5.3話 扇奈/分厚い仮面に浮かぶ貌
「ヒトという種族の客員技術協力員を歓迎する」
爺も良く言うよ。その台詞の前には、誇りだなんだ言ってやがったか?
半分マジで言ってるんだろうが、………わざわざそのご高説をぶるからには、それなりの理由があるわけだ。駒として扱いやすいようにする、とかな。
おっと。状況がわからないか?
今は、ドワーフのところに行く前。しょっぱな、ガキ二人がばらした鎧の横で微妙な距離感で話してたその後だ。
天主閣の下部の一室、将羅の爺の執務室で、鋼也と桜が、爺と小難しい話を続けてる。
で、あたしはそれをあくびをかみ殺しながら眺めてるってわけだ。
爺の口から出るのは、鋼也に都合の良い、親切な話ばっかりだ。
で、その裏側をあたしは良く知ってる。だから、……そうだな。これからするのは、その裏側の話さ。
つうわけで、まあ、あたしも数時間くらい、遡るよ。
*
部屋ってもんは、忙しけりゃ汚れて、暇なら片付く。大体そういうもんらしい。
つい先日この基地に来たヒト……鋼也と桜の部屋は行く度に片付いてる。桜が暇した結果だろう。
で、この天守閣の一室。将羅……爺の執務室は、大抵書類やらなんやらでぐちゃぐちゃだ。
まあ、その部屋の惨状よりも爺の頭ん中の方が数倍忙しいんだろうが。
懸念事項が多すぎるのは、あたしにもわかる。つうか、あたしが拾ってきて増やしたんだが………だから珍しく、末端のパシリのあたしも、話し合いの場にこうして呼ばれてるんだろう。
部屋の中には、あたしの他に5人。
一人は、爺。この拠点の最高責任者。
一人は、白髪混じりにあごひげの、ヒトで言ったら見た目40代ちょっとの筋肉質のオニ、
で、オニはそこまでだ。
他は、ドワーフのイワン。統合技術班長、客員技術協力員の、あごひげの爺。
それから、エルフが二人。
神経質な顔の、リチャード。客員技術協力員、参謀補佐代行。
そして、リチャードの妹の、済まし顔のアイリス。確か、特認派遣教導隊副隊長、みたいな肩書だ。副ってついてんのはやっぱり、さっきの将羅と輪洞の関係みたいな話だ。
………眠くなってきたか?あたしはもう、眠い。が、残念ながらこれから始まるのは、もっと眠くなる会議、だ。流石ににらまれそうだがあくびはしねえが、腕組んで壁に寄りかかるくらいは良いだろう。
どっちにしろ、あたしはこの集まりに口出すほど偉かねえ。
「……竜の動向は?」
そう、口火を切ったのは将羅。
応えるのは輪洞だ。
「帝国軍基地に未だ1万、残留しています。今の所はこちらへと進軍してくる気配はありません。先日の200は、ただはぐれてやってきただけだったのではないかと」
「ヒトが連れて来たんだろう?迷惑な話だ」
茶々の様に、苛立たしく吐き捨てたのはリチャードだ。ヒトが大っ嫌いなんだろう。
その事情は、まあ、あたしも噂話程度には聞いた。
ハーフだ。リチャードとアイリス………なんなら客員技術協力員としてこの基地に居るエルフの大多数が、ヒトとエルフのハーフ、らしい。
だから、ヒトに対して許しがたい感情を持っている。
ピンとこねえか?
エルフは、大抵美系だ。大陸でもヒトと他の種族……エルフは戦争をしていた。リチャードたちは、見た目はヒトで言う20代だが、実年齢はもっと上。竜が現れるちょい前に生まれた世代だ。……ヒトとエルフがドンパチやってたころに生まれた、ハーフ。
わかるよな?桜にはしたくねえ話、って事だ。刺激が強すぎるだろ。
輪洞は言う。
「追跡されていた、と?可能性としてなくはないでしょう。が、断言できる話ではない。あちらの事情を鑑みれば、それで糾弾できるわけでも無い」
輪洞はヒトの肩を持つらしい。……いや、中立か?
将羅、輪洞、それからドワーフのイワンは、思いっきりヒトと殺しあって、その中を生き抜いてきた世代だ。なんの恨みもない、って事はないだろう。
が、同時に、時代の流れって奴に散々翻弄された世代って話でもある。
要は老けて寛容になってる、って事だ。仕方のない状況がある事を良く知っている、って事だ。
まあ、流石に爺や輪洞の腹の中読めるほどあたしは長生きしちゃいない。吞み仲間のイワンはある程度わかるが、爺も小爺も正直苦手だ。
将羅が、言う。
「ありもしない責任を追及しても仕方ないだろう。今問題にするべきは、近隣に残存している1万の竜だ。行動予測は?」
応えるのはリチャード。参謀補佐様だ。
「……竜の行動は予測できません。戦略目的も何も見えない。ただ、時折大群が現れ、暴れる。制圧した拠点に暫く残存する傾向がある。その後の進路は、不明。……陥落した帝国軍基地の規模から考えて、知性体が存在する可能性は高いですが、だからと言って頭が働くのはあくまで戦術レベルだけです。戦略上の目的がわからない以上、この拠点へと襲来する可能性は捨てきれない。いえ、立地から考えればおそらく来るでしょうが、どのタイミングで動き出すかまでは、不明です。……ただし、予測できる対象もいる」
「ヒト、か?」
「はい。……あの好戦的で暴力的な種族が、基地ひとつ奪われたまま放置するわけがありません。比較的早期に、帝国は動くのではないかと。勿論、これも確定情報とは行きませんが」
「帝国が動くのが先か、竜が動くのが先か…………。竜が来る前提で準備をしておくべきだろう。竜1万に対する勝算は?」
将羅の問いに、輪洞が応える。
「5分ですね。数の上であちらはこちらの倍。知性体を考慮に入れると、旗色は悪いかと。無論、勝てといわれれば勝ちますが、相当の被害は覚悟するべきでしょう」
「リチャード。君の意見は?」
「おおむね同意します。防衛戦となる利点を生かすべきかと」
そこで、それまで黙っていたイワンが口を開いた。
「地雷なら埋めてあるぜ?接触信管じゃなく、遠隔でスイッチ一つの奴が。……数増やせとか言うのか?」
「それがお前らの仕事だろう?………ポイントの選定は後で伝える」
「また山掘り返すのかよ……」
「人手が足りないなら、そこであくびしてるオニの女も使えば良いだろう」
そんな言葉と共に、リチャードがあたしを顎で差す。
やべ………。だからこういう場所は嫌いなんだよ。わかりきってること話し合って何になる……とまで言う気はねえし、まあ共有は必要だろうが、この場にあたしいらねえだろ。
「手伝うか、扇奈?」
からかうように声を投げてくるイワンに、あたしは応える。
「爺の命令ならな。……パシリだし?」
あたしの肩書きの話したか?師団長付特務遊撃中隊長。まあ、だから爺直属のパシリだ。
やれって言われたらなんでもやるさ。それで飯食ってんだからよ。
「動員数は計画が確定してからだ。立案を」
「はい」
将羅の言葉に、リチャードが頷く。
こいつは、お開きの流れか……とも思ったが、まあ、んな訳ねえな。
だったらマジであたしが呼ばれた意味がねえし。………この場の本題は別だろう。
「………では、次の議題だ。現在当防陣に居るヒト、2名に関して。彼らを、客員技術協力員として迎え入れる。これは、決定事項だ」
やっと本題に入ったらしい将羅の声に、反論したのは当然リチャードだ。
「反対です。……ヒト、ですよ?理性的な行動をするとは思えない。ただでさえ竜の脅威が迫っている今………」
「だからだ。……扇奈。駿河鋼也の撃破数は?」
それ言わせるためだけに呼んだのか?
「87。……言っとくが、あたしらは手ぇ出してねえ。200対1で、あのクソガキは半分持ってった。途中から素手でな」
「尋常な戦果ではないだろう。同じ事が出来る者がこの基地にいるか?」
「私は出来ますが?」
しれっと応えたのは、これまたずっと暇そうにしてたアイリスだ。見得張ってやがる。
あたしも見得張るか。ある程度爺の顔立ててやんなきゃなんねえしな。
「あたしも出来るぜ?」
………多分な。やりたかねえけど。やらなきゃなんねえならやるさ。
と、あたしとアイリスの言葉に、呆れた様に声を漏らしたのはイワンだ。
「お前らは別だろ………」
おい。別ってどういう意味だよ。
あたしとアイリスが同時にイワンに噛み付きかけ、だがその前に、将羅が口を開いた。
「少なくとも、早々出来る者がいるわけでも無い。貴重な戦力と言える。竜1万を前に、……手元に置いて損はないと思わないか?」
「………ですが、」
「こう考えろ、リチャード。駿河鋼也はご丁寧に人質を持参してくれている。なんらかの理由で裏切ったとしても、こちらで監視は継続しておく。人質はいつでも機能する」
……エグイ話が始まりやがった。どの程度本気で言ってんのかは、しらねえ。
ただ、その状況になったら将羅はマジで桜を人質に取るだろう。その命令を実行に移すのは………パシリだ。
「更に、こうも考えろ。駿河鋼也は、ヒトだ。選択肢が増えるぞ。私は、扇奈を切り捨てるのは避けたい。貴重な戦力だ。君も、アイリスを切り捨てたくないだろう?その状況でわれわれにとって最善の選択肢が生まれる事になる」
人間味のない話だ。かつ、将羅はそれも、おそらく本気で言ってる。
最適な状況が来れば切り捨てる、間違いない。
こないだ鋼也に一人で行かせたのだってそうだ。
この基地の損失なしで迫る竜の数を減らす。それが、最終的な将羅の判断の根拠だったはずだ。
その上で、助けるかどうかの判断はあたしにまる投げだった。
それを、糾弾する資格はあたしにはねえ。
同じ穴の狢だ。あたしだって、途中まで静観してた。あたしがあいつを助けた理由は?
使えるからだ。………そうさ、それも判断基準にあった。
桜の事も考えた。あの子は……正直軍人に見えない。早期教育でろくに訓練もつんでないらしい。それで、この腹黒ばっかの基地に頼る相手が居なくなるのは、あまりに酷だろう。
鋼也の事も考えた。……あいつは本気で、楽になりたかったんだろう。それが土壇場で変わった様に見えたから助けた。
けど、もしあいつが本物の腰抜けだったら?割と使える、程度で、10匹やってそれでお陀仏レベルだったら?
それでも見捨てなかった、とは………言い切れねえな。
「先にも言ったが、客員技術協力員として二人を迎え入れるのは確定事項だ」
爺の腹のうちは、やっぱりあたしにも読みきれない。血も涙も無いって訳じゃねえはずだ。が、必要に応じて全部捨てられるんだろう。その、捨てる分の話だけして、リチャードを納得させようとしてる。
話は、それで終いだったようだ。
その後、簡単に各自に仕事を振り、その会議はお開きになった。
輪洞とイワンが出て行く中、リチャードとアイリスはその場に残る。まだ、文句があるんだろう。
その文句をあたしが聞いてて面白い訳もねえ。
あたしはあたしで、別の根回しをするか。
「おい、イワン!」
あたしは執務室を出て、去っていこうとするドワーフを呼び止めた。
「なんだよ、扇奈。……酒か?」
「そいつはまた今度な。それより、さっきの話どう思うよ?」
「竜1万か……今の内に荷造りしとくか?」
「そっちじゃねえほう」
「ヒトと言う種族の客員技術協力員、か?……別に良いだろ」
割と軽い調子で、イワンは言った。
「……寛容だな」
「わざわざ別の国に来たんだぜ、俺は。リチャードはまあ、しゃあねえが、俺達はそんなこだわらねえよ。俺は、あのヒトの家族を殺す手伝いはしてない。あいつらも、俺の家族を殺してもいねえ。………そう言うのもってきたくないからわざわざ来たんだよ。大和に興味あったしな」
本音、だろう。イワンは冗談以外で腹芸使う奴じゃない。
「なら、良いさ。多分、その内お前のトコ行くぜ、あいつ。鎧が動かねえみたいだからな」
「FPAか?良いな、1回いじってみたかったんだ………」
目ぇ輝かせてやがる。これなら、根回しする必要なかったか?
………せっかくだ。もうちょい、遊ぶか?
「そうだ、イワン。どうせならあいつらからかってやってくれよ」
「はあ?」
「暇持て余して、つまんなそうなんだよ」
桜が。
「連れが遊びのねえ奴だしな。まあ、気分転換みてえな?ちょっと騒いでやってくれよ」
「騒ぐったってな………。ああ、そういや、面白いこと言ってる奴がいたな。うちの若いのに」
「面白いこと?」
「そいつは開けてみてのお楽しみだ。……しかし、扇奈。お前、ずいぶんヒトに肩入れしてんな」
「そうか?」
「ちょいちょい覗きに行ってんだろ?……惚れたのか?」
「あ?ああ………惚れたぜ?」
「マジかよ……」
「女の方にな。桜が可愛くてよ~」
「………マジかよ」
何引いてやがんだよイワン。冗談に決まってんだろ。
「睨むなよ、わかってるって。とにかく、からかってやりゃ良いんだろ?……そうだな。じゃなきゃうちの奴らも警戒しちまうか………考えとくよ」
そんな事を言って、イワンは去って行った。
とりあえず、友好の架け橋にはなれたか?……そういうことしようとしてる辺り、確かに、あたしは肩入れしてんな。
………ガキだしな、あいつら。お姉さんは面倒見が良いんだよ。
だから、ちょいちょい様子見に行っちまうのさ。
………そう言う事に、しておきたい。裏は、なるべく考えたくない。
状況の裏も、自分の裏も、な。
打算がある。疑いがある。
鋼也には、微妙に信用できない部分がある。行動が矛盾してる。
本気で死にたがってた。それが、退却命令が出たからって女連れて逃げ出すか?アレは間違いなく命令無視してでも
本意じゃなかったはずだ。つまり、本意じゃない行動を取らざるを得ない状況だったってことだろう?
理由として考えられるのは?
藤宮桜は、軍事知識が殆どないらしい。監視においてる部下から聞いた。勉強会してるらしい。階級についての知識すらなかった、とか?
幾ら早期教育って言ってもな。無知が行き過ぎだ。
……高官の娘、とかか?鋼也が思いっきり桜を煙たがってた理由も、それで頷ける。
あたしは、その確証を探しに、ちょいちょいあいつらのところに行ってる。
それも、ああ、事実だ。知ってどうするのかは、しらねえ。その時の最善を選ぶだろう。
………同じ穴の狢なのさ。自覚があるから軽く見せる。見なけりゃ楽な部分まで見えちまうから、見てない事にしたいのさ。
お姉さんは、見て皆が思うより長生きなんだよ。
とにかく、ガキ共をからかいに行くか………。
あたしがそこにいるのが当然、って考え出すまで、な。
しかし、イワンの奴は何をする気だ?とか、白々しく言ってみたが……時系列はぐちゃぐちゃだからな。
もう、知ってんだろ?
とにかく、緩いのはもう……あるいはここ見ちまったときから既に、もう、お終いさ。
5.4話 裏側で進む事態/遠方の銃声
https://kakuyomu.jp/works/1177354054889537417/episodes/1177354054890164705
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