7章裏 桜/貴方と共に夢に見て
これは、それこそ………夢のような話。
覚めてしまったしまった夢の話。
私が永遠に忘れないだろう数日の話だ。
*
トントントントントン。
そんな、戸口の外で誰かが呼びかけているような音で、私は目覚めた。
最初に思ったことは、寒い、だ。身を起こした拍子に毛布がズレ落ちて、それで温もりの一切が遠ざかったようだ。
ぼんやりと……目の前に頼りない明かり、囲炉裏の火が見える。その向こうの戸は閉じきっていなくて、明るくて白い外の景色が小屋の片隅を切り取っていた。朝か、昼間か……少なくとも夜じゃないみたい。
ぼんやりと、周囲を見回す。お世辞にも清潔とはいえない、小屋。プレハブ小屋じゃない。木造の小屋。冷たい、冬の板間………。
ぼんやりと。ぼんやりと。頭が回りだして、記憶が今に追いついてくる。
昨夜の記憶。その、最後。
少し、勇気を出した。照れて、妙に怖くなって寝た振りをした。
寝た振りをしてる間になにかされるかな~とちょっと思ったけど結局何もなく、私は眠ってしまった。………ヘタレ。
うん。だんだん頭が回ってきました。
部屋の中を見回す。鋼也の姿がない。……姿が見えないと、少し落ち着かない。
小屋の外から音がする。
トントントントントン。
ノックのような、呼ばれるような、その音に、私は立ち上がった。
*
鋼也は、小屋の外で大工仕事をしていた。
多分、近くの廃屋からはがしてきたりしたんだろう。大きい板を小屋の穴に押し当てて、それもやっぱり廃屋から調達したのか、錆びた釘を押さえ、空いた手にナイフを持って、その取っ手の下の方をトンカチ代わりに。
トントントントントン。
私はその姿をなんとなく眺めていた。
鋼也の視線がこちらを向く。
「……起こしたか?」
無愛想に、鋼也はそれだけ言って、私から視線を切って、作業に戻った。
結構なポーカーフェイスだ。
私は………何も言わなかった。
悪戯、と言うわけじゃないけれど………ちょっと気になったのだ。
このまま私が何も言わなかったら、鋼也は何を言うんだろう、と。
性格悪いといわれてしまった。気を遣うなって、そういうことだろう。……ものすごくわかり辛いけど。もうちょっと他に言い様なかったのかな。
とにかく、それで、一々明るく振舞ってるのは、私の気遣いではあった。と思う。
だから、言われた通り気遣いしないで見たのだ。
……やっぱり、ちょっと悪戯したかっただけかもしれない。悪戯になりきらないような悪戯を。
困らせたいのだ。私は。
やがて、ぽつりと、鋼也は言う。
「……穴を塞いでる」
知ってる。他に言う事ないのかな?
務めて表情を消して、やっぱり何の返事もせずに、私は鋼也を眺めていた。
トントントントントン………。
その音がやがて止まり、鋼也は今度こそ私の方をしっかり見て、ぶっきらぼうに言った。
「………おはよう」
「はい。おはようございます」
私はにこやかに微笑んだ。もう許してあげよう、とそんな風に思った。
もしかしたら、ちゃんと私を見て、気にして欲しいって、それだけだったのかもしれない。
溜め息ともつかない息を吐いて、僅かに微笑んで、また、トントントントントン。
………昨日と、鋼也のようすが少し違う。と言うより、元に戻った感じ。
なんだかふわふわしたような、頼りがいがあるのかないのか良くわからないヘタレ具合、では今朝はないようだ。
もしかして昨日は、鋼也は鋼也ではしゃいでちょっとテンション高かったのかもしれない。その弾みで性格悪いって言われちゃったのだろうか。
……結構根に持ちます。だって、私は確かに性格悪いから。
*
八方美人。常にどこかに演技がある。他の人の事を、どこか見下すように、私の事を可愛がらせようとしている。
そういうもろもろの要素を複合して端的に表すと、確かに『性格悪い』になる。
なかなかどうして、自分では認めたくない性格だと思う。自分でさえ気付かない様にしていた、本性だ。
鋼也にばれてしまったのは、……それこそ本当に舐めていたからだろう。
だって泣くし。……男の子に泣かれたことはない。なんでもない言葉で泣かれてしまったから、なんというか、確かに鋼也は年上だけど、どこか子供を相手にしているような気分が私には常にあったのだろう。
だから、演技の節々で素が、『性格悪い』が出ていた。私自身ですら気付かず、演技の端から本性が零れ落ちていた。
そして、その本性を昨日、肯定されてしまった。
甘えるようにつねってみても怒らなかった。
からかうように囁いても、ちょっと悪態を漏らしても鋼也は笑っていた。
………性格悪くても良いのかもしれない。おずおずと顔を覗かせて、許されて安心して、最後に私はそんな風に思った。
*
大工仕事が終わってから、ゆっくりと、何も無い時間が流れていった。
ただ話をするだけ。それだけで楽しかった。
ちゃんとした身の上話、は意外とした事がなかった。ちゃんと体験談がついた、思い出話。
私は学校の出来事を話した。鋼也は楽しそうに聞いていた。
鋼也がするのは軍隊生活の話だ。けれど、思ったより面白かった。軍隊って意外と硬くないのかなって、そんな事を思った。
……勿論、暗い部分を鋼也が話さなかっただけだろう。その、楽しそうな仲間の人たちだって、もう…………。
私も同じだ。家族の話をしなかった。しかけても、すぐに話を飛ばした。いなくなってしまったと、私の家族が皆殺されたって、そんな現実から逃げるように。
この、楽しい雰囲気に水を差したくなかったのだ。
楽しく話をして、楽しいだけの話をして……私はそれだけで良かった。
勲章の話。ニアミスしてたかもしれない、ってそんな笑い話。
色々と歯車がくるって、今この状況なのだろう。
それでも、私は、歯車が狂ってくれて良かったと、鋼也の顔を見ながら思った。
鋼也はずっと、穏やかに微笑んで、のんびりしていた。……私にはそう見えた。
*
荒い息。遠ざかる温もり………その日の夜中に私はそれに目を覚ました。
そして目にしたのは、拳銃を手にする鋼也だ。暗い表情で、怯えたように、銃を、……銃口を眺めていた。
戦禍に疲れきった軍人。
酷く怯えた子供。
その両方が、目の前にいるような気がした。
そんな鋼也を前に、私は………腹が据わったのかもしれない。
私は、私を使った。
性格の悪さを。打算を。女を。明確に自覚して利用したのは初めてかもしれない。
もうちょっとロマンチックに……みたいなのは意外となかった。
ただ楽にしてあげたかった。幸福でも良いと、怯えなくても良いと。そう、思って欲しかった。
あやしつけるように、私に視線を限定させて。私だけを意識させて。逃げ場をなくして、私だけを逃げ場にして、絡めとるように。
それで、漸く、鋼也は安心したのだろう。
………全部、忘れさせてあげたのだ。
*
この小屋に来て3日目は、割愛。ただれてました!
……鋼也が魘されて起きることはなかったから、私はきっと、上手くやれたんだろう。
性格の悪い女が、献身的に、ね?
*
4日目………。
ちょっとデート気分で廃墟を探索した。
雪合戦をした。他に遊びようがなかったし………楽しく遊んだ。
前のコスプレ騒ぎとは違って、鋼也もちゃんと楽しそうだった。その顔に雪玉をぶつけて私は笑った。……性格悪いので。鋼也を情けない感じにしたかったので。
雪玉をぶつけ返されたり、服の中に雪を入れられたり。
そうやってじゃれて、じゃれ終わった時が………終わりの始まりだったのかもしれない。
アイリスさんが来ていた。扇奈さんの代理、だそうだ。扇奈さんは何か忙しいのか、……捕まってしまったりしたのか。でも、
選択肢が提示された。4つ。
4つ、確かにあったけど、………確実なのは1つだけ。だから、話し合う必要も無いくらいに予定調和だったんだと思う。
帝国に帰りたい、とは思った。友達の事もあるけれど、それ以上に………鋼也と帝国で、私の馴染んだ世界で遊びたかった。
ショッピングとか。レストランとか。かしこまった食事の場で鋼也がどう振舞うのかとか、そういうどうでも良い部分が見てみたかったから。
でも、オニの国でも、そういうことは出来るだろう。
どんな場所かわからないけれど、扇奈さんの紹介する先なら、多分良い人ばっかりの場所だろう。
だから、ずっと、明日の話をして過ごした。この先に何があるのか。オニの国はどんな所か。結構好き勝手に予想を並べ立てて、私と鋼也は遊んだ。
夜まで、ずっと。
………夢が覚めてしまうまで、ずっと。
*
こうだったら良い。こう言う物があったら楽しそう。家は小さくて景色が綺麗で、とか。
本気かどうか自分でもわからないような話をした末に、鋼也は呟く。
「……よくばりだな」
少し呆れたような、のんびり緩んだような調子で。
そんな鋼也に、私は少し唇を尖らせる。
「よくばりですよ?………性格悪いので」
途端、鋼也は視線を逸らす。
「根に持ってるのか……」
「はい」
私が頷いたら、鋼也がほんの僅かに肩を落とした。後悔しているのかもしれない。
それがわかったから、私は笑い話にしようと、鋼也の耳元でからかう調子に囁いた。
「その方が好きなんでしょう?」
突き放すためにそういったわけではないのだろうって、それは最初からわかっていたから。
ただ、鋼也は器用に不器用なのだ。そして、案外脆い。
………私は、鋼也の脆い部分を良くみるような気がする。他の人からどう見えているのかはわからないけれど、私が目にする鋼也は、あんまりカッコ良くない。
暢気でマイペースでシャイ。そしてネガティブ。
戦っている時は別だろう。軍事とか戦争とか……そう言うのが絡んだ時はしっかりと地に足が着いている。頼りがいもある。
でも、私が目にする鋼也は、だいたい、そうじゃない鋼也だ。
プレハブ小屋でちょっと目が合うとすぐそっぽを向いてしまうくらいにシャイで。
話を聞いているのかいないのかわからないくらい、相槌すらない無愛想さで。
多分、本当に何事も無い世界で生まれたら、……なんかちょっと残念な人だったんだろうと、そんな事を思う。パッと見カッコ良いのに……と女の子に残念がられる人だったに違いない。
性格悪い方が好き、と鋼也に言われた。
私も同じだ。身近にいる、ちょっとなさけない彼が好き。
そう思って、そう言っていないと思って………だから、その話はもう少し続くはずだった。
私は、その話を続けるつもりだった。
かっこ悪いって言ってやろうと思った。ヘタレ、って。
そっちの方が好きって言ってあげようと思った。安心して、と。
………ずっと、かっこ悪いままでいてくれたら良いって。
時間は結構あったのに、なんで私は、最後の最後にそれを言おうと思ってしまったんだろうか。
物音がして、鋼也は緩みを消してしまって、だから私はその言葉を飲み込むしかなかった。
………口にしていたら、何かが変わったのだろうか?
情けなくて良いって、かっこ悪いままの方が私は嬉しいです、って、そう言って上げられたら………。
夢は、ずっと覚めないでいてくれたのだろうか?
「……待ってますね」
「ああ」
→25話 夢に別れすら
https://kakuyomu.jp/works/1177354054889537417/episodes/1177354054891083584
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