二話

「あ!敦くん。これ私とお母さんから」


そう言って友弥ともみちゃんは籠に入った山菜の山を俺に手渡した。


「サンキュ。俺の母ちゃんが作る山菜の料理美味いんだよ」


と言いながら受け取ると友弥ちゃんは「良かったー」と微笑みながら呟いた。おさげかふわっと揺れる。


「たくさん採りすぎちゃって、家族で食べきれなかったから困ってたの。敦くんのところはまだ収穫してないって聞いたから」


そういえば何かと忙しくて山に登っていなかった。というか何らかの口実を付けて登っていなかったと言った方が妥当かもしれない。


山が近くにあると言っても歩けば何時間とかかる。

この村では親子で山菜を採りに行く風習があり、俺も小さい頃母ちゃんに連れられて山に登ったことがあった。しかし登りきる前にダウン。皆が普通の顔をして登っているのが不思議で仕方がなかった。

終わりが見えない道をただひたすらに歩くというのはなんとも恐ろしいことだ。歩く度に足は悲鳴をあげ汗が無限に吹き出してくる。そんな過酷なものだった。


昔の記憶が蘇り寒気と震えが同時に敦の体を襲う。

もうあれから山に登っていない。もうあんな事をするのはりだ。

でも友弥ちゃんが登っているなんて素直にすごいと思う。


俺より細い体なのにどうしたらそこまでできるのだろうか、と不思議に思っていると友弥ちゃんが俺の顔を心配そうに覗いてきた。


「敦くん、ここ大丈夫?」


「え、何が?」


慌てて友弥ちゃんの方を向く。何かあったのだろうか。

友弥ちゃんは人差し指で目を指さすと


「目の周りが真っ赤に腫れてるよ。何かあったの?」


と言った。


そういえば、とさっきまで壊れるくらい泣いていた自分を思い出す。泣いていたなんてことがバレたらとてもじゃないが恥ずかしい。


「あ、いや。別にちょっと…あ、そうそう最近花粉がすごくてさ、目がものすごく痒いんだよね」


なんて嘘をついたけど、普通の人が聞いたらバレるほどのクオリティだった。

咄嗟に出た言葉を連ねただけの突拍子もない嘘を誰が信じるだろうか。

しかし友弥ちゃんは


「そっかぁ。それじゃあ辛いよね。今度花粉症に効く薬、お母さんに頼んで作ってもらうよ。」


と優しく微笑んだだけだった。嘘はバレていないらしい。

良かった、と胸を撫で下ろし安堵の息を漏らす。


「あ!」と友弥ちゃんは何か思い出したように呟いた。今度は何だ?と思わず身構える。


「来週にあるお祭りの儀式があるから、狼爺ろうじいのところに行こうと思って。敦くんも行くでしょ?」


と聞いてきた。


この村で一年に一回行われる祭りは、十二歳になった子供が元気に育ってくれることを願う儀式を行う。俺も友弥ちゃんも十二歳になるため、儀式を行わなければならない。そのためにはそれなりの準備が必要になる。

さっき友弥ちゃんが言っていた狼爺というのは俺の祖父だ。今年で七十歳になるが全く衰えを見せないほど元気である。

そんなじいちゃんは祭りを執り行う人の中心的人物であり少し頑固なところもあるが、根は優しいことを俺は知ってる。小さい頃から憧れの存在だった。


俺は「うん」と頷くと、狼爺がいる家の方へと友弥ちゃんと一緒に歩いて行くことにした。


狼爺の家まではあまり時間はかからないのだが林の中に家があるため、かなり危険だ。

小さい頃に一人で行った時、帰り道がわからなくなって迷子になったことがある。

その時は村の人達で探してくれて何とか飢え死にしなくてすんだが、夜の林の中はとてつもなく怖かった。今も少しトラウマは残っているので、林の中に行くのは少し躊躇する。

獣の吠える声、キラリと光る黄色い目、襲うように手を伸ばす木。全てが恐怖だった。

こんなに自分が臆病なことを友弥ちゃんが知ったら幻滅するだろうか。


しかし今は昼間であって夜中ではない。木の葉から射し込む陽の光が体や道を照らしてくれたおかげで恐怖心は抱かなかった。

歩く度にサクサクと草が踏まれる音が俺の心を軽快にし、小鳥が鳴く声もまた安らぎを与えてくれたからだ。


少しの間、小川のせせらぎに耳を傾け歩んでいくと狼爺の家が見えてきた。茅葺からぶき屋根の少し趣のある家である。

周りには畑が耕されており大きく育っていた大根は白い顔をちょこんと覗かせていた。警戒しているというよりは、恥ずかしがって土に隠れているようにも見える。そう思わせるくらい生き生きとしていた。


楽しさと緊張が入り混ざった気持ちのまま家の戸を叩いた。中から声がして俺は友弥ちゃんと一緒に狼爺の家に入っていく。


家の中は少し薄暗く、獣の匂いが鼻の中を駆け回った。壁の所々には魚や大根といったものがぶら下げてあり、自分の家と比べると余計なものは一切置いていないようだ。



「おう、敦と友弥か。よく来たな」


そう言いながら弓を整理していたのが狼爺である。白髪が目立つその姿はいつもと変わらない。


「こんにちは。いきなり押しかけてしまってごめんなさい。儀式に使う御札を貰いに来ました。」


と頭を下げながら礼儀良く友弥ちゃんは言った。どこかのご令嬢のような雰囲気をかもし出し同じ者同士とは思えない華やかさがある。それを見た狼爺は少し照れ笑いをしながら頭をかいた。


「そんなにかしこまんでもええよ。御札はもう人数分用意してあるから。」


と言って奥の部屋に姿を消したかと思うと二枚の白い御札を持ってきた。そこには俺の名前と友弥ちゃんの名前がそれぞれ書き込まれている。


「ありがとうございます!」


と友弥ちゃんはさっきよりも深く頭を下げた。御札を受け取った時の顔はいつもよりいっそう輝いて見える。

俺も自分の分の御札を受け取ると狼爺が口を開き


「儀式の時にこの御札が燃えることをいのっておるぞ」


と期待の眼差しで見てきた。


お祭りの儀式で使うこの御札はただの御札ではない。

昔から子供の時に霊力を御札に封印し、村の秩序を守ってきた。言わば自分の分身とも言っていいそれを十二歳になったら解く。

儀式ではその御札を燃やすことによって封印が解かれるというが、中には上手く燃えない者がいるという。

その者は力が発揮されず、未だに力仕事ができない状態にあった。

何故御札が燃えないのか判明出来ていないが、燃えなかった時点でエルト・キラ・グラウスと戦うのは無理だ。


御札が燃えなかった時のことを想像し急に緊張してくる。危うく御札を落としそうになるとこだった。

すると狼爺は大きな口を開けて笑いながら


「そんなに緊張せんでもええ。たとえ燃えなかったとしても出来損ないというわけじゃない。御札が燃えなかった者も霊力は出てきたという事例があるらしいからな。」


と言った。


俺はどうなるんだろ…と無意識に天井を仰ぐ。もし燃えなかったとしてエルト・キラ・グラウスを倒すことが出来るのだろうか。だとしたら───



狼爺がふと窓の外を見ると


「さぁもう日が暮れる。明るいうちに帰れ。」


と腰を上げて言った。

これから猟に行くらしい。


俺は御札を手に持ち、友弥ちゃんと一緒に狼爺の家を後にした。

もう空は赤と青の綺麗なグラデーションがかっており、虫の声が静かに鳴いている。


狼爺はただ一人


「すまんな敦。お前や村を守るためなんだ。」


と二人の影を見ながら静かに呟いた。

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エルト・キラ・グラウス 里月 @Moon-bookSastuki

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