幸福なアンドロイドは邪神のもとで夢を見る。

がっかり子息

0.傷心旅行はここから。

 カガクの発展した地下都市、ネイクイッド。

 その更に地下深い場所にある随分と古く暗い道を、彼女は足早に歩いていた。

 瓦礫から瓦礫へと跳び移る度、身に纏っている古い時代に女性用の軍服としてデザインされたワンピースの裾がひらりと揺れ、短いスパッツに包まれた太股があらわになるが気になどしない。

 それどころか惜しげもなく揺れる豊満な胸とは不似合いな、幼さの残る顔を緩やかに笑わせたまま行くてを阻む古く倒壊した鉄骨をひょいと飛び越し、慣れた仕草で今度は頭上に突き出した瓦礫をしゃがんで避けながら先程と変わらぬ速度で進んでいく。


 灯りははるか上空にある地下都市の最下層区から漏れ落ちる微かな照明のみで、視界は至極悪い。

 しかし彼女には全てが見えているのか、陽光の下で散歩でもしているかのような様子でまた障害物を飛び越した。


 鈴の音ような声で旋律の定まらない鼻歌を歌い、古い道の突き当たりでいったん足を止めると腰にさしてある細い剣を抜く。

 それは古くから狐の民が使う刀という剣で、打撃には弱いが斬れぬものはない、使い手を選ぶ逸品だ。

 彼女はそれを両手で構えると、目の前の壁に振り下ろした。

 すると壁はあっさり崩れ、その細い刀身からは考えられないような大きさ、ヒト一人が悠々と通ることができるほどの穴が出来上がった。

 先には開けた空間があり、彼女は満足そうに壁を抜けると自分の得物へ愛しそうに口づけを贈る。


「うーん、さすがは私のレーヴァテイン。作り手に似て、見た目を変えても破壊力半端ないねえ」


 まるでまどろんでいるかのような間延びした発音で独り言を言うと刀を鞘にしまい、目の前に視線をやる。

 そこにはコンクリートで出来た二メートル四方の倉庫のような建物が確認でき、彼女は笑みをさらに深くすると跳ねるようにしてその建物へ入った。


 光が一切差さない古い倉庫内の壁を手でなぞると、風化した表面がパラパラと落ちていく。

 その後を追うように淡い光が浮かび上がり、部屋内を一周する頃には辺り一面を見渡すのに不自由しない程度に明るくなった。

 そして姿を現したのは部屋の壁際にヒト一人が通れるほどの余裕を残して中央に鎮座する鉄の箱。


 作業を終えると、彼女はそれに向き直り一度その表面を強めに叩いた。

 目的はそのなかにあるらしく、またもや腰から刀を抜くと今度は刃の先で慎重に表面へ切り込みをいれ始める。

 鉄の箱であるというのにまるでナイフで紙を切っているかのようにすんなりと刃は滑っていき、ほどなくして天板に当たる部分を切り離すことができた。


 刀を鞘に戻し、細い腕で切り離された一メートルほどの広さがある鉄板を軽々持ち上げて自身の横にほうり投げると、箱のなかに両腕を入れ、中にある物を抱えあげる。

 大切そうに取り出されたそれは小柄な、少年とも青年とも言える男性の体。

 息をしていないが血色はよく、ヒトと表現するより人形といった方が正しいように思えるそれを大切そうに抱えたまま倉庫を出ると、彼女はできる限りゆっくりしゃがんで壁に持たれかけるように座らせた。


 そっと男性の両頬を撫でてから嬉しそうに頬を綻ばせ、それの耳の後ろを探る。

 左右どちらともにしこりのようなものを見つけて、ぐっと指で押し込むと、無音だった男性の体から微かにモーター音の様なものが聞こえ始めた。

 次に、ハードディスクを擦る針金の音、そして、次は、ファンの回る音。


「あ、み、みず…」


 直後、先程まで自力では微動だにしなかった胸が上下しはじめ、未だ若い、低いとは言いがたい男声がしっかりと発された。

 答えるように、彼を持ち出した彼女は水を掬うような仕草で男性の目の前に手を差し出した。


 先程まで乾いていたそこには、本当にどこかから掬ったかのように水が溜まっており、それどころかすぐに溢れ始める。

 口許にそれをやれば、男性は躊躇いなく口をつけて飲み始め彼女も嬉しそうな笑みを浮かべてそれを見つめた。


 静かな地下で、水を飲み下す喉の音が暫く響き、それが止まったのは数分もたった頃。


「っは、もう十分だ、補給できた」


 男性が大きく息を吸って口をぬぐった。

 その様子を見て水を溢れさせていた手を引くと首をかしげて彼女も口を開く。


「循環に問題はない?」


 跳ねるような声色のそれに、男性は彼女とよく似たとろんと垂れた目で相手を見上げると深く頷いた。


「俺を起こした理由は?せっかくヒトが絶望して冷却水全部ぬいてまでしてシャットダウンしてたんだ。よほどのことじゃねえと本気で怒るぞ」


 口調は荒いが声色は言葉ほど荒んではいない男性の質問に、彼女はなんとも曖昧な声を発して少しの間なにやら考えるような仕草を見せるがそれもすぐにやめて満面の笑みを浮かべた。

 そして、男性の手を取ると大きく上下に振る。


「えっとね、わたし、何百年かこの世界見てきたんだけどね、あまりちゃんと観光とかしてなくて…」


「ほお、で?」


「さっちゃん!パパと一緒に旅行しよ!!」


 次の瞬間、男性の頭突きが彼女の額に容赦なく食らわされた。













 幸福なアンドロイドは邪神のもとで夢を見る














 自動機関列車は東と西、そして北にある大陸の陸路を繋ぐ交通機関だ。

 大陸間の海は未だ古くから使われている船で移動するが、大陸内の移動はほぼ皆がこれを使っている。

 日に二本が往復する程度だが、中、大都市同士を行き来する場合徒歩よりはるかに効率が良い。

 真新しい列車の車窓から眺めることのできる景色は未だ広々と広がる草原や森、自然のままそびえ立つ山ばかりだが、四大都市のひとつと言われるチェザレと隣り合った町マディッカの駅は、その次に到着する駅のある鉄加工に優れた技師の集う町の手を借りて建てられたため町の規模のわりに立派だ。


 鉄と木材で作られた自動機関列車がゆっくりと駅に入っていき、長旅の疲れを癒すため一時の休息をとる。

 ホームと面した扉が、駅の職員によって開かれると中からヒトが流れ出てくる。

 遠方からきた旅行者も、近隣の都市から買い物に来た者も、例外なく次々と下車する客たちと共に出口へ向かう。


 そんななか、あらかたの乗客が居なくなってから悠々と下車する二人組がいた。


 短い蜂蜜色のくせ毛をふわふわと揺らしながら跳ねるような足取りで列車を降りると、まるで幼い子供を呼び寄せるように手招きをする、長い耳をもつ長身の少女。

 そして、そのあとに続き気だるそうな足取りで列車から降りてくる、黒髪の小柄な少年とも青年とも見える男性。

 二人は色素こそ違えどよく似た特徴の顔立ちをしており、はたから見ると姉弟なのか、それとも他人なのか判断がつかない容貌だ。


「来たぜマディッカ!昨日からここで商業祭があってるんだって!!大陸中からきた商人がお店だして色んなもの売ってるって話だよ!」


「で、ここに来るためにわざわざ俺を起こしたのか。一人でよかったろ。お前元々一匹狼じゃねえか」


 両手を振り上げ、満面の笑みで語りかける少女とうって変わって、彼女に語りかけられた男性は相手のはしゃぐ姿を見ながら冷たく言い放つ。

 どうやら彼ははじめてここに来たらしく、随分と居心地悪そうにあたりを見回した後少女の側へ歩み寄った。


「まあまあ、そんなこと言わずに。パパはサジルと来たかったんだよう」


「頼むからゆるふわ少女の姿で自分の事をパパっていうのはやめてくれないか」


「わたしはサジルのパパだもん」


 男性が隣に並んだ事に満足そうな笑みを作って、ぐいぐいと自分の二の腕を相手に擦り付けながら答える少女へ男性が返したのはため息。

 しかしそれを気にするどころか彼女は自分のものより低い位置にある相手の腕を掴むとぐいと引いて走り出した。


「はやく行こうよ!町はきっと賑やかだよ!」


 鈴を転がすような声が駅に響き、それに続いて男声があげられる。

 賑やかな二人組に駅内に残っていた数人の客達が振り返り、少女の耳が長いことに気がついた人々が目を見開いて彼女を凝視する。

 しかしそれに気がついた男性が手を引かれながらも相手を威嚇するように睨み付けると視線はすぐに外された。

 彼女のもつ長い耳は森の奥で暮らす長命の種族、守り人のそれと同じものだ。

 守り人の名称は正式にはエルフといわれ、普段人前に姿を現すことなど殆んど無く、目にすることはとても貴重な体験である。


 そんな彼女が注目を浴びることは当然で、本人は他人の目線など全く気にしていないのだが、連れの男性はひどく心配性らしく彼女と同じわけにはいかないようだ。






 この気ままに振る舞う掴み所のない少女はシェフィールドと名乗っている。

 守り人と同じ特徴を持ったふわふわした印象の女性だ。

 とろんと垂れたエメラルド色の眼と口角の上がった口許が細くて柔らかそうな蜂蜜色の癖毛に良くマッチした幼い印象の顔をしているが、豊満な胸と張りの良い太股は少女というには違和感を感じる。

 本人はもうジジイですと言うのだが、まわりは決まって首をかしげた。

 しかし、彼女の姿、得物、声、種族、すべてに関して、真実かどうかは不明である。


 そんな彼女と共に歩く、少年とも青年とも判断のつかない小柄な男性は、シェフィールドいわく、彼女の息子であるサジルというアンドロイドだ。

 随分と昔に作られた旧式ではあるのだが、何故か未だに誰も完成させたことのない筈の、感情を持ったキカイである。

 冷却機は水冷式と空冷式を併用、立ち上げに小型モーターで起こした電力を使い、古いせいかハードディスクからは擦るような音がする。

 しかし人々の喧騒のなかではその音も聞こえず、一見するだけで彼をアンドロイドだと見分けることはほぼ不可能なほどにヒトと酷似した姿をしている。


 そんな二人が、大都市のほど近くにある町の商業祭へ降り立った。

 浮かれきった足取りで屋台を見て回るシェフィールドと、彼女に視線をやる一般人を睨み付けるサジル。

 二人の目的は、大したことではない。


 そう、目的は旅行だ。


 二人はなにか崇高な目的を持ってここにきたわけではなく、ただただ二人で祭りを満喫し、名所を観光するためにやってきたのだ。


(パパと一緒に旅行しよ!)


 シェフィールドが、絶望の果てにてふて寝していたサジルに言ったこの一言がその全てだった。


 二人が旅先でスリの犯人をボコそうが、偶然であった少年の母親探しを手伝おうが、暴れ雄牛を捕まえてステーキにしようが、それはいっさい世界に重大な影響など与えない。

 それどころか今の世界はこれまでにないほど平和だ。

 当然のごとく驚異など降っては来ないし、二人が悪に染まることも、悲劇に泣き叫ぶようなこともない。


 これはただの、楽しむだけが目的の旅行なのだから。




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