リーダーの資質

矢魂

リーダーの資質

 あるところにA国とB国という二つの国があった。彼らは遥か昔から互いの土地や資源を奪いあい、幾度となく大きな争いを繰り返してきた。そして現在。表立った争いこそなくなったが、二国は未だに相容れない関係を続けている。そして、武力による争いをしなくなった今、両国が互いの益を主張する方法は話し合い。つまりは国王同士による会談が主な方法となったのだ。

 ある日の会談中、一人の兵士がA国の国王の元に駆け寄ってきた。


「会談中失礼します!異国の商人が是非とも王様達にお会いしたいと申しております!」

「商人だと?そんな者さっさと帰らせろ。今は大事な会談中だ!」

「ですが、二国の争いを終わらせる画期的な商品を持ってきたと……」

「何!?……うむむ」


 A国の王が迷いの表情を浮かべると、向かいの席に座るB国の王が優しく笑いかけた。


「良いではありませんか。話を聞くだけでも。それで両国が仲良くなるなら儲けものでしょう」

「ふむ、それもそうだな。おい!その商人を連れてこい」


 内心、新米の国王が自分に意見をするなと苛立ったA国の王だったが、自国にとっても悪い話ではないと、その商人の謁見を許可した。

 兵士に連れられて来た異国の商人は異様な風貌だった。帽子を目深にかぶり、ぐるぐるに巻かれたマフラーで口元をしっかり隠している。そのため表情を窺うことはできない。


「これはこれは、お初にお目にかかります……」

「能書きはいい。貴様の持ってきた商品とはなんだ?」

「かしこまりました。ワタクシが持ってきたのは全ての者を打ち倒す最強の『矛』。そしてあらゆる物から身を守る最強の『盾』でございます」


 商人がそう言い終わると、B国の王が柔らかな口調で割って入った。


「商人殿。残念ながら我々は武力による戦争はもうしないと誓ったのです。ですから矛や盾は……」

「わかっておりますとも!これは比喩!ワタクシの商品はこちらでございます」


 商人は傍らに置かれた大きな包みから二つの機械を取り出した。一つは顔の半分を覆ってしまいそうなほど巨大なマスク。そしてもう一つはこれまた大きなヘッドフォンのようなものだった。そして彼は笑顔でそのマスクを掲げて見せる。


「話し合いとはまさに言葉を使った切り合いでございます。そこでワタクシの用意したこの口当てを装着していただきますと、ありとあらゆる罵詈雑言がするすると口から流れでるのです。それを聞いた相手は必ずや心が折れる事を保証します」


 そうしてマスクを床に置くと、ついでヘッドフォンを掲げて見せた。


「そしてこちらはあらゆる暴言からも身を守る盾!この耳当て、装着していただければどんな悪意のこもった呪いの言葉でも使用者様のお耳に届くことはありません。さあ、どうでしょう?」


 少しの沈黙の後、まずはB国の王が手を上げた。


「その耳当てを譲ってもらいたい。やはり私は人を傷付ける道具より守る道具の方が欲しい」

「まいどありがとうございます。……して、そちらの国王様は?」

「ならその口当てを貰う。だが、適当をぬかしていたなら貴様は即処刑だ」


 二人の国王はそれぞれ、口当てと耳当てを買うと、その日の会談はお開きとなった。そして、この話は両国に広がり国民達の話題の中心となっていったのだ。

 B国の民達は皆、耳当てを選んだ国王に好意的だった。


「さすがはお優しい王様だ!」

「相手を傷付ける選択肢など野蛮だもの!」

「A国の王もきっと我が国の王の優しさに触れれば改心するだろう!」


 口々に国王を褒め称え、次の会談を待ち望む気運が高まっていく。その一方で、A国の国民達はこぞって国王の陰口を叩き始めた。


「やっぱり彼は暴君だ!」

「国の金をあんな玩具に使って……許せない!」

「早いとこB国に移ろうかなぁ?」


 そんな中、A国の王は再び会談をしようとB国に持ちかけた。前回の話し合いが中途半端になってしまったので、その続きをしたいと申し出たのだ。これをB国の王は快諾し、再び二国による会談の場が設けられた。

 会談の内容は絶対であり、不正が入り込まぬように両国に記録をしっかりと残す。つまり、ここでの攻防が今後の自国の行く末を決めるのだ。

 会談が始まると、A国の王はさっそくマスクを取り出し、口に装着した。そして国のトップとは思えない汚い言葉でB国の王を罵り始めた。だが、B国の王も慌てずヘッドフォンを取り出し、それを耳に装着する。すると、自らを中傷する一切の声がまったく聞こえなくなったのだ。

 だが、A国の王は焦るどころか、ニヤリと笑うと記録がかりに聞こえるように大きな声で話し始めた。


「B国の王よ?返事がないが無言は肯定と捉えて間違いないかね?」

「…………」

「返事が無ければ肯定と言うことで話を進める。……よいな?」

「…………」


 両手で耳をしっかり押さえ、物言わぬB国の王に向かって、A国の王は早口でまくし立てた。


「まずは土地だ。我が国の居住地が最近足りなくなって来てなぁ?B国の土地を幾らか貰いたい。よいな?それから今年は不作で食糧も危うい。税収も少ないためそれぞれ補填していただこう。問題ないな?なに、困った時は支えあっていこうではないか?なぁ?」

「…………」


 A国の王は未だに耳を塞ぐ隣国の王と、青い顔をしている記録係の顔を交互に見ると厳しい表情で呟いた。


「よいか?人柄だけでは……優しいだけではリーダーは務まらん。例え嫌われようと下につく者の生活を第一に考えることが出来る者。その者こそが人の上に立つことができるのだ!」


 そう言うと彼は、キョトンとしたB国の王に背を向け、さっさと帰り支度を始めたのだった。

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