彼女の苦悩『背中合わせの姉妹』


「そうですか……。やっぱり俺と霞さんは避けられてる感じですかね?心さんや他二人とは普通に話しているのを見ましたし……。無視されてる訳ではないんですけど、こちらには近付こうとしない感じですね……。」


「うん……。学校でも見かけた時に声を掛けようとしたんだけど……。同様に逃げられちゃったよ。私達の事を嫌いになったとか、そういう話ではないんだろうけど、やっぱりこちらとしては気になるよね。聖ちゃんの事もあるし、私はそこに関しても気になるかな。」


「ああ、霞さん言ってましたもんね。吹奏楽部の後輩で仲良くしてたって。その子の名前を聞いて酷く動揺してたんで……。未来さんとの間に何があったのか知りたいですね。」


「そうね。私もこのまま気まずい状態が続くのは嫌だし、聖ちゃんに連絡して話をしてみる事にする。その時は……、相太さんも一緒に来てね?私だけじゃきっと上手くいかないと思うからさ……。」



 何回目かになる体育祭の準備作業。俺と霞さんはここ数回遭遇した未来さんの様子を報告し合い、二人軽く溜息を吐いていた。


 この前の一件があった後、俺と霞さんは未来さんにどことなく避けられている状態が続いており……、二人ともその原因が何なのかと、かなり気になっているのだ。


 そして、このままでは良くないと感じていた霞さんが、問題の原因であると思われる件の『聖ちゃん』に直接話をするようで、そこに俺も同席して欲しいと要請されている。



 勿論、俺としては原因を知りたいし、何か二人の間にあってそれが未来さんの課題となっているのなら……。力になりたいし、何か出来る事があれば手を貸すつもりだ。


 とは言え、俺はその聖さんについて何も知らないので、簡単な説明を霞さんに求める。(今の所、『聖』という下の名前と中学3年生の吹奏楽部所属である事しか知らない。)



「基本情報としては、前にも言ったけど中等部3年生で吹奏楽部に所属しているの。名前は水無瀬 聖みなせ ひじりと言って、確か今は……。吹奏楽部の部長になったみたい。だから、かなり楽器の扱いは上手な子だよ。私がいた時も1年生ですごい出来る子って噂になったし。」


「成程、水無瀬さんですね。了解しました。

 それで……。もし実際会いに行く時には、勿論、俺を呼んでいただきたいんですけど、俺も事前に妹の雫に話を聞いてみます。もしかすると、二人に関しての情報を何か持っているかもしれないですしね。」



 そして、俺は霞さんにその後の行動を伝えてから別れを告げて元の作業へと戻る。


 作業自体に問題はないし、周りとも比較的良好な雰囲気でいられているのだが……。やはり、未来さんとの一件は体育祭が終わるまでにある程度の解決を図りたい。


 勿論、俺が未来さんの問題を全て取り除くなどと大それた事は言えないが、彼女が以前のように俺達を警戒せず、不安を感じないくらいには関係の修復を図りたいと思う。



「でもまあ……。まずはこの作業を終わらせてからだな。スケジュールは特に問題ないし、今日は早めに帰って雫の帰りを待つか。二人だし久々ファミレスでも行こうかな?」



 そうして、俺は作業の報告を終えるべく、運営チームの本部テントに近付いてーー



「あの……。相川くん。少しお時間いただけますか?少しだけミクの事でお話が……。」


「えっ?あっ……、巴さん!妹の事というのは……。やはりとの件ですか?」


「……っ!もしかして、相川くんは何か知ってるんですか!?未来の事で何か知ってるのであれば……、私に教えてくれませんか!」


「お、落ち着いて下さい。色々と目立ってしまってます!話は後でするんで……。今は問題なく作業を終えましょう。ここで目立って体育祭の雰囲気を悪くしてはマズイです。」


「……あっ、申し訳ありません……。」



 すると、こちらも作業の進捗を報告に来たであろう巴さんとバッタリ遭遇して、こちらと目が合った瞬間ーー巴さんは作業報告はそっちのけで俺に声を掛けてきた。


 そして、案の定と言うべきか……。妹である未来さんの事を俺に聞きたかったようで、最初は落ち着いた様子でこちらに声を掛けてきたのだが、俺の『水無瀬さんとの件ですか?』という言葉を聞いた途端、巴さんは目の色を変えて俺に詰め寄って来る。


 しかし、ここは体育祭運営のテント前。テントの中の人達は勿論、周りにも多く人がいて、男に険しい表情で詰め寄る巴さんの姿にザワザワと周りが騒がしくなるのを感じる。



 そして、俺の言葉にハッとした巴さんは周りに何もない事をアピールしつつ俺に謝罪の言葉を述べて、少し落ち着いたのか、大人しくこちらの指示に従ってくれる。



「相川くん、では後程お時間いただきます。それでお話をする場所は……どうしましょう?

 ここに留まってお話しをするのは良くないですし、どこかゆっくりと落ち着いてお話を出来る場所があれば良いのですが……。」


「あー、それなら、良い所があるんで……。あまり巴さんは行かないかもしれないんですが、一緒に着いて来て貰っていいですか?」


「……?分かりました?」



 その後、俺と巴さんは会場を出てから合流してある場所へと向かう。


 俺は作業班の三葉先輩も一緒にと誘ったのだが、生憎先輩は旧友の方との先約があったようで、今回は俺と巴さん、それと後一人の計三人での会談になる事だろう。



 そうして、俺達二人が向かった先は……。




 ーーーファミレスにてーーー


「いらっしゃいませ!ご予約のお客様でしょうか?当店での受付ですね。かしこまりました!では……。二名様のご案内です!」



 ここは体育祭設営会場から近く、俺と巴さんの通う学校からもそれなりに近い位置にあるファーストフード店。


 俺は巴さんに声を掛けられる前に検討していたその店で件の話をすれば、晩御飯が食べられて、なおかつ、ゆっくりと落ち着いて話し合いが出来ると考えたのだ。



「あっ、後で一人追加で来るので……、お冷やは三人分でお願いします。」


「かしこまりました。お好きな席をどうぞ。」


「ありがとうございます。……じゃあ、ゆっくり落ち着けるテーブル席に行きましょう。

 ここは俺が出しますから……。好きな物を頼んで貰って大丈夫ですよ。巴さん。」


「は、はい。ありがとうございます……。」



 先程の店員さんの案内の通り、窓際の比較的周囲に人がいないテーブル席を選んで、俺達二人はそこに着席する。


 俺と巴さんはちょうど向かい合うように着席して、俺はすぐにテキトウなオーダーを。巴さんは終始あわあわとしながらも……。それぞれのオーダーを済ませる。


 やはり、見た目や話の印象からして巴さんはこの手の外食に慣れていないのか、どこかソワソワした様子でキョロキョロと周囲に目をやっており、その様子は落ち着きのない子供のように見えて……。何だか可愛らしい。



「あ、あの!ここでお話しするのは勿論構わないのですが……。ここは何食のお店なのでしょうか?洋食のオムライスやハンバーグがあるにもかかわらず、中華のチャーハンやラーメン。それに海鮮丼など和食も置いているようですが……。ここは何屋さんなのですか?」


「あー、確かに基本的に何でもありますもんね。こういう店に馴染みがなかったら、何屋か分からないってなりますよね。

 まあでも、ここは外食屋ってだけで、特定の料理屋ではないですね。巴さんの言葉を借りるなら外食版の何でも屋さんですね。」


「成程!?何でも屋とは驚きですね。私、あまり放課後寄り道をするなどなかったので、このようなお店は初めてですね。家族との外食も基本的に和食の料理店ですし。」


「は、初めてですか!?それは……。何かすいません。あんまりお口に合う料理か分かりませんけど……。口に合わなければ全然残して貰って構いませんからね?」


「ふふふ……。ありがとうございます。でも、私も自由にご飯を選んで食べてみたかったんです。だから、それがどんな物でも残さずにいただきますよ。お気遣いありがとう。」



 まさかファミレスが初めての経験な事には驚いたが……。本人は意外にも喜んでいるので、これはこれで良かったのかもしれない。


 そして、巴さんが注文したハンバーグとパンのセットが運ばれた際には、年齢よりも幼く見える笑顔を見せて喜んでおり、見ているこちらが自然と笑顔になるのを感じた。



 その後、ある程度食事を進めて、箸休めに入るくらいのタイミングで本題を切り出す。



「あの……。それで本題に入るんですけど、ぶっちゃけ未来さんはどうですか?正直、こっちの作業を行なっている時は俺ともう一人の女性、芦谷さんって方を避ける程度でその他は特に問題なさそうにしているんですけど。

 お姉さんである巴さんから見て、問題があるからこそ俺に声を掛けたんですよね?」



 実際、問題に思っているのは俺と霞さんくらいで、未来さんが俺達を避けている点を除けば、別段問題になる事は起きていない。


 しかし、巴さんが俺に声を掛けたのは、未来さんとの間に何かがあって、その何かを知る為にこちらに探りを入れたに違いない。


 もしかすると巴さん自身、未来さんが抱える問題を知り得ないのかもしれない。


 それでも俺に声を掛けたのは……。彼女自身、妹である未来さんの事を知りたい。そして、もし何かを抱えているのなら、自分も力になりたいとそう思っているからだろう。



 すると、俺の言葉に居住まいを正した巴さんは少しだけ神妙な面持ちになり、『はい、実はですね……。』と、家での未来さんの様子。それに早退をして作業を休んだあの日の未来さんの話をしてくれる。



「……そうですね。外から見た未来は普段と変わらないように見えるかも知れません。

 ですが……、あの子は心を閉ざしてしまっているのです。正直お恥ずかしい話ですが……。私は実の姉であってもあの子に心を許して貰っていません。

 勿論、私はあの子を信用していますし、何かあれば話して欲しいと思っています。ですが、あの子は私を頼る事はしない。私に判断を委ねる事はあっても……、それを相談する事はない。それが私と未来あの子の関係です。」


「…………。」


「だから、無駄とは分かっていても……。私は先日、正確にはあの子から早退するとのメッセージを受け取った際に何かあったのかと尋ねてはみましたが……。やはり、あの子は私に何も話してはくれませんでした。

 それでも!あの子は私のたった一人の妹で、たとえあの子が私の事を信用してくれなくても、もうあの子が何もかもを諦めたようになってしまうのを見たくはないんです。

 ……だから、お願いします。あの日あの子に何かあったのか、何があの子を再びにしたのか……。勿論、相川くんは分かる範囲で構わないので教えてくれませんか?」



 かなり思い詰めた様子。やはり、巴さんと未来さんはお互いに互いを意識しながも、二人してすれ違い続けていたようで……。


 巴さんは『ミクからは信用されていない。』未来さんは『自分よりもトモエが正しい。』と、二人がお互いを間違って認識している。



 そして、そんな状態の二人でも……。巴さんは未来さんの『またあの日のように心を閉ざしてしまった状態』を見たくないと言う。


 しかしながら、俺には巴さんの言う『』とやらに、今回の件を紐解くヒントが含まれているような気がする。



 そうして、俺が先日の霞さんと話をしていた件。そこで『聖ちゃん』の名前が出た時に未来さんが現れて、酷く動揺していた事など。


 それからの未来さんの俺達への接し方の変化などを含めて、その時の未来さんの様子や表情なども巴さんに全てを話した。


 しかし、そこで重要になる『聖ちゃん』については巴さんも知らないようで、妹の仲の良い人物すらもほとんど知らなかったと、尚更自己嫌悪を深める結果となってしまった。



 そして、二人して押し黙って、今後どうするべきかと頭を抱えていた所で……。



「お兄ちゃんと……。巴先輩?これってどういう組み合わせですか?私、お兄ちゃんには晩御飯をここで食べるって話しか聞いていないんですけど……。お兄ちゃん?ちゃんと私にも説明してくれるよね?」



 遅れながらに妹の雫が合流して、何の説明もなく学校の先輩と同席になった事を詰問されたが、未来さんの話を説明すると……。


 聖さんと同じ学年である事による新たな情報を、俺達に提供してくれるのだった……。

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