(編集済み)選ばれなかった可能性という名のもしも③『選ばれなかったとしても』

 

「ーーですから、私はある人から相太くんの昔の話を聞いて……、実際に今、相太くんはどう感じてどのように考えているのか?それが分からずにいるのです。

 確かに私はその話を聞いて……、怒りにも似た感情をその時は感じましたけど、それは私の立場、第三者の立場からの感想でしかないのです。だから私の一存で、相太くんから麗奈さんを遠ざけるのは、自分本位で不純な行動なのではないかと思って……。」



 ぼんやりですが、先日、望月先生がしていた相太くんの昔話について思い出しながら歩いていた……、雫さんとの登校時間。


 私、大岡 三葉おおおか みつばは雫さんにそのように伝えて、自らの行動によって与える相太くんへの影響について考えます。



「(あの時は私の判断で、相太くんと麗奈さんをあまり近づけない方がいいと思って、出来るだけ相太くんと一緒にいようと思っていましたけど……。それはホントに、相太くんのことを思っての行動だったんでしょうか?

 何となく自分が気に入った。初めてお友達のように親しく出来るかもしれない男の子の存在に、自分が独占したいとそう無意識にでも思っていたのではないでしょうか。)」



 そう考えると、私の行動によって麗奈さんと相太くんが疎遠になってしまうとすれば、それは私の責任と言っても過言ではないのではないでしょうか。


 それに私は相太くんよりも歳上で、彼に道を示すべき立場のはずなのに、その私が彼に勝手な独占欲を出して、道を狭めるような選択をさせてしまうのは……。



 すると、どんどんとネガティブな方向に進んで行く思考を遮るようにして、雫さんは「大丈夫ですか?三葉さん?」と、俯き加減だった私の顔をズイっと覗き込むようにして近づき、こちらの顔を上げさせます。



「うーんと……、三葉さんが誰からお兄ちゃんの話を聞いてのかは知りませんが、一旦落ち着いて下さいね。

 三葉さんはとても優しい方ですが、相手の事を考え過ぎてしまうのは良くないですよ?お兄ちゃんも自分と同じで少し心配だってそう言っていましたしね。」


「でも……。私が二人の関係に少なからず影響を与えたのは事実であり、それがもしも相太くんの望む所でなかったのかもしれないと考えると……。不安で。」



 そして、私は自身が雫さんよりも年上で、本来しっかりしないといけない立場であるという事を忘れて、そのような素直な心情を吐露すると……、雫さんは「大丈夫ですよ!三葉さん!」と、私の事を励ましてくれます。


 やはり、雫さんは相太くんに似て、とても優しい女の子です。そんな優しい雫さんに慰めてもらうなんて、私が今彼女に掛けている迷惑のように、相太くんにも迷惑をかけているのでは……。と、また良くない方向に思考が深みにはまっていくのを感じます。



 しかし、そんな沈んだ思考の私を掬い上げるようにして、雫さんは笑顔で私の手を持ち上げ、その思考の間違いを指摘してくれます。



「三葉さん、落ち着いて?三葉さんの行動がお兄ちゃんと黛さんに影響を与えたかどうかは置いておくとしても……、本当に大切なのはお兄ちゃんの気持ち、それに三葉さん自身の気持ちでしょう?

 それに誰かが誰かを思って行動すれば、それがどんな些細なことであっても変化をもたらす事は当たり前ですよ。だから、三葉さんの行動でお兄ちゃんが影響されるのは仕方ない事ですし……、別にそれ自体が悪い事だとは私は全然思いませんしね。」



 すると、静恵さんは私の行動による影響。それ自体は問題ではなく、むしろそれは私が相太くんの事を思っての行動なので仕方のない影響であると彼女は言います。


 そして、雫さんは続けて……。



「それに本当に迷惑に思っている相手の言葉であれば、お兄ちゃんだって心は動かされないし、何よりも……。迷惑だと思う相手の話をあんなにも嬉しそうに話したりはしませんよ。ちょっと妬けちゃうくらいに嬉しそうで……、三葉さんに感謝していましたよ。」


「……っ!?そ、そうなの……ですか?」


「そうですよ!さっきも言ったじゃないですか!お兄ちゃんが三葉さんの話をしてくれたって。しかも、その殆どが三葉さんに感謝する内容でしたよ。『あの時に声を掛けてくれたのが先輩で救われた』ってね。」


「相太くんが私に……。そんな……。」



 すると、雫さんは相太くんが私に感謝していた旨の内容を伝えてくれました。そしてその内容は相太くんに口止めされている話であったり、少々聞いている私の方が恥ずかしくなるようなものもあって……。


 その話が今の相太くんの正直な気持ち。


 本当に彼が私に感謝をしてくれていると十分に理解する事が出来ました。



 すると、それを理解すると同時にが、ふと私の心の中に浮かんできます。



「だから……、三葉さんは何も気にせず、お兄ちゃんと仲良くして貰って大丈夫なんです!

 三葉さんはもっと自分の気持ちに正直なって行動をしても良いんですよ!」


「自分の気持ちに……、正直に……。」


「そうです!だから三葉さんは、元彼女さんの黛さんの事は置いておいて……。お兄ちゃんにアピールしてもいいんです!それが三葉さんの本当にしたい事であれば……、自分の気持ちを優先しても!」



 自分の気持ちを優先してもいい。雫さんはそのように言ってくれましたが……。


 私がしたいと考えている内容は正直に言って、雫さんが願っているであろう事とはを行く考えなのかもしれません。


 ですが、私は先程の雫さんの話を聞いて、自分の感じていた違和感への正直な気持ちを思い切って雫さんに伝えてみたいと思います。



「そうですね。でも……、相太くんは明言していませんが、きっと心の中にはまだ麗奈さんの存在が残っているんだと思います。

 なので私は、お二人の関係を改善する。そのお手伝いをしたいと思っています。相太くんが麗奈さんとの関係をのであれば、そのお手伝いであったとしても……、私は相太くんの力になりたいと思います。」


 すると、私の言葉を聞いた雫さんは徐々に言葉の意味を理解したのか、「それ本気で言っているんですか!?」と、信じられないと言った様子で動揺を見せます。



「だってそれは……。元彼女さんに隣を譲る可能性もあるってことですよ!?いくらお兄ちゃんがすぐには気持ちを切り替えられないといっても、わざわざそれを待って、二人の関係をサポートするなんてそんな事……。」


「ですが……、相太くんが麗奈さんとの事で憂慮しているのは事実。なので、お二人の関係を憂慮しないで済む程度に改善しなければ、でより親密になる事などは……。正直、あまり考えていません。」



 ーーこれは私の正直な気持ち。私は自分の気持ちの正体を何となくですが理解しています。理解してはいますが……、それを彼に伝えるのは先の話になると思います。


 それは相太くんの気持ちが落ち着くまで、具体的には…そうですね。先程も言った、麗奈さんへの気持ちやその関係が彼の中で納得するものになるまでは、この気持ちは私の心の中に大事にしまっておこうと思います。


 勿論、のであれば……、その限りではありませんけどね。もしそんな事があればですけども。



 そうして、私は心の中で新たな決意にも似た気持ちを、自分の中で再確認していた所、呆然としていた雫さんは、私の言葉を噛み締めるように……、先程までとは違い、どこか嬉しそうな様子でその表情を緩めます。



「……もう。三葉さんって本当に真面目なんですね。お兄ちゃんの事を第一に考えているのは分かるけど、自分の事まで後回しにするなんて……。そんな悠長にしていては、お兄ちゃんを黛さんを含めて別の誰かに取られちゃっても知らないですよ?ただでさえ、お兄ちゃんは昔から意外とモテるのに……。」


「そ、そうなんですか!?……って、それはそうですよね。相太くんは近くにいると落ち着きますし、何だか心安らげるような安心感や抱擁感がありますしね。

 それに相太くんはとてもので、女の子に人気でも不思議ではありません。」


「えっと……。前半の部分は概ね妹としても理解出来るんですけど……。その…お兄ちゃんってカッコいいのかな?ま、まあ……。ブサイクなんて事は勿論ないですけど、お兄ちゃんって良くも悪くも平凡というか、そこまでハッキリとカッコいいと呼ばれる部類の人間ではないと思うんですけど……。」


「はい?相太くんはとってもカッコいいですよ?少なくとも、私は同じ学校の方達よりはカッコいいと思っていますしね。これってどこかおかしい……ですか?」



 そして私は先程よりも弛緩した空気の中、少し冗談交じりで言った雫さんの言葉に、思わず納得して肯定的な返答した所「これがお兄ちゃん全肯定補正なの?」と、よく分からない事を言って雫さんは愕然としています。


 私からすれば、雫さんのその驚いたような反応の方がよく分からないですけどね。真っ直ぐで優しい男の子って、カッコ良くないですか?……カッコ良くない?



 そうして、私と雫さんはその後も他愛のない会話(相太くんを今後二人でサポートしていく話など)を続け、最後には妙にすっきりした心持ちで二人だけの会話を終えました。


 そしてその後、雫さんとの別れ道。そこで周りから変に注目されるというひと悶着はありましたが……、結果的には、そこに現れた麗奈さんがそれを上手く収めてくれました。


 私としては、麗奈さんが周りに向けて注意喚起を行うことは珍しく、彼女の意外な一面のように思えましたが……、もしかすると、他にも私の知らない彼女の一面が存在しているのかもしれません。


 であれば、私はまずはそれを知る事から始める必要がありそうです。なぜならそれは、今も彼が大切にする……、想い出という名の後悔。その欠片なのかもしれないから。

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