(編集済み)体育祭実行委員『思わぬ呟きは誤解のもと?』

 

「『また後で』って三葉先輩は言っていたけど……。もしかして先輩、どこかで俺の事を待ってるって意味なのか?先輩にも何か用事があって、帰る時間が大体俺と同じくらいになるとか、そういう感じの事情で……。」



 俺は三葉先輩から先程送られてきた返信の文面を思い浮かべながらそんな事を考えつつ、視聴覚室に向かって歩いていた。



 本日の昼休み、俺が三葉先輩や和葉ちゃんと一緒にお弁当を食べに行っている間、1-B内での体育祭実行委員が決定されていた。


 西田の説明によると、生徒会からの催促があり、その場の多数決で俺に決まったようなのだが……、西田の説明と謝罪もあり、事後承諾という形ではあるが、俺から実行委員になるという事を正式に了承した。



 そして、実行委員の集まりが放課後行われるという事が決まっており、その集まりに参加するべく、放課後先輩を迎えに行く事が出来ない旨を伝えた訳であるが……。


 先輩からのLINEには『分かりました。また後で会いましょう。』と書かれていたのだ。


 それが何を意味するのか?その文面からは読み解く事は出来なかったのだが……、まあ、形はどうであれ『今日は一緒に帰ろう』という事を言っているのだけは確かだ。



 俺はそんな事を考えながら、そのまま廊下を歩き続けて階段を登っていた所、ようやく視聴覚室が視界の先に見えてきた。


 そして視聴覚室の扉に近づくと、中からは集まって来た人達の声がワイワイと聞こえてくるので、もうすでに何名かの生徒はすでに到着しているのだろう。



 俺はそこで、もう中に入ってしまうかを一瞬だけ逡巡したが、後に遅れる程目立つような気がして、そのまま重い扉に手を掛ける。



「(いつまでもここで立ち止まってる訳にはいかないし……。サッサと中に入って、体育祭の資料にでも先に目を通しておくか。)」



 俺はそう考えつつ、少しだけ重たい扉をグイッと押し開ける。


 俺は少し空いた扉から中に入り、まだあまり埋まっていない席を見てテキトウに座る。



 ワイワイ……ガヤガヤ……。



 皆の様々話し合う声が聞こえる。


 おそらく仲の良い友達や知り合い同士でお喋りをしているのだろう。


 少し騒がしいが、全く誰も話さないシーンとした空間よりは何倍もいい。



 俺も誰かと話したいが、誰か友達と誘い合って実行委員になった訳ではないので、知り合いはおそらくいない。


 少し寂しい所だが、先に今季体育祭の資料にでも目を通しておこう。



「えっと……何々……?『今年の体育祭は他校と合同で行います。これまでとは比べられない規模の体育祭となりますので、今回は体育祭実行委員会と生徒会、その両方が連携して準備や運営に関わっていきます。

 なので、本体育祭の準備・運営は他校の生徒を含む班ごとに分かれて行う事としていきます。』……って!えぇ!?」



 俺はその資料の冒頭の数行、そのとんでもない文言を見て驚きの声を上げてしまった。


 周りの生徒達数人が少しだけこちらを見てきたが、この驚きの前では正直そんな事もあまり気にならない。



「(だって、他校と合同の体育祭だぞ!?普通に考えてとんでもない事だろ!

 そして何よりも……そんな重要な体育祭の実行委員になっちゃったのかよ!俺!)」



 まさかこれ程までのイベントとは思わず、言われるがまま実行委員になってしまったが、この資料を見て、迂闊に了承するんじゃなかったと少し後悔してしまった。


 他校との合同開催。それも生徒会と協力して行うレベルの大規模なものを今回の体育祭で行うことになるとは……。



 そうして俺は、今更どうしようもないのだが大変な事になってしまったと思い、資料片手に頭を悩ませていると……。



 ザワザワ……ザワザワ……。



 突然、視聴覚室の前の方にいた生徒達が、何かあったのか俄かにざわめき始めた。


 その声は先程までの雑談とは違う、なにかをウワサするような……そんな声色だ。



「……ん?何かあったのか?」



 俺は騒がしくなった生徒達の声に反応して顔を上げてみるが、前方にいる人達が邪魔になっていて、騒ぎのその原因をここからは確認する事は出来ない。


 だが、どうして生徒達がざわめいているのかと疑問に思った俺は、その理由を知るべくジッと耳を澄ませてみると……。



「え!?なんで三葉さんがここに?」


「お、おい!大岡先輩って体育祭実行委員だったのか?」


「マジかよ……。俺、実行委員を無理矢理やらされただけだったけど、普通にラッキーだったじゃねーか……。」


「あたし、この体育祭を機に大岡さんと仲良くなりたい!」



 などと、男女問わずそんな困惑と歓喜の声が聴こえてきて……。


 あろう事か、それらの声がだんだんと俺の側まで近づいて来ているような気がする。


 というか、本体が近づいて来ていた……。



「な、なんで……三葉先輩がここに……?」


「私も相太くんと同じ、実行委員の1人だからですよ?」


「えぇ!?だから返信が『また後で』だったんですか?」


「ふふ、驚きましたか?これで問題なく今日も一緒に帰宅する事が出来ますね?」



 俺は思わず目の前に現れた女性、みんなが騒ぎ出した原因である所の三葉先輩その人に、そのような声を掛けていた。


 俺からすれば、先輩がここにいるという事が信じられないとの思いで、そのように先輩に声を掛けた訳であるが、何故か三葉先輩の方は予めそれを知っていたような口振りだ。



 すると動揺する俺を他所に、いそいそと俺の隣の椅子を引いて、チラリと俺を見る。



「相太くんの隣……。ここに座らせていただきますね?」


「あっ!はい!どうぞ。」



 事後承諾のような形で俺の横に座り、ふぅと何だか満足気な表情を浮かべている。


 ざわめく視聴覚室内の雰囲気など先輩は気にしていないようで、「昼間のお弁当はどうでした?」と、笑顔で俺に話しかける。


 その笑顔はいつも浮かべている微笑むような笑みとは違う、俺にだけ向けられた、特別なもののように思えて……。



「……っ!可愛い過ぎかよ……。」


「ん?相太くん……?何か言いましたか?」


「い、いえ!な、何も言ってませんよ!?」



 思わず呟いた先輩への感想を当の本人に聞き返されてしまい、俺はしどろもどろになりながら、何も言っていないと言って誤魔化す。


 先輩のニコッとした笑顔が眩しくて、思わずそんな風に考えてしまったが、何も俺だけに向けてくれる笑顔だなんて……、そんな風に自惚れてはいけない。



「(そんな特別な笑顔を向けて貰えるように、俺自身が頑張る必要があるんだ……。

 麗奈の時みたいに降って湧いたような交際とは違う、自分から振り向いて貰えるようなそんな努力をしていくって決めたんだ!)」



 正直、三葉先輩は会って間もない俺に少なからず気を許していて、色々なドキッとされられる事や俺に気があるんじゃないか?と思うような行動をする所がある。


 しかしそれは、男友達が出来なかった事の反動でそうなっているだけなのかもしれないので、俺だけが特別だと自惚れて勘違いしているようではいけない。


 なので今は先輩とのこの関係を大切にしながらも、しっかりとアピールする所ではアピールして、意識して貰わないといけない。



 まあ、でも……。とりあえず今は先程の俺の呟きによって心配そうな表情を浮かべる、先輩の事をフォローする方が先だ。



「本当に意味のある事なんて、何も言ってないですよ?ちょっと呟いただけって言うか、心の声が漏れてしまったって言うか……。」



 俺はそう言って先輩を宥める。


 少し誤魔化したような言い方ではあるが、特に重要な事を呟いた訳ではないので、殆ど嘘はついていないはずだ。



 なので俺は気にしないでも大丈夫との思いで、先輩をフォローした訳なのだが……、先輩は眉をハの字にして心配そうにしている。



「……本当に何もないのですか?相太くんは何か心配事があっても1人で抱え込んでしまうので、私はとても心配です……。

 ですから何か少しでも思う事があるというのであれば、何でもない事でもいいので私に話してくれませんか?それとも……私では相太くんのお力になれませんか?」



 先輩はそのように言うと、少しだけ寂しそうな表情をその顔に浮かべる。


 その表情からは、『俺に話を聞きたくても強く聞き出す事は出来ない……。でも、やっぱり俺の事が心配……。』といった、先輩のそんな葛藤が感じられた。


 また、その言葉の端々から俺への心理的配慮も感じられ、とても大切に、そして真剣に俺を心配してくれている事が理解出来た。


 そして極め付けは、『私ではお力になれませんか?』との発言。


 これを言われてしまっては、もう俺は先輩に正直に話すしかない。



「ーー先輩。ーーぎです……。」


「え……?今なんと言って……」


「……っ!で、ですから、『先輩可愛い過ぎです!』って言ったんですよ!さっきの俺も!ああ、もうこうなったら、さっきのも含めて洗いざらい、思ってた事を全て言わせて貰いますけど……。

 そもそも、先輩が可愛い過ぎるのがいけないんです!さっきも俺の隣の席に座る瞬間、ニコって満足そうに微笑んで……、あんなの見せられたら、ドキッとして可愛いって思っちゃうじゃないですか!

 それで、そんな先輩を見ていたら思わず本音がぽろっと溢れちゃって……、そしてそれを先輩が耳にしていて……。」



 俺は思わず先輩に感じていた『可愛い』という想いを、なぜか先輩に逆ギレするような形で早口に伝えてしまう。


 自分でも言っているうちに訳が分からなくなり、自身の本心をありのまま……。そのままの気持ちで先輩に伝え続けてしまう。



「だから、その……。先輩の事を信頼していないから、先程の話を伝えなかったという訳ではなくて……、寧ろその……、先輩の事を信頼して尊敬しているからこそ、あそこで場違いな『先輩が可愛い過ぎてヤバい』という感想を伝えるのが恥ずかしくて……。

 だ、だから先輩を信頼していないから話したくないとか……、そういう訳では!」



 釈明に加えて色々恥ずかしい事まで、俺は先輩に口走ってしまう。


 なんかもう、先輩に対して恥ずかしいやら心配させてしまい申し訳ないやらで、様々な感情がごちゃ混ぜだ。


 そして恐らく、自分の顔は側から見ても分かる程に真っ赤になっている事だろう……。



 するとそれを聞いた先輩の顔もみるみるうちに赤く、真っ赤に熟れたりんごのように変化していって……、やはり、照れて真っ赤になったその顔もとても可愛らしい。



「す、すいません……!そ、その私……色々と勘違いしていたみたいで……。相太くんが麗奈さんの事で悩んでる事や思っている事が、まだ他にもあるんじゃないかって思ってしまって……。それで相太くんが心配になってしまい……、その……。

 で、でも、ありがとうございます!そう言って貰えて、その……とても嬉しいです。」



 真っ赤な顔ではにかみながらも、そんな風に答える先輩がこれまた可愛いくて、俺も同じ真っ赤な顔で「は、はい!」と、もの凄く動揺しながら答える他ないのだった……。



 だがこうして2人、お互いに照れながらも顔を見合わせる時間は恥ずかしくもありながらどこか心温まるような、そんな幸せな時間に感じられて……、俺達2人はそこが大勢の生徒から見られる視聴覚室であるという事を忘れ、お互いに熱く見つめ合うのだった。



 2人に注がれた好奇の視線とは違う、寂寥の念がこもった瞳の存在を知らずに……。




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