2章 幕間/緩やかに不必要な輪舞
5話 蔵、簡易整備場/緩やかな一時
まず、最初に言っておく。ここは、飛ばしても良い。
ああ、この感じでもうわかるだろう?今回はそう言う感じだ。箸休めみたいなものだ。
いや、とりあえずここは読んだ方が良い。ただ、その後リンクに飛ぶかどうかは任せる。
メタい話だろう?だから、とばして三章に行っても大して問題はない。
ただ、そうだな。これだけは言っておきたい。
俺も、桜も、他の奴らも、別に好きで戦争してるわけじゃないし、常に戦い続けてるってわけでも無い。
だから、ああ。つまりこういう言い方になる。
ここは説明回で、同時に、日常回って奴だ。興味があるならスナック菓子を片手に覗けば良い。
興味がないなら?
ただ、リンクを踏まず、次のエピソードに行ってくれ。
それでいつものシリアスだ。
逆に言うとこの先は?
…………そう言うことだ。
*
連合軍基地での生活拠点となっているあの小屋から程近い、天井高い蔵に、ストーブの低い稼動音と熱気が満ちている。
その中心に置かれているのは、傷ついた黒いFPA……“夜汰鴉”だ。横にはどうにか回収できた20ミリ……の馴れの果て、馬鹿が鈍器代わりに使ったせいで砲身が歪んだそれが置かれている。
外から改めて眺めてみて………これでよく俺の五体が満足なものだ。脚部、胴、腕、頚部……そこら中の装甲が割かれ、歪んでいる。ひときわ亀裂が大きいのが脚部だ。
戦場で足が動かなくなった。おそらく、脚部の人工筋繊維が断裂したのだろうが………。
とにかく、開けて中身を見てみないことには始まらないだろう。
俺はオニから借り受けた工具類一式を手に、“夜汰鴉”の装甲を外し始めた。
あの、夜。死にに行ってオニに救われた夜から数日。
公的には、俺と桜の立場は何一つ変わっていない。ただ、どうやら俺は将羅の言っていた相応の働きを見せたらしく、若干、待遇は改善された。
乾パン以外の食料を与えられ、頼めばこうして工具を借りる事もできる様になった。
勿論、今も監視は継続され、基地内を自由に出歩ける……とまでは行かないが、それでも許可を取ればある程度の外出も許される。
オニ達の中にも、大してヒトに恨みを抱いていない一派が居るらしい。全員ではないが、恨んでいる奴はそもそも関わってこない。寿命が長いだけあって、理性的な話だ。
好意的に俺達に接しているのは、主に扇奈やその部下達だ。あるいは前からそうで、ただ俺が見ようとしなかっただけなのか?
……今更、言っても仕方のない事か。
とにかく。死にたがるのは、止めだ。桜を届けてからでも間に合う。今投げ出せば、それこそ、仲間に、家族に顔向けできない………。
「……あの、」
不意に、どこか躊躇いがちに、そう声が投げられた。
手を止めないままに、俺は声の方………桜に視線を向ける。
寒いのだろうか。屋内でもコートを纏い、ストーブの真横に、どこか所在無さげに立ちながら……意を決した様に、桜は言った。
「私にも何か、お手伝いできる事は………」
「ないな。整備にもある程度知識がいる」
「そう、ですか………そうですよね」
そう残念そうに呟き、桜は俯き、すぐにそれを笑顔の下に隠した。
………意図せず、冷たく聞こえてしまったか。
暫く、装甲を外すカチャカチャと言う音だけが小屋の中に響き………やがて、俺は口を開いた。
「桜」
「あ、はい」
「……整備は覚える必要はない。覚えておいた方が良い事は他にある。………静かにしてる必要もない。俺に現状を説明してみろ、藤宮桜2等兵」
「は、はい!少佐!」
「………少尉だ」
「え?……えっと、尉が下で、佐の方が偉いんでしたっけ……?」
半信半疑と言いたげに首を傾げながら、桜はそう呟く。
桜には、驚くほど知識がないのだ。軍事やそれにまつわる知識が、ほぼ0に等しい。
……荒事と縁遠い人生を送っていたのだろう。かといって、この状況でも何も知らない、と言うのは不味いだろう。……俺がずっとついていられると言う訳でも無い。最低限、自分の現状を正確に理解できる程度の知識は必要なはずだ。
この数日。開いた缶詰を横にストーブを囲んで、俺は桜にある程度の知識は教えた。
覚えが早かったのは………桜も真剣だったからだろう。
手持ち無沙汰だろうこの機に、その理解度チェックでもしようと思いついたのだ。
………他にやらせてやれる事は思いつかない。
「そうだ。2等兵が一番下っ端だ。桜。お前の階級と境遇は?」
「はい!えっと、私下っ端です。早期、教育で、訓練課程が満了してない、孤児院出身の……藤宮桜です?」
小首を傾げるな桜。軍人に見えない。完全にただの女学生だ。………まあ、それ込みで言い聞かせた設定、だが。
皇女、と明かすわけには行かない。軍事知識も専門知識も無い。そこに最低限の説得力は必要だろう。いわば、口裏あわせだ。
「で?現状は?」
“夜汰鴉”の装甲を外しながら、俺はまた問いかける。
………内部構造に損傷は見られない。胴体や頚部は、の話だ。問題はやはり脚か……。
「えっと………私達の目的は、帝国に帰り着くことです」
「ああ………」
胴体の装甲は外したままにおいて、俺は脚部……左脚の装甲に取り掛かる。
くそ、歪んでやがる。装甲が邪魔で動かなくなった、だけならまだ良いが………。
「私達が今いるのは、多種族同盟連合軍の基地です。立地は、えっと……こないだまでいた帝国軍基地の、西。帝国があるのは、東側のずっと向こう。一旦西に来たのは、私が寒くて餓えるから、近くにあったここに保護してもらおう、ですよね?……ありがとうございます、駿河さん」
「ああ………」
………脚部の装甲を外すと、中の惨状が見て取れた。構造は基本的に人体を模している。フレームの周囲に人工筋繊維――電流を流すと集束する性質を持った化学的に精製された金属繊維の束が絡んでいる……それこそ、人体の解剖図を全部鈍い銀色に変えたような図だ。
で、その見慣れた金属の解剖図の一部が、記憶と大分ちがう形になっている。
左脚第3筋繊維が逝ってるらしい。綺麗に真っ二つだ。幸いにフレームは無事なようだが、この筋繊維は………駄目だな。スペアがあればすぐにでも直せるが、そんなものがここにあるわけも無い。
「……あの。それで、えっと………あと、ツンケンして無愛想な少尉さんが、最近ほんのちょっと丸くなって、けど微妙にツンケンが抜けてなくて………それはそれで別に良いんですけど、優しさがわかりづらいとか、思ってみたり……?」
「ああ……」
何度見たところで、脚部第3筋繊維の断裂は変わらない。………やはり、どこかで調達する必要がある。
陥落した帝国の基地に行けば、スペアはあるだろう。仲間の亡骸もある。そして、1万の竜も居る。……スペアをとりにいくにしろ、弔うにしろ、そのために死にに行くのでは、逸れこそ仲間の幽霊に殺される。
かといって、FPAがなければ俺は無力と言って良い。何かしら方法を考えなくては……。
………というか、桜。お前、俺が話を聞いてないと思ってるな。
「………サバ缶分けるにしても、不味いって渡す事はないと思うし……それはそれで可愛い気はしますけど……結局必要最低限しか喋ってくれないし………もうちょっと仲良くなれたら嬉しいな~って、思ったり……」
「………悪かったな。努力する」
そう俺が、ご指摘の通り無愛想に言うと、皇女様は若干笑顔を引き攣らせながら言った。
「………聞いてたんですか?」
「ああ。………わかりづらいくらいなら優しさはいらないんだったな、2等兵?」
「そうは言ってません、少尉!」
色々と誤魔化そうというのか、桜はかなり不恰好な敬礼をした。
まあ、何だ。妙に嬉しそうだから別に良いが………。
とにかく、俺は“夜汰鴉”から一歩離れ、呟いた。
「スペアが必要だな………」
と、そこで、……不意に、小屋の戸が大きく開いた。
雪の混じる寒い風と入って来たのは、紅地に金刺繍の派手な羽織を背負った、オニの女――扇奈だ。
「よう!ガキ共!仲良くやってっか?」
「すぐ閉めろ。風が入る」
即座にそういった俺に、扇奈は露骨に顔を顰め、そそくさと戸を閉めた。
「……可愛げのねえ奴だな………。寒かったら引っ付いてれば良いだろ?なあ、桜!」
「わ、ちょっと……止めてくださいよ~………」
扇奈に寄りかかるように抱きつかれ、頬ずりされ、桜はくすぐったそうに呟いた。
割と暇なのか、扇奈はこの数日良くやってくる。目当ては桜のようだ。来るたびに今の様にあけっぴろげにべたついているし、若い子をからかいたいのだろう、この若作りは。
あるいは、扇奈は扇奈で色々と気を回しているのか。
「……用件はなんだ?」
呆れた俺を前に、嫌がる桜に頬擦りしながら、扇奈は言った。
「爺が呼んでるよ。小難しい話をしようってさ」
その言葉に、俺と桜は目をあわせた。
*
その後の出来事は単純だ。
俺は……正確に言えば俺と桜は、客員技術協力員として、この連合軍基地に向かえいれられた。
そして、ドワーフの協力を取り付け、“夜汰鴉”の修理を依頼した。
ただ、それだけだ。それだけ覚えておけば問題ない。細かい紆余曲折は確かにあった。明らかにふざけた話もあったが、そんな事俺は覚えていない。
結論だけあれば良い。結論だけで、俺はたくさんだ。何があったかなんて思いだしたくも無い。
俺は絶対に思いださないし、正直、思い出す必要も無い場面だ。無視してさっさと次に進んでしまった方が良い。こうしている間にも、戦っている奴はいたんだ。そちらに気を向けるべきだろう。
最初にも言ったが、この先は本当に飛ばしても構わないようなシーンだ。黙って次のエピソードに進んでくれて構わない。
けれど、もし、それでも知りたいと言うのであれば………。
桜に聞いてくれ。俺は絶対に思いださない。
→5.1話 桜花/身を切る皇女様
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890150957/episodes/1177354054890336215
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます