(編集済み)暗躍する影と行動する光『不穏な会話と副会長/在りし日の後悔』


「1-Bへの通達……、無事終了致しました。これでよろしかったのですね?詩織さん?」



 2年生の外廊下、そこの一角で話し合う生徒会副会長、長谷川 詩織はせがわ しおりと彼女に報告を終えた生徒会役員の姿がそこにはあった。


 しかし、報告する女生徒は行った行為が少々後ろめたいのか、その声は抑えめだ。


 そして、その行為を行うよう指示した詩織の反応を伺いながら、女生徒は詩織に対して控えめにそう尋ねる。



 すると、詩織はいつも通りのキザな笑みを浮かべながら女生徒に微笑み掛ける。



「ああ、勿論だとも……。かえでのお陰で楽しい体育祭になる事は間違いないよ。やはり体育祭というのは、準備の段階からしっかりと調整して頑張っていかないと……ね?」



 あたかもそれが本心かのように、詩織は女生徒に受け答えするのだった。


 その蠱惑的な微笑みを見て、女生徒は一瞬見惚れてしまい、何も言う事が出来なかったが……その後ハッと我に返って一言。



「こ、こんな事をするのはこれきりですからね!詩織さん!私だって、これがバレたら『職権乱用だ!』って怒られるんですから!

 詩織さんが『君にしか頼めないんだ。』って言うから、私は仕方なく1-Bに通達して、さりげなく……。」


「ああ、そうだね。ありがとう、楓。体育祭成功のため以外にも目的はあるけれど……、体育祭を成功させたいという気持ち自体はボクも楓と一緒だよ。

 それに……もし、楓のした事がバレたとしても、それはボクの責任だ。だから、心配しなくても大丈夫だよ。もしもの時でも、君の名前は絶対に公表したりはしない。」



 詰め寄る女生徒に優しくそう返した詩織は、ぽんぽんとその頭を撫でてから早く教室に帰るように促す。


 その様子にすっかり毒気を抜かれてしまった女生徒は、「……はぁ。」とため息一つ吐いて、彼女は自身の教室に戻って行く。


 詩織はそんな女生徒の後ろ姿を見送り、誰にも聞こえない程の小さな声でボソリ。



「ありがとう楓……。これでとの話し合いの場を持つ事が出来そうだよ。

 まあそれが……、吉と出るか凶と出るかは、今の所は分からない事だけどね……。」



 とだけ呟いて、自身も教室に戻ろうと後ろを振り返るとそこには……。



「今のお話……。少しだけ詳しく聞かせてもらえませんか?……詩織さん。」



 詩織に話しかける1人の女性……、仁王立ちをして立ちはだかる大岡 三葉おおおか みつばの姿がそこにはあったのだった……。




 ・

 ・・

 ・・・

 ・・

 ・




 ーーー昼休み終了10分前・廊下にてーーー


「何を言っているのかな?……三葉。ボクと楓は、体育祭のについて話し合っていただけだよ?それが何か問題でも?」



 私、大岡 三葉おおおか みつばは目の前で不敵な笑みを浮かべてそう述べる女性……、元生徒会同期であり、現生徒会副会長でもある長谷川 詩織はせがわ しおりさんと対峙していました。


 その受け答えは堂々としたもので、動揺した様子などは一切なく、詰問しようとしている私の方がたじろんでしまいそうです。



 ではなぜ、私が詩織さんと対峙しているのか?そもそもは、階段を下っていたらふと聞こえてきた『ある会話』がきっかけでした。



 私が昼休み、相太くんと妹の和葉との昼食を終え、自身の所属する2-Dの教室に戻ろうと階段を下っている途中、私は階段の隅の方で話し合う2人の女生徒の姿を確認しました。


 私はそれを横目に一瞥して……、その2人のうち穏やかな微笑を浮かべている方の女生徒、詩織さんの存在を認識しました。



 同性からでも目を引く美しい顔立ちをした詩織さんは、非常に均整のとれた美しい体型をしており、その声は女性としては少し低めのハスキーな声をしています。


 同性だけでなく一度でも詩織さんを見た事のある人は、一目見てそれが詩織さんであると認識出来るし、その声を聞けば、それが雑踏の中でも思わず聴き入ってしまう程には、非常に目立つ人なのです。


 そしてそんな詩織さんをチラリと見た私は、特に盗み聞きしようとする意図などはなく、2人のうちの詩織さんではないもう1人の女生徒の声が聞こえてきました。



「ーーするのはこれきりーーからね!詩織さん!ーーバレたら『職権乱用だ!』って怒られるんですから!

 ーーが『君にしか頼めなーー言うから、私は仕方なくーー通達して、さりげなくをーーに推薦……。」



 その女生徒は詩織さんに詰め寄りながらそのような……、私にとって少々聞き捨てならない事を述べていたのです。


 話を聞く限りでは、この女生徒が相太くんに何か影響を与える行動をしたようなのです。


 それも、何かしら公表出来ない。知られれば問題になる内容を含んだ何かを……。


 ここからではあまり聞き取れない言葉も所々にありましたが、今は2人の会話には注意しておく必要がありそうです。



「(聞く所によると、この問題は詩織さんからの指示で女生徒が動いたようですね……。なので尋ねるなら女生徒の方ではなく、詩織さんに直接尋ねた方が良いと思われます。)」



 そう心に決めた私は、詩織さんに声を掛けるべく立ち止まって息を潜め、お2人のお話が終わるのを少しの間だけ待ちました。


 そしてようやく、詩織さんとお話していた女生徒がその場を立ち去り、次は私からと思って、詩織さんにお声を掛けさせて頂いたという訳なのです。



「(……ですが流石は詩織さんと言った所でしょうか。私の問いに対して躊躇するどころか、その顔を見る者を魅了するような、蠱惑的な笑みまで浮かべてます……。)」



 見る者によってはその笑みだけでも、はぐらかされてしまいそうですが……。



「とぼけないでください!詩織さん……。先程のお話、盗み聞きするつもりはありませんでしたが、たまたま耳にしてしまいました。

 ーー答えてください、詩織さん。あなたは相太くんに何をしようというのですか?それが相太くんに良くないものであるなら、詩織さんであろうと私は容赦しませんよ……。」



 私はそう言って詩織さんの前に立ち、出来るだけ凄みのある表情で詰問します。


 普段であれば、このように人に詰め寄る事などはありませんが……、『妹の和葉や相太くん』の話であれば話は別です。


 唯一の妹である和葉を大切にするのは勿論、会ってまだ間もない相太くんの事も、とても大切な存在だと私は思います。


 仲の良い友人ですが、私の中で相太くんという存在がどんどん大きなものになってきている事は間違いありません。



 なので私は、詩織さんが相太くんにどのような影響を与えるつもりでいるのか……。それをここで見極める必要があるのです。


 するとそれを聞いた詩織さんは、少しだけ驚いた表情を浮かべながらポツリと呟く。



「へぇ……。三葉は相太くんになんだ?只のお友達として、彼と接するのかと思っていたけど……、その様子だとそれだけじゃないみたいだね。

 ……うーん。それなら、敢えて見せつけてみる?これはそもそも、あの子に自分の想いを自覚してもらうためーー」



 詩織さんが明後日の方向を見ながら、何やらぶつぶつと独り言を呟いています。


 誰か知り合いの事で何か悩んでいるみたいですが……、言葉が断片的過ぎて、内容を推測する事が難しいです。



 すると、しばらくの間悩んでいた詩織さんは「そうだね……。うん、そうしようか」と呟くと、何故かひとり頷く。



「まあ、何したのかはさっきの子の事もあるから言えないけど……、体育祭実行委員、三葉それになった方がいいんじゃないかな?

 誰の為……とは言わないけど、彼を側で見守るには、何かと便利な立場だからね……。」



 と、だけ詩織さんは伝えた後、「ボクから言える事はここまでだよ。」と続けて、フイっと私に背を向けます。


 どうやら詩織さんは体育祭実行委員、それに何かしらの介入をしたみたいです。


 またその話しぶりからして、相太くんもそれに参加もしくは関係する事になるようです。



 どのような関わりなのか?それは今の段階ではよく分かりませんが……、おそらく詩織さんの言う通り、私もどうにか体育祭実行委員になった方がいいのでしょう。


 相太くんが変なちょっかいを掛けられる所を、黙って見守っているよりはずっと……。



「分かりました。私も体育祭実行委員になれるように行動しようと思います。詳しい理由をお尋ねしたい所ですが……、今の私にはそのような権利はありませんからね。先程の女生徒の事は見なかった事にしようと思います。

 わざわざありがとうございました。詩織さん。

 ーーそれと……今の話とは別……とも言えませんが、私から詩織さんに聞きたい事があるのですが、よろしいですか?」


「ああ、別に構わないよ。三葉。先程の話と直接関わらない話であれば……、尚更ね?

 それで……、三葉はボクに何が聞きたいのかな?もしかして、好きな子のタイプとかかな?三葉みたいな子なら喜んでーー」



「……あなたは、私達の敵ですか?それとも味方ですか?もしくは……そのどちらでもないですか?のあなたと同じように。」



 私は思い切って、一年生の時から心に秘めていた核心について、今回の件を絡めながら敢えて触れてみました。


 おそらく、まともに答える事はない。確信にも似たそんな想いを抱きながら……。



 するとそれを聞いた詩織さんは、私に背を向けたまま、ぼそりと一言だけ。



「ボクは……、よ。」



 詩織さんは感情の篭らない声でそう呟き「じゃあね……三葉。」と続けて、その場を後にするのでした。



 そして私も背を向けて背を向けて歩き出す。


 握りしめた拳から、少しの血が滲んでいる事にも気がつかないまま……。


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