25.5話 裏側で進む事態/権威色の道化/狂人達が歯車を回す
『私は、この状況を一人の国民として、一人の男として、家族を想う一人の人間として、嘆き憂いています。なぜこのような悲劇がこの国に降りかかってしまったのか――』
*
大和帝国帝都、『
民軍含めた帝国の主要機関全てが本拠を構える帝国最大のその都市は、露骨なほどに一極集中と貧富の差を示す方条都市。
そんな夜の『京』を、幸島雁次、旧帝国軍少将、現革命軍最高指導者は睨みつけていた。
雁次の邸宅、革命を謳っているとは到底思えない調度品に彩られた書斎――今この場所は、民間居住区と要人居住区の丁度境目辺りにある高層住宅だ。
見下ろすのも民間区画ばかり――遠ざかるごとにあからさまに
内乱中―――そうは思えないほどに静かな街並みが、『京』にはあった。
雁次まで含めて、誰も彼もが利口に動いているのだ。
帝都を必要以上に壊さないように。……勝った方がそのまま丸々利用できるように。
勿論、火種はある。
要人居住区とこの民間区画の間で、帝国に信奉厚い旧帝国軍と革命軍はにらみ合いを続けている。ただ、実戦にまで発展する事は結局なかった。
状況は完全に膠着している………そして、その膠着を打ち破り、雁次がより良い椅子に座る為に、この夜の中も、雁次は部下を走らせている。
「……そうか。皇女を捕えたか……」
手にある通信端末――軍事とつけば糸目ない開発費用の末に開発されたそれに、雪島雁次は笑みを漏らす。
膠着の打破。更に上へと向かうための“カード”。
一度取り逃がしたと思ったそれを、無事手中に収めなおした――それで笑わないわけがない。
「丁重におもてなししておけ。ご機嫌を伺っておかなくてはならないからな」
それだけ言って、雁次は通信端末を切り、夜の『京』を眺めながら呟いた。
「まあ、融通が利かないのであれば、最悪薬で潰してしまっても構わないがな……」
そう。『皇女』を確保してしまえばどうとでも出来る。民衆は予想以上に「革命」に興味を示さなかった。だが、そうあるべく生まれた小娘の鶴の一言があれば……少なくとも静観を決め込んでいる帝都外の軍人は動くだろう。その時、トップの椅子に座るのは自分だ………。
幸島雁次が謳う革命は、道具だ。国は変わらない。
上り詰めた末に、足踏みをした。その時に上に居たのが皇帝。動かせそうなラインに居た若者が、『革命』を求めていたから使っただけの事。
結果的に革命がなるのであれば問題ないだろう。……それが問題になるころには雁次は権力を掌握している。いや、掌握してみせる。
自尊心と自己顕示欲―――それが革命の首謀者の本性だった。
不意に、書斎の戸がノックされる。
この高層住宅は革命軍に対して開いてある。けれど、完全にではない。今雁次が居る上層階に踏み入れる許可を与えているのはその中でも数人だけだ。
「………入れ」
雁次の声にドアが開く。現れたのは……青年だ。
20代半ばほどの青年。艶のある黒髪に、思慮の深さを覗わせる深い瞳。気品溢れる端正な顔立ちのその青年は、ぶしつけに雁次の部屋へと踏み込み、しげしげとその中を確認している。
見覚えがある気もしたが、軍服を着てはいない。青年将校のうちのどれかか?
「なんだ、お前。………誰だ?」
雁次の問いに応えるそぶりもなく、その青年は部屋の中を見回した末、その容姿から想像する気品とは遠いような、どこか軽い調子で呟いた。
「趣味の悪い部屋ですね」
「……礼儀を知らんガキが」
「懐かしい言葉です。よく言われました。二人の兄とかに」
………二人の、兄。何かが雁次の記憶を撫でる。だがそれを掴みきれない………。
その内に、青年は部屋の一角に置かれていた椅子の背もたれへと手を掛け、尋ねる。
「初めまして、少将閣下。そこ、座っても?ああ、ありがとう」
尋ねはしたものの返事を期待したわけでも無い……そんな、他人の事をまるで気に止めてもいないような様子で、青年はその椅子に腰を下ろし、そのまま足を組んだ。
丁寧な所作で、同時にどこか威圧的に。他人の許可など究極的にすべて必要としない………どこか傲慢とも取れる仕草。
その青年の顔が、つい先日雁次が討った、大和皇帝と被る。
同時に、雁次はそれが誰かに思い到り、驚愕に目を見開いた。
「……………第3、皇子……
「元、です。長兄に憎まれる星に生まれまして。鬱陶しくて捨ててしまったから」
なんでもないことの様に、青年――紫遠は肩を竦める。
皇族に生まれた、天才。最年少かつ主席で士官学校を後にし、将来を嘱望されておきながら、下らない趣味に興じて生まれ持った全てを躊躇なくどぶに捨てた、放蕩息子。
誰もがその才能に帝国の未来を見て、その行動に継承権3位である事を安堵した、一種の怪物のような男。
雁次からすれば、最悪の亡霊が目の前にいるようにしか思えなかった。
「馬鹿な……死んだと、」
皇族は、……第6皇女以外全員死んでいるはずだ。少なくともそう、雁次は報告を受けていた。
クーデターは徹底していた。皇族は、協力者……反旗を翻した親衛隊の一部と、それから情報部によって確実に挙動を掴み、徹底して初手ですべて潰したはずだ。
紫遠についても同様だ。海外に居るところを確かに暗殺したと、そう報告を受けていた。
だと言うのに、今目の前に
雁次に対して、それこそ物を見でもするような執着のない瞳をむけ、雁次の問いに応えるそぶりもなく、………投げてくるのは下らない問いだ。
「さて。少将閣下。愛と正義は何処にある?」
「………はあ?」
「その通り。正解は存在しない、です。きっとどこかにあるものだろうと信じて私はそれを形にした。形にしたそれを片手に世界中探し回った。確かにそこら中に愛はある。個々人の胸の中に正義もある。けれど人間全体、一つの社会集団、国家としてみた時に、それを構造的に実現した理想郷はこの世の何処にも存在しなかった。謳われるそれはすべてかりそめだ。……虚偽だ。詐欺だ。そこに義はない」
雁次の理解は何一つ追いつかなかった。
居ないはずの皇族が目の前にいる。
その、居ないはずの皇族が、意味のわからない主義主張を始めようとしている。
「願わくば………私は永遠に空想の中に居たかった。空想の中、愛と正義の中に。けれど、そう、だから私は旅路の果てに………大人になったんだ。家の外に出なければ壁の汚れに気付かないだろう?その窓からの景色がとても汚いと気付いたのは、自由の意味を知ったその後になってからだった」
何を言っているんだ………。
いや。紫遠は変人として良く知られてもいる。
雁次は、私腹を肥やす事に生涯を費やしてはいるが、それでも軍人だ。
状況にだけ現実的に対処する。なぜだか皇族に打ち漏らしがあった。だが、それがのこのこ目の前に現れてもくれた。
…………今殺せば、それで済む話だ。雁次はデスクへと歩み寄る……そこにある拳銃へと。
紫遠を利用しよう、と言う風な発想にはならなかった。雁次は知らず威圧されていたのだ。
紫遠は完全に格上だと、少なくとも自分にコントロールできる人間ではないだろうと、そう直感していた。
紫遠は雁次の行動を眺める。見ているようで見ていない……そんな、それこそ一切の興味を雁次にもっていないかのような、無自覚に他人を見下す目で、口調で、紫遠は放し続ける。
「父は老いていた。ああ、老いた。旅路に付く前は、その老いを見過ごしていた。外に出て初めて知ったよ。父にもう活力はない。妄執しかない。継ぐのは兄のうちのどちらかだろう。だが、僭越ながら言わせて貰えば、兄二人は器ではなかった」
その言葉に、遅まきながら………雁次は、今紫遠が何を言っているのか、理解した。
父は老いた。
兄二人は器ではなかった。
……倒れた家族の敵討ち、そんな口調では決してない。むしろ、その逆………。
皇族の所在を掴み、暗殺を実行したのは……少なくともそのプランを提示したのは、雁次の部下ではない。
親衛隊の一部。
情報部。……内務、外務省。
元、第3皇子。
皇族であり、かつ士官学校を首席で卒業した男。
継承権を捨て、外国に出た皇族。
コネクションを作る為に必要なのは、状況と行動だ。
それでのし上がったといっても過言ではない雁次からすれば……その予測は真に迫っていた。
雁次は、革命の首謀者だ。そして同時に現実主義者でもある。
革命を実行に移したのは、皇族を確かに一掃できるだけのプランが手元に入ったからだ。そのコネクション、情報は、確かに雁次が自力で手に入れたモノ。
………そう、雁次は今この瞬間まで思っていた。
思わされる位には、巧妙に、それらの情報は雁次の元へと流れて来ていた。
だが、実際は…………。
「……お前が、皇族の所在を、流したのか………親衛隊。情報部……」
「おっと、そうだ。ラジオはあるかな?楽しみにしている放送があってね。……あれか?あれはラジオだろう?」
雁次の呟きの一切を無視し、紫遠は部屋の片隅の機材に手を伸ばす。
呆気にとられる、あまりに予想し難い行動を取る目の前の青年を、雁次は知らずただ見ている事しかできなかった。
やがて、ラジオから音が、声が流れ出す――。
『あまりに放蕩を過ぎる身の上である事は自覚しています。捨てたモノに縋るような愚かしさだと。けれど、許されるのであれば、いや、たとえ許さぬと言う者がいようとも、今、この生まれ育った国への恩を返すため、私は、名を改めましょう。私こそがと、亡き家族を想い、意思を、血を継ぎ、名乗りを上げましょう――』
その声は、今雁次の目の前――また勝手に椅子に座りなおした青年の声と同じ。
同じ声で、情感に訴えようとする放送とはまるで違う冷淡さで、目の前の青年は言う。
「少将閣下。……貴方は、この放送、熱意と悲劇を負った青年の放送に酷く心を痛め……そう、貴方が演説文で言ったとおりに、引き際を弁えた。今日、この日、この場所で。新しい大和を目にする事はないんでしたね?」
雁次は全てを理解した。
自分は道化だったのだ。
これはすべて、革命を利用した継承権争い。
ただ上の奴だけを暗殺すれば、継承権を捨てた第3皇子に冠はない。だから一掃した。汚名を“革命”にすべて押し付けた上で。
ただその為に………そのためのだけに、家族を殺させた男が、目の前で、これから皇帝を名乗ろうとしている。
「紫遠!」
義憤だったか。
自己保身だったか。
どちらであれ、雁次に残された選択肢はもう、目の前の青年を殺す以外にない。
銃口を向ける―――。
暗い部屋に銃声が響き渡る。
ドサリ、と倒れる音。
硝煙を上がる銃を手にしていたのは、足を組んで座り込んだままの青年の方だ。
脳天を撃ち抜かれて倒れ臥した逆賊を眺めながら、紫遠はつまらなそうに呟いた。
「違いますよ、少将閣下。………もう、ただの紫遠じゃない」
ラジオから、青年の――皇帝の声が流れてくる………。
*
『私こそが大和である。大和紫遠………今日のこの日この時から、私はその名を背負わせていただく。革命の主義は理解している。主張は理解している。織り込むと約束しよう。……私の願いは唯一つ。人民の、国民の、国の平穏。ただそれだけである――』
*
「あ~。んだよ。結局貧乏くじだったか………」
革命軍第1大隊駐屯地、夜の雪に沈む、簡易テントだらけの一角――。
わざわざ
顔面に傷のある男――
耳にはイヤホンがある。流れてくるのは、とある、渦中じゃなければすげえ面白い放送だ。
独り言を呟いた響慈を近場の青年将校が眺め、声を掛けて来る。
「中尉?なんですか?」
「ああ?……あ~、馬に負けたんだよ。ほっとけ」
雑にそう応え、相模響慈はつまらなそうにあくびをして見せた。それで納得したのか、青年将校は何事もなかったかのように歩んでいく。
どうやら、ラジオを聴いているのは響慈だけのようだ。
それはそうだろう。革命軍――特にこの派遣された第1大隊は経験のない青年将校(エリート)ばかりだ。革命を起こすのは富裕層だってのは昔からの決まりごとで、今回も例に漏れない。
………つまらない。それが、響慈の革命への感想だった。
相模響慈は冷静に狂っている。人並み以上の知性と打算を持ちながら、行動の基準に愉しそう、と言う破滅的な選択肢が混じってくる。
経験豊富な軍人である相模響慈が“革命”に乗ったのは、愉しそうだったからだ。
馬鹿なトカゲを撃つのに飽きてきた。
マジかよ。ヒトとやれんの?楽しそうじゃん?
しかも殺しまくったら英雄ってのは最高の話。
愉しく、出世する可能性がある。響慈からして革命に加担しない選択肢はなかった。
実際、親衛隊とやるのは愉しかった。部下を消費して上官を消費して………結局全部やれなかったのはそれだけ親衛隊の練度が高かったって話だろう。
スルガコウヤも、聞いた話じゃ愉しそうだった。だから一生懸命響慈は探した。
そしたら丸腰だった。どうやったのか、丸腰でFPA潰してたが、丸腰は丸腰。
愉しく遊べるとは思えなかった。だから、………ちゃっちゃと行動不能にした。
死んだら死んだで別に良い。
生き残ったら生き残ったで、お姫様さえ持ってくれば遊びに来てくれるかもしれない。
英雄様と殺しあってみたかったのだ。それは愉しそうな遊びだ。
まあ8割方死んでるだろうが2割の方引いてみるのも面白い。
殺せるときに殺せだの、年取ると説教臭くなるが………説教の範疇に自分を入れる気は、響慈には一切ない。
俺は俺が愉しければ良い。
が、………生きてなきゃ愉しくない。
状況が更新された。
革命の目は完全に潰えただろう。
勝つから愉しいのだ。泥舟に居座る気は一切ない。
旗色が悪すぎるからには、遊びは終わりだ。
革命軍から抜けて、
どうも、
あの見張りの背格好は、確かお姫様と近かったな……。
そんな算段を立て始めながら、響慈は笑った。
自分がどう生き延びるか。
自分が、どう愉しむか。
英雄様と遊ぶのは、また別の機会でも良いだろう………。
*
『約束しよう。私はこの国に、大和に、平穏を、平和をもたらす。必ずや誰しもが幸福な国を――』
*
トカゲは見ていた。
片方の羽を失ったトカゲ。
至近距離の爆炎を受け、元の白銀が焼け爛れて煤色に変じながらも、尚まだ生き延びる――反射的に
テント群―――。
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