音楽が全ての生き方(転調)『吹奏楽部と居場所』
「橘さんと二人で練習を始めてソロソロ1週間程になりますが……。音楽をするのはどうですか?始めたばかりの時にも言いましたが、気分転換になっていいでしょう?」
「うん〜。聖ちゃんとの練習は良い気分転換になってとっても楽しいよ〜。何かぁ、もう1週間も経ったなんて信じられないな〜。
ミクはまだまだ上手くは歌えてないけどぉ、いつかは聖ちゃんと一緒に歌えるくらいに上手に歌えるようになりたいな〜。」
「いえ……。橘さんはほとんど初心者とは思えない程、かなり歌唱が上手ですよ。それにすぐに上手くなるより、じっくり音楽を楽しみながら成長する方が良いと思いませんか?
なので、まだ1週間ですし……。徐々にステップアップしていきましょう。私も毎日ここに来て練習させて貰いますから。」
ーーここは再び改装中の旧音楽室。
1週間前の今日。初めて橘さんと出会ったそこは私達の練習場所となっており……。何だかんだで放課後毎日のように集まって、私達は音楽を楽しみながら練習を続けていた。
当初の見立て通り、橘さんとの音楽はとても楽しく、私としてもかなり満足のいく練習となっているのだが……。
私の予想を上回る速度で橘さんの歌唱のレベルはどんどんと上がっており、このまま練習を続けていくと、橘さんの言う二人で本物の演奏を出来る日も近いかもしれない。
「(とは言え……。さっきも言ったけどゆっくりでいいからね。それで無理して喉を痛めては元も子もないし……。それに、今はこの時間をじっくりと楽しみたいって言うか。
うーん……。何だろ?私はこの人一緒に音楽を続けたいのは勿論なんだけど。何かそれだけじゃないって言うか……。)」
上手く言葉では言い表せないけど……。とりあえず今は練習を楽しむという事だ。
そして、二人練習、時々会話と続けていたのだけど……。少し疲労が出てきた為、橘さんと雑談をして過ごしていたけれど……。
「う〜ん……。何か聖ちゃん。あんまり吹奏楽部には行きたくない感じぃ?ミクと一緒に練習してくれるのは嬉しいけど〜。この1週間とその後もずっと行ってないとなるとぉ。部活の人達が心配になったりしないかなぁ?」
「…………。」
正直、冒頭の会話の後、橘さんがどこか心配するような表情をしていた時からこの話題になる事は薄々分かっていた。
現在、私は中学2年生で吹奏楽部に所属してはいるが……。それには出席せずに、今ここで橘さんと二人で練習を続けている。
部長には自主練など言い訳をして、何とか部活に出ずにやり過ごしていたが、それが1週間を超えてとなると色々と厳しいだろう。
実際、クラスの同じ部活の人からは、いつまで部活にでないのかと聞かれたばかりだ。
「(でも……。正直今は、吹奏楽部の部活動に参加するよりも、橘さんと音楽をする方が何倍も楽しいし、その方が自分の成長にも繋がってると感じてる……。
それなのに、居心地の悪い部活にわざわざ出る意味がホントにある?)」
私は心の中でそのように感じでいたが口には出さない。そうすれば橘さんを余計に心配させて、もしかするともうここには来てくれなくなるかもしれないから。
……何があってもそれだけは避けたい。
しかし、そんな私の内心の心配とは裏腹に、未来さんはどこか不良生徒を見る先生のような優しげな表情を浮かべて、優しく、それでもハッキリと私の事を嗜めて……。
「そっか〜。でも、たまにはちゃんと部活の方にも顔を見せないとダメだよ〜。私と練習してくれるのはありがたいけどぉ、やっぱり定期的には部活にでないと〜。私もそうだけどぉ。聖ちゃんが来てくれないと困っちゃう人や場所があると思うんだぁ。
だから〜、明日はちゃんと部活に出よぉ?明後日にはまた私も一緒に練習させて貰うからさ〜。それじゃあダメかなぁ?」
「は、はい……。明日はちゃんと部活に出ます。なので、明後日は約束ですよ?またここで一緒に練習しましょうね?」
「うんうん。約束ね〜。ミクも聖ちゃんといるのは楽しいし、明後日が楽しみだよ〜。」
「じゃあ、今日はこの辺で終わりますか。片付けなどはこちらでやるので、先に帰って貰って大丈夫ですよ……。未来さん。」
「……っ!?うん!そういう事なら先に帰らせて貰うね〜。またねぇ、聖ちゃん!」
「はい。……ではまた。」
……何だか顔が熱い。私が相手の事下の名前で呼ぶ事は非常に稀で、お世話になっている霞さんを除くとーー他には誰もいない。
それでも、何だか無性にそう呼びたくなったのは……。何だろう?未来さんが私に与える安心感というか、とにかく、そう呼ぼうと思って口に出したのだから仕方ない。
それに『またね。』と言われたのも、言ったのもいつぶりだろうか?
小学生でも行った覚えがほぼないし、中学に入ってからは勿論ないと思う。
それはそれを言う相手がいなかったというのもそうだし。そもそもそれを言う対象であろう友達というものが出来た覚えが、幼少期の頃を除いてほとんどない。
私には『音楽』があればそれで良かったし、なにより……。友達を作って遊ぶ時間よりも音楽をしている時間の方が何倍も有意義で意味のあるものだと思っているからだ。
「(それが私の生き方だし、音楽をしている以外の生き方なんて……。私は知らない。
だから、別に友達なんていらないし、わざわざ作ろうとなんてした事なかったんだけど……。今の私は何なんだろ……?)」
正直、自分でもよく分からないのだけど、私は音楽をする事以外での繋がりを未来さんに求めているのかもしれない。
自分が音楽の事以外で他の人と自然に雑談を出来る事なんてなかったし、そもそも音楽をせずに雑談するなんて事はほとんどない。
それは吹奏楽部の人達(霞さんは除く)とは明確に違った接し方であると言える。
「何か自分で言うのは恥ずかしいけど、私は未来さんとは仲良くしたいのかもしれない。歳上にこう言うのは変かもだけど……。知り合いじゃなくて友達というか、もっと未来さんと一緒に過ごして仲良くなりたい。」
私は先程まで未来さんが座っていた椅子を元の場所に片付けつつ、明後日にはまた会えると静かに心を踊らせるのであった……。
ーーー次の日、吹奏楽部にてーーー
「あら?今日は水無瀬さん部活に参加しているのね。前にも言いましたが……。自主練をするのもいいですが、今回のように定期的にはこちらにも顔を出して下さいね。」
「……はい。すいません。」
橘さんとの約束で久しぶりに出席した吹奏楽部。それなりに緩い所もあるこの部活だけど、意外にも出席率が高く、今回のようにそれなりに出席までの時間を空けてしまった私はいつも以上に居心地の悪い思いである。
先程声を掛けて来たのは、3年生の現部長である
そのため、吹奏楽部には置いていない楽器の演奏などを教えてくれる人なので、必要がある際はたまに私から声を掛ける事もある。
「(と言っても……。この部活で私が声を掛けるのって、この坂口先輩か霞さんくらいなんだけどね。今日は霞さんが居ないし、ちょっとハズレの日だったかな。同級生はいるけど、私にほとんど話し掛けても来ないし。)」
現に私が部室に入った際にはコソコソと話をしていた同級生も、私がチラリと視線を送ると慌てて楽器の調整に戻る始末だ。
このように遠巻きからコソコソされるだけの場所が居心地の良い場所なはずが無い。
……とは言え、この時間をやり過ごしさえすれば、明日は橘さんとの練習の時間だ。
あの楽しくも充実感のある時間を享受する為に必要な時間と考えれば、この居心地の悪さも存外気にする程の事でもない。
「では、準備の出来た方から練習を始めて下さい。パート毎に別れて練習を行いますので、そこのグループは①番から演奏をーー」
ーーうん、今は音楽に集中だ。考える事や思う事は色々あるけど……。音楽をしていると余計な事を考えなくて済む。
それがいつも通りの私であり、これまで通りの自分自身の生き方そのものだ。
しかし、その時の私は知らなかった。自分が聞いてこなかったそれらの声に紛れて、見えない悪意なそこに潜んでいたという事を。
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