25話 夢に別れすら

 高望みだったのか。

 俺はどこかで選択を間違えたのか。

 するべき努力を怠っていたのか。


 ……すべて、後悔だ。そして、後悔している暇はない。

 破滅の足音は今も近づいてきている………。


 足掻こう。幸福な夢を見続ける為に。


 *


 弾奏を確認する。弾は8発。FPAの装甲に傷をつける事すら叶わないだろう、小口径の拳銃が8発だけ。代わりの弾はない。

 他にあるのは、ナイフが一本。


 右手に拳銃。左手にナイフ。

 それで、装備は終わりだ。たったそれだけの装備をチェックして、見慣れるほどの期間がなかったこの小屋の戸口へと向かう。


「……鋼也」


 呼び声に振り返る。儚い明かりに照らされて、桜は俺を見ながら逡巡をその瞳に匂わせ……最後に、こう言った。



「……待ってますね」

「ああ」


 別れの言葉は口にしない。それは、決意で、覚悟で………桜の願いだ。


 *


 FPA。“夜汰鴉”の構造なら、俺は良く知っている。単純なレーダーのほかに熱感知サーモセンサーもある。どこかの影に隠れようが、この極寒で俺の居場所を探るのは容易いだろう。


 だから。隠れても意味がないからこそ。

 俺は堂々と、小屋を背に外に立った。


 冷たい空気が頬を、身体を撫でる………曇天。月明かりの薄い暗がりであれ、地面に降り積もった厚い雪は明るく、そこにいる黒い鎧を照らし上げていた。


 やはり“夜汰鴉”だ。肩が白く塗りつぶされた、“夜汰鴉。”

 目の前に一機。だが、一機だけで行動するわけがない。最低でももう一機いる。更にセオリーで考えればトータルで4機はいるはずだ。どこかの暗がりに隠れているのか………。


 一機でも四機でも旗色の悪さは変わらないな。どうせそう、いつも通り……。

 ただの自殺だ。慣れた自殺だ。気負う必要はない。

 

「駿河鋼也少尉。……武勇は聞き及んでおります。惜しい。投降を」


 目の前の“夜汰鴉”から声がする。抑揚のない、若い声………。

 音を鳴らした以上、そこまで練度は高くない。右も左もわからない状況で革命に加担した若年将校、だろうか?

 そもそも声を掛けて来ている時点で甘い。やる気ならこんな悠長に構えず初動ですべて制圧するべきだろう。

 惜しい、と来た。………そんな有名だった覚えはないんだが。


「武勇、か。………どう聞いたんだ?」

「なぜアレで死んでいないのか理解できない。……往生際が悪すぎる、と」


 的確な評価だ。なぜ生きているのか俺の方が聞きたいくらいだ。

 だが、………俺が生き延びてきたのは歴然とした事実で、往生際が悪いのは間違いない。

 だから………。


「なら、………聞かなくてもわかるだろ?」


 言うと同時に、動いたのは俺の方だ。

 素早く照準を合わせ、拳銃が火を噴く………狙うのは“夜汰鴉”の頭部、光学センサー二つあるうちの一つ、右側。


 “夜汰鴉”の目が弾ける――


 FPAの光学センサーはその体中についている。一つ潰した位で盲目になるようなら素顔を晒していた方がまだ乗り手の生存率が高いだろう。

 だが、センサー間に性能差はある。顔についている物が一番性能が高く、平常時はその二つが基本的な目の役割を果たす。

 一つ潰れた場合、一瞬だけセンサーの切り替わりの隙ができる。

 被弾に慣れていれば何の動揺もしないだろう。

 だが、練度の低い若年将校であれば―――。


 “夜汰鴉”は動かない。確かめでもするように顔を探っている――。

 センサーの奥に装甲があるから、貫通はしなかったはずだ。だが、一瞬だけでも片目は潰した。

 動揺して脱いでくれるのがベストだった。そうなれば奪えた。けれど一瞬動きが止まっただけでも十分だ――。


 その隙に俺は今撃った側――“夜汰鴉”の右側へと駆ける。

 雪道に足を取られないのは、楽しく戦争雪合戦したおかげか?まったく……。


 体の調子は良い。この間から、病み上がりだとは思えないほどに体が軽かった。怪我も殆ど癒えている。だから、―――俺は酷く軽やかに、生身で、FPAに肉薄した。


 センサーの切り替わりが終わったのか。“夜汰鴉”が俺を見る。生身で肉薄した俺を見て、その動きがまた止まる。


 何をする気が理解できないのだろう。生身とFPAではその位差がある。そもそも普通にやれば俺の攻撃は一切“夜汰鴉”に通らない。

 だが、悪いが俺は“夜汰鴉それ”に慣れ切ってる――。

 今、どのセンサーが俺を捉えているか良く知っているのだ。

 肩と胸の間――その部分についた暗い眼球センサーを、俺は拳銃で吹き飛ばした。


 “夜汰鴉”が身動ぎする。また一瞬視界が暗くなったはずだ――切り替わりまで間がある。

 その間に、俺はまた位置を変える。肉薄したまま、遮二無二に回された“夜汰鴉”の腕をかわし、取るのは背中だ。


 生身でFPAに勝てるわけがない。だが、背後にはある。整備用の、が。

 誤作動がないように、プレートで覆われレバー式になっている首の後ろ部分――その装甲へ、俺はナイフをつきたてた。継ぎ目は知っている。ナイフを差し込んで手早く力付くで開ける、予定だったのだが。


 俺の手のナイフは、“夜汰鴉”の装甲の一部、強制解放装置を覆うそれを、


 ありえない話だ。ただのナイフでFPAの装甲が切れるわけがない。整備不良?もしくは、何か別………。

 前にもあった違和感だ。余りにも、調。……経験上、こういう時はろくな事がない。


 だが、それを考えるのは後だ。

 強制解放用のレバーを握る。今更事態に気付いたのか、“夜汰鴉”は動き掛けるが、それよりも無力化するレバーを引く方が早い――。


 気が抜けるような音を鳴らして、“夜汰鴉”が開く。強制解放中にはFPAは動かない。

 月夜に顔を覗かせたのは見知らぬ青年将校だ。……その、むき出しになった後頭部に、俺は拳銃を突きつけた。


 苦々しく、引き攣った顔で睨みつけて来る青年将校に、俺は言った。


「投降しろ。……死体を引きずり出すのは面倒だ」


 だが、青年将校は頷かなかった。


「………死体を引き出している間に、仲間が貴方を捕える。これでも、覚悟をもって革命に望んでおります。その為に命は捨てたものと」

「大層な覚悟だな」


 それだけ言って、俺は……銃底グリップで青年将校の後頭部を思い切り殴りつけた。

 手加減は一切なく、青年将校は頭を揺らし開いたままの装甲に顔面をぶつけ、動きを止める。

 奪えるのがベストだったが………引きずりだしている間はないな。


 背後で夜闇が動く――騒がしい足音で雪が踏み散らされている。

 隠れている一機が急いで動き始めたらしい。速射砲20ミリを担いでこちらへと駆けて来る――。


 撃てないだろう。今の位置関係で撃てば、俺諸共この青年将校の覚悟が吹き飛ぶ事になる。


 とはいえ、もう一度レバーを狙うのは難しい。不意打ちで手の内がばれていなかったから出来た芸当だ。迫ってくる一機の右後ろに、もう一機の“夜汰鴉”も見える。

 3機いるなら4機はいる。最低、あと一人いると見るべき――。

 ――その前に見えている2機だ。


 どうする?無力化した“夜汰鴉”を奪う間はない。拳銃でセンサーを潰したところで、その情報はもう共有されているはずだ。そもそも練度の低い将校だけで部隊が形成されているわけも無い………。


 どちらにしろ自殺だ。賭けるか?何に?……不確かな、観察事実。


 さっき、俺は確かに、ナイフで“夜汰鴉”の装甲を切った。

 似たような光景を見た。紅地に金刺繍――オニは刀で竜を、硬いはずのそれを叩き切っていた。

 異能力。触れている物体の機能強化。構造強化。


 ハーフの容姿。どちらかにだけ寄るそれ。俺は両親を知らない。顔もわからない。“駿河”の表札。この場所の立地。オニとヒトの国の中間。……逃避行の舞台には持って来いだ。


 自殺に近い無茶をしても死なない。頑丈すぎる。ヒトだとは到底思えないほどに――。


 例えば。死に掛けて。ヒトの血が流れ落ちて。

 その代わりにが注ぎこまれて。

 寝ていた何かが覚めたなら―――。


 ………他の何かに縋れる状況じゃない。たまには、自分を信じてみるか………。


 “夜汰鴉”は迫ってくる――。待っていれば、勝手に肉薄してくれる。

 狙うのは、その頚部。胸部のラジエーター……それ自体は危険すぎる。電算部位繋がってバイパスしている大動脈ケーブルを――。


 諦めた。そう見せるように、俺は向けていた銃口を下げ、捨てる。


 “夜汰鴉2機目”が手を伸ばしてくる。その背後のもう一機3機目も意識して、十分に引きつける。

 伸ばされた黒く太い腕――逆の手は速射砲20ミリで埋まってる。懐ががら空き――。


 そこへと、俺は踏み込んだ。同時に、利き手に持ち替えたナイフを突き立てる。


 熱したバターの様に。滑らかに、淀みなく、ナイフの刀身が装甲へと吸い込まれていく。

 首をかき切る様に、けれど血は流れ落ちずただ鎧のケーブルだけを、ナイフは切り裂く。


 目の前で、ぴたりと、“夜汰鴉”の動きが止まった。電源が落ちたのだ。ラジエータに予備はない。そもそも、普通、そこを壊されたら死ぬ位置にラジエータは置かれている。


 まして今切ったのはそこから電算部位に繋がるケーブル。


 中で革命軍の兵士は焦っているだろう。急に何も見えなくなり、すべて動かなくなったのだ。何が起きたか理解できないに違いない。そして、即座に復旧する術はない。


 ………どうも、このナイフは使えるらしい。俺が思ったのはそれだけだ。

 まだ終わっていない。見える範囲にもう一機いる。まだ姿を現していないもう一機も。

 だが、攻撃手段があるなら、……どうとでもなる。


 俺は動かなかった。

 背後に、解放された“夜汰鴉1機目”。

 目の前に、動きを止めた“夜汰鴉2機目”。

 その狭間の影に、息を潜める。


「……おい。捕えたのか?」


 向こうで、3機目の奴が声を掛けてくる。僚機が急に動きを止めた………その意味がわからないのだろう。通信も何も途絶したまま………近付いて来てくれるらしい。

 結局、こいつも素人か?練度の低い人員だけの部隊なのか?

 ………現実戦争を知ってる奴はそう簡単に革命になんか加担しないか。


 息を潜め。近付いてくるまで待ち。

 ……やる事は一緒だ。ただし、さっきよりも思い切り良く。


 2歩で詰められる――その距離に“夜汰鴉3機目”が近付いてきたその瞬間に、俺は動きを止めた2機の陰から身を乗り出し、状況確認しに来た“夜汰鴉3機目”へと突っ込んだ自殺した


 毎度そうだ。確かに半分好きでやってるようなものだが、別に、ただの自殺じゃない。ちゃんと理論ロジックがあった上で戦術的な最適解がそれってだけだ。


 “夜汰鴉3機目”の銃口が俺を向く―――けれどその引き金は動かない。

 俺を撃ったら、貫通して後ろで動いてない二人にも当たるだろう?その逡巡が“夜汰鴉3機目”を鈍らせ、その間に俺は肉薄する――。


 曇天の切れ目から月光が落ちる。ナイフの閃きを残光がなぞる――。


 首をかき切られ、血肉の変わりに僅かに破片を散らした甲冑ヤタガラスが、半端に狙いを定めた姿勢のまま動きを止める。


 ………3機目も無力化した。おそらく後一機、動いてない奴がいる。

 だが、これならやれる。やりようはある。あと一機、無力化すれば………。


「すげえな、それ。どうやったんだ?」


 不意に、状況に似つかわしくない、酷く軽い声が届いた。

 隠れていた4機目だろう………“夜汰鴉”がまた出た。

 だが、これまでの奴とは違う。軽さは重さの証明でもある。命がけに慣れ切った奴が、そういう雰囲気になる事は知っている。戦場でも普通に笑ってるタイプの奴だろう。ズレ切ってもう、命の重さが人と違うのだ。


 現れた“夜汰鴉”には随所に傷がある。新品じゃない、使い込まれたFPA。肩の白さが他より雑だ。どうでも良いと適当にペンキをぶちまけたように。

 

 射撃を嫌う様に、動きを止めた“夜汰鴉”の合間から、俺はそいつを睨む。

 ………一番てこずりそうだ。だが、こいつさえ無力化すれば………。


 その算段を立てているその間だ。

 俺の方から何をするでも無く、その“夜汰鴉”が解放された。


 4機目の奴………中から出てきたのは、顔に大きな傷のある男だ。顔面半分傷跡みたいな、それでいて半分狂ったような笑顔を見せる男。


 狙いは何だ。なぜ自分から武装を捨てる?……相手の思惑考えようとしたのが、俺の失敗だったのかもしれない。


「……すげえんだけど、若いなぁ、死にたがり野郎英雄


 どうでも良い事の様にその男は呟き、直後、銃声が轟いた。

 理解は、その全てが終わった後だ。


 “夜汰鴉”から半身を覗かせた男――嗤うそいつの手に、硝煙の上がる拳銃がある。

 腹部が熱い………俺の足元の雪に血痕が落ちる。

 俺が今、革命軍相手にやったようなことだ。油断させて、計算できる方法で傷を負わせる。


 速射砲20ミリでは、周りの奴ごとふっとばす羽目になる。なら、拳銃で撃てば良い、ってそれだけの話だ。


 だが、今更俺が、一発撃たれたくらいで……


 銃声が更に響く。腹部が、体が痛み出す。腕が貫かれ、ナイフが雪に落ちる。

 その横に、俺も膝をつく。


 顔面に傷のある男。その声が降り掛かる。


「……殺せる時にちゃんと殺せよ。なんでそこでヘマした奴らが生きてる訳よ?……俺としてはつるし上げ食らわなくて都合良いんだけどさ~。親衛隊のがまだ軍人だったな。理想に燃えて甘くなっちゃってる奴ばっか。長生きしないって、それ。命あってのものだねだろうが。なぁ?」


 親衛隊………パーツを取った奴らにあった、“月読”にあった銃痕は、こいつが?

 今更、そんな事がわかったところで………。


 銃声が響く。


 ……まだだ、まだ、俺は………。

 そう願おうとも、身体は動かず、鉛の様に。


 銃声が遠い。

 痛みが鈍い。

 血が、雪に、流れ落ちていく………。

 

 おぼろげな視界。隅に映る、明かりの漏れる小屋。動かなくなっていく身体を……。


「………桜、」

「グッナイ、英雄。……お姫様はこっちで利用させて貰うよ」


 最後に聞こえたのは、飽きたようなその声と………銃声だけだった。


 冷たい雪の中に、意識が、全てが、沈み落ちていく………。 





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