7話 吹雪の切れ間に/暗がりの問いかけ
「………無理、だな」
断裂した人工筋繊維――俺の“夜汰鴉”からとったそれをいじりながら、ドワーフ――イワンは言う。
「こいつは
場所は、連合軍基地の工房………数時間前の話だ。仮にこれが走馬灯だとしたら、髭面の小男を見るのは控えめに言って最悪だ。
その後に、武装の話がでた。コストの問題で20ミリの弾薬は作れない、その代わりの武装を提案され、了承した。
それから、なぜか赤青白のトリコロールに塗られていた“夜汰鴉”に苦言を呈した。
……イワンとの話は、それで終わりだ。
*
「当方の索敵部隊が、戦痕を発見した」
将羅が言った。あの掃除の行き届いていない執務室、ドワーフと話した後、呼び出されて聞かされたのが、その話だ。
話の内容は事務的だ。
そこから、FPAのパーツが取れるかもしれない。派兵、同行は扇奈達―――司令付きの特務隊。
「客員技術協力員からの依頼を、承諾しよう」
やたら恩着せがましく、将羅に言われた。……ギブ&テイクだ。頼みごとをしたからには、働け。何かしら振られるのだろう事は理解できる。……この後、があったなら、の話だ。
その、更に後。思い起こすのは、生活拠点になったプレハブ小屋。
*
「あ!……直りましたか?あの………F……PA?」
桜は言う。オニにでも借りたのか、やたらもこもこした羽織に袖を通し、ストーブに当たったまま。
FPA、位はすんなり覚えてもらいたい。疑問系で言われても、頷くわけには行かない。
直ってはいない。これから、直すために、外に行く。
したのは、そんな話だ。あくまでパーツ取り、とだけ伝えた。戦闘はしない、と。余計な心配をかける事もない……。
その些細な嘘の結果がこれだ。
あるいは、桜に嘘だと見抜かれていたか?付いてこようとする桜を言いくるめ、「いってらっしゃい」と見送られ………。
パーツ取りに来た先で、疑念と出会った。
桜は、桜花なのか?事態を知った上で、俺に隠しているのか?それとも、何も知らないまま、ただ事態に翻弄されているのか………。
俺はどうすれば良い?影武者だったら?……俺は影武者の為に仲間を捨てたのか?
いや、そもそもだ。仮に権力争いが、継承権争いが巻き起こっているのであれば……帝国に連れ帰るべきなのか?
命令に従うのであれば、何も見なかった事にしてしまえば良い。ただ、桜を連れ帰れば。
軍人として、それが一番正しい行動だろう。そのために俺は仲間を見捨てた。
だが、連れ帰った先で、桜の身に危険が及ぶ可能性があるのなら?
俺は……俺が判断をするのか?他人の、行く末を?
俺は………
*
「よう、クソガキ。あんたの幸運の理由を教えて欲しいかい?」
扇奈の声が僅かに周囲に反響する。どこかの洞窟の中、らしい。
外は一面の白、吹雪が荒れている。落ちてからどれほど経ったのか……大体の状況は飲み込める。
足を滑らせた。間抜けな話だ。そして、おそらくここはその、落ちた先だろう。幸か不幸か、一命を取り留めたらしい。その理由は、洞窟の隅に胡坐をかいてからかう調子で声を投げてくるオニの女。
「良い女が横にいたことさ」
「………感謝する」
身を起こしながらそう応え、俺は身体の具合を確かめた。特別、痛みを訴える箇所はない。
扇奈にかばわれたようだ。
視線を扇奈に移す。胡坐をかいて座り込んでいるその姿にも、特別傷跡は見受けられない。
どの程度の高さだ?2、30メートル?そこを飛び降りて無傷とは……本当に生身でFPA並みらしい。
と、扇奈はそんな俺の視線を嗤い、わざわざ僅かに胸元をはだけながら、またからかう言葉を投げてくる。
「なんだい……遭難したからには、暖でもとるか?」
「ふざけるな」
「じゃあ、真面目な話でもするかい?」
扇奈はつまらなそうに肩を竦め、視線を外の吹雪に向ける。
「どっちにしろ止むまで動かないのが懸命だしねぇ。待ってりゃうちのやつらが来るさ。自力で這い上がるにしろ、止んでからだ。それまで、男女が二人きり………するのはやっぱ、内緒話だろう?」
からかうような言葉を織り交ぜながら、扇奈は俺を睨んだ。薄笑いを浮べている割に、やたら値踏みするような視線で、扇奈は言う。
「………何者だい、桜は」
「ただの、運の悪い2等兵だ」
俺は即答した。迷うそぶりを見せるわけには行かない。
迷いと疑念は胸中だ。
桜が、何者か。気付かれているのか?気付かれていた場合、どう対処すれば良い。
皇女だとばれていたら?……カードにされるのは目に見えている。どういった扱いを受ける事になるか……オニ達の見え透いた親切さの意味合いが変わってくる。
そこに継承権争いが発生しているという仮定を混ぜると?
……オニからカード扱いされた上でヒトに捨てられるのがオチだろう。
だとするなら、俺に出来る事は?すべき事は?
無意識に、俺の手は腰の拳銃へと伸びていた。けれど、そこに拳銃がない。
落ちた時になくしたのか。いや………。
「怖い事考えないでくれよ。あたしは、親切だろう?……ばらすのは竜か銃ぐらいにしたいねぇ」
そんな事を呟く扇奈の手に、俺の拳銃がある。取り上げられているらしい。細い指で手遊びのように、慣れた手つきで、扇奈は次々と拳銃を分解していく。
……扇奈の腰には、鞘だけがある。太刀は落としたのか。あちらも武器がないらしいが、かといって俺が素手でオニに勝てるとも思えない。
「………さて」
分解しきった拳銃を、パーツのまま綺麗に地面に並べた上で、扇奈はまた俺を睨む。
「もう1回聞くよ。桜は、何者だい?」
……白を切り続けるほかにない。そもそも、俺だって今、何の確証も無い状態だ。
「……質問されている意味がわからない」
「最初、あたしはあんたをクソ野朗だと思った。竜にビビッて、見てくれの良い女連れて逃げて、ねえ………。だから死ねって言ったのさ」
「…………」
「けどまあ、どうもそういうわけじゃない。桜が甲斐甲斐しかったしねぇ。恋人でも連れて逃げたか?割りには、よそよそしい。完全に他人だった。やり取りが恐る恐るなのさ。……良く見てんだろ?」
「……退却命令が出た。その状況で連れ出せる範囲にいたのが桜一人だった。それまで、面識はなかった」
「あんたは死にたがりだ。境遇の問題であれなんであれ、自分の命が軽く見える性質だ。その手合いは………逃げない。逃げろって命令無視してでも
出てくる話は、観察と主観だけだ。確証を掴んでいるというわけではないだろう。
「……高官の娘、辺りならしっくり来るねえ。その位だと思ってたんだが………」
確たる証拠がないからこそ、扇奈は揺さぶろうとしている。
俺を睨んだままに、扇奈は言う。
「………ビビるよ。上で死んでんの、親衛隊だろ?」
“月読”を知っているのか?どこまで情報を読み取った?もし、桜が皇族だと、その可能性があると言う点まで思い到っていた場合………。
俺の視線は銃へと向かう。分解されているそれの、弾奏へと。
と、扇奈の細い指が、不意にその弾奏に触れた。
「………わかりやすい子だね」
呆れたような、困ったような……そんな小声の呟きを漏らしながら、扇奈は、拳銃のパーツを拾い集め、銃を組み立てて行く。
「親衛隊が死んでたからって、あたしから見て、桜に繋がるわけないだろう?なんだ、基地に皇族でもいたのかい、って位の疑問だけで済むのさ。………あんたが今、ビビらなきゃねえ」
そんな事を呟きながら……、やがて扇奈の手の中で、拳銃は元の形へと戻っていく。
……俺が警戒心を上げるタイミングを眺めて、かまをかけ続けていたのか。
勘付かれたのだろう。桜が皇族、と。少なくとも可能性として扇奈の頭の中にそれがあるはずだ。これと疑って調べれば、確証まで辿り着くのは不可能じゃない。
だとしたら、俺が今、取るべき行動は………。
口封じ、か。
擦過音が響いた。石の上を金属が滑る音。
元通りの形にまで組み上げられた拳銃が、俺の目の前まで滑ってくる。
……扇奈が、俺に、銃を返した?わざわざ、このタイミングで?
「………どういうつもりだ」
硬い声で尋ねた俺を、扇奈は何も応えず、ただ眺めていた。
俺は銃を手に取る。弾奏が抜いてある……様な細工はしていないようだ。組み立ての手順も見ていた。意図的に不具合を生じさせた形跡はない。
スライドを滑らせ、引き金を引けば、それで弾丸は放たれる。
なぜ、今俺に銃を返した?俺が撃ったところで対処できると、そういう事か?
………秤にかけられている。俺が、撃つのかどうか。
判断するのは、俺だ。命令通りに引き金を引いて、よそに責任を回す事は出来ない。
全て俺が判断する必要がある。
撃つかどうか。撃った場合どうなるか。撃たなかった場合どうなるか。
何が最良だ?何が最善だ?俺は………。
「休戦の理論だよ」
見透かすような目を俺に向け――俺の悩みを手玉に取りでもするように、扇奈は口を開いた。
「銃を手にとってから漸く、あんたは問いを投げた。最悪の場合に対抗できる可能性を手にして初めて、人間は話し合いを始めようとする」
「………お前は、この状況で抵抗できると?」
「あんたは撃たない。撃ったら死ぬからだ。これであたしは慕われてるからねぇ」
……慕われている?部下に、か。
この状況で俺が扇奈を殺せば、上にいるオニ達に、間違いなく俺は殺される。
抑止力が成り立っているからこそ、扇奈は俺に銃を返した。
観察するように、見透かしでもするように、扇奈は俺を眺め続けている。
「選択肢はあんたの手の中にある。撃つか撃たないか。今だけじゃない、この先の全て。決めるのはあんただよ、ガキ」
「………オニは、ヒトの心でも読めるのか?」
「あんたは部下を持った。だろう、少尉さん?仮初だろうと、ねえ。あんたには直属の2等兵がいる。生かすも殺すもあんた次第だ。命令だけ聞いてて良い立場のまま死ぬ事はもう、あんたには許されない」
口調は依然からかうようで、けれど目は挑みかかるように、どこか挑発的に、扇奈は問いを投げ続ける。
「………あたしは、何を拾ったんだい?誰を生かしたんだい?今、あたしが喋ってる相手は何者だ?」
俺が、何者か。状況からは程遠い問いかけのようでいて、だが本質に触れるような問い。
「……もう一度だ。あたしは、あんたに聞いてるんだよ。桜は、何者だい?」
俺は、何者か。桜は、………俺にとって、何者か。最初とまったく同じで、だが質問の帯びる意味合いが変わっている。
疑念が多すぎる。疑問が多すぎる。すぐに真相が手に入るような、あるいは手に入れたその瞬間にはもう、手遅れになるような漠然としていて同時に致命的な疑念が多すぎる。
影武者。継承権争い。公衛部隊。オニの思惑。
その、致命的な疑念を全て吞み下した上で、現状に最適な選択肢を選び取る、必要がある。
目的の、為に。
………俺の、目的は?生き延びた理由は?死に場所は先日あった。だと言うのに、あがいた理由は………。
「………俺は、」
続く言葉はなんだったのか。俺自身でさえ判然としないまま、その、俺の呟きは途絶えた。
銃声が響いたのだ。俺が持っている拳銃じゃない。扇奈が銃を隠し持っていた……そういう話でも無い。
轟くのは洞窟の外………吹雪の最中から、この洞窟の中へと銃声が反響する。
重い、銃声だ。歩兵が携帯する火器の音じゃない。もっと聞き覚えのある……FPAの、20ミリの砲声。
外にFPAがいるのか?発砲した理由は?公衛部隊の生き残りか?それとも、………。
俺と同じように、警戒するような視線を外に向けた末、扇奈は冗談めかして肩を竦める。
「聞かなかった事にするかい?」
「……お前の、老婆心をか?」
そう応え、俺は立ち上がった。
吹雪はまだ荒れているが……状況を確認した方が良いだろう。
疑念を飲み下すためにも、可能な限り情報は得ておきたい。
「はあ……。ちったぁ、親切を素直に受けろよ、ガキ」
呆れた様子でそう応えながら、扇奈もまた、立ち上がった。
問答は一旦、止めだ。……あるいは、俺は、答える事を嫌って、外の銃声に逃げ道を見出したのか。
どうあれ、俺は、荒れ狂う一面の白、まるで先の見通せないそこへと、歩を進めた。
疑念ばかりを胸中に積み上げながら。
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