不安の種/暗い画面『姉妹の絆は永遠に/閉ざされた言葉は』

「へー、じゃあ芦谷あしやさんは柏原さんとは幼稚園からずっと一緒なんですね!それが高校生まで一緒とは……。家族絡みで二人が仲良しなのも納得ですね!」


「そうなの!ココちゃんとはかなり長い付き合いなの。だから、今回の体育祭の実行委員も心ちゃんが『実行委員って何かカッコいいから、かすみ姉も一緒にやろ!』って誘ってくれたの。でも、私こういう目立つ事を自分からするのは苦手で……。歳は私が上だけど、心ちゃんはいつも私を引っ張ってくれるの。」


「ははは、柏原さんは初対面の時と同じように面白い人なんですね。カッコいいからを理由に実行委員になるのは予想外ですが、彼女が前へ前へと引っ張ってくれるのは……、何となくですが想像出来ますね。」



 ここは第一女学院側から指定された、第一高校と校区が被る位置にある運動競技場。


 現在、運営チームの内B班とC班、それに今回は作業班の皆さんも作業に当たっている。


 そのため、この現場に来るまでは三葉先輩と一緒だったのだが……。どうやら、第一女学院側の知り合いの方がいるらしく、その方と会うと言って近くから離れて行った。



 そのため、体育祭の準備作業が開始するまで時間を持て余して、孤立しかねない状況だったのだが……。そこは心配する事勿れ。


 俺には数回の作業期間を経て、ある程度気軽に話せるようになった知り合いが数人だけではあるのだが、俺にもちゃんといるのだ!


 俺はそのような心持ちで知り合いをキョロキョロ探し、その時ちょうど一人で歩いていた芦谷さんに声を掛けて、その話の流れから冒頭の話をしていたのだった。


 突然声を掛けられた芦谷さんは少し驚いた顔をしていたが、俺との雑談には快く応えてくれて、彼女は明るくハイテンションな柏原さんの事を自分を引っ張ってくれる存在であるとかなり評価しているようである。



「(まっ、初めて彼女達に会った時も、一番初めに俺に声を掛けてくれたのが……、柏原さんだもんな。かなり緊張していたけど、それでも俺に声掛けてくれたのは事実だし、それが皆と仲良くなるキッカケに繋がったしな。ホント柏原さんには感謝だな。)」



 そして、話は柏原さんの個人的な話になっていって、普段の彼女の様子などを芦谷さんは俺に色々と話をしてくれる。



ココちゃんはいつも快活な子なの。中学の時はバスケ部で活躍していて、でも高校では『放課後は友達と遊びたい!』って部活には所属してなくて……。私と違って友達が多い、私には勿体無い程の明るい子なんだ。」


「そうですか?俺には芦谷さんに柏原さんは勿体無いなんて……、そんな風には思いませんでしたよ?だって、俺と初めて会った時に芦谷さんは柏原さんを嗜めていたじゃないですか。あれ、正直俺は助かったんですよ。」


「えっ?確かにあの時はココちゃんが男の子に慣れてるってみんなを煽るから、みんなの空気が悪くないように注意したけど……。どうしてそれで……、相川さんが助かるの?」



 すると、芦谷さんは明るい性格の柏原さんに引け目を感じているのか、柏原さんを自分には勿体無い程の存在だと彼女は言う。


 しかし、俺からすれば二人はこれ以上ない程に相性バッチリだとそう思えるのだ。


 俺はそれを芦谷さんに伝えるべく、柏原さん本人に聞いた話を含めて彼女に伝える。



「俺はあの時男一人で、みんなとちゃんとコミュニケーションを取れない状態でした。そのタイミングで女性陣の雰囲気が悪くなってしまうと……。正直、こっちから声を掛けるのも難しくなってしまう状況でした。」



 少し大袈裟かもしれないが、あの時に芦谷さんが場の雰囲気を抑えてくれたお陰で、俺からみんなに自己紹介する事が出来た。


 もしそこで、喧嘩やそれじゃなくても雰囲気が悪くなるような事があれば、色々と気が引けて声を掛けられなかったかもしれない。



「……それに、柏原さんもあなたの事を『自分の頼れるお姉さん』と言っていましたよ。いつも一人で走り出そうとする自分を見守ってくれて、時には諫めてくれる大事なひとだって……。嬉しそうに話してくれました。」


「……あの子が私をそんな風に……。」



 前に柏原さんが俺に話してくれたのは、芦谷さんとの関係についてだ。


 年齢的にお姉さんなのは間違いないが、それだけの関係でないと彼女は言っていた。



「(明るく元気な柏原さんが前へ前へと押し出して、冷静でしっかり者の芦谷さんがそのフォローを行いつつ、彼女の事を見守る。逆に前に出れない芦谷さんを積極的な柏原さんが一緒に連れて引っ張って行く。

 二人はそうして、お互いがお互いを補い合っているって、柏原さんは言ってたな。)」



 『たとえ血が繋がっていなくても、それは家族のように固い繋がりで、これからも二人がお互いを支え合う関係でいたい。』と、彼女は照れながらも俺にそう話してくれた。



「だから、自信を持って下さい。柏原さんにはあなたが必要で、釣り合わないなんて事もあなたには勿体無いなんて事も無いんです。

 俺には二人がお似合い……って言葉も変なんですけど、お互いがお互いを良く思っている点で相性の良い二人だと思ってますよ。それこそ、本当のみたいだなって思います。」


「……っ!そうだったんだね。私がいないとココちゃんはダメなんだ……。

 うん、相川さんにそう言われたら、何だかホントにそんな気がしてきた!少し湿っぽい話になったけど……。これからもあの子と一緒に支え合って頑張ろうって思えたよ!」


「そうですね。俺も陰ながら応援してます。お二人には色々と助けて貰ってますからね。俺に出来る事であれば何でも言って下さい!」



 そして、俺はいつまでも仲の良い姉妹のような関係を二人には続けて貰いたいものだと思いながら、俺は彼女を元気付ける。



 こんな風にアレコレ色々と考えて、どんどん思考がマイナスに陥る性格は自分にも少し心当たりがあるので……、俺には芦谷さんの思い悩む気持ちがよく分かるのだ。


 明るいあの人の隣に俺何かが居てもいいのかと……。そう思い悩む事は何度もあった。


 でも……。それでも大切なのは、その人の隣に居てもいいのかと思い悩んで出した答えよりも、自分が相手にどうしたいか。自分が相手にどうしてあげたいかを考える事の方がずっと重要だと……。俺は彼女から学んだ。


 だからこそ、お互いがお互いを望んでいるこの二人には共感が出来るし、俺ともそんな関係になれたらとそう思える。



 すると、俺のその『俺に出来る事であれば何でも』との言葉を聞いて、芦谷さんは目を輝かせて俺に近寄って来てーー近い近い!!



「じゃ、じゃあ、私の事はかすみ、もしくはかすみさんって呼んでよ。せっかく仲良くなれたんだから……、私も相太さんって呼んでみたい!

 あっ、あとココちゃんの事も心でも心さんでも好きな方でいいからね?」


「え、えっと……。じゃあ、霞さんで。柏原さんは……、そうですね。また今度にでも本人にどっちがいいかを決めて貰います。」


「う、うん。えへへ。何か男の子に下の名前で呼んで貰うのって照れるね?小学校の頃は特に何も感じなかったけど……。中高と女子校だと、やっぱり変に緊張しちゃうね。」


「あっ、やっぱりそうだったんですね。霞さん初めて会った時にガチガチに緊張してたんで、中学からの『一女生』じゃないかと思ったんですが……。やはりそうでしたか。

 俺の妹も一女の中学生なんで、もし会う事があれば仲良くしてやって下さい。」



 唐突に、芦谷さんもとい霞さんの呼び方を変える事になったが……。まあ彼女とは、今回の一件も含めかなり仲良くなった方なので、ここは変に恥ずかしがらずに、本人の希望通り下の名前で呼ぶ事にした。


 そして、霞さんが当初のイメージ通りの女子校歴が長い事を知って、自分の妹が同じく『一女』の中学生である事を彼女に教える。


 基本的に妹に会う事は無いとは思うが、もしかすると女子校特有の先輩後輩の関係があるかも知れない。俺はそんな事を考えながら妹の事を霞さんに伝えたのだが……。



「えっ?相太さんの妹って第一女学院の生徒なの?しかも、中等部なら私の知り合いかその友達かも!ねね、相太さんの妹さんって何て子なの?今、何年生かも教えて!」



 すると、思いの外霞さんは俺の妹の存在に興味を持ったのか、前のめり気味にその話に食いついて妹の情報を尋ねてくる。


 しかし、霞さんは気を許した相手には距離が近くなる傾向があるのか……、先程こちらに詰め寄って来た時以上に距離が近く、彼女の少し長めの黒髪から香るいい匂いが、俺の思考力を徐々に削ってくるのを感じる。



 何だか、俺の方が逆にドギマギしてしまいそうにはなるが……。そこは出来る限りの平静を装いつつ、彼女からの質問に答える。



「そ、そうですね。妹は今中学3年生で名前は雫って言います。一応、中等部の生徒会に所属しているので、もしかすると霞さんの後輩さんとお知り合いかも知れませんね?」


「へー、そうなんだ!あっ!そういえば、会長さんが全体の説明で言ってたかも!相太さんの妹さんは中等部の副会長だから安心して欲しいって。でも、雫ちゃんか……。私の知り合いも3年生にいるんだけど、その子と知り合いだったりするのかな?ひじりちゃんっていう子なんだけど……。」



 やはりと言うべきか、流石に俺の記憶の中にはその聖さんの記憶はないので……、恐らく雫の知り合いの子ではないだろう。


 たまに数人程の『一女』の子が家に遊びに来たりするのだが、その中に聖と呼ばれている子はいなかったような気がする。



 そのため、俺は霞さんに雫の知り合いではなさそうと伝えつつ、どこかで会う事があれば紹介しますと話をしていた所ーードサっ!



「……ひ、ひじりちゃんと知り合い…なのぉ?」


「「えっ……?」」



 突然の声に驚いた俺と霞さんが振り返るとそこには……。どこか怯えたような瞳でこちらを見る、同じ班で一女の生徒会副会長である未来みくさんの姿がそこにはあった。


 そしてこちらを見る彼女は酷く動揺しているのか……。その瞳はソワソワと落ち着きがなく、彼女が手に持って来たであろう作業スケジュールが入ったバインダーが地面に落ちた事も今の彼女は気が付いていない。



 その明らかに動揺した様子に、俺と霞さんは未来さんに詳しく事情を尋ねようと近付くのだが……。彼女はハッとした顔をして俺達の接近に気が付くと、やはり怯えた表情を浮かべて後退り、「ご、ごめんねぇ。」とだけ言って早足で元来た方向へと逃げて行く。


 俺達はその後ろ姿を見送る事しか出来ず、ハッと意識が戻った時には未来さんの姿はおろか、その影を追う事さえ出来なかった。



「な、何だったんだ……。突然未来さんが現れたと思ったら、急にどこかに行ってしまったし。そもそもあの怯えようは一体……?」


「う、うん……。私も正直かなり驚いてる。何か悪い事を言ったかと思ったけど、私が言ったのって……。聖ちゃんの名前だけだしね。

 私は知らないけど、聖ちゃんと橘さんの間には何か因縁めいたものがあるのかも……。」



 ようやく二人話せるようになり、先程の一件を振り返るが……。特に問題あるような会話の流れなどではなく、それはむしろ、未来さん本人側の問題であるように感じられた。


 そうして、俺達二人は何とも言えぬ空気のまま作業の時間を迎えて、未来さんが作業に来るのを待つのだが……。その日は待てど暮らせど彼女が姿を見せる事はなく、後から姉の巴さんを経由して体調不良の早退であると伝えられるのであった……。






 ーーー???・体育館裏ーーー


「はぁはぁ……。こ、ここまで来れば、きっと達もミクを追おうとは……。流石に思わないよね〜?」



 グランドから離れた誰も居ない体育館裏。肩で息をしながら呟くのは、第一女学院生徒会副会長、橘 未来たちばな みくその人であった。


 彼女は先程、生徒会の打ち合わせから遅れながらにグランドに向かい、自身と同じ作業班に所属する男女に近付いてーー固まった。


 なぜなら、芦谷 霞あしや かすみが口にした3。その言葉を聞いてしまったから。



「……水無瀬 聖みなせ ひじりちゃん。ちゃんと聞いた訳じゃないけどぉ、中学3年生の『ヒジリちゃん』は……。あの子の事だよねぇ……。」



 ーーもう耳にする事はないと思っていた名前。自分がずっと呼んでいたその呼び名を聞いて、収まりかけていた心臓の鼓動が再び速く苦しくなるのが感じられる。


 ここに勢いで逃げて来てしまったが、これは非常に不味い。絶対二人に変に……。そして、心配を掛けてしまっているに違いない。


 同じ学校の先輩に当たる芦谷さんは勿論だが、他校の……。それも男の子であるカレシくんは同じ班が決まった時から色々と声を掛けてくれるし、同じ作業をする中で彼がとても優しい人だという事はよく分かっている。


 そんな二人から何も言えずに逃げ出してしまった。その事実が二人への罪悪感とどこか焦燥感にも似た感情を抱かせる。



「そうだぁ。今日のミクは体調が悪いんだぁ……。だからぁ、二人とは関係ない〜。

 迷惑掛けちゃダメだしぃ、巴ちゃんに体調不良で先に帰るって……。伝えないとぉ。」



 彼女はそう呟くとLINEで自身の姉である巴の連絡先を開いて、今日の作業は体調不良で出れない事を端的に伝える。



 すると、トーク画面にすぐ既読が付いて、『どうしたの?』という一文と共に、体調を気遣う内容の文が画面に表示される。


 しかしながら、体調に関して気遣う内容よりも先に、『どうしたの?』の一文が先に送られた事から……、勘のいい姉は妹の異変に画面越しでも何か勘付いたのかも知れない。


 だが……。それに対して妹の返答は……。



「…………。」



 そして、既読のままスマホを閉じた暗い画面には、泣きそうな顔で黒い画面を見つめる少女の顔が映るのみであった……。

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