5.4話 裏側で進む事態/遠方の銃声

 北部戦線帝国軍第3防衛拠点――陥落した帝国軍基地から16キロ西方、山岳、崖を背にする厚い積雪の最中に、銃火と砲歌マズルフラッシュが鳴り響く―――。


『クソ………この数は、』

『余計な茶々さえ入らなければ……』


 白いFPA“月読つくよみ”――そのヘルメット内に、部下達の弱気な呟きが届く――。

 その弱気を、刈谷刃助は一喝した。


「諦めるな!トリガーを引き続けろ!生き残れ!………!」


 その一喝は、あるいは刃助自身に向けられたものか………。

 やけに空虚な自身の声を、鳴り止まない銃声が散らす。


 放たれる20ミリの鉄鋼弾が迫り来る竜を薙ぎ倒し、だが倒れたそれを踏み散らして、また新たな竜はとめどなく迫り来る――。

 ここは、死地だ。視界の方々の雪には、白いFPAの残骸が雪に崩れ、オイルでそれを黒く、あるいは赤く、染めている。

 部下達は何人も倒れた。忠義厚く、精強で、過酷な訓練も数多の窮地も潜り抜けてきた精鋭達だ。


 帝国軍特務公衛部隊第16中隊―――近衛部隊ロイヤルガード。その構成員が並であるはずがない。

 任務開始時点で、部隊長、刃助を含めて16人、16機の“月読”。

 残存は3。それも、全てかろうじて動いているというだけの、中破状態。


 戦域の竜の残数は、………数えたくも無いほどだ。

 ここに、勝機はないだろう。だとしても、諦める訳には行かない。部隊長である以上、……部下達を死地へといざなった以上、最後まで嘘を突き通す責任が刃助にはある。


 3機の“月読”。その背後には、トレーラがある。要警護対象………どうにか守り、逃がし、帝国へ届けなくてはならないのお方がそこにいる。

 ………そう、刃助は部下にをついている。

 政治。戦略。末端まで伝わらない、伝えるわけには行かない大局の一端。

 トレーラの中に、皇族はいない。それを、部下に伝えるわけには行かない。

 ………誇りのある死だと。歯を食いしばる意味を、奪い取るわけには行かない。


『あああああああ――――』


 不意の絶叫が突然途絶える。

 視界の端で“月読”が、竜に組み付かれ、折れ曲がる。竜が、雪がオイルに染まる。


 また、一人、部下が逝った。

 そして、もう一人も………。

『クソ、クソッ!………』


 半狂乱の声をあげ、無事な“月読”が竜へと突っ込んでいく。

 徹底して退き打ち。火力を集中し制圧し続ける。それが、基本的な戦術だ。刃助はそう叩き込んできた。

 部下の行動は、その定石セオリーを無視したものだ。

 けれど、刃助には、その反撃自殺を止める言葉はなかった。


 また一機、“月読”が竜に飲まれ、引き裂かれる。

 これで、残りは刃助一人。

 その状況になった瞬間に………気がする辺り、刃助ももう壊れているのだろう。

 嘘を信じたまま逝った。それがせめてもの弔いになるだろう。


 銃声は、もう一つ。おびただしい数の竜が全て、刃助へと迫ってくる――。

 この死を無為に思うのは、俺だけで良い………。

 

 死地に思うのは、後悔か。

 帝国はシステムとして歪み始めている。いや、ずっと昔から歪んでいたものが、今このタイミングで噴出した。

 だから、背後のトレーラ、遠隔操作のそれは空。居ると思わせていた声は全て録音。

 そんなトリックを用意する必要があったのも、今、纏う“月読”に銃痕があるのも、全て……歪みが表に出た結果だ。


 銃声が止む。

 残弾はまだ残っている。ただ……トリガーを引く指に力が入らなくなっただけだ。

 牙、爪、尾、迫り来る夥しい死を前に、刃助は、銃を下ろした。


「………家族を作らなくて正解だったな」


 それが、最後だ。



 帝国軍特務公衛部隊第16中隊は殲滅された。

 残ったのは、残骸ばかり。

 竜はその意味もわからないままに、ただモノとして、雪と変わらず全て踏み散らす。


 その惨状を多種族同盟連合軍の偵察部隊が発見するのは、それから76時間後の事だ。

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