20話裏 鋼也/ご都合主義のワルツ

 ………目覚めたその瞬間から死に掛けるとは、つくづく俺の命運って奴も極まってるらしい。


 そこがどこか確認する暇すらも無い。

 真横に黒装束のオニが立っていて、その手が短刀を抜き放つ。


 ぎりぎりのタイミングで俺が目覚めたのか。

 あるいは、俺が目覚めたから急いで消そうとしているのか。


 どっちだかわかりはしないが、その短刀が目覚めた直後の俺へと奔っている事は確かだ。

 そして、そのオニの動きが突然、不自然に止まった事もまた、確かだ。


 何が起きているのか俺が理解する前に、俺を殺そうとしていたオニの手が止まり、そのオニはその姿勢のまま、襟首を引っ張られるように黒装束に首を絞められながら滑っていき、白幕の向こうへと消える。


 ……いきなり、サスペンスでホラーか。まったく、素晴らしい脚本だな。反吐が出る。


「う………」


 今更、一度死に掛けたくらいでがたがた言いはしない。どのくらい寝てたのかわからないが、身を起こそうとすると、うめき声みたいなものが口から出た。


 筋肉が弛緩している。結構寝ていたらしい。傷は………相当クソトカゲから食らったような覚えがあるが、痛みはさほどない。麻酔が効いているのか……完治したって、そんな事はないだろうが、動く上で痛みは問題にならなそうだ。ほとほと、呆れるほど俺も頑丈だな。


 寝起きの頭で、寝起きの体を動かしながら、腕に繋がっている点滴だか輸血だかを針ごと外す。それから、周囲を見た。

 四方、白幕。ベットが一つ。……野戦病院の様相で、ベットの横に空の椅子がある。


 誰かが、そこに座って、俺が起きるのを待っていた?誰が、と聞くほど野暮じゃない。

 ……そのが今何処に居るのかが何よりも重要だ。


 他の事はもうどうだって良い。謀略だろうとなんだろうと、興味もなければ俺の手が届くわけでも無いことに悩むのはもうたくさんだ。


 俺は、立ち上がる。問題なく身体は動きそうだ。

 そして、状況の方も同時に動き始める。


 白幕の一角が開く。そこから顔を覗かせたのは、男だ。エルフの男。リチャードとか言ったか?あのクソ女アイリスの兄、だったか。神経質な顔のエルフは、立ち上がった俺を見て僅かに眉を顰める。


「……今起きたのか?都合が良いのか悪いのかわからない奴だな………」


 それだけ呟いた後に、リチャードは俺に問いを投げる。


「状況の認識は?」

「……寝起きだ。戦争は?」

「勝った」

のおかげで?」

「そうなる」

「………桜は?」

「引渡し中だ。が、まだ間に合う。ここから北東2キロ。扇奈につれられている。多少、時間は稼いでるはずだ。器用な女だからな」


 端的にそれだけ言って、それから、リチャードは足元の何かを蹴った。

 滑ってきたのはトランクだ。と、思えばトランクは独りでに俺の足元で開く。

 ……エルフの能力でわざわざ開けてくれたようだ。さっきオニが止まって、引き摺られていったのも同じか?


 トランクの中に入っているのは軍服一式に、拳銃とナイフ。

 俺はそのトランクの中身を見て、それからリチャードに疑問の視線を向ける。


「………妹が世話になった。目覚めてくれて良かったよ。おかげで、つりあう程度の貸しで済む。こちらにも立場があってな」


 それだけ言って、リチャードは白幕を後にした。


「……気取った奴だな」


 そう呟き、僅かに笑い、俺は軍服に手を伸ばした。



 *



「お大事に~。……お幸せに?」


 白衣を着込んだオニの女がそう、俺を見送ってくる。俺は面識がないが、桜の知り合いか何かか?

 会釈だけして、俺はその野戦病院………救護施設を後にする。

 位置は北東に2キロ。走って走れない距離じゃないが、逃走まで考えると足があった方が望ましい。その辺の……それこそ目の前に止まってるトレーラでも盗むか。


 そんな事を考えた時に、その、盗む予定のトレーラの運転席から、見覚えのある髭面が顔を覗かせ、呆れた様に言った。


「起きたのか?このタイミングで?……都合の良い奴だな。まあ、良いけどよ。早く乗れよ、王子様。お姫様が待ってんだろ?」


 誰かの気取りが感染したうつったような調子で、髭面のドワーフ、イワンが言う。


 ……どいつもこいつも、妙にテンション高いな。寝起きにはきつい。

 そんな事を考えながら、俺はトレーラの助手席に乗り込み、扉を閉めると同時に、言った。


「……都合が良すぎて気持ち悪い」

「女神様でもついてんじゃねえのか?」

「角の生えた、か?」

「酒癖の悪い、な」

「それは知らないが………、想像はつくな」


 イワンがアクセルを踏み込んだのは、そのタイミングだ。

 景色が流れ始める。……この間、気を失った時とまったく同じ場所、本陣だ。方々に仮設施設。

 動き出したトレーラを見て、そこらで動きがある。止めようとして動き始める黒装束の姿がちらほらあり、だがその全てが足止めを食らっている。


 足止めしているのは、オニやドワーフ。見覚えのある顔だ………戦域4-4の生き残りか?


 自殺し続けた甲斐はあったのかもしれない。死にぞこない共め。

 ……トレーラのガラスに映る俺の顔は笑っていた。 


 窓の外の景色が、仮設施設から冬の悪路へと移り変わっていく。

 進み続けるトレーラの中………イワンは言った。


「さて、スケジュールが押してる。移動しながらこの後の説明だ。馬鹿が突っ込んでお姫様を攫う。道中の障害は全て他に任せる。……こないだのマップ覚えてるか?」

「ああ」

「戦域2-1だ。その南東部の旧街道沿いにバイクが隠して、じゃねえな。置いてある。最低限のサバイバルパックと食料乗せたバイクがな。で、運悪くそのバイクは悪童にパクられるって寸法よ」

「……お前が用意したのか?」

「ああ。本当は扇奈が乗ってく予定だったんだが………つうかパクられるって言ってんだろうが。俺はそれで通すんだからよ。運送中のFPAとその辺に置いといたバイクパクられました、ってな」

「FPA……“夜汰鴉”か?」

「この後ろに乗ってる。最低限動くってだけで、ほぼこないだのまんまだ。武装はなし。装甲は傷だらけ。戦闘に耐えるしろもんじゃねえし、そんなもんで逃げたら捕捉され放題だろ?だからバイクに乗り換えろ。まだマシだ。つうか、普通にバイクの方が速いだろ」

「バイクでもレーダーに捕捉されるぞ?」

「その目は通信も込みでこっちドワーフで潰す」

「……ジャミング?出来るのか?」

「………俺の人生、半分以上はヒトとやってんだぜ?ドワーフも武器頼みだしな」


 なんでもないことの様にイワンは言ってのけた。……確かに、ドワーフもヒトより大分長生きだ。大和に来る前にヒトとの戦争を経験していたとしても、不思議はないだろう。


 不思議な点は、別だ。


「……ずいぶん親身だな。お前になんかしたか?」


 なぜ、手助けをされているのか。エルフはわかる。クソ女を一応庇った分、多少俺の個人の事情に手を貸す気になったってことだろう。

 だが、ドワーフには命がけに足るなにかをやった覚えはない。


 運転を続けながら、イワンは応えた。


「言ったろ?……言わなかったか?俺達はヒトの手伝いはしねえ。だが、プリティ・ブロッサムの手伝いなら喜んでする」


 ………この後に及んで、こいつはノリで生きてるのか?


「お前……それで良いのか?」

「良いんだよ」


 イワンは即答し、肩を竦める。


「……何処向いてもきな臭い世の中だろ?愛と正義なんざありゃしねえ。けどよ、俺はわざわざ外国に来たんだ。俺は良い奴でいたい。アニメみたいな良い奴にな。……俺の生き方だ。ただ感謝だけしとけよ、坊主」


 ずいぶんシンプルな理由だ。本音かどうか、なんて疑う方が野暮だろう。

 誰も彼も、状況に翻弄されながら、自分の手の届く望みに殉じている。たとえ届かなくても、手を伸ばし続けている。

 俺は、言った。


「……次、世話になる事があったら、角ぐらいならつけてくれても良い」

「トリコロールは?」

「駄目だ。………黒い方がカッコ良いだろ?」


 言い放った俺をイワンは驚いた様に見て、それから笑った。


「ハッハッハ!乗り手がそう言うんじゃ、逆らえねえな!」


 トレーラは雪の荒地を進む………。


 *


 止まった地点は、受け渡し地点から500メートルほどの距離だろう。FPAのレーダーでは山岳もあって捕捉されないだろう位置。

 その場所で、俺はトレーラの荷台の中に踏み込む。


 “夜汰鴉”がそこに鎮座していた。穴だらけのそれが。よく、これで俺が生きていたものだ………そんな事を頭の片隅で考えながら、俺は鋼鉄の鎧を着込む。

 機動にも、駆動にも問題はない。武装はないが………女一人攫うくらいには問題なく使えるだろう。


 俺――“夜汰鴉”は荷台を降りる。足元で雪が散る――。


「おっと、そうだ。おい、坊主」


 思い出したような調子で――荷台の横で腕を組むイワンが声を投げてきた。


「風の噂で聞いたんだが、大和だと落としモノが手元に返ってくるらしいな。俺が置き忘れたバイク、戻ってくるか?」

「……スクラップで良いならな」


 それだけ答え、俺は雪道を進みだした。



 *



 ……大分頭が回る様になってきた。と言うより、俺の領分に入って、思考する必要が出てきたと言う事だろう。


 戦術目標は桜の確保と逃走だ。桜を確保した後は戦域2-1に向かえば良いが、課題に成りえるのはどうやって革命軍の前から桜を無事救い出すか。


 状況を偵察しておきたい。革命軍は引渡しの場にFPAを置いているか。居るのであればそれは何機か。桜が置かれている状況は?包囲されているか?扇奈は?こちらの動きに合わせて動いてくれるか?それが出来る位置関係か?


 レーダーに捕らえるか目視してしまうのが間違いなく手っ取り早いが、かといってこちらから見えるならあちらからも見える同性能のFPAなら相互有視界だ


 俺だけの問題なら出たとこ勝負で突っ込んでも問題ないが、桜の身を考えるなら出来る限り博打は避けておきたい。

 どうにか、偵察できるポジションを探るしかない………そんな事を考えた俺の身に降りかかったのは、また、女神様の用意したご都合主義些細な交流の結果だ。


 ふわりと、俺が……“夜汰鴉”が浮き上がる。ああ、他に言い様がない。空から降りてきた糸に絡め取られるように、俺の足は雪道を離れた。

 そしてそのまま、俺は振り回されるような勢いで、


「……ッ、」


 100メートルほどか。不思議なで呼びつけられた末に、俺を浮かせている力は急に失せ、俺は斜面に着地し、雪を吹き飛ばしながら滑り――そんな俺へと投げられたのは、嘲るような言葉だ。


「あら?無様に転ぶと思ったのに。残念ね……」


 声を投げてきたのは、女だ。エルフの女。雪の山道の最中に、病み上がりだから気遣えとばかりに車椅子に足を組んで腰掛け、頬杖を付きながらこちらを眺めている耳と性格のとがった女。


「……アイリス」

「はぁい?ボロボロでみすぼらしい格好してるわね。もしかして死に掛け?」

「車椅子に乗ってる奴に言われてもな」

「これはこれで自由なのよ?……わ・た・し・は」

 

 そんな事を言いながら、アイリスは宙に浮かんで、その場で軽く一回転した。車椅子をエルフの力で操り、自分ごと浮かせているのだろうが。

 ………もはやこいつ、何でもありだな。


 呆れた俺を脇に置き、浮いた車椅子に足を組んだまま俺を見下して、アイリスは声を投げる。


「まあ良いわ。状況はだいたいわかるでしょ?私はどうでも良かったんだけど、兄さんがいたく恩を感じちゃったみたいでね。助けてくださいって言ったら、助けてあげない事も――」

「お題目は良い。手を貸せ」

「お願いします、は?」

「……手を貸せ。貸す気がないなら関わるな」

「…………」

「…………」

「………良いわよ。わかったわ。貴方とはこれでチャラ。扇奈に貸しは美味しい気もするしね」


 アイリスはそう嘯き、俺から視線を外し――山の向こう、桜たちが居るのであろう場所に流し目を向け、言う。


「………60秒よ。60秒、私が革命軍のFPA全部止めといてあげる。扇奈も察して動くでしょうし。貴方はお姫様を連れて逃げる事だけ考えれば良いわ」

「わかった」


 頷き、動き出した俺へと、アイリスは声を投げてくる。


「一つ、質問があるわ」

「なんだ?」

「………なんで踏みとどまったの?不意打ちに対応できなかった馬鹿の前で。私のこと嫌いだったでしょ?見捨てたらもう少し、貴方も楽だったんじゃない?」

「鏡に言ってろ。………俺を見捨てればそもそも不意打ちを食らう危険がなかっただろ、お前」

「………そうね」

 

 下らないとでも言いたげに、だが同時に楽しげに、アイリスは笑みを浮べる。 


「じゃあ、もう一つ聞くわ」

「質問は一つじゃなかったのか?」


 混ぜっ返した俺へと、アイリスはどこか勝気な笑みを浮かべ、……俺の指摘は当然の様に無視して、ただ、こう尋ねて来た。


「……貴方。メートルからなら落ちても無事?」



→21話 鋼也/迷い道にピリオドを

https://kakuyomu.jp/works/1177354054889537417/episodes/1177354054890927718

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