5.2話 イワン/オフショット・コメンタリー
「………はあ、」
マント付きのタキシード……“魔空紳士ダークネス”のコスチュームを着た坊主が、工房の片隅にうずくまり、完全に疲れきった表情で溜め息なんざ付いてやがる。
コスプレがお気に召さなかったのか?遊びのねえ坊主だな。張り詰めすぎると千切れるぞ?
扇奈を見ろよ。頼んでもねえのに“魔空少女プリティ・ブロッサム”の悪役女幹部の格好してノリノリでポーズ決めてんだろ?
ただでさえエロい格好で、更にエロいポーズ決めてな。うちの若い衆は大盛り上がりだ。正直俺のストロボも今すぐそっちに連続して火を噴きたい欲求が半端じゃないが……んな写真見つけたらうちの母ちゃんに何言われるかわかったもんじゃねえ。
つうか、扇奈は扇奈で怖ぇしな。ノリノリに見せてはいるが……内心どうなってっかわかったもんじゃねえ。食えねえ女だよ。怖い、怖い。
プリティ・ブロッサム………桜って嬢ちゃんの方は、扇奈に若い衆の注目がいったってんで、あからさまにホッとしてるしよ。嫌だったら別に断っても良かったんだぜ、コスプレ。
……と、今更だが、俺が誰かわかるか?
イワンだよ。この先あるかどうかもわかったもんじゃないドワーフ、整備長のイワンさん視点だ。
いっとくけどよ、これで俺も被害者っちゃ被害者なんだぜ?ガッツリ中間管理職した結果がこれだからよ。全包囲に気を使いつつ極めて穏便に済まそう、ってのがこのふざけたような騒ぎの主催者、イワンさんの狙いだよ。
扇奈はからかってやれって言うしよ~。ピンとこねえだろうがそういう圧力だぜ?
穏便に手ぇ貸してやれ、ってな雇用主様側からの圧力だ。女は切れさすと怖ぇしよ。しかもこの基地で指折りの戦闘力持った女だしよ。その気になったらこのドワーフ根絶やしにされちまうって、それ一体どんな最終兵器だよ。
うちの若い衆にしたって、桜の嬢ちゃん見た瞬間から“プリティ・ブロッサム”“プリティ・ブロッサム”うるせえしよ。似てるとかしらねえよ。俺は2次元と3次元を完全に別で楽しむ口なんだよ。ローアングラーやってたろって?………そいつが嗜みじゃねえのか?
“文化の伝道師”はそう言ってたぜ?無駄にハイスペックかつネジ飛んでる……っぽく周りに見せてるあのヒトの兄ちゃんはよ。
スパイが表向き取る職業、立場は文化関連、なんて考え方もある。まあ、なんつうか、結局何処を向いてもきな臭さ消せやしない世の中だってことだ。
まあ。とにかく。俺はこの件、乗り気じゃなかった。だってのに若い衆は衣装まで用意して勝手に盛り上がりだしやがって……。
コスプレさせなきゃストライキとか言い出しやがったんだぜ?工場長はやってらんねえよ。
……まあ、ヒトに協力しようって話だからな。ふざけるぐらいの気分じゃなきゃやってらんねえんだろうよ。うちの若い衆も。
更に、もっとオフレコを言うとだ。一体どういうルート持ってんだか、扇奈の直属の更に上のご老人も、この騒ぎの画策聞きつけて要求つけてきやがった。
写真寄越せってよ。何に使うんだか………下心だったらむしろ俺は嬉しいね。同好の士云々、ってより、疲れちまった坊主も、愛想笑いになれちまってる嬢ちゃんも、そっちの方がまだ平和だろうからな。
「………あの、駿河さん?似合ってますよ?」
桜嬢ちゃんが、くたびれきった坊主にそんな声を掛けてる。
坊主の方は………そんな嬢ちゃんに視線を向けて、雑に言い放った。
「お前もな」
坊主、お前、もうちょっと愛想良くしてやれよ。強かさ0で全方位に素で気ぃ遣ってんだぜ、その嬢ちゃん。
とかなんとか思いながらぼんやり眺めていると、不意に嬢ちゃんは小声で何か呟いて、それから坊主の耳元へと顔を寄せた。
おお?ラブシーンか?……なんて事もなく、してるのはどうも、ただの内緒話、耳打ちって奴だ。坊主が目ぇ丸くしてるから、まあ嬢ちゃんは興味を引ける話題を出したんだろう。
そのまま、ヒト二人はこそこそと話し出す。
なんつうかよ、おじさんからするとよう………その内緒話の中身がきな臭くない事を祈ってるぜ。
見た目相応、ほほえましいやり取りをしてて欲しいもんだ。
妙に親身な感想が変、か?長々ヒトと戦争してた、なんなら俺自身もまあどんぱちやってた時期もあるドワーフにしては。
他はどうかしらねえけど、俺は素で親身だぜ?これで例えばやってきたのがガチムチなおっさんで歴戦の勇士、とかだったら話は別だったかもしんねえけど………ガキだしなぁ。
ただでさえ寿命が短いヒトの、その中でも若者だ。おじさんは色々考えちまうよ。
…………色々、な。親身な話をよ。
わざわざ別の国まで来たからには、それなりの理由があるってもんだ。
まあ、脇役も脇役のおっさんの人生知ってもしょうがねえだろ。もしも、まだ、息子がいたら、みたいな話さ。恨みの矛先は完全に竜に向いて、けどまあ、大陸のヒトに手ぇ貸す気にはどうしてもなれなかった。そう言う事だ。
とにかく、だ。俺は微笑ましく………なんだか微妙に躊躇ってるような距離感で話してるガキ二人の下へと歩み寄り、許可も取らずにストロボを焚いた。
驚いて視線を向ける二人………坊主の顔には一瞬で警戒が浮かんじまいやがった。
だが、その一瞬前は、今カメラから吐き出されるスナップにばっちり残ってる。
気が抜けたような、どこかぼんやりした表情を浮かべる坊主と、案外楽しそうな嬢ちゃん。
「オフレコの、微妙な距離感……だな」
かなり適当にそんな事を呟いてみながら、俺はその写真を坊主に差し出した。
「……本気で、こんな事で協力するのか?」
「俺も一応軍人だぜ?わかんだろ、坊主」
写真を受け取りながらいぶかしんでくる坊主に、俺は答える。
わかるだろ?とか言ってはみたが……まあわかる訳もねえよな。その台詞も適当だ。
このガキは、どう見ても親心理解できる年じゃねえだろうしな。
……だからまだいぶかしげに、坊主は問いかけてくる。
「じゃあ、この騒ぎはなんだ?」
なんか、めんどくせえな。ガキ相手に腹芸遣うほど、……それこそ俺は鬼じゃねえ。
「あっちのエロい格好の奴が、からかってやってくれってよ」
「……扇奈が?」
「気分転換、だそうだ。お前ら気に入られてんな」
その言葉に、坊主は明らかに不審そうな表情を浮かべる。
扇奈の、気遣おうってのはマジだぜ、多分。疑ってやるなよ。いや、疑っといた方が良いけどよ。まあ、とにかく可愛げのねえガキだ。
横の嬢ちゃん見ろよ。(………なんの話だろう?)って思いながらとりあえずニコニコしてんだろう?
……………。
嬢ちゃん。それはそれでどうかと思うぜ?
ガキ二人は、そうやって暫く何がしか頭を働かせた末、手元の写真……ついさっき俺が取った写真に視線を落とし、それから………お互いの方へ視線を向ける。
……こいつは、シャッターチャンスじゃねえのか?
見逃さず俺はストロボを焚き、出てきたスナップを眺めた末に………呟いた。
「交差する視線、か。………お前ら、仲良くしろよ?」
そんな言葉と共に、新しい写真の方を嬢ちゃんに渡して、俺は、ヒトのガキ二人から歩み去る。
出歯亀は露骨にいちゃいけねえ。俺は脇役だしよ。おじさんは仲良いガキを眺めてたいんだよ。
坊主と嬢ちゃん………ガキ二人は、呆気に取られた様に、去っていく俺を見送った後、何がしかぼんやり話し、お互いの手にある写真を見合って………なぜだかその写真を交換していた。
なんだよ。よくわかんねえけど微笑ましいなまったくよ。良かったな嬢ちゃん。なに話してんだかしらねえけどよ。
なんだかな~。妙な感慨ばっか浮かぶのは、状況の割に嬢ちゃんが普通過ぎるからか?
………軍人には、見えねえんだよな。妙に腹は据わってるみてえだが、願わくばその腹の据わり方見せないで済む人生を送って欲しかったもんだ。
と、そんな事をぼんやり考えてる俺の横で、不意に足音が響いた。
視線を向けると真横に谷間がある。悪役かつお色気担当、なキャラクターのコスチュームの、胸の谷間。
谷間が目に入るのは身長の問題だ。顔の横にあったら見るだろ?
で、そっから視線を上に上げると………角の生えた美人の冷たい視線が降って来た。
何だその目は、扇奈。ご褒美って奴か?……俺はそっちの宗派じゃねえ。
「………嫁に言いつけるよ?」
「勘弁しろよ。お前に関しては自分で着たんだろうが」
後が怖すぎて扇奈にゃそんな事頼めねえっつうの。
と、そこで、扇奈は笑顔を浮かべて、うちの若い衆にちらりと視線を向けた末に、こう言い放った。
「まあな。……ちょいちょい飴やった方が従順だろ?」
……だから怖ぇんだよ扇奈。腹の黒さが半端じゃねえ。それ、俺にも見せないようにしてくれよ………。女には騙されといた方が楽なんだよ。片鱗見せられても読みきれねえんだよ。
……たくよ。あっちのガキ二人の微笑ましさがやたらまぶしいぜ。
結局、永く生きれば生きるほど、打算ばっか巡る様になっちまうんだろうな。
5.3話 扇奈/分厚い仮面に浮かぶ貌
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890150957/episodes/1177354054890164641
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