかったけど……。


 もしかすると、私は無意識のうちに今の関係が崩れる事を恐れていたのかもしれない。



 楽しい言葉おとだけを聴いて、現実からはそっと目を逸らすようにして……。

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