6章序 17.5話 扇奈/天秤に全てが乗り

 多種族同盟連合軍基地防衛戦――結局あたしが首輪嵌められっぱなしで、ろくに誰かを助けてやる事もできなかったあの戦争が終わったのは、今から3日前だ。


 前線の人員は半数ほど減った。大敗、と呼べるくらいの被害だが、それでも一応勝った事になったのは、それが防衛戦で、かつ守り切れはしたからだろう。

 兵士の踏ん張り。終盤に現れた援軍――ヒトの軍隊の働き。竜の軍勢は殆ど討ち取った。……あたしがなんかしたってわけでもねえけどな。


 とにかく、それから3日だ。

 で、3日経っても本陣はまだあった。大戦の生き残りの殆どがまだ、基地には帰らず本陣――あの仮設施設ばっかりのその場所に留まってる。

 戦後処理のために、だ。

 情報整理。被害整理。はぐれて生き残った竜への対処。そして………ヒトへの警戒。


 あの戦争の最後に空から降って来たヒトの軍隊――帝国軍、とその軍勢は、本陣の向かい、10キロくらい先の地点に陣を敷いている。


 竜との戦争中共通の敵がいる内は間違いなく味方だった。だが、それが居なくなった今は、どう転ぶかわかったもんじゃない。その不確定な部分に対処するためにも、爺はこの本陣を維持し続けてる。


 で、だ。

 あのヒトの軍勢は爺が用意した援軍だ。

 来る理由、帰る理由。両方爺は用意してる。


 3日だ。それが、期限。

 この軍を再編成、再構成する為に掛かる日時がそのまま、あたしにとって……そしてまだ目覚めない鋼也に、目覚めるのを待ち続けてる桜にとっての、制限時間になった。


 ……そうと知ってるのは、そうと知らされて、選択肢分かれ道を与えられたのは、あたしだけだ。



 *



「第6皇女、桜花を革命軍に引き渡して来い」


 戦争が終結したその日のうちだ。

 その日の夜、雪の降り続けるその日のうちに、あたしは爺に、本陣最奥に呼び出され。

 爺だけが居るそのケーブル塗れの幕小屋で、そう、された。


「…………」


 あたしは返事が出来なかった。

 驚いたのさ。予想より事態が一個悪かったてんでな。


「……革命?」


 かろうじてそう呟いたあたしを、爺の目が射抜く。

 清濁、飲み込み切って、淀みながらも鋭いその目が。


「扇奈。……私はお前を信用したい」


 爺は続ける。必要なところだけ、傍で聞いてりゃ話が飛んでるように見えるかも知れねえが、あたしには通じてる。


 だから、革命だ。革命軍。現政権の暴力的な否定。革命軍に桜を引き渡して来い。皇女を。

 その果てはどうなる?革命軍の手に落ちたお姫様の末路は?………見せしめだろう。

 公開処刑、晒し首。その前に私刑も、あるだろう。桜にとって最悪の話だ。


 それがあたしの信用の話に繋がるのは、だから………あたしも最悪だって思っちまうからだよ。

 肩入れしすぎてる、って話だ。


 踏み絵さ。


 爺は、革命を言わないでただに届けろ、だけ言っても良かった。それなら、お姉さんは寂しいだけさ。ただ、あえて言った。あたしに。後ろ暗さを抱けと。


 だから踏み絵だ。わかった上で、笑って送り出せるか。

 あたしがまだ爺のパシリか。……そういう話だろう。


「………信用失うほど、露骨に引っかいた覚えはないんだけどねぇ。ちょっと誤魔化そうとしたぐらいだろう?女の嘘だ。大目にみなよ」

「大目に見た上でこう話している。藤宮桜を革命軍に引き渡して来い」

「……………」


 あたしの口は、動かねえ。

 嫌だって突っぱねちまっても良い。けど、そうしたら、あたし以外の誰かが桜を連れて行くだけだ。いよいよあたしのはしごも外されるってだけの話。


 なら、連れて逃げちまうか?いや、それは出来ねえ。やりたくねえって話じゃねえ。現実問題として不可能、って話でもねえ。


 爺はもう、そういう腕力上等な次元で物を考えたりしねえ。

 だから、ほら。爺は言う。


「駿河鋼也は、不思議と、生きているらしいな。あの青年の戦場に対する貢献は聞いた。エルフがほだされるのもある程度頷ける話だ。……元々、客員は忠実でない。だから今現状、結果論としてそれは良しとしよう。駿河鋼也にも、生存の機会があるべきだ。それだけの働きをした。ただし、駿河鋼也が未だ目覚めていない以上、その機会に対する選択権は、残念ながら、他人がその手に持つ事になる」


 爺はあたしを眺める。


「判断するのは私だ。………そして決断するのはお前だ、扇奈」


 選択肢があたしの手の中にある。分かれ道があたしの目の前にある。

 二者択一だ。


 桜を連れて、この場所から逃げたら?……まだ傷が癒えず寝込んでる鋼也はで死ぬだろう。爺はもう、その位平気でやる。


 鋼也を生かしたかったら?……桜を革命軍に引き渡すほかにない。その末にどうなるか、知っているとしても。


「私はお前を信用できるのかどうかわからない。だが、これまでの貢献もある。また、信用したいと思っている?わかるな?………これは恩情だ」


 恩情じゃねえ。あたしのだ。何にも知らされず桜が引き渡されたとしても、どっかであたしは裏側に勘付く。そうなったらあたしはブチ切れて手のつけられねえ事になる。


 だからあらかじめ共犯者にしておく。……負い目があれば、しおらしくもなるって話だ。


「……血も涙もねえのか?」

「枯れたからここに座っている。ここに座って、部下に死ねと、殺せと、平然と言えている。………お前の分岐路だ。賢い選択をしろ。機会をどぶに捨てるな」


 爺の目は洞穴みてえだ。

 そして、その洞穴の奥から声がする。


 同じ穴の狢だ。

 認めろ。


 同じモノになれ、と。



 *



 人生には、案外、分かれ道が多い。しかも大抵、もう通り過ぎちまって、それから振り返って初めて、そこが分かれ道だったって気付くもんだ。


 もしもあの時、ああしていれば。

 もしもあの時、こうしていれば。


 言っても先のない話さ。だから、まあ、振り返って気付いた分かれ道は、後悔って呼べるだろう。


 あたしの人生には、案外、後悔が多い。後悔が多すぎるから、後悔してない事にして、その時それが最善だったと言い聞かせながら、とにかく歩き続けてる。そうやって無理くり歩いて、たまに振り返って、それで、酷く機嫌が悪くなっちまう。もう、どうしようもねえってのに。


 

 人生には案外、分かれ道が多い。基本、振り返って気付く、後悔だ。

 けれど、ごくまれに、その分かれ道が目の前に現れる事がある。後ろにある時は、後悔。

 じゃあ、目の前につきつけられた時は?


 そいつには、別の名前が付く。

 脅し、だ。



 *



 そうして、脅されてから、今日で3日。


「はい。今日はもう終わり。ご苦労さま」


 そんな言葉と共に、暇すぎて考え込んでたあたしの腕から針が引き抜かれる。

 場所は、本陣――数日経って静けさが基本になった、救護施設の片隅。横に立ってるのは白衣のオニ――季蓮の姐さんだ。


 献血、だよ。余った血の気くらい、貢献してやろうって思ったのさ。用意してた分だと血が足りねえらしいしな。

 針の抜かれた腕をなんとなくさすりながら、あたしは立ち上がる。

 そんなあたしに、季蓮の姐さんはからかうように声を投げてきた。


「毎日毎日、いじらしいわね。口実作り?」

「……勘弁しなよ。んな可愛くねえって」


 あたしは薄い笑いを浮べてそう返し、季蓮の姐さんに背を向けた。

 見舞いの口実作りに、献血。………あってるっちゃあってるかもな。なんてのは胸のうちだ。

 ただ、口実が必要になる理由は、負い目って奴だろう。


 季蓮先生の部屋を後にし、背中で扉を閉める――と、そこで、あたしは気付いた。

 部屋の外。あたしの真横に誰か立ってやがる。

 オニだ。黒装束の、オニ。そいつ自身が誰かは、しらねえ。ただ、そいつが誰のかは知ってる。


「……わかってる」


 黒装束を睨みながら、あたしはそれだけ言って……歩き出した。


 救護施設――方々幕で仕切られたそこを歩く。向かう先は、一箇所。

 鋼也が寝込んでる場所。3日経ってもまだ起きやしねえ。そもそもが酷い重傷、生きてるだけ異常って話。期限が付いてる事も、当然知らねえ。


 桜はずっとそこに付きっ切りだ。起きるまで待ってるつもりだろう。あの子は飯食ってんのか、って、季蓮の姐さんがいるんだから、お姉さんが世話焼く根拠はねえし………笑ってやれる余裕もありゃしねえ。


 あたしは腕を組んで、その幕を外から眺めた。

 この3日ずっとそうだ。

 桜と顔を合わせるのを、あたしは避けてるのさ。幕の前まで来て、だが入る気にはならない。


 あたしが選ぶんだぜ?桜か鋼也か、どっちを殺すかってな。

 それでどうやって笑えって言うんだ?いや……嗤えちまうだろうから、あたしは顔合わせんのが嫌だったのさ。


 もっと上手くやってやれれば、こうはならなかったはずだ。もっと上手く見せてれば。部下を掌握しきって、爺に桜の正体を知らせなければ。この間の戦争で、首輪噛み千切って颯爽と助けに行ってやれれば、鋼也の怪我はまだましで、もうこの二人を逃がせてたかも知れない。


 だが、そういう先延ばしも今日までだ。

 3日。爺から言い渡された、引渡しの期限。それが今日だ。

 適当に3日じゃねえ。あたしが桜を取って、と揉め事になった時、対処するための最低限の準備を整えるのが、3日。


 3日猶予をやるって言われて、あたしは黙って3日待ったのさ。……あたしの勝つ目もそこにあったからだよ。


 鋼也が人質として機能してるのは、目覚めねえからだ。逆に言えば、鋼也さえ起きれば、桜と鋼也、二人仲良く逃げ出しなって、その位の泥ならあたしは喜んで被るさ。


 そこにあたしが縋ると、そう爺は考えて、だから3日動かないようにしたわけだ。

 わかって見抜いた上で、結局あたしも待った。


 起きない鋼也を連れて、桜の手を引いて、この場所から逃げ出す。そいつは、現実的じゃねえ。あたし一人でまとめて逃がす、は無茶だ。そう、だから、あまりに危ない橋リスキー過ぎる。


 だから、賭けみたいなもんだ。鋼也が起きるかどうか。

 お互いに危機回避リスクヘッジを望んだ上での、賭けで、膠着。

 それがこの3日。

 

 ……勝ったのは爺。

 負けたのはあたしだ。


 だから……ああ。だからだ。

 しょうがねえから、あたしは腹を決めた。


 この3日手もかけなかった幕を開く。

 その中には、静かな空間が広がってた。


 包帯まみれで、寝台に寝込む鋼也。

 まちくだびれでもしたのか、その横の椅子に腰掛けた桜は……鋼也にもたれかかって眠ってる。


「桜」


 あたしの呼びかけに、桜は、寝起きだからかどこかぼんやりと、視線をあたしに向ける。

 そんな桜へと、あたしは恭しく頭を下げて、言った。


「……殿下。お送りします。身支度を」


 従順な、フリだ。全部全部な。

 機会の問題だよ。


 あたし一人で二人逃がすのは無理だ。どっちかだけなら……まあ、何とかしてみせる。

 鋼也を抱えて行ったら?……あたし以外の誰かが桜を革命軍に引き渡すだろう。

 桜を連れて行ったら?……鋼也は殺されるだろう。


 だからぎりぎりまで待って、今、期限が来ちまった。

 だからもう……危ない橋を渡るほかにない。

 

 混乱と錯綜。他人への信頼。

 ………今度こそ、今回ばかりは、あたしは上手くやってみせる。



 面の皮が厚くてねぇ。でもまあ、厚化粧を全部全部取っ払って、最後に残るのは、結局感情的なガキだ。


 あたしは、両方拾い上げてみせる。


 二者択一脅しは悪手だぜ、クソ爺。お姉さんは意地になっちまうよ。

 ………あたしは、もう、後悔にはしたくねえんだ。


→18話 桜花/夢の終わりが

https://kakuyomu.jp/works/1177354054889537417/episodes/1177354054890816849

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る