3章 吹雪、疑心、一寸先も見通せず

6話 墓場に踊る/スコープの先の疑念

 状況は、常に移り変わる。緩んでいられたのは、一時だけ。

 全てに、裏がある。

 目の前に現れる事態は、常にシンプルなようで、けれど裏側には複雑な情報が渦巻き続けている。


 あるいは………隊長は常にこんな気分だったのかもしれない。

 命令の裏を探り続け、悟りつつも飲み込む………そんな気分。


 勲章は、飾りに過ぎない。そんなものがあったところで、俺の思慮の薄さを誤魔化せるわけじゃない。


 ただ、無心に命令を聞き続けるだけでは済まない立場になったのかもしれない。

 スコープの先に俺が見つけたのは、そんな、………向く先の定かではない疑念だった。


 *


 ちらつく重い雪が、吐き出す白い息が、寒風に流れていく。生身で雪の上に伏射姿勢をとる俺が手に持つのは、ドワーフから借り受けたボルトアクションの狙撃銃スナイパーライフル。肩に当てた木製のストックが僅かに氷付いている。機構がシンプルな分、多少凍ろうが問題なく弾丸は放たれるはずだが………できれば、トリガーを引くような事態は避けたい。


 照準調整ゼロイングを自分でやっているわけでもなく、銃の内部の何処が凍って弾道に影響を及ぼすか、調べる時間もなければこの銃の癖もつかめていない。雪を散らす風は常に安定性を欠いている……吹雪にでもなるのか。とにかく、コンディションは最悪だ。

 その上………この口径7.62mmでは、それこそ目にでも当てない限り、敵に有効打を与えられないだろう。

 

 ストック代わりのポーチ、その上の銃身、更にその上のスコープ………そこから覗き込む先にあったのは、戦痕とたむろう単眼の大トカゲ――竜の姿。

 理由は不明だが、竜には制圧した地点に留まる傾向がある。視界にいる竜の数は30ほど……ただ、竜自体に用があるわけでも無い。


 用事があるのは、その下、戦痕の方だ。


 食い破られたトレーラが、崖を背に1台。その周囲に、血とオイルに染まった幾つものFPAの残骸が、雪に埋もれているのが見える。


 ……クソみたいな話だ。俺がわざわざここに来た理由は、墓荒らし以外の何者でも無い。

 数時間前、多種族連合軍の斥候部隊――オニの偵察部隊が、この状況を発見した。

 

 帝国軍基地から逃れたらしき者達の、………残骸。

 ……………。


 ……提案したのは、俺だ。仲間の屍から、FPAのパーツ……人工筋繊維を回収させて欲しいと。それが一番効率の良い手段だからだ。

 少なくとも、ドワーフが人工筋繊維を完成させるまで待つよりは、即効性があり合理的だろう。

 仲間の死骸を再利用、だ。…………手段を選ぶだけの余裕が俺にあるわけが無い。


 今の俺は、無力だ。はずれとはいえ、FPAなしで戦場にいる。銃口がぶれるのは、きっと、寒さのせいだろう………。


 竜30。FPAが、”夜汰鴉”があれば……どうってことない敵戦力だ。

 ただ、今の俺は、他人を頼るほかにない。


 見下ろす視界の端に、同行したオニの部隊の姿がある。

 配置は聞いた。俺含めて狙撃が5。ほか、アサルトライフルもちの足止め役が8。そして、刀を持っているオニが4。分隊一つにお荷物として俺がいる……そういう戦力だ。


 歩兵の分隊一つでは、竜30は手に余る。

 ……仮に、オニ一人とヒト一人を同じ、と見るのであれば。


 紅地に金刺繍―――馬鹿げた派手さの羽織が、背中が、たった一人、たむろう竜へと歩みよっていく。狙撃してくれ――そういわんばかりの派手さの、オニの女。


 扇奈だ。竜を眺めるその横顔は、嗤っているようにも見える。


 逃げも隠れもせず堂々と、たった一人雪に足跡を残して行き―――不意に、扇奈の足元の雪が散った。


 跳ね飛んだ雪がまた地に落ちる――そのほんの僅かな刹那の間に、派手な背中は手近な竜へと肉薄する。


 8メートルほどの被我距離を、ほんの秒に満たない間に駆け抜け。


 落ちる。踏み飛ばした雪が―――竜の首が、また雪の最中に。

 それこそ、瞬きすれば見逃してしまうような、一瞬の出来事だ。


 瞬く間竜を一匹切り殺した扇奈は、太刀で空を切り、刀身にこびり付いた血を雪へと散らす。

 何をするでも無く佇んでいた竜達は、同時にその単眼を扇奈へと向け。


 ―――同時に、方々から銃声が鳴り響く。


 伏せていたオニ達だろう。弾丸の雨が竜達へと殺到する。

 ある竜は目を打ち抜かれ、そのまま地面に倒れ臥し。

 ある竜は倒れないまでも、弾丸の雨に動きを封じられ、踊るようにその場に縫い付けられ。

 動きを封じられた竜へと、扇奈が―――刀を手にしたオニ達が、切り掛かっていく。


 弾丸を通さない竜の皮膚を、刀で切り裂くのはどこかふざけた話だが―――それが、オニの筋力、あるいはか。


 近接武器の機能を強化するらしい。嘘か本当か知らないが、目の前で竜が裂かれて倒れていくのは事実だ。それを前提に置いた、部隊構築と戦術。

 銃はあくまで、最前線、撹乱役のサポートか………。


 ………出遅れた。

 俺はスコープの先に、一匹の竜を捉える。考える事は多い。風、コリオリ、銃の癖、竜の動き、予測進路、………だが、結局は感覚の問題だ。緻密な計算が必要になる距離でも無い。


 反動がストック越しに肩を揺らす。銃身に触れた雪が解ける。スコープの先に、血が見える。

 外れの一匹。大トカゲの単眼が抉れ、雪の中に力なく倒れこむ。

 案外当たる。………に散々仕込まれた甲斐はあるな。


 と、そこで俺は視線を感じた。

 扇奈だ。戦場の中心に立ちながら、俺の方に視線を向けて、ふざけた調子で軽く手を叩いてやがる。


「……舐めるな」


 小さく呟いて、俺はまた、スコープを覗きこむ。



 ふざける余裕があるだけあって、その戦場は楽に済んだ。被害は0、危なげのない戦闘だ。オニは全員こうなのか、あるいは扇奈達が精鋭なのか。


 とにかく、だから、問題だったのは、戦闘自体じゃない。

 そうだ、ここに来た目的は戦闘じゃない。だ。

 そして、その目的の方が、俺に疑念を生んだ。


 戦場のあおりで、雪が捲れる。方々の残骸、そのFPAに、見覚えがある。


「……“月読ツクヨミ”?」


 それは、俺にとっては、疑念を思い起こさせるのは十分な情報だった。

 

 *


 “月読”は、“夜汰鴉”の姉妹機だ。国産、第7世代。……特務公衛部隊ロイヤルガードの専用機。

 “夜汰鴉”と互換性はある。人工筋繊維は問題なく確保できる。だから、問題はそこじゃない。


 近衛部隊ロイヤルガードだ。……皇族の護衛が目的の、帝国本隊とは別の所属の部隊。

 その残骸が、なぜここにある?


 いや、そもそも、第3基地に特務公衛部隊がいたのなら、なぜ………。

 なぜ、一般兵に過ぎない俺が、桜の護衛役になった?


 *


「………手順は教えた通りだ。装甲に関しては、外せなかったなら壊してくれても構わない。必要なのは、人工筋繊維。可能な限り回収してくれ。それから………可能ならドックタグも」


 方々に真新しい竜の死骸が転がる最中、扇奈の部下のオニ達は、俺の言葉に一様に頷いた。


「よし、お前ら!仕事だ。吹雪く前に終わらせんぞ!取り掛かりな!」


 扇奈の号令に、一様にやる気なさげな声を上げながら、オニ達は方々の残骸へと散っていく。


 それを見送った末、強くなってきた風に目を細め、俺自身も回収作業に取り掛かり始めた。

 ………疑念を胸中に抱き続けながら。


 公衛部隊が、第3基地にいたらしい。

 だと言うのに、命令が俺に来た。“第6皇女殿下を護衛し、戦線を離脱せよ。”

 俺が選抜された理由は、単機で上げられる戦果シングルコンバットのスコアを考慮されたからだろう。勲章が仇になった、………ただそれだけの話だ。


 ………公衛部隊ロイヤルガードが存在しなかったのならば。


 歩み寄った先にあるのは、損傷した“月読”。見間違えるはずがない。陥落を前にして、近衛でない人間があったモノを使った、ならば………しかし、“月読”がある時点で。


 損傷した“月読”の雪を払う。血とオイル………嗅ぎたくも無い匂いが漂ってくる気がする。八つ裂きにされた、か………いや。


 妙な傷跡がある。竜の爪、牙、尾に裂かれたそれのほかに、………のある穴があいている。

 銃痕だ。おそらく、20ミリの。


 公衛部隊がいるにもかかわらず、護衛命令が俺に来た。

 公衛部隊の亡骸――誰がどうみてもそこに皇族がいるとわかるそれに、銃の――ヒトが危害を加えた痕跡がある。


 ………継承権争いか?見越した上で、ばれにくい、かつある程度戦力として見込める俺に桜が託された?

 あるいは………。


 崖を背にしたトレーラに視線を向ける。

 その中にいるのは………いたのは誰だ?


 影武者。そんな言葉が俺の脳裏を踊る。だとしたら、どっちだ?

 ここにいたのが、影武者?

 それとも、………俺が連れ出した方が?


 俺はトレーラへと歩んでいく。風は強いまま………吹雪くまで間もないだろう。

 作業を進めるべきではあるだろうが………あるいは、好奇心に負けたのか。


 作業を進めるオニ達をよそに、俺は食い破られたトレーラを、その荷を、覗き込む。


「あ?おいおい、サボリか、クソガキ。良いご身分だなぁ……」


 目が合った。薄暗いトレーラの最中。そこにうずくまる、単眼の大トカゲと。

 トレーラの中に竜がいる。傷は負っている……死体と見過ごされた竜か、あるいは確認していなかったのか。


 責任問題は後だ。

「………ッ、」


 俺は咄嗟に飛び退き、腰の拳銃へと手を伸ばす。

 トレーラの中に潜んでいた竜の反応も同時だ。気色の悪い鳴き声を上げながら、その尾が、鋭いそれが俺へと突き出される――。


 反射神経には自信がある。避けられるだろう。………生身でさえなければ、の話だ。

 全て間に合わない。拳銃を引き出す手も、FPAがある時の反射で、弱めに踏まれたバックステップも。


 顔面へと突き出される尾―――それが、不意に弾け飛んでいく。


「クソ………」


 呟いたのは、俺か………あるいは、事態を察知して竜の尾を切り裂いた扇奈か。


 まったく、情けない話だ。俺は幾度、命を救われれば気が済むんだ?

 切り飛ばされた竜の尾が崖の下へと落ちていく。

 

 漸く取り出し終えた拳銃――その銃口を、俺は竜の単眼へ向け、放つ。

 命中した、だろう。トレーラの中にクソトカゲ野郎は脳漿をぶちまけたはずだ。


 だが、それを確認する事は、俺には出来なかった。

 バックステップの先――踏んだはずの地面が、そのまま抜け落ちる。雪庇(せっぴ)だったらしい。


 我ながら、余りにも、不注意が過ぎる。


「……ガキが!」


 扇奈の悪態を聞きながら、俺は、崖の下へと落下していった。


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