10章序 33.5話 裏側で進む事態/拭い難い現実/幸福が秤の上に

 執務室。種類に塗れ、ケーブルに塗れ、日々に追われている様を色濃く如実に表すそのただ中にあって尚、老兵は、その暗い目に本質を眺め続けていた。


 どの人間を、どう動かすか。

 どれが必要な情報か。どれが、この軍勢、この疲弊し始めた軍の中で、最適の行動か。

 目立つ駒がいくつかある。

 片目を失い、喪失の最中にいながら戦力としては未だ申し分ない存在。

 広い目を持ち、状況の中で切り札を演じる能力があり、だが、近頃鈍りだした刃。

 整備能力、設備維持能力、工兵、あるいは歩兵としての戦力でありながら、タスクオーバーし始めた異国の小人。

 エルフだけは変わらない。裏切られなれているのだろう。情を移しきらない事が本分になっている。


 気になるのは、刃の鈍り。世話を焼きすぎている小人。

 秤に掛ける。

 単眼となった青年兵の戦力が、鈍りに、オーバータスクに見合うだけの戦力であるか。

 応えは、否だ。捨て駒としてなら十分だが、あまりに、保持すべき基礎戦力に影響を及ぼしすぎている。


 だからこそ……その報せは、殆どの者にとっては、幸福な話だっただろう。



「……間違いないのか」


 将羅は問いを投げる―――応えるのは、季蓮、白衣のオニだ。医局の長であり、将羅からの特命あって、近頃ある事に付いて調べを回していた女。


 季蓮は、頷く。


「ええ。最初に軟禁した段階でデータはとってたし。身体的特徴は合致しない。DNAも。間違いない。あの死体は第6皇女……というか桜じゃないわ」


 季蓮は断言する。

 あの死体………壊滅した革命軍野営地にあった、第6皇女と死体。

 将羅が季蓮に頼んでいたのは、その死体の調査だ。

 遺伝的な情報。身体的特徴。それらが、第6皇女と合致しない。


 藤宮桜は生きている。

 朗報だろう。将羅は、その先を尋ねた。


「逃げ延びた?逃がされた?……現在の所在は?」


 応えるのは、リチャードだ。ハーフとして、将羅達とはまた違う伝を握っている注意深い男は、淡々と、事実を語っていく。


「こちらの伝の話ですが、帝国内で噂が流れています。第6皇女が政治的な行動を始めた、と」

「情報の確度は?」

「噂ですので。ただ、ピンポイントで第6皇女桜花が名指しされているようなので、かなり確度のある話ではないか、と。現皇帝を否定する為に、ありそうな嘘にするのであれば、政治に感心がなかった第6皇女を祀り上げる噂を立てるのはおかしい。影武者を立てるなら、女性だという点を鑑みても第4皇女辺りが有力になるはずです」

「確証までは到らないが………」

「少なくとも、藤宮桜の生存は間違いない。その上で、帝国にいるが高い」


 そうまとめたリチャードに、将羅は唸る。


「つくづく運の良い娘のようだな」

「お言葉ですが。総評としては運が悪い子だと思いますよ?あの子はずっと、似合わない舞台に立ってる」


 小言の様に季蓮が言い、その問いに、将羅は特に何も応えなかった。

 どちらであれ、現実が変わるわけではない。

 将羅は、頭をすぐに別に切り替える。


「ゲートの件は?」


 そちらの問いに応えたのは、輪洞だ。


「捜索を続けています。如何せん竜の小集団はで配置されるようなので、痕跡を辿って巣を探すのは難しいですが………消去法として。可能性のありそうな点はあらかたさぐりきりました。その上で、まださぐっていない………というより、竜がいすぎて探るに探れない、この近辺にある戦略上の拠点、複雑な建造物が一つ。まず、間違いなく」

「……帝国軍第3基地?」

「こちらも確証ではありません。確証を取れるほど深くもぐれているならもう壊すために動いています」


 輪洞の返答は現実に即している。

 探して見つからないなら、探していない場所にある。

 場所がわかっているなら、もう動いている。


 この基地には現在、閉塞感、疲弊感が漂っているのだ。

 先の大規模戦闘を潜り抜けたと思えば、その後は連日、看過出来ない位置に竜の小集団が配置されている。


 考えたくはないが、知性体が混じっているというあの竜の軍勢が、<ゲート>で兵力を補填し、かつ先の敗北からより狡猾な手段、それこそ戦略を用いているとなれば、未だ本国から補充人員も無いこの基地としては、より早急な<ゲート>の排除を目的とするべきだ。


 ある種、兵糧攻めに近いような、そんな士気自体への圧力としての小集団の配置……。

 

 将羅は思考を進める。


「帝国軍第3基地の内部にゲートがあると仮定して、攻略するのであれば、客員技術協力員スルガコウヤの協力は取り付けるべき、か?」

「古巣、ですからね」


 そういったリチャードの後、輪洞が反論を即座に出す。


「かといって、戦力としては、隻眼です。支援に回った結果優秀な兵員が一人行動の自由度を下げているのも事実です」


 扇奈やイワンの件だ。

 どちらが得か、と言う話である。

 仮に帝国軍第3基地の<ゲート>を攻略するのであれば、その実地を知っている駿河鋼也の協力は得になる。

 同時に、本来もっと自由に、かつ効果的に動けるはずの扇奈に足かせをつける羽目に喪なる。


 秤、だ。

 単眼となった男の助力が、鈍った刃に比肩して越え得るか否か。


 もっとも、その思案を、将羅はもう終えてもいる。

 案外、その決定に情も混じっていたのかもしれない。


 散々、駿河鋼也を、あるいは藤宮桜を良いように利用して来たのは確かだ。将羅は合理性によってその決断を下し続けてきた。

 そして、駿河鋼也はまちがいなく、その将羅の要求に応えても来ていた。片目を失うほどになりながら。


 反旗を翻された事もある。それはここを組織としてみる場合には明確な汚点であり、その統括者である将羅としては許しがたい行動であり、だが、個人としてみれば、老兵にはその若さをうらもうと言う気分はなかった。


 経緯は汚点塗れとなろうと、当初の契約もある。

 駿河鋼也が十分な働きをすれば、本国へと帰るための装備を渡す。


 将羅は、部屋の一角―――隅で腕を組み、恨むような目をこちらに向けている鈍った刃に視線を向けた。


 扇奈は、苛立ちに塗れたような視線を将羅に向けたままに、嘲るような声を上げた。


「で?……その内緒話をあたしが聞かされてる理由は?」

「わかっているだろう?だから重用している」


 そう、わかっているはずだ。

 一々説明せずとも状況を理解する。必要な立ち回りを随時こなしていく。

 いずれは、頂になって他人を動かすまでなるだろう。そう考えたからこその重用だ。


 ヒトが来なければ鈍らなかった。今は、鈍りすぎて見るに耐えない。


「錆を落とせ、扇奈。自身で。……駿河鋼也はお前の管轄だろう?」

「……ふん。で?どっちだ?使い潰す方か?送り出す方か?」

「お前が判断しろ」

「………爺。まどろっこしい事言ってねえで、命令すりゃ良いだろ、どうしろってよ。また脅したらそれで済む話なんじゃないのかい?」


 苛立ちを隠しきれていない扇奈を、暗い目で眺めながら、将羅は言う。


「それで叛乱されたのは事実だ。だからこそ、すべてお前に預ける。今聞いた情報を駿河鋼也に流すか、胸に秘めるか。協力を取り付けるか否か。去る場合でも、第3基地の図面はこちらに流してもらうが、それ以上、どうあれスルガコウヤを動かすかはお前に任せる。何を伏せ何を与え、どう動かすか。……お前の腹一つだ」


 そこまで言った末に、将羅は一旦口を閉ざし……やがて、扇奈を眺めながら言った。


「……嬉しそうには見えないな。藤宮桜が生きていると聞いた割りに」

「……………」


 威勢を失ったような、それこそ小娘の様に黙り込んだ扇奈を横目に、将羅は言う。


「私を恨む分には構わない。今更、その程度厭う訳がない。藪をつつく気も無い。追われて出た蛇より、そうと決めて噛み付いた蛇の方が脅威だ。そもそも、そんな話に立ち入ろうと言う気もない。飼いたければ飼っていろ。情があるなら捨ててやれ。飯事はもう、やめろ」


 睨む将羅を嫌うように、扇奈は睨み返し、やがて、戸口へと歩みだした。


「……性格悪すぎるだろ、クソ爺」


 そう捨て台詞を吐き、扇奈は執務室を後にしていった。

 それを見送った末に、軽口のように問いを投げたのは季蓮だ。


「で?おじいさんの本音は?」

「……頭が痛い」


 溜め息でも付きかねない様子で将羅はそう応え、それから、輪洞とリチャードに視線を向けた。


「帝国軍第3基地に<ゲート>があると仮定した上で、現有戦力で実施可能な攻略作戦の立案を」


 その命令に、輪洞とリチャードは目を合わせ、輪洞の方が問いを投げた。


「駿河鋼也を戦力として加味した上の、ですか?それとも無しの?」

「……二人いるだろう。両方、それぞれ立てろ」


 どこか投げやりにも聞こえる声を上げ、それから、将羅はまた思索に沈みだした。

 思案すべき事は山とあるのだ。

 現在の竜の戦略目的。本国からの救援、補充人員をどう引き出すか。兵糧、支援物資………。


→34話 暗い、雨の日/亜種―UnKnown―

https://kakuyomu.jp/works/1177354054889537417/episodes/1177354054891644385

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