まじかる☆住職☆タックルン

小倉ひろあき

まじかる☆住職☆タックルン

 三重県四日市。四日市市と書くべきか、四日市々と書くべきか迷う名前の地方都市。

 その四日市のとある寺院から物語は始まる。


「こ、これは何だ……? 寺宝が伝わってるなんて聞いてないぞ」


 困惑の声をあげる男は田中拓海たなかたくみ、34才。この愛染寺あいぜんじの住職である。

 東京でサラリーマンをしていた彼は父親の急死とともに呼び戻され、実家の寺を2年前に継いだばかりだ。


 少し落ち着いたので父親の遺品整理をしていたのだが……田舎の小寺には似つかわしくない金蒔絵の塗り箱を見つけたのだ。

 寺紋があしらわれた立派な塗り箱に門外不出と書かれた父親のノート。いかにもいわくありげである。

 塗り箱は60センチほどの長方形、仏像や巻物が入ってそうなサイズ感だ。


(貴重な経巻……秘仏かもしれないぞ)


 ごくり、と喉を鳴らしながら拓海は箱を開ける――と、そこにあったのは大きなハートがあしらわれたピンクのステッキであった。真っ赤な宝石がちりばめられており、とてもゴージャスである。

 端的にいえば、魔法少女がもつマジカルステッキにしか見えない。


「んんー?」


 拓海はしばし硬直していたが「いやいや、如意にょいかもしれん。ハートは猪目いのめだろう」などと自らを励まし、ソレを観察した。

 如意とは孫の手のような形をした仏具である。

 さらにハート型は猪目と呼ばれ魔除けなどに使われた意匠だ。

 じっくり観察すれば紅玉があしらわれた立派な品である。

 江戸時代やそれ以前に作られたのならば博物館クラスの大変貴重な品には違いない。


(なんというか、バズりそうなお宝だな)


 スマホで写真をとり、ソレをそっと握ってみる。


 その瞬間、ハートのステッキは虹色に輝き『ピンプルパムプルパムポップン』と謎の言葉とともに金色のシャワーとピンクのリボンが拓海を包みこみ、その体をふわりと宙に浮かせた。

 光の粒子は繭となり、拓海を優しく作り替えていく。


『パンプルピムプルパムポップン』


 虹色の輝きの中からいくつもの光のシャボン玉が生まれては消える。

 光は繭となり拓海を包み、やがて胸元の青いリボンとなった。


「ええ?」


 光が引いた後、拓海の目に入ったのは流れるような金髪、手には純白の手袋。

 視線の先にはふんわりとしたピンクのスカート。幾重に重なるふりっふりのフリル。


「……っ!?」


 声にもならない驚きが全身を貫く。

 がばりと立ち上がり姿見を見ると、そこにいたのは――ふわっふわガーリーな美少女であった。

 長くてくるっと反った睫毛、パッチリ二重のダークブルーの瞳、高い位置でツインテールに縛った長くて清らかな金髪――身長も低く、幼さの残る顔立ちは10代半ばにも至ってないかもしれない。

 頭にはかわいらしいティアラが乗っていた。


「ま、魔法少女?」


 口をあんぐりと開けた拓海が呟いた言葉は『魔法少女』。

 そう、この世界に魔法少女は存在するのだ。


(でも、なんで俺が……? いや、そうじゃなくて、どうやって解除すんの? このままじゃ午後の法事も行けないし困ったな)


 とりあえず、隣の寺の若院(次の住職)に『ゴゴイチ法事の代打頼めないか』とラインを送る。

 となり町の普蓮寺ふれんじは大寺で、住職と息子が二人で法務(お寺の仕事)をしている。体調不良や法事のブッキングがあった時はこうして助けてもらっていた。


『1時~3時ならええよ! どした?』


 すぐに返信が来た。コイツの名前は明知慈印あけち じいん、30前のスマホ中毒だがすぐに返信がくるのは頼もしい。


『ちょっと急用があって』

『あー葬儀か。時間と場所を確認したいから電話にするわ』


 すぐにラインの通話が着信を告げる。

 ちなみにお寺のスケジュールはどれだけうまく作っても葬儀が入ればメチャクチャになるので慈印との言葉は実に『お寺らしい』やりとりでもある。


「あ、もしもし」

「えっ、間違えました? あれ?」


 通話器の向こうから慈印が慌てる気配が伝わってきた。


(そうか、声が……まずいことしたな)


 拓海は自らの迂闊さに気づいた。姿が変わってるたら声が変わっていても不思議じゃない。


「あの、間違えてないです。私は、その、今日ご住職がお寺を空ける間の留守番を頼まれまして、ご住職が喉を痛めたとかで……その……あ! お時間と場所ですね! いまからお伝えしてもいいですか?」


 拓海は明らかに不自然なやりとりをし、慌てて通話を切る。

 その後、やたら『彼女?』『彼女とデートで法事サボるの?』みたいなメッセージが届くが全て既読スルーした。


(とりあえず、これで法事はなんとかなったとして……このままじゃ外も歩けないぞ。そういえばステッキと一緒にノートがあったな。あれを調べてみるか)


 塗り箱と一緒にあった門外不出と書かれたノート、ヒントがあるとすればそこしかない。


 歴代の魔法少女だって、普段からこんな目立つ格好はしてないはずである。

 解除ができなければおかしい。


 とりあえず、父親が残したノートをパラパラとめくると魔法少女のことが色々と書いてあるようだ。

 これを調べれば元に戻ることもできるだろう。


 あらためて初めからノートを読み始めると、スマホがけたたましく鳴り始めた。緊急災害速報だ。


「おっと、緊急地震速報か?」


 慌ててスマホを確認する、そこには『バトルフィールドを観測しました。付近の住民は十分に警戒――』とある。

 地域は四日市北部と川越町だ。


 ――ドクン。


 拓海のなかで何かがざわめく。

 これは魔法少女がもつ第六感マジカルセンスなのだが、今の拓海にはわからない。

 ただ、どうしようもない焦燥感に駆られるのみだ。


「いかなきゃ!」


 そのまま寺を飛び出し、バイクにまたがる。

 マグナ250、拓海の愛車だ。


「マジカルイグニッション、エンジン起動!」


 拓海は不思議な感覚に囚われていた。魔法少女のことなどわからないのに体が動く。

 魔法の言葉でキーもないのにエンジンが動き始めた。

 その途端、たかだか250㏄の和製アメリカンはモンスターのような唸りをあげ始める。


「コレならいける! ひっ飛べぇぇっ!!」


 アクセルを開けたら凄まじい馬力で前輪が浮いた。

 前輪を力任せに押さえつけ、そのまま参道の階段を駆け抜ける。飛ぶように駆ける。


 今の拓海には目的地がハッキリと見える。

 四日市ドーム付近、夢くじら公園だ。



☆★☆☆




 四日市、夢くじら公園。

 海沿いの工業地帯を臨むロケーションと無料であそべる大きな遊具があり、子供連れに人気の公園である。

 そこが今、恐怖に支配されていた。


「ふはは! 泣け! 喚け! お前たちの悲鳴がゾルバゲス帝国復活の狼煙となるのだ!!」


 3メートルはあろうかという巨大な鳥男――怪人だ。全身タイツの戦闘員がそれに従い、奇声を上げながら爆発物などを投げていた。


 警察はいる。だが、避難指示を行うのみで怪人や戦闘員には手出しができない。

 このバトルフィールドと呼ばれる空間では銃器はもちろん、通常の格闘技などは意味をなさないのだ。

 怪人や戦闘員、あるいは魔法少女と呼ばれる『ある種のエネルギー』を使いこなす者でなければ他者を傷つけることはできない。


 ついに、最後まで市民を誘導して逃げ遅れた婦警に爆発物が投げつけられた。

 小さく悲鳴を上げてうずくまる婦警――しかし、爆発の衝撃が彼女に届くことはなかった。


 気がつくと、婦警はバイクを駆る少女の左脇に抱えられ、爆発から数十メートルも離れていた。


 そのままギャリギャリと凄まじいブレーキ音をたて、バイクが止まる。一体どれだけ改造しているのか想像できないほどのエンジン音だ。


 バイクを止めた金髪の美少女はそっと婦警を下ろし「大丈夫ですか?」と花のような微笑みを見せた。




☆☆★☆




「さあ、早く逃げて!」


 拓海は婦警に声をかけた。

 どうしようもなく理不尽で一歩的な状況。

 しかし、最後まで市民を誘導していたその姿に拓海は感動していた。


「だけど、あなたは――」

「大丈夫、俺に任せろ! 魔法少女だ!」


 拓海の言葉に小さく頷き、婦警は走る。


「キサマあ、何者だ!?」


 鳥男の怒声が響き渡る。

 その言葉に体が反応した。


ーッ!! 俺の名を尋ねるかっ! 俺は魔法少女タックルン☆貴様ら外道に引導を渡すものだっ!!」


 きゅっきゅと小さく足を動かし、左手を腰に当てて顔の前で横ピース。

 やっちまった感が半端ない。


(いや、タックルンてなんだ……?)


 拓海の学生時代のあだ名はタック。タックルンなど知らない。

 だが、勝手に口が動いたのだ。


「ええい新たな魔法少女か! あやつを叩きのめせえ!!」


 鳥男の命令で一斉に襲いくる戦闘員たち、だが拓海――いや、タックルンが「武器を」と念じただけでステッキは伸び、槍の長さとなる。


「はああ! マジカルジャベリン!」


 拓海には武術の素養はない。だが、魔法少女の本能が、湧き出る闘志が体を衝き動かしていた。


 敵の動きを踊るように華麗に避け、躱わし、突き、叩きのめす。

 見た目には可憐な少女、だが鬼神もひしぐ戦いぶりだ。


「怯むなっ! 数で囲めい! 押し潰せっ!!」


 鳥男の指示で戦闘員がタックルンを囲む。

 だが、それに怯むタックルンではない。


「小賢しいぞ! マジカルッ!」


 タックルンの掛け声で槍が光輝く。


「マジカルッ! ガリアンソード!!」


 そのまま槍を振るうと鞭のように変質し、次々に戦闘員を切り裂き、うち据えていく。通称蛇腹剣、マジカルガリアンソードだ。


「ば、バカなッ戦闘員が全滅だとおっ!」

「あとは貴様だけだっ!!」


 怯む鳥男を睨み付けるタックルン。


「おのれえぇ! ゾルバゲス100人衆が1人、烏金からすがねのケスアギ・カタ!! むざむざとやられはせんぞおっ!!」


 破れかぶれとなった鳥男は「うおおっ」と雄叫びを上げて殴りかかるが、これが通用するはずがない。


 タックルンは鳥男の大ぶりなパンチをダッキングで躱わし、強烈な右のボディブローを叩き込む。

 くの字にまがった鳥男にアッパー、顔を庇えば左でフックをダブル、ガードを巧みにさけ上下に打ちわけた。

 倍以上の対格差をものともしない、これが魔法少女のパワーなのだ。


「コレでトドメだっ! マジカルジュエリーッ! ビイイイームッ!!」


 タックルンの掛け声と共にティアラが輝きを増し、光線を放つ。

 その威力は空気を引き裂き、命中した鳥男は真っぷたつに裂ける。


「ネオゾルバゲス、ばんざーい!!」


 断末魔の叫びを上げ、鳥男は爆発し、消滅した。

 それを確認し、タックルンは振り向きざまに「成敗ッ☆」とポーズを決める。


 すると、周囲から「わあっ」と歓声があがり、タックルンは取り囲まれた。

 敵ではない。いつの間にか市民が戻ってきていたのだ。


「ありがとうお姉ちゃん!」


 未就学児であろう女の子が声をかけてきた。


「助かりました。軽傷者が数人だけ、貴女のおかげよタックルン!」


 先ほどの婦警さんも声をかけてくる。

 カシャカシャとシャッター音も聞こえてくるが、不快なものではなく、自分達を救った魔法少女を純粋に称えているようだ。


 しかし、いつの間にか素に戻っていた拓海はなんともいたたまれない気持ちになってきた。

 ふりっふりの格好でパンチラアクションを披露したのだ。死ねる。


「俺はこれでっ! それじゃ!」


 顔を真っ赤にし、小走りで人垣をかき分けバイクに跨がる。今度はちゃんとヘルメットも被った。

 バイザーつきのハーフヘルメットは厳ついデザインだが、後ろから「かわいい」「カッコいい」などの声が聞こえて照れ臭い。

 美少女がかぶれば大抵のものはかわいくなるものだ。


 そのままバイクをかっ飛ばして帰ると慈印に見つかってしまい、なんかすごい根掘り葉掘り聞かれて(当たり前だが)結局正直に話すことにした。

 気の良い彼はこれからも急な事件のときはピンチヒッターで仕事をしてくれることになったが……彼の勢いに身の危険を感じたことはしばらく忘れられそうにない。




☆☆☆★




 そしてその晩


「リリストア」


 呪文を唱えるとコスチュームは光の粒子となり、拓海の左中指に集まった。

 そこで生まれたのは凄まじくガーリーなハートのリング。ちなみに絶対に外せないらしい。


「……これ着けてお参りすんの?」


 まあ、魔法少女よりはましかもしれない。

 実際に、毎日本堂で行う夕方のお参りは魔法少女姿での勤行ごんぎょう(お参りすること)となったのだから……ちなみにぷにぷにの美少女は正座への耐性がなかったらしく、久しぶりに痺れが切れてしばらく立つことができなかった。

 魔法少女は正座が苦手らしい。


 テレビでは新たなる脅威としてネオゾルバゲス帝国と、1980年代を騒がせたゾルバゲス帝国の比較が行われ、三重県民に注意喚起を行っている。


 そしてスマホを見ればツイッターに流れるタックルンの姿。いつの間にか動画まで撮られていたのには驚いた。


『ちょっと狙いすぎかな』

『新しい魔法少女は俺っ娘!』

『Tack is very cute』

『バイク乗ってるやん!』

『メチャクチャかわいい』

『野人転生コミカライズ!』

『和製アメリカンで250て……微妙だな』

『本当にカッコよかった』

『あれ? この年で免許とれんの?』

『タックたん、はあはあ』


 なんだか色々な反応があるが、おおむね好評のようだ。

 拓海も命がけで戦ったのだ。誇らしい気分にもなる。


(まあ、バイクのナンバーが魔法で隠れてるのは助かるよな)


 魔法少女のプライバシーはちゃんと守られているわけだ。

 顔も隠したいとこだが……それは仕方ない。




★☆☆☆




 かくして、新たな魔法少女が生まれた。

 今日も拓海は変身し、国道23号線をかっ飛ばす。

 現場に急行する魔法少女には道交法は適用外だ。


 車両は左右に別れ、拓海に道を譲る。


「がんばれー」

「タックルンだ!」


 応援してくれる幼稚園バスの子供たちに軽く応えながら急行する。

 今日、怪人が現れたのは鈴鹿市だ。のんびりしている暇はない。


 だが、悪くない気分だ。

 人に頼られ、力を振るう――それで助かる人がいる。

 それはとても気持ちのよいことだから。


「まさか、正義のヒロインになるなんて!」


 爆音を残し、拓海は現場へ走る。


 ゆけ! 魔法少女タックルン!

 戦え! まじかる☆住職☆タックルン!

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まじかる☆住職☆タックルン 小倉ひろあき @ogura13

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