(編集済み)私の知らない彼の話/遠ざかる後ろ姿『素直な部分の気持ち/籠の中の鳥』
「ーーでまあ、
その時、あいつ自身は結構本気で黛の事が好きなのにさ、彼女を騙してそれに付け込んでるみたいだって言ってな。どうするのが正解かとかアタシに相談してた。」
荷物運びのお手伝い後、私、
お手伝いをした報酬として先生が話してくれる、相太くんと麗奈さんの中学生時代の昔話について……、その独り言を。
ですが……、やはり私が感じていたように、相太くんは昔から必要以上に物事を考え過ぎる性格だったようで、今も昔も麗奈さんの事で色々と悩んでいたようです。
……でも、ちょっとだけ妬けてしまいます。自分の知らない、まだ会った事もなかった頃の彼に、その時からそこまで思って貰える麗奈さんにはーーほんの少しだけ。
「でも……、それまで一人だった麗奈さんを一人でなくしたい、麗奈さんの隣にいたいと思ったのは相太くんであり、それが何よりも大切ですよね?勿論、相手の気持ちを無視する事や迷惑になるようであればその限りではありませんが……。」
「まあな、結局はそれが全てだ。相手どうだと考えるのは結構だが……、ホントに大切なのは自分がどうしたいのか、そんな素直な部分の気持ちが一番大切なんだ。
だから、アタシはあいつに、自分の素直な部分の気持ちで黛と向き合って、自分があいつを騙していると感じている事が間違いだと自分でそう思えるくらい、黛の事を大切にしてやれって……。そう言ったんだよ。」
しかし、そう言って相太くんにアドバイスしたと言う先生の表情は、どこか遠くを見るような、そんな心に影を落としているといった様子で……、何となくですが、私はその様子が気になって先生に尋ねます。
「その……。先生は相太くんにそのような助言をして、何か後悔している事があるのでしょうか?私自身、その助言について何か問題があるようには思えないのですが……。何か問題があったのでしょうか?」
「んあ?ああ、悪いな。これはアタシの問題だし、イチ生徒であるお前にこういう話をするのは実際には良くないんだろうが……、そうだな。アタシが先生である立場上、お前達生徒の事を全部は見る事は出来ないし、大岡みたいなしっかりした奴に
そうして、望月先生は少しだけ逡巡した後に、「アタシは立場上、一人の生徒だけを見る事は出来ないから……、お前にもお願いしたい。」と前置きしてから、その重い口をゆっくりとですが開きます。
「そうだな……。お前もあいつの事見てて、少しは感じる事があるとは思うんだが、あいつ自身、少しというか……、いや、かなり自己評価が低いんだよ。
それがあいつの良い所でもあるだが、逆に悪い方に働く事も多くてな。それがその時も良くない方に働いたんだ。……主に黛との付き合い方に関してな。」
「えっと、相太くんの自己評価の低さについては、何となくではありますが理解出来ます。そして、それが彼のいい所でもあり、よくない所でもあるというのも……、何となく。」
「まあ、そういうことだ。そのよくない部分がアタシの助言で助長してしまってな。あいつ自身必死だったんだろうが……、色々と空回りしてしまったんだ。自分が黛に釣り合うような男になると言って黛の手伝いを行うとか、ホント色々とするようになったんだ。」
「えっ?それは……。良い事なのでは?空回りは、誰にだって自分の行いがそうなる事くらいありますし……。彼女に相応しい男になるという考え、それはむしろ、自己評価の低い相太くんには必要なくらいでは……?」
しかし、私の『良い事なのでは?』との言葉に、先生はフルフルと首を横に振って、私の意見が誤りである事を告げます。
それのどこが間違いであるのか思いつかず、それがなぜなのかと先生に尋ねると……。
「いいや、お前のその考え自体が間違っている訳じゃない。自己評価の低い奴が自信を持つというのは良い事だし……。彼女に見合う男になろうとする考え、それもどのレベルを目指すのかにもよるが……、二人のバランスを保つって意味では、心情的にも正しい事であるとすら言えるだろう。」
「……ではなぜ?正しい事であるとすら言える事をしていたのに、一体何が良くない事に繋がったのでしょうか?」
とても難解な疑問。話を聞いている限り、相太くんは一般的に見ても理想的な彼氏。麗奈さんと自分が釣り合うようにと対等な関係である為の努力したというのに、それのどこが良くないと言えるのか?
どうしても私には分からず、先生の言葉に疑問を感じて、その理由について尋ねました。
すると、よく分からないと言った様子の私に、望月先生は「正直、万人に分かるような感覚ではないんだろうがな。」と前置きをしつつ、溜息混じりに口を開いて……。
「いいか?元々ひとりで何でも……、客観的に見ると出来ているような黛だ。それが当たり前で、本人自身一番それが楽だと少なからず思ってる奴にだ。彼氏とは言え、突然あいつが自分の仕事や生活面での手伝いを率先して行い出したらどう思う?多少酷い言い方にはなるが……、ちょっとと言うか、かなりのストレスを感じてしまうだろ?
それも、自分が相手に望んでもいないとくれば……、そこから関係に不和が生じてもおかしくはないんだよ。」
「で、でも!それなら麗奈さんが相太くんに直接それらを控えるように言えばいいのではないですか?言って譲らないような性格ではないはずですし……。
それこそ!男女の関係まで深まった仲であれば、そのコミュニケーションを取る事だって可能なはずでは……?」
しかし私のその指摘に、望月先生は軽く頭痛をこらえるような仕草をした後、首を横に張ってその指摘が間違いである事を告げる。
「はぁ……。アタシだってそう思ったさ。恋人同士なら時にはお互いの不満をぶつけ合って、二人で解決して良いと思う関係に近づいていけばいいってな。
ーーでも、ダメだった。だってそもそものあいつらの関係が、どうしようもなく……、偽物のそれだったからな。」
そうして望月先生が私に告げたのは、正直とても残酷な内容であり、思わず彼女の彼に対しての身勝手な行動を聞いて、自身の手を痛い程握りしめてしまうものでした。
どうして、簡単に彼を傷つけられるのかという……、彼女の言動に対する、どうしようもなく湧き上がるーー怒りの感情にとても。
ただ……、それを聞いて気になるのは、相太くんが今、それらをどう感じてどのように考えているのか?ということなのです。
たとえ、私が麗奈さんの過去の言動に怒りを覚えたとしても、相太くんも同じ気持ちとは限らない。そこには本人にしか分からない。それこそ、相太くんの素直な部分の気持ちがきっと存在しているはずだから……。
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ーーー放課後・廊下にて(朱音視点)ーーー
「魔法使いか……。そんな者に本当になれるというのなら……。ボクはその力で自由を手に入れるよ。」
アタシ以外誰もいないと思っていた……、放課後の廊下。そこで一人の女性徒が呟いたその一言にアタシは思わず足を止め、彼女のどこか寂し気な横顔を廊下の曲がり角、恐らく、彼女からは見えないであろう位置からそれを複雑な気持ちで眺めていた。
もともとアタシは、先程まで話をしていた大岡に別れを告げて、職員室に教職員用の体育祭パンフレットを取りに行こうとしていたのだが……、その途中に廊下からぼんやりと外を眺める女性徒、
しかし、そのあまりに雰囲気のある様子にアタシは声を掛ける事が出来ずに立ち止まって、剰え物陰に隠れてしまったのだが、正直何で教師であるアタシの方が生徒から隠れているのか……、これが分からない。
「(でも……、コイツもずっと前から気になっていた生徒の一人なんだよな。何度か高校の生徒会でも見てたし、どこか掴み所のない奴だとは思っていたんだが……。その素性を含め、黛とちょっと似てるんだよな。実際本人達も意外に仲がいいみたいだし。)」
……とは言え、一度物陰に隠れてしまった手前、おめおめと彼女の前に姿を現す事なんて、普通にハズいし出来ない。
そうして、アタシはジッと長谷川の様子を陰から伺っていた所、少ししてから、彼女はふるふるとかぶり振ってその場を後にする。
そのため、アタシは何だかホッとして、先程長谷川が見ていた窓を通って職員室に向かおうとして……、ハッとそこからちょうど見えていた校門の存在に気が付く。
そしてそこからは、徐々に遠ざかっていく大岡の後ろ姿がぼんやりとだが映っていた。
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