(編集済み)選ばれなかった可能性という名のもしも②『ぼんやりと思い出す回想』

 

「ーー私は最初、相太くんの事が心配で声を掛けたんです。それは勿論、彼が心配でどうしても独りにはしたくないとそう思って……。

 でも、少し考えてしまうんです。最初は本当に心配で声を掛けましたが、今もその純粋な気持ちで彼に接し続けているのか…と。」



 思わぬ真剣な話で続く、雫さんとの登校。


 そこで私は雫さんに正直な気持ち、その心の内を打ち明けようとしますが……、やはり、口にするにはとても勇気がいります。


 ですから、少し遠回りから始め、徐々に核心に迫る話が出来ればと……、そう思います。



 すると、私のその言葉を聞いて、雫さんはうんうんと理解を示すようにして頷き、「三葉さんらしい考えですね。」と、微笑みます。



「要するに、三葉さんは最初の純粋にお兄ちゃんを心配する気持ちから、心配は心配だけど……、お兄ちゃんと仲良くしたいという気持ちが先にある事を、それが不純じゃないかと心配してるって事ですよね?

 そしてそれが、元彼女さんへの罪悪感に繋がっていると……、そうですよね?」


「そうです!ホントに雫さんはよく分かりますね……。確かにそういった感情が麗奈さんへの罪悪感に繋がっています。ですが……、そのように感じるようになったきっかけは、実は別にあるんです。」



 私はそう切り出し、数日前の放課後、望月先生がしてくれた話をぼんやり思い出します。




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 ーーー放課後・職員室にてーーー


「よい…しょっと……。……ふぅ、先生から頼まれていた書類はこれで全部終わりですね。今頃……、相太くんはお家に到着している頃でしょうか?」



 私、大岡 三葉おおおか みつばは予定よりも少し早く、先生から頼まれていたお手伝いを終えて、思わぬ空き時間が出来てしまった放課後。


 私は世界史の先生の机の上に資料のプリントを置き、放課後な事もあってあまり残っている先生の居ない職員室を見渡して、思わずそんな独り言を呟いてしまいました。



「(……って、また無意識に相太くんの事を考えてしまっていましたが……。こ、これは初めてちゃんと仲良くなれそうな、真っ直ぐに私を見てくれる男の子に会えたから、それで気になっているだけで……。だから、決して相太くんが特別気になってしまうという訳では……。って、あら……?)」



 すると、私がぼんやりと相太くんの事を考えていると、職員室の隅の方から物音がした気がして、そちらにふと目を向けると……。



「あー、マジでかったるいなぁ。教頭の奴、こんな荷物運びの時だけ『まだまだ若いから!』とか言って、アタシの事をコキ使いやがって。いつもなら『もっと教師としての自覚を持って下さい!もう大人なんだから、ホントしっかりしてくださいよ!』とか言ってくるくせによ……。はぁ、めんどい。」



 そこにはバサッと少々乱暴に書類の山を机の上に置く(と言うよりも、机に書類をばら撒いている……、との表現の方が正しいような行動をする)一人の教員の姿が。


 それはこちらの存在に気が付いていない、噂の1年担当の教師、望月 朱音もちづき あかね先生です。



「(この望月先生はその小さな容姿もさる事ながら……、この学校の先生の中でも人気のある先生なんですよね……。それも男女問わず、数多くの生徒達から。

 ですが私は外部生な上、望月先生の担当する科目を受講していないので、あまり先生について噂の中でしか知らないです。……まあそれでも、私が1年生で前生徒会に所属していた際に一度だけ、望月先生とは少しのお時間お話をした事があるんですけどね……。)」



 そうして、私は先生のその独り言を(先生の名誉の為にも)聞かなかった事にして、そのまま職員室を出ようと先生に背を向けて歩き出そうとしていた所……。



「……んん?……何だ?誰かそこにいたのか?って、あ?お前は……、大岡姉の方か?何かだいぶ前にもどこかで話したような気がするけど……。まあいいや。

 ちょっとまだ、運ばないといけない資料が視聴覚室の方にあるから……、悪いけど大岡。お前もそれ運ぶの手伝ってくれねーか?まあ……、ただで手伝えとは言わねーからよ。だから、ちょっとだけ頼まれてくれ。」



 と、背を向けていた私に向かって望月先生が声を掛けて、その場に私を引き留めると、意外な事に、先生の方から私に『手伝って欲しい。』と申し出てきたのです。


 ……とは言え、私が驚いたのは手伝いを先生から頼まれた事ではなく、一年の時に少しだけとは言えお話した事を、今も望月先生が(微かにでも)覚えていてくれた事でした。



「(もしかすると……、このような、一度話した人の事をちゃんと覚えている所などが、望月先生このひとを男女問わず人気な先生足らしめている魅力なのかもしれませんね。)」



 そして、私は望月先生の魅力の一端を目の当たりにして、先生が数多くの生徒から人気の理由わけを何となくではありますが、それを少し理解出来たような気がします。


 しかし、そのようにして私がうんともすんとも言わない事を訝しんだのか、『おーい!大岡?どうかしたか?』と望月先生は言いながらこちらに近づき、若干不思議そうに私の事をジッと見上げています。


 それは、どこか小さい子供がこちらの様子を覗き込むようにして伺っているようで、何だかとても可愛らしく見えます。



 ですが、何時までもそんな先生をぼんやりと眺めている訳にはいかないので……。



「あ、すいません望月先生……。先生に覚えていただけているとは思ってなくて、ちょっと惚けていました……。

 それと……、勿論、資料を運ぶのをお手伝いさせて貰います。これは一生徒として、先生のお手伝いをするだけなので……、何かお返ししていただかなくても大丈夫ですよ。」



 私はそう言って、先生の机の周りに散らばる資料の紙束を一か所に集めつつ、その一つ一つを綺麗に並べているとーーハハハ!


 なぜかその様子をジッと見ていた望月先生が、どこか可笑しそうに、ニヤリとその小さな口から八重歯を覗かせて笑っています。



 しかし、私にはその笑みの理由わけが分からず、少し戸惑った気持ちで先生の様子を伺う。



「いや、気を悪くしたのなら許してくれ。別に変な意味があって笑った訳じゃないんだ。

 ただ、前にお前と話した時もだったなってふと思い出してな。確か一年前に話した時もそうだったが、相変わらず生真面目な奴なんだな大岡は……。

 まあ今回はアタシが手伝って貰う側だし、それには普通に感謝するよ。ありがとな。」


「いえ、お気になさらないで下さい。あの時は無心になりたい時期だったので、何かとお手伝いをしていた方が気を紛らわす事がでいたので……。って、そんな事よりも、早く資料を運んじゃいましょう!」



 そうして私と先生は、運ぶ予定であった資料を半々にしてそれぞれ抱え、そのまま視聴覚室にその資料を一緒に運びに行きました。


 しかし、流石に全部は一度で持ち運びきる事が出来ず、二回に分けてそれらを視聴覚室に運び込んだのですが……、逆にそれのおかげで、改めて先生とゆっくりお話をする時間を確保する事が出来たのでした……。




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 ーーー放課後・視聴覚室にてーーー


「それでは……。望月先生は相太くんの中学生からの担任でもあり、現在も彼の担任の先生だったのですか!?」


「ああ、そうだぞ?相川は中学の時からずっとアタシのクラスで……、今もアタシの教え子のひとりだ。まっ!あいつは他の奴らより印象深い奴だけどな。よくあいつの相談に(一方的に)乗ってやったし。」



 そして、私と望月先生は職員室から資料を運び出し、やっとその大部分を運び終えた所で、先生の口から出た『そういえば、うちのクラスのが……。』との言葉に、私は相手が自分よりも年上で、尚且つ先生の立場であるという事を忘れて詰め寄り、それについて詳しく先生に尋ねてしまいました。


 すると、最初は驚いた顔をしていた望月先生でしたが、私が『相川ってその方……。もしかして、相川 相太くんの事ですか?』と半信半疑で伺う様子を見て、どこか可笑しそうにそんな私を笑うのでした。



「(まさか、望月先生が相太くんの担任の先生だったなんて……。私も一年前に望月先生にお世話になっていますし、相太くんも相談に乗ってもらうなど先生のお世話になっているというのは……。どこか、不思議な縁のようなものを感じてしまいます。)」



 そして、先程の先生の言葉からあったように、望月先生が実際に相太くんの担任である事がその話からも分かりました。


 また、望月先生はクラスの中でも相太くんの相談に乗っていた事が(本人が言うには)多かったようなので、少しだけ先生から相太くんについて聞かせて貰う事にしました。



「それで……、あいつのどんな事を知りたいんだ?さっき言った『何でも聞く。』って程じゃないが……、アタシの分かる範囲の情報は(個別の相談の内容は除いて)大岡にもその大体は教えられるぞ……?」


「そうですね……。では、普段の相太くんがどのような様子なのか教えて貰えますか?いつも何か決まった事を行なっているとか、どんな些細な内容でもいいのでお願いします。」



 そうして、相太くんに内緒で彼の個人情報を聞き出す事を心苦しく思いながらも、私は少しドキドキした気持ちでそのように先生に尋ねてみた所……。



「ふぇ?大岡、お前それ……。マジで言ってるのか?相川アイツの事聞きたいって言うから、てっきりとの事とか昔の話とかを聞いてくるとアタシは思ってたんだが……。

 ……て言うか、そんなしょうもない話なら、あいつに自分からでも気軽に聞けるだろ?だから、もうちょっと……。そうだな。お前からはあいつに直接聞きづらい話とかをアタシに聞いてこいよな。」



 望月先生は少し戸惑ったような表情で私の顔を見つつ、やや呆れたような声で私の質問に答えない(と言うか、答える必要のない)との旨を、どこか諭すような口調で伝えます。


 しかし、私にとっては結構思い切って聞いた質問であり、少し後ろめたい気持ちでもあったのですが……。


 そんな私の葛藤など、望月先生からすると、それ以上の質問をしてくる事を想定していたようで……、とても呆れた様子で別の質問をするように要求されてしまいます。



「(でも……。一体どんな質問をすれば、先生も納得してくれるのでしょうか?確かに私自身、相太くんについて知りたい事はたくさんありますが……。

 本人のあずかり知らぬ所で、その人の個人的な過去について詮索したりするのは……。ホントに大丈夫な事なんでしょうか?)」



 ……とは言え、望月先生がご厚意で私にこのような提案をしてくれているのは明白であり、尚且つ、先生と相太くん……、それに麗奈さんしか知らない昔話というのは、そんなズルをしたとしても聞きたくなってしまう程に、私にも気になる話でした。


 しかし、良心の呵責と言うべき感情が私の胸の内にあって、ここで相太くんの話を先生の口から聞くべきか、その判断に迷います。



 すると、そこで躊躇う私を見て、望月先生は苦笑気味に微笑み、「じゃあ、今から話すのは……、アタシの独り言だからな?」と前置きをして、先生は口を開きます。



「そういえば昔、確か今から一年前とか、そん位前だったっけか?アタシはあいつから、よく相談とかを受けていたんだけど……。当時は色々と大変だったなぁ。」



 そうして望月先生は、罪悪感や好奇心でどっちつかずの私を見かねたのか……、そう言って徐に口を開くと、あくまでも先生の独り言として、相太くんの昔話を私にも聞かせてくれるみたいです。


 なので私は、そんな望月先生の気遣いに感謝しつつ、おとなしく先生の昔話ひとりごとに耳を傾ける事にしたのでした……。

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