5.1話 桜花/身を切る皇女様
「魔空少女!プリティ~、ブロッサム!」
………私は、一体、何をしているんだろうか?
なんでピンクの衣装を着ているんだろうか?
なんでステッキを持ってポーズを決めてるんだろうか?
場所は、なんだか、工場みたいな場所だ。
周りにはドワーフさん達が一杯いる。髭面のおじさんたちが目を輝かせている姿は正直怖い。
扇奈さんが向こうで笑ってる。その横で、鋼也が軽く頭を抱えている。
………どうして、こんな事になったんだっけ?
ちょっとだけ、遡ってみようと思います。
*
歴史の教科書とか、社会課見学とか………そういう時に見るようないわゆる“お城”の一角に、工場があった。
工場?研究所?……どっちだかは良くわからないけれど、とにかく近代的なその場所に、扇奈さんに連れられて、鋼也の背中を追いながら、私は辿り着いた。
方々に銃が置いていなければ、それこそただの町工場、に見えなくも無いその場所に勤めていたのは、全員小柄な、おじさん達。
ドワーフ。大陸寒冷地に暮らす種族。手先が器用だ、位しか私は知らない。
それから………なんだか妙に、視線が怖い。
ヒトが珍しい……だけじゃない視線が、私に集まっている気がする。ドワーフ達の、どこか値踏みするような、あんまり良い気分のしない視線が。
つい、私は鋼也の背中に隠れた。ドワーフ達の視線は、まだ私を追いかけて……そんな中、ドワーフの中でもとりわけ年配に見えるおじさん、それこそ工場長みたいなおじさんが歩み出てきた。
「イワンだ。……手短に行こう。用件はわかってる。FPAの修理だな?」
職人気質に端的に、進み出たドワーフ……イワンは言う。同じように愛想なく応えたのは、鋼也だ。
「……ああ。ドワーフなら、修理できる可能性があると聞いた」
修理。FPA、あの鎧の修理だ。それを頼む為にここに来た……その位は私も理解してる。
「出来る、かもしれない。だが、現状やる気がない。………条件がある」
イワンはそう言って、視線を鋼也の背に隠れる私に向けた。
他のドワーフ達の、どこか好色の様に見える視線も、私を向いたまま。
………条件。交換条件の質に入っているのは、どうやら私らしい。
私は単順に怖かった。ついさっき、将羅さんに、客員技術協力員……として、多分味方として迎え入れられたけれど、ここが休戦中の敵の基地である事には違いはない。
オニの人達は親切だ。けれど、ドワーフはどうかわからない。ヒトに恨みを持っていても、不思議ではないし、………鋼也ではなく私を見るそのドワーフ達の視線の意味は、おそらく、男か女かの違い。
協力の見返りに、求められるのは…………。
不安に揺れ、私は鋼也の横顔を見上げ、……気付いた。
私を庇うように、鋼也の身体は少しずれていて、視線は、この工房の方々にある銃の位置を探っているようだ。
多分、鋼也も私と似たような発想を持ったのだろう。
そして、抵抗する算段を立てた。私を質に入れるのを嫌がったのだろう。
“お姫様”を守ろうとしているのか。“私”の事を想っているのか。
どちらであれ、私は嬉しかった。
そして、同時に、内心怯えながらも、覚悟を決めて、口を開いた。
「……条件って、私にですか?私に、何かできる事が?」
言った瞬間、鋼也はいぶかしむような、不安がるような視線を私に向ける。
けれど、鋼也が口を開く前に、応えたのはイワンだ。
「ああ。そうだ。この坊主には出来ねえ。嬢ちゃんじゃなきゃ、な。……ずっと目つけてたんだ。楽しませてもらわねえと」
イワンは下品な視線を私に向ける。他の、ドワーフ達の視線も、私を向く。
鋼也は私を庇うように、また動いた。
私は、そんな鋼也の背に力なく捕まりながら、どうにか笑みを口元に、言う。
「駿河さん。良いんです。……私にできる事があるなら。そんなに、辛いことじゃないかも知れないし……」
最後に織り交ぜたのは願望だ。それがどんなものであれ、私はドワーフの条件を飲もうと思っていた。
私には、何も出来ない。それは、純然たる事実だ。
これまで……この基地に来るまでも、この基地についてからも、私は、何の貢献も出来ていない。戦う、なんてそんな事が私に出来るはずも無いし、他に役立てそうな技能があるわけでも無い。
鋼也に教えてもらって、最低限の知識は得たと思う。けれど、だからすぐにそれが役立てられる、と言うほど、“私”は特別じゃない。
そんな私に、できる事であるなら。それで命が無事に済むなら。穏便に済むのであれば。
恩返しだ。鋼也に拾われた命だから。そう考えれば、きっと耐えられるだろう。
鋼也も、何かしら決めたのか。最後に一度、一番近い位置にある銃に視線を向けた上で、イワンへと問いを投げる。
「…………条件は?」
私も、鋼也も、硬い表情を浮かべていただろう。
そんな私たちをイワンは眺め………不意に豪快な笑みでそれを吹き飛ばし、奥にいるドワーフへと声を投げた。
「おい、お前ら!………例の奴もって来い!」
そして、呼ばれたドワーフがその手に持ってきたのが………。
妙にフリルのついたピンクの服と、機能性を感じられないステッキ。
妙にフリルのついたピンクの服と、機能性を感じられないステッキ。
私は、その服を、知っていた。
「プリティブロッサム………」
私にとって色々と思い出深い、アニメのキャラクターの服だ。
呟いた私に、鋼也が怪訝そうな顔を向ける。
予想の斜め上を行ったのだろう。私も同じ意見だったけれど………とにかく、思ったよりも数段軽い身の切り方で済むらしい。
色々と思う所はあるけれど………個人的にはそう、ホッとした。もっと酷い目に遭うと思っていたから。
まあ、プリティブロッサムはプリティブロッサムで、私にとってトラウマに違いはないのだけれど。
「ほう……知ってんのか、嬢ちゃん。さすが、瓜二つなだけの事はある」
イワンがそんな事を言う。
瓜二つなのは、当然だ。なんせ、その“ブロッサム”………私のことだから。
*
第3皇子。才色兼備、大学と士官学校を二十歳そこそこの時に飛び級かつ主席で卒業した、という正に皇族らしい”特別”を全て兼ね備えた9歳年上の兄が、私にはいる。
将来を嘱望されたその兄、いずれ良き皇帝になるだろう、みたいな完璧なステータスを持ち合わせた兄は、20歳そこそこの時に突然言い出したのだ。
『……この世界には、愛と正義が足りない』
ちょっとアレな人だったのだ。
………今にして思うと、もしかしたら兄は兄で裏で色々大変だったのかもしれない。第3位、という継承順位と、飛びぬけた能力。どう行動しても上の二人の兄からは恨まれていたし、もしかしたら……暗殺騒ぎもあったりしたのだろう。
ただ、当時11歳の私に、そんな裏側を見抜けるわけも無いし、正直兄が何を言っているのかも良くわからなかった。
良くわからないまま何かのモデルを頼まれて、良くわからないまま私はお兄様の頼みに頷いて………。
何が起こったのか知ったのは、数年後。ふと見たアニメに、私そっくりのキャラクターが出ていた。
兄に文句を言おうにも、あの放蕩と酔狂を絵に書いた上で他人が欲しがるものを全てうまれ持った挙句どぶに捨てている兄は既に、継承権を蹴った上で国外をてんてんとしていた。
『俺は、愛と正義の伝道師になる』
だそうだ。実際の所何をしているのかは知らなかったけれど………おそらく今日この時は、巡り巡ってその兄の酔狂に救われたのだろう。
感謝しよう、とは思えないけれど。
兄のおかげで。
私は、学園祭が大嫌いになった。理由は、こんな風に………。
*
「魔空少女!プリティ~ブロッサムっ!」
学園祭のたびに、私はこれを強いられるのだ。面白がった級友達の頼みを、……断りきれず。
今目の前にいるのは、級友でも一般の観客でもなく、明らかに年配の小さいおじさん達だけど………。
「悪いドラゴンは、私が………散らしちゃうぞっ☆」
「「「お~………」」」
ドワーフ達は満足しているようだ。
私の仕草は慣れたものだろう。何回やらされたと思ってるんだっ☆ドラゴンより兄を散らしたいぞっ☆
とか、半分自棄でも、笑っていられるだけ私は幸運かもしれない。もっと酷い目に遭うのかと思っていたのだから。
ドワーフ達の視線を受け、ポーズに台詞を決めながら、私は鋼也の姿を探した。
鋼也は、騒ぎを遠巻きに……どこか呆れた様子で眺めている。そのすぐ傍では、扇奈さんが楽しげな笑みを浮かべながら、私達を見ていた。
何か話しているんだろう。何の話かはわからない。私にはわからない話か、それとも私とは出来ない話か。
心なし、鋼也の口数が多い気がする。成り行きからとはいえ寝食を共にしている私が言うのだから、間違いないだろう。
あの夜、鋼也が泣いた夜以来、確かに鋼也はこっちを見るようになった。話しかければ相槌は返って来る。勉強の時は親身に教えてもくれる。
けれど、それだけだ。世間話、なんて殆ど無いし、……相談を受ける事もなければ、頼られることも無い。
扇奈さんには、世間話もするし、頼るのだろうか?
もしも、私が兄のように、才能に恵まれていたら?今、もっと、こうじゃなく役に立てただろう。
もしも、私が扇奈さんの様に、ちゃんと根拠のある余裕を見せられたら、……たまに笑わせてあげるくらい出来たのだろうか。
…………愛想が悪いのは、私の問題じゃないような気がするけど。
…………。
呆れた視線だけで、ノーコメントってどう言う事だろう?この格好、慣れたとはいえ結構恥ずかしいのに………笑い飛ばしてくれた方が楽なのに。
…………。
「嫉妬かい、嬢ちゃん?」
不意に、私が鋼也を見ている事に気付いたのか、イワンがそう問いかけてきた。
うつぶせに寝そべってスナップ写真を下から私に向けながら。
どうせ下着まで衣装だし、この際私は別に良いけど、ドワーフはそれで満足なのだろうか?
………私が気にすることじゃないか。少なくとも、周りにいるドワーフは、皆楽しそうだし。イワンが撮った写真に楽しそうに群がってるし。
なんなら、この場で表面上だけでも楽しそうにしてないのは、鋼也だけだし。
「……嫉妬とかじゃ、ないです」
「ほう?」
「……もうちょっと、笑ってくれたら良いのにな~って」
「あの坊主はそんな愛想悪いのか?」
「それはもう………。良い人なのはわかるんですけど、遊びがなさ過ぎるって言うか……本当に愛想悪くて。色々と、大変なのはわかりますし、一杯一杯なんだろうって言うのもわかるんですけど……歯がゆいって言うか、せめてちょっと気楽にさせて上げられたらって、……私が言うのもおこがましい気がするんですけど、でも他に私に出来ることないしでも……」
くどくどぼそぼそと、気付くとまくし立てていた私を、イワンは呆気にとられた様に見上げた。
「で、でも、えっと……」
色々と誤魔化そうと、とりあえず微笑みを顔に貼り付けた私に、イワンは言った。
「要するに……嬢ちゃんは坊主に文句があるって事だな?」
「え?えっと……文句って程じゃ、ないですけど………」
「けど?」
「…………もうちょっと、わかりやすく、気を緩めてくれたら良いのにって」
そういう状況じゃない事は、私にもわかっている。
私と言うお荷物を抱えた上で、武器もない。あの鎧も壊れたまま。その状態で、こんな格好で言うのもなんだけど、一応、ここは敵の基地。こんな格好で言うのもなんだけど。
………今は多分、緩んでも大丈夫なのに。仏教面は融通利かないし。
そうやってずっと張り詰めてたら、その内また………。
と、そんな風に考えている私の目の前で、不意にイワンが立ち上がった。
「よし。………お前ら!例の奴もって来い!」
………なんだかさっき聞いた覚えがあるような事を言ったイワンに、さっきと同じようにドワーフがその手に持ってきたのは…………。
マント付きのタキシード。………私にも覚えのある、“魔空少女プリティ・ブロッサム”に登場するキャラクターの衣装だ。
「嬢ちゃん。……あの坊主に、着せてやりな?」
「絶対嫌がると思うんですけど……」
「だとしても、だ。軍服脱がなきゃあの坊主は緩まねえよ。軍人はそう言うもんだ」
そう、なのだろうか?軍人はそう言うものなのだろうか?私には、良くわからないけれど………。
「……ヒトをからかって、楽しいんですか?」
「おう。………わざわざ別の国まで来て、人間相手にどんぱちするよりはずいぶんマシだ」
一瞬だけ真剣な顔になって、イワンはそう応える。イワンはイワンで、色々あってこの大和にやってきたのだろうか。その手にコスプレした私の写真さえもっていなければ、結構渋いおじさんに見えたことだろう。
とにかく、私は、促されるまま、そのマントとタキシードを手にもって、鋼也に視線を向けた。
丁度鋼也も私の方を見ていたようで、私の手の中にある衣装を見て………露骨に嫌そうな顔をした。色々と察したのかもしれない。本当に嫌そうな表情をしている。
その表情を見て、私に浮かんだのは………ちょっとした嗜虐心だったり?
なんだか、困らせたくなったのだ。半分くらい、愛想がない事への憂さ晴らしで、半分くらい、ただ混ざって遊んで欲しくて。
ずっとずっと張り詰めているのは良くないと思うし、緩んで良い時は緩んで欲しかった。
だから、私は微笑を浮かべて………顔を引き攣らせる鋼也へと、その衣装を運んでいった。
*
結論から言うと、着せました!鋼也は結局終始仏教面で、最終的に疲れちゃった感じになりました。楽しそうでは……なかったけれど、一時だけでも、戦争以外の事を考えてくれてたら………。
だったら、それだけで、私は……嬉しいです。
→ 5.2話 イワン/オフショット・コメンタリー
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890150957/episodes/1177354054890390834
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