21話裏 扇奈/雪道に足跡を止め
策って奴の話をしようか。
なんて、まあ、そう大したもんじゃなかったよ。あたしは頭下げただけだ。
イワン、リチャード、アイリス……後戦域4-4の生き残りとか、季蓮の姐さんとか、アンナとか、まあ、鋼也と桜の味方になってくれそうなところに頭下げに行った。
あたしがやったのはそれだけだよ。
桜を連れて、革命軍の前まで行く。事情を革命軍に突きつけさせたのは、あたしに度胸がなかったのと、駄々こねられると困るから。
FPAはアイリスに止めてもらう。それ以外はあたしがどうにかして、桜を逃がす。
それと同時に、鋼也の方はリチャードとイワンに逃がしてもらう。
通信妨害って奴をさせて、革命軍を混乱させた上で、爺の手ごまの方にも鋼也を逃がす騒ぎで同時に混乱を起こし、別に別に逃げて後で合流する。
それがまあ、あたしの策だ。大したもんじゃないだろう?地力頼みの危ない橋だよ。
……連合軍、あたしの基地と革命軍に火種撒いて、その上で自分らは逃げおうせるって話しさ。
っていう寂れた青写真描いてたわけだが、………鴉が飛んできちまった。
都合の良い話だよ。………誰にとって都合が良い奴なのか、って話。
まあ、そう言う訳だから、お姉さんは張り切って………ヒトの首に刃ァ掛けようか。
*
「………世話になったな」
ああ、お世話したよ。
「ありがとうございました!」
……はいはい。元気でな。
……それらを口にしなかったのは、あまりに気分良く、格好つけたく(終わりにしたく)なっちまうからかもな。
まあ、背中で見送るっての格好良い話だろう。
ああ、それで良いさ。割かし気分が良いよ。背後で自由へ跳んでく音を聞くってのは。
あたしにとっても都合が良い。負担が少ないって話じゃない。
しでかした事への落とし前つけた上で、鋼也と桜にとって良い人で居られる。最良だろう?
この状況ならあたしは、火種撒いてそれでバイバイ、じゃなくなるって話だ。
火消し役にもなれるってこと。
「
あたしに刃掛けられたまま、なんてったっけ?橘?は、憎憎しげにあたしを睨む。
ああ、そうさ。それで良い。しでかしたのはあたしだよ?あたしを恨みな。あたしだけを恨みな。落としどころはここにあるよ。
………もうちょっと油注いどこうか。
「良いね。済まし顔より好みだよ、少佐さん?」
挑発すると、橘って奴の顔がまた歪む。褒めてやったってのに、贅沢な話だよ。
橘……その背後で、肩が白い鎧が、僅かに動き始める。
………殺さず止めるってのは、アイリスにとっても負担か。アレで病み上がりだからな、あいつも。
まあ、結構な時間は稼いだだろう。
革命軍はあたしの目の前で作戦会議だ。
「………追跡の部隊は?」
「本隊との交信が途絶しています」
「ジャミング?………面倒な真似を」
で、その橘の苛立ちの矛先が向かうのは当然目の前のあたし。
そろそろ、………
鋼也は、ある程度距離取ったよな。桜つれてても、あの鎧着てりゃあってないような重さだろうし。逃げ場の切れ端は渡しといた。桜は聡いからわかるだろ。
後のことは、残った奴らがどうとでもするはずだ。鋼也だってただの馬鹿じゃねえだろうし。不安定なお姫様抱えてても、どうにかするだろ。
もしも鋼也が起きなければ。
あたしはまだ世話焼いてやれた。
だが、………ああ。この話は野暮だな。
視界の端で“夜汰鴉”が動き出す。アイリスは限界か。
それを見て取ったと同時に、………あたしは太刀を捨てた。
雪の上にからんと、太刀が落ちる。
いぶかしげな視線を橘って少佐はあたしに向ける。その目の前で、あたしは両手を上げて、言った。
「……あたしが全部やった。通信妨害も、その鎧止めるのもあたし一人がやった。連合軍は関係ない。個人の意思で、個人を逃がそうとした。それだけだ。……あんたの現実が上手く行かなくなった全ての理由は、あたしだけにある。そうだろう、少佐さん?」
「こうもあからさまに皇女に逃がして置きながら、連合軍全体の意思ではないと?」
「あたしだけだって言ってんだろ?オニもエルフもドワーフも、みんなみんな皇女売る気でいたよ。他の種族がヒトの為に動くわけねえだろ?……あたしほど甘い奴じゃなけりゃな。………だから、落とし前はあたしだけにしろ。良いな?そっちとしても、連合軍とやたら事構えるのは利口じゃねえだろ?よそと戦ってる余裕のある内情じゃねえんだろ?」
「……お前を殺して、それで終わりにしろと?」
「別に殺さない方向でも良いぜ?ほら、角は生えてても見れる顔してんだろ?事情にしろ感情にしろ、男には落としどころは必要だろ、少佐さん?」
橘って奴は、いぶかしげにあたしを睨んでやがる。まだ何かあるって疑ってんのか?
悪いが、もうあたしからは、どう振っても板ばさみしかでねえよ。
「ガキ共に情が移った。……なんでか、知り合いと被せちまってな。死んで欲しくないと思った。ちょっとでも幸せに生きて欲しいってな。だが、……これでもあたしは軍属でね。そっちの立場もある。そっちにも情がある。欲張りなんだよ。身内全部救いたいのさ。その折衷案が、今あんたの目の前で無防備な女だ。あたしには他に差し出せるもんがねえ。………あたしは好きにして良いから、見逃してくれって言ってんだよ」
「皇女を?」
「今あたしの後ろにあるのは、連合軍だ。皇女の方は、……甲斐性なしが逃がすよ。あんたがお熱の鋼也さんがな。……そっちまで丸ごと見逃せとはいわねえ。流石にそこまで面の皮厚かねえよ。ただ、連合軍と事を構えるのはやめてくれ」
橘の目を見ながら、あたしは言った。
虫の良い話である事はわかってる。わかってるから対価払おうとしてるのさ。
……良い人として終わるってのは、歩いた道の割にはめでたい終局だろう?
橘はあたしを睨む。冷徹な目、って奴で。
それから、橘は………あたしに背を向けた。
「関わっている暇はない。後ほど、……正式に抗議させてもらう」
「はあ?おい、待てよ……なあなあで済ますのか?あたしは………」
「反乱だろう?情に基づいた反乱だ。私もいまだ反乱軍でな。……薄ら寒いと言われようと、正義のつもりだ。必要も無いのにやたら殺す気はない。そちらも連合軍内部でそれなりの立場があるはず。……オニに攻められる根拠を作る気はない」
それだけ言って、橘は去っていく。革命軍のFPAもだ。
行動が素早い。鋼也と桜を探しに行くんだろう。何よりもそれが今一番大事、ってか。
橘って少佐の背中切っちまうか?そうすりゃ、革命軍は混乱する。
混乱した上で怒りの矛先は漠然とオニ――連合軍に向くだろう。
………どうにもこうにも板ばさみだ。
上手くいかねえ。いや、上手く行き過ぎてる。あたしの手元を離れた部分で、あたしに都合の良い様に事態が動いてるように思えてならない。
で、どの方向に顔向けてもちょびっと以上の背信と罪悪感が擡げやがる。
今橘を殺せば、桜と鋼也に殉じた事になる。
けれど、同時に連合軍の火種になっちまう。
見逃せば、桜と鋼也の危険を放置したことになる。
が、連合軍との火種がこれ以上大きくなることは回避できる。
決断力がない。器用に立ち回るってのは、裏返せばそう言う事だ。
ガキに言った言葉が全部跳ね返ってくるような気分だ。だから、鏡は嫌いだって言ってんだろ。
………楽になろうと思ったんだがな。
結局、あたしは、行動しない事を……革命軍を見送る事を選んだ。
足元の太刀が、雪に埋もれてる。やわらかいが冷たいモノに沈み込んじまってる。
……ああ。そんな気分だよ。
*
本陣に戻ったあたしは黒装束に拘束された。ゆっくり歩いて帰ったから、まあもう、若い二人は遠くに行ってるだろ。
……あたし、行き先知ってけどな。クソ爺にはマジで死んでも教えねえけど。
つうか、そうだよ。そこにあたしも行っちまっても良かったんじゃねえか?
よう、ってな軽い具合に顔合わせちまっても良かったわけだ。
………拘束されるまでそこにきづかねえ辺り、あたしも余裕ねえな。
なんか、妙に満足しちまってるだけか。
あいつらは無事逃げたのか?逃げたよな、きっと。
……生死問わず。ガキを見送る星の元に生まれついちまったのかもな、あたしは。
どう転んでも、寂しい話だ。
*
鋼也を思い出してみる。猫まっしぐらに飼い主に駆け寄った、血染めの鎧が思い浮かぶ。
あいつは腹決めたんだろう。きっとそうだ。これは、おそらく女の勘って奴だ。
………それ以上は、考えねえよ。
桜を思い出してみる。なんつうか、……底が見えない。見ようとすればするほど、つかみどころがなくなる。んな気がするようになってきた。
まあ、あたしと同じで貌が多いって話かもしれないけどよ。
寝てる鋼也にすがり付いてたのは桜。
ついさっき、革命軍の少佐に悪態吐いて、それで涼しい顔してたのも桜。
片や情の厚さに震えて、片や冷たさに臆面も無い。
情が深いのか浅いのか。わがままなのか臆病なのか。
………あの子は、他人の事が見えすぎるんだろう。他人が見えすぎて、演技する事になれちまって、だから明確な自分が薄い。それで居てまだ途上で、不安定だ。
名前が多すぎたのが悪いのか。
多分、情に厚い方が“桜”で、冷たい方が“桜花”。どっちもあの子ではあるんだろうが、分けて考えるとそうなる。
“桜”として生きる、皇族としての全てを切り捨てる決断を下す為に“桜花”として振舞う必要が出てた、とかか?
何も無い少女、になる為にすべての行動が祝福されるお姫様である事に縋るほかになかった、か?
情に生きる事を決める為に自分の冷たさ起こすしかなかったって話。
どの程度自分でわかってやってんのか知らねえけど、器用すぎて不器用な子だよ。………まあ、全部あたしの推測に過ぎねえし、なんなら焚きつけて呼び起こしちまったのはあたしなんだろうがな。
鋼也は苦労するかもな。……もう、他人事だよ。お姉さんは見送っちまった。
後始末は、これで最後か?
*
夜になってから、だ。あたしは爺に呼び出された。手枷嵌められて行った先は本陣最奥、例のケーブル塗れだ。
居るのは、将羅の爺と輪洞。正面に二人腕を組んでる。
輪洞に表情はない。ただの補佐。
将羅の爺は………青筋立ってんぞ。脅しゃあたしが従順になるとでも思ってたのかこの爺は。はねっかえり舐めんじゃねえよ。
で、そうやって爺を睨むあたしの横には、リチャードとイワンが居る。アイリスの奴も呼ばれてもおかしかねえはずだが……さては仮病で逃げたな。
あたし。イワン。リチャード。誰一人として悪びれてない3人を睨みながら、爺は言った。
「………言い訳を聞こうか」
端的で良いな。ああ、さっさと済ましちまおう。落としどころは決まってるはずだ。
最初に答えたのはイワンだ。
「俺は、あの坊主にバイクとFPAパクられただけだ。鋼也の奴に脅されてよ。ほら、あいつなにすっかわかんねえ所あるだろ?死にたがりだから。巻き込まれたらたまんねえよ」
「……
「なんだ、そんな事起こってたのか?あ~、通信機直そうとした結果の事故、ミスだ。うちの若い衆がミスったんだろ」
悪びれずでまかせを並べるイワン。で、その次に口を開いたのが、リチャードだ。
「戦後の命令系統の徹底不備で、駿河鋼也殺害の撤回命令が細部まで浸透していなかった。そう判断し、内乱の抑止と治安維持に動きました。また、アイリスは、……散歩している最中に友軍が敵軍と交戦状態にあると誤認し、友軍に対して援護を行った、と」
「……散歩する元気があるならここに出頭させろ」
怒気が混ざった爺の声に、リチャードは眉一つ動かさずに答える。
「例の援護の際に傷口が開いたそうです。診断書はあります。生死不明で現在峠だと、医者がサインしました。書類を提示しましょうか?」
リチャードの言いように、将羅の爺は軽く額を抑えた。
「……季蓮も関わっているのか。……扇奈。お前の言い訳は?」
「ねえよ。あたしが首謀者で、明確に責任があるのはあたしだけだ」
堂々と胸張って、あたしはそう答える。
しでかしたのはあたしだ。正しいと思って行動に移したのもあたし。他のやつらはあたしに巻き込まれただけだ。
鋼也と桜の為に動きそうな奴に声かけたらそうなったってだけの話だが、ここにいるのは全員、爺にとって替えの効かない価値のある駒ばっかだろ。
全部捨てる判断を下すはずがねえ。ただ、なあなあで済ませってのも虫の良い話だ。
だから、あたしの首で全部済ませ。………そう言ってんのが、わかんねえはずもねえってのに、爺は問いを重ねてきやがる。
「……言い訳は?」
「ねえって言ってんだろ。胸張って反乱しました」
は。我ながらクソガキみてえな言い方だ。
ま、別に良いさ。あたしの行動はクソガキ以外のなんでもないよ。
爺は暫くあたしを睨み、その末に軽く頭を抱え、溜め息が混じりそうなようすで言った。
「……………お前達は、……一体幾つだ」
苛立ったっつうか、呆れたって感じだな。
………確かに。立場逆ならあたしもそのリアクションだったよ、多分。
イワンとリチャードは、律儀に、けんか売ってるような答えを返す。
「男はいつまで経っても少年だろ、爺さん。……そういう生き方しに大和まで来てんだよ、俺は」
「アイリスはノーコメントだそうです。そもそも年齢を知っているでしょう。仮に知らないとすればその情報に対する認識の低さが今回の事実誤認に繋がった、と進言させていただきます」
イワンにしろリチャードにしろ、大の大人とは思えねえ言い方だな。
………あたしも右に倣え、だ。
「オニの女は二十歳から先数えねえんだよ、クソ爺。つうか、あたしは言い訳しねえって言ってんだろ。あたしの首で収めな。それでチャラだ。もうあんたの手ぇはなれた問題だろうが」
やらかした割りに反抗的に………さあ、爺。あたしを恨め。あたしに責任を取らせろ。
火種が燃え上がらなかったのは結果論だ。あたしの行動は爺に対しても、この軍って奴に対しても明確な背信だろうが。落としどころは決まってる。スパッと行こうぜ?
だってのに、爺は煮えきらねえ。まだ問い、だ。
「………反乱の理由は?」
「だからパクられたんだよ。俺も被害者だ。あのバイク整備すんのに俺がどんだけ丹精込めたと思ってんだ」
「反乱はしていません。あらゆる点で事実誤認があっただけです」
「ガキ売ってはい平和ですは嫌なんだよ、クソ爺」
爺は、答えたあたしらを睨む。
これ、平行線だぜ、爺。しかも予定調和だ、そのはずだろ?
あたしの首で済む話にしろ。爺の大好きな最善じゃねえのか?
暫く、睨み合いだ。
その内、口を開いたのは輪洞だ。
「革命軍から抗議の文章が届いておりますが」
「………こちらの問題だ。こちらの法で裁く、と。謝罪は適当に織り交ぜておいてくれ。仮にこちらで協力できる補給があったとするならば、喜んで提供すると」
輪洞にそう答え………それから、将羅の爺はまたあたしらを睨む。
暫くまた、そうやって睨んだ末………将羅の爺はついに露骨な溜め息を吐いた。
「イワン。………お前も被害者だな?」
「あ?……ああ。その通りだ」
「リチャードは?事実誤認だったか?」
「はい。……こちらの不手際ではあります」
「扇奈は?………もう良い。何日か牢に入って頭を冷やせ。……以上だ。次はないぞ」
爺はそんな事を言い出す。……以上?
他二人がお咎め無しなのは、あたしとしては好都合だし、そうなるべきだとあたしは思う。
だが、おい。頭冷やせってどう言う事だ?……それだけで済ますってのか?
あたしがやったのは、それこそクーデターみたいなもんだぞ?その首謀者を?そんな甘い罰で済ますのか?
「……今更器見せようってのか、爺」
あたしはそう声を投げた。裁かれる側として納得できねえ。あたしはそれなりに覚悟きめてやらかしたんだぞ。
爺は、あからさまに苛立った表情を浮かべる。
「私から見れば、お前らも十分ガキだ。………それなりに目ぇ掛けてやったクソガキ共に裏切られたってだけの話だ」
洞穴みてえな爺の目に、一瞬だけ火が灯る。あからさまなイラつきも一種の情だ。
あたしは知らねえが……頭領になる前の爺はそんな目だったのか?
だが、それも一瞬の話だ。
すぐに爺の目は洞穴みてえな、計算高いそれに戻る。そして、爺が口にするのは、お利口なお題目。
「………それなりに使える駒を今捨てる気はない。これまでの貢献も加味しておいてやる。仮にこの後革命軍との戦闘が起きた場合、お前ら矢面に立って誰よりもヒトを殺して来い。……それが、しでかした事への正しい責任の取り方だろう」
そこまで言って、爺の目があたしを捕える。洞穴からは逃がさねえって具合に、同じ穴の狢の目が。
「扇奈。………そう簡単に楽になれると思うな。今更お前に潔く生きる道はない。お前が一番わかっているだろう?」
……はねっかえりだって事も加味した上で、あたしの事を甘やかしてくれるそうだ。
まだ、使える駒だってよ。
……クソ。反吐が出る話だ。
結局、あたしの気分が宙ぶらりんのまま、そのお咎めの場はお開きになった。
*
中途半端だ。あたしも、あたしの周りの全部も。
手枷嵌められて連れてかれながら、あたしはまだ煮えきらねえ。いや、もう、一生こうか?
覚悟決めた、割りに徹し切れなかった。
完全にガキ二人の味方したわけでもねえ。
完全に基地の為に動いてたわけでも、当然ねえ。
………潔く生きる、って事ができない。潔く死ぬ事も。分かれ道を前に、足踏みしてどっちにも進めねえって話だ。
情にも徹しきれず、冷たさにも徹しきれない。……桜に偉そうなこと言えねえよな、これじゃ。
格好つかねえ。
………なんでこう、楽になれねえんだ。
夜の寒空が青いのがうぜえ。………クソが。
と、拘束されてく最中……一人のオニが……あたしの部下が近付いてきて、耳打ちした。
「姐さん。……後で寝酒差し入れやすよ」
……出来た部下だよ、まったく。
「キツめのにしてくれよ」
「へい、」
それだけ言って、そいつは歩み去って行った。
あたしは、また、手枷嵌められて歩いていく。
………しがらみばっかだ。立場も、状況も、何もかも。上が居て下が居て、な。
あたしは結局、そっから一歩も動けてねえ。……動く度胸がねえんだ。そいつはもう、長い長い人生のどっかに置いてきちまった。
思うのは、それを持ち合わせてるガキ二人のことだ。
鋼也は?腹決めたんなら大丈夫だろ。……もう失くすなよって、そんな老婆心を願うばかりだ。
桜は?………愛想笑いじゃない笑顔作れると良いな。ちゃんと笑えるようになれたら、な。
まあ、知ったこっちゃねえけど。
元気にやりな、って。お姉さんが思うのはそれだけだ。
………ああ。寒い寒い。寒い日の話だよ。
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