第11話
西世田谷署の刑事、小山田と窪坂は殺された中学校教師長原の担任するクラスの生徒、芳野眞子の自宅に向かっていた。
芳野眞子の姉の麗子が長原との関係で、長原に風俗で働いていることを家族にバラすと脅かされていたことから容疑者として上がったのだが麗子にはアリバイがあった。
小山田は独特の刑事としての勘で、麗子と眞子の母親芳野すみれに標準を合わせていた。
「母親の愛情だよ。この事件は」
「母親が本星ですか」
「その可能性が高い。とりあえず直当たりしてみよう」
ということになり、芳野宅に向かったのだ。
天気の良い午前中だった。
子供たちは学校へ向かった直後に訪問することにした。
事前に連絡はしていない。
いきなり、直球をかまして反応を見ようというわけだった。
ようするに、今の段階ではアリバイをもう一度確認するしか何も証拠はない。
すみれは家事の真っ最中だった。
小山田たちが訪れたときはちょうど洗濯機をまわしていた最中だった。
「今日はあなたとお話がしたくて来ました」
小山田は言い方は優しいが目が笑っていないいつもの刑事顔で聞いた。
リビングのソファに浅く腰掛けていたすみれの表情の変化だけを注視した。
「さんざん聞かれたと思いますけど、もう一度長原先生が殺害されたと思われる時間帯のアリバイをもういちどあらゆる人に聞いているのですが」
すみれは表情を変えなかった。
「その時間だったら家で寝ていました。いつも朝は六時に起きて食事の用意をしてます」
家のなかのことなので、家族の証言はアリバイの実証にはならないが、よほどの疑いがない限り家族の証言は有効とされる。
だが、小山田の目的はそれではない。すばりと言った。
「わたしはあなたが真犯人だと思っています」
「・・・」
すみれは目を大きく見開いた。
言葉が出ない様子だった。
「そんなことは・・・」
明らかに動揺している、今まで小山田をはじめ多くの捜査員たちに話を聞かれただろうが、主に長原のこととか、娘のことだったはずだ。
中学校に通う娘のことで長原とトラブルはまったく無かった。
だから、いきなりの直球を受けて空振りもできず、見送りの三振を取られたような感触だったのだろうと小山田は直感した。
「今はまだ何の確証もありません。正直な話。でも、必ず何らかの確証を挙げますよ。逮捕状を持ってきますよ」
「どうして私なんですか」
やっとすみれが言葉を出した。
「麗子さんのことですよ」
「あの子が何ですか」
「あなたは麗子さんが長原先生に脅かされたことを知っていましたね。麗子さんを助けるためにしたんじゃないですか。麗子さんを薬物中毒から救ったときのように」
「・・・・」
すみれは俯いたままだった。
多分麗子のなかではもう逃げられないと思っているのではないか。
しかし、娘はまだ中学生だ。
母親が殺人犯では学校も替わらなければいけないだろう。
夫とも離婚になるだろう。
家庭は崩壊する。
麗子もまた悪い世界に戻ることになるかも知れない。
いろいろな思いがすみれのなかで交錯しているのだろう。
「今日はこれで失礼します。よく考えてください」
そう言って芳野家を去った。
「小山田さん、すみれが自殺する可能性はないですか」
「あり得るね。だからすぐに監理官に報告して任意で引っ張ろう。お前はここですみれを見張れ」
小山田は窪坂を芳野家の前に残しいそいで捜査本部にもどり監理官に報告した。「すぐに引っ張ろう」
監理官は小山田に指示した。
それと同時に家宅捜索令状を取るように指示した。
他の捜査官は被害者の部屋の周囲の防犯カメラの解析をやり直し、芳野すみれらしき人物が写っていないかを当たりだしていた。
そこへ、窪坂から連絡が入った。
「芳野すみれが外出するのを見て、声をかけたのですが、自首すると言っています」
窪坂の声は高揚していた。
芳野すみれの供述によると、すみれは麗子が風俗で働いていることを同居人の女から聞いていたのだ。
麗子はそのことを問いただそうと麗子の部屋を訪れたとき、ドア越しに麗子と長原の会話を聞いたのだという。
「妹の先生のくせに、どうしてそんなに汚いの。あんたなんか先生の資格はない。もう私が風俗で働いていることをバラされてもいい」
という会話だったという。
それで、長原がいなくなれば麗子は楽になるのではないかという短絡的なものが動機だった。
「馬鹿ですよね」
窪坂が呆れたように言い放った。
小山田は激怒した。
「お前は親の気持ちが分からないのか。確かにすみれは愚かな母親だ。殺しもよくない。だが、子供を救いたいというのが親の気持ちなんだ」
小山田は、窪坂を叱責したが、どこにもぶつけようもないやりきれなさを味わっていた。
終わり。
教師の逸脱 egochann @egochann
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