24話 明日の話を

 この廃墟に来てから、4日目か、その位だろう。

 昼過ぎの太陽を曇り空が遮る中、俺は特に目的もなく廃墟の雪道に足跡を残していた。

 いや、俺と桜は………だ。


 廃屋の数々を見回しながら、何とはなしに桜は言う。


「どんな人が住んでたんですかね?」

「……普通の奴だろ」

「普通って……もっとなんかないんですか?」

 

 少し拗ねた風に桜は呟き、それから、突然雪道に蹲った。

 何事か、と立ち止まった俺の顔に、突然雪玉が飛来する。

 真っ白になった視界。それが晴れた先には、妙に満足げな顔で雪玉を手に持った桜の姿があった。


 ………子供か。まあ、………それは俺の方かも知れないが。


「………桜。俺が軍人だとわかった上で挑んでるんだろうな?」

「ヘタレには負けません!」

「く………それが遺言で……」


 言い切る前に俺の顔面にまた雪玉が飛来した。

 ………やっぱりこいつ、性格悪いだろ……。


「……桜!」


 ふざけて怒声を上げた俺から、桜は笑いながら逃げていく。

 その背中を、雪玉を手に、俺は追いかけた。


 そうして、ここに来て数日、ついに暇を持て余し始めた末に、激戦の火蓋は切って落とされた。

 ……馬鹿みたいだ。馬鹿みたいだが、……楽しい戦場は初めてだな。


 そして、それが………桜と楽しく遊んだ、最初で最後の機会になった。




 雪まみれで小屋へと戻り、その戸を開けた途端、俺と桜は気付いた。


 小屋の中心に誰かがいる。軍服にコートを着込み……座り込んで囲炉裏の火に当たっている耳のとがった金髪の女。

 そいつは、俺と桜に視線を向けると、寒そうに囲炉裏にあたりながら、見下すような目で言った。


「あら、雪まみれね。……馬鹿なんじゃないの?」


 クソ女アイリスか。性格悪いのが増えたな。

 それを思った瞬間に桜に足を踏まれた。

 ………なぜ、わかった。


 *


「この私を顎で使おうなんて扇奈も良い度胸よね。まあ、貸し作れるから別に良いけど。私は今も療養中って事になってるし、おじいちゃんは見てみぬフリしてくれてるしね~。……ちょっと、これお湯?お茶ぐらいないの?見た目どおり質素な小屋ね」


 だそうだ。

 囲炉裏にあたりながら宙に浮いたカップに眉を顰めるアイリスを横目に、桜が耳打ちしてくる。


「……アイリスさんってこんなに口悪かったんですか?」

「いつもこうだろ?」

「アンナさんとか季蓮さんの前だと、結構行儀良いですよ?敬語だし」

「上手に猫被ってるんだろ」

「怒りますよ、駿河さん」

「………まだ何も言ってないんだが………」


 そんな話をする俺と桜に、アイリスは迷惑といわんばかりな視線を向けてくる。


「ねえ?二人の世界に入らないでくれる?……面倒だからちゃっちゃと用件済ますわ。私は、貴方達二人の意思確認に来たの」


 意思確認………漸く、この後どうするか、の話か。

 桜は俺の隣で軽く居住まいを正している。それを横目に、指折り数えながら、アイリスは言った。


「あなた達に今ある選択肢は……4つ、ね。一つは、このまま交戦区域で暮らす。浮世を離れて、ね。竜と革命軍に怯えながら逃避行」

「現実的じゃないな」

「なら、別の手段ね。オニの国に逃げるか、帝国に逃げるか。オニの国へは、扇奈の伝があるらしいわ。隠居生活、みたいな事になるそうよ。オニの中でね。オニの機嫌さえ取れれば一番平和だし、既にある程度確実な伝がある。帝国に逃げる方を選ぶなら、あなた達が自分で伝を探りなさい」


 帝国に戻る場合は、革命軍と対立する勢力に身をゆだねる、と言う話だ。上手く接触さえ出来れば不可能な話ではないだろう。

 桜が祭り上げられてしまう可能性が高いが……。


「………で?あと一つは?」


 そう俺が尋ねた途端、アイリスは姿勢を正し、桜の方を見た。


「これは、この国のエルフ……と言うよりハーフからの、要望に近い選択肢よ。扇奈は関係ない。一旦大和の外に出て、暫定政権を打ち立てない?私と兄さんは協力する」

「……暫定政権?」

 

 桜はそう首を傾げていた。


「……革命が成立した帝国と敵対する、旗頭になれって話か?」

「まあそうなるわね。正当な帝国の後継者である事を謳う。帝国を継承する。私達ハーフはそれに協力する」

「お前達のリターンは?」

「国が欲しいの。自治区が。……居場所のないハーフの、帰る場所が欲しい。まあ、これは完全に私たちの要望を被せてるだけだから、流してくれても良いわ。………とにかく、その4つね」


 それだけ言い切ると、もう用は済んだとばかりに、アイリスは立ち上がった。


「すぐに返事をする必要はないわ。後でまた来るから、その時までに考えておいて。……ああ、そうだ。スルガコウヤ。貴方の鎧、ドワーフが直してたわ。今度運んでくるから」

「……そうか」

「あ、……ありがとうございます!」


 頭を下げた桜にひらひらと手を振りながら、アイリスは小屋を出て行った。

 ……“夜汰鴉”がくるのか。なら、多少は無茶が効く様になるな。

 小屋に残った末に、俺と桜は、顔を合わせた。


 明日の話の、相談だ。


 *


 俺としては、どれが良い、と言う要望は特にない。何処であっても俺の行動は変わらない。桜がいればそれで良い。


 俺がしたのはそんな話だ。決断を投げている、ようにも見えるが……宛てもなく連れ去ってしまったのは俺だ。どの道も不確定なら、その中でなるべく、桜の要望に近い道を歩きたいと思った。


 桜は、暫く考え込んでから………ポツリと言った。


「帝国に帰れるのが、一番うれしいです」


 それはそうだろう。誰だって、馴染んだ土地に帰りたいと思うものだ。桜なら、学生時代の友達も帝国にいるだろう。本当に安心できる場所に帰りたいと思うのは当然だ。

 けれど、桜は俺の目をまっすぐ見ながら、こう言葉を継いだ。


「でも、それより………一番安全で確実な選択肢をとりたいです」

「……帝国に戻れなくても良いのか?」

「はい。私と鋼也が無事、が一番です。そうでしょう?これからの話ですから!」


 朗らかに、桜は言い切った。

 ……どうも、弱気を一々見抜かれている気がする。


「……なら、オニの国に行くのが一番だろう。他と比べて圧倒的に、暴力的な危険が少ない。もう伝もあるしな。どんな場所かまではわからないが、少なくとも革命軍にも竜にも怯える必要はなくなる」

「じゃあ、それで決定ですね」


 話し合いはただそれだけ済んだ。何だかんだいって、結局合理性を優先した、と言うだけの話だ。


 その後はまた、下らないおしゃべりだけが続いた。

 オニの国は、一体どんな場所なんだろう、と。


 どんな家に住むか。どんな暮らしになるのか。コスプレはしたのに和服は着た事ない、とか。


 未来の事を考える、幸せな時間………だった。

 ああ、そうだ。もし振り返ったら、その一時より幸せな時間は俺の人生にはなかっただろう。


 確証のない未来を楽しみに、過ごす。それは、俺の人生にはなかったモノだ。

 ゆっくりと、だが確実に、時間は流れていく………。



 その日の夜。全てがその時まで、その寸前まで、他愛のない話は続いていた。


 桜が、色々と要望を並べ立て、それを俺がよくばりだと笑い。性格悪いので、と桜は開き直り。根に持っているのか、と俺は渋い顔をして、桜にはい、と頷かれ。その後、悪戯っぽい顔でその方が好きなんでしょう?とか。


 ……他愛のない話だ。この数日続けたような。


 その途中で、俺は聞き分けてしまった。

 ガチャン……と、外で鳴る金属音。

 静かな雪夜の中で響いてきた微かな、だが確かなその音。


 ……聞き慣れた、の動作音を。


 イワンが運んできた俺の“夜汰鴉”?いや、それは明らかに楽観的過ぎる予測だ。現実的じゃない。

 革命軍だと考えるべきだろう。タイミングから考えれば、アイリスがつけられでもしたか?いや、そうでなくても単純に捕捉された、か。


 ……元々、ずっとここに留まっていることは出来ないと、そうわかっていたはずだ。いずれ見つかる、と。


「……鋼也?」


 桜が不安げな顔をしている。……桜も音に気付いたのか、あるいは、俺の表情の変化に気付いたのか。


 FPAの駆動音は近付いてくる………複数の、機械式の、鎧武者の足音。一度音を鳴らして、開き直って足音を隠す事をやめたのか。


 複数人。さすがに正確な数まではわからない。FPA。夜襲、奇襲できるタイミングで音を鳴らした以上、練度はそれほど高くない。


 かといって、俺は生身だ。武器としてあるのは拳銃とナイフだけ。

 

 桜を連れて逃げるか?……現実的じゃない。

 バイクがあれば話は違ったかもしれないが、痕跡を消しにくい為に途中で置いてきてしまった。


 なら、戦う?………“夜汰鴉”だとしたら、俺も構造は良く知っている。ナイフと拳銃でも行動不能に出来る、構造上の弱点は知っている。

 が、実際生身でFPAと戦ったことはない。そちらも、現実的ではない。


 要するに、だ。

 ………この状況は完全に詰んでいる。


 この場所に留まりすぎたか。なまじ幸福だったせいで雪に足を取られてしまった。


 選択だ。絶望の選択。

 何を切って何を残すか。

 何がこの状況で最善か。

 ………どうすれば、桜が生き延びる可能性が高いか。


 手と手を取り合って二人で逃げる?夜闇で流れ弾が桜に当たる危険がある。

 桜だけをどうにか逃がす?逃げ切れるとも限らない。そもそも、雪山に一人で桜が生き延びられるとは思えない。

 白旗を上げるか?……桜は生き延びられるだろう。俺は殺されるはずだ。


 ここで、交戦した場合は?ほぼないようなものだが俺が勝てるがある。この今日が明日に続く可能性が。


 仮に俺が負けたとしても……革命軍は桜の名前を……“桜花”を欲しがっている。

 天秤に乗るのは俺の命だけだ。最悪でも、桜は生きていてくれる。


 桜に視線を向ける。桜色の髪飾り、少し乱れた髪、瞳は不安げに揺れている。


 ………もっと、話していたかったのは本心だ。

 いや、この先ももっとずっと、他愛のない話をし続けたい、と、そう思った。思ってしまった。………だからこそ。


「大丈夫だ。……隠れていてくれ。どうにかする」


 気休めのような決意を、俺は口にした。

 不安げに頷いた桜に、頷き返しながら。



 →7章裏 桜/貴方と共に夢に見て

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890150957/episodes/1177354054891083633

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