9話裏 桜花/”私”にも出来るお仕事を

「“夜汰鴉”のパーツを確保しに行く」


 そう告げる鋼也の声が、私にはことさら硬く聞こえた。

 思い過ごしかもしれない。私の、ただの気のせいかもしれない。


 ただ、その硬い、冷たい響きを感じ取って初めて、私はこの数日、鋼也が確かに緩んでいたのだろうという事に、漸く、確信を持てた。

 ……無愛想が素なんだ、と。

 同時に、これから鋼也が向かう先には、確かに危険があるのだろうと言う事にも。


 私は、もしかしたら、不安げな表情を浮かべてしまったのだろうか。


「……別に戦闘に行くわけじゃない」


 鋼也のその台詞が、酷く言い訳じみて聞こえたのは、やっぱり、気のせいだったのだろうか。


 少しだけ、別に声を荒立てる事もなく、鋼也と言い合いをした。

 私もついて行く。来るな。要約するとそれだけの話で、私が言っているのはわがままで、鋼也が口にしたのは正論だから、当然だけど。


「いってらっしゃい」


 それが、結論だった。


 *


 トレーラを遠目に見送る。その時、雪はまだ重くも強くもなく、ただぱらぱらと視界にカーテンを掛けるばかり。

 扇奈さん達と一緒に、鋼也はトレーラに乗り込み、……鋼也も遠目に私が見ている事に気付いたのだろう。


 私は軽く手を振って、鋼也は少し視線を迷わせた後に、会釈だけしてトレーラの中に消えた。

 私は、小さく微笑む。

 その鋼也の仕草の裏側は、多分、照れだ。見送られる時に、どう対処して良いかいまいちわからないのかもしれない。

 どこかひねくれていて、無愛想。その上おそらく不器用。

 ……鋼也は、本当に、戦争しかしてこなかったのかもしれない。私は、そんな事を思った。


 *


 一人、いつものプレハブ小屋でストーブにあたる。外には、監視で警護、らしいオニさんが居るけれど、話しかけてきたりはしない。

 窓の外で、雪がだんだん強くなっていく。私はただそれを、眺めていた。


 一人だと、本当にする事がない。綺麗過ぎる部屋を簡単に掃除して、それでお終い。

 もっとも、やる事がないのは鋼也が居ても変わらないけれど………くしゃみをしたらこっちを向くし、話しかけたら相槌程度は返って来る。たま~にからかう調子の悪態が来たりしたのは、やっぱり、鋼也も少しのんびりしていたからだろうか。


 それでも暇を持て余したら、軍事の、難しそうな話を質問して、何かした気にもなれた。

 でも、今はそれもない。本当に、暇を持て余してしまっている。


 ……今も、鋼也が危ない目に遭っているのかもしれないと言うのに、私にはただ待っている事しかできない。

 もしかしたら………戻ってこない可能性もあると言うのに。


「………よし、」

 ふと、私は小さく掛け声を上げて、立ち上がった。

 思いついたのだ。何かをしよう、と。

 何の技能も無いから、何の貢献も出来ない。そう言う訳ではないだろう。何もしようとしないから、私はただ座っているだけなのだ。

 頼めば、仕事は何かあるはずだ。掃除でもなんでも。

 特別な技能は何も無いけれど、何にも出来ない訳じゃない。


 ………ただ単に、どうしても、不安に勝てなかったというだけの話かもしれないけれど。


 外に立つ、監視で警護のオニさんに、私は言った。


「あの……将羅さんに、お話ししたい事が………」


 *


「…………仕事が欲しい?」


 天主閣の一角。将羅さんの、乱れ切った執務室。

 忙しそうに書類に囲まれ、老眼鏡……かもしれない眼鏡を掛けた角の生えたおじいちゃんは、怪訝そうに眉根を寄せた。


「はい。……えっと、特別、何かこれができるって訳じゃないんですけど……私に、何かお手伝いできる事はないかと………あ!この部屋の整頓しましょうか?」

「足りてる」


 将羅さんは即答した。こっちのおじいちゃんも愛想が悪い。軍人になると愛想がなくなっていくのだろうか?あ、でも、扇奈さんは結構愛想良いし。……扇奈さんはまた別なのかな?

 そんなちょっと失礼な事を思いつつ、とりあえず微笑んでおいた私を、将羅さんはしばし眺めていた。


 ………もしかして、手伝おうとして邪魔しちゃってる感じだろうか。


「あの、もし、お邪魔でしたら………」

「救護兵、だったな」

「え?……はい。あ、でも、本当に、碌に訓練受けてなくて、えっと……配置、がそこなだけ、なんですけど………」

 ………配置、であってるのかな?所属?配属?どの言い方が軍人っぽいんだろう?

 一通り、鋼也から聞いてはいるけれど、何気ない言葉が一番難しい。

「構わないだろう。雑用係程度でも、あそこは欲しがるはずだ。……案内を」


 ここまでつれてきてくれたオニさんに、将羅は言った。

 どうやら、お仕事のある場所まで連れて行ってくれるようだ。


 ………これ、たらい回しかな?

 そんな事を、頭の片隅で思いながら………。


 *


 ………紅い油紙の傘に強くなってきた雪を受けながら、私が案内されたのは、基地の一角の、中くらいの大きさの家。

 瓦の長屋、みたいだ。つれてきてくれたオニの人は、入り口で立ち止まった。

 入るのは私一人、のようだ。オニの人に傘を渡して、私はその長屋の中へと踏み入った。


 途端、聞こえてきたのは、談笑の声。女の人の声が、楽しそうに響いてくる。

 長屋に入ってすぐ、玄関口?エントランス?は、やっぱりなんだか不思議な空間だった。

 畳張りだ。畳張りだけど、なんか、ソファがある。妙に近代的な受付らしき場所も。

 町の小さな病院の床をたたみに変えた、感じだろうか?


 救護兵の職場、なのだから、多分病院であってるんだろう。

「失礼しま~す、」


 そう、声を上げながら、私は靴を脱いで、とりあえず談笑の聞こえる方向へと歩んでいった。


「でさ、うちの旦那妙に熱上げててさ~」

「なによ、嫉妬?」

「まさか~。今更そんな感情わかないよ」

「それ旦那さんに言っちゃ駄目ですよ?可哀想に」


 ………聞こえてくる話し声の井戸端会議感が凄い。

 玄関口すぐ、受付の裏、だろうか。踏み込む前に妙に気合を入れる必要に迫られて、小さく「よし、」とだけ私は呟き、その部屋の戸を開けた。


「失礼します!」


 瞬間、部屋の中にいる人達の視線が、一斉に私に集まった。

 その部屋は……やっぱり畳張りだけど、それでいて妙に家具が洋風な部屋だった。

 ガラスのローテーブルの上にクッキーと湯飲みが並んでいて、それを囲うのは、3人。

 全員、女性。けれど、3人とも種族が違う。


 キャスター付きの椅子に足を組んでいるのは、オニ。扇奈さんより少し年上くらいだろうか。オニ、だとその少しがどのくらいになるのか創造つかないけれど。

 和服の上に白衣を被せて、髪は少しだらしなく結ってあげてある。ルージュが目を引く、眼鏡を掛けた、角の生えた女医。


 その横のパイプ椅子に豪快に腰掛けているのは、ドワーフだ。小柄で筋肉質………なんだか妙にお母さん感が凄い。厨房に立つのが似合いそうで、すさまじくラフな服装をして、小脇に抱えているのはエプロン……だろうか?


 そして、もう一人。背もたれのない丸椅子に少し前かがみに、両手を付くように座っているのは、エルフだ。そのエルフの女性は、もしかしたら前すれ違った事があったかもしれない。

 見た目上は、20歳そこそこ位に見える。金髪は肩辺りのショートカット、モデルみたいにすらっとした身体を包むのは、軍服。ジャケットの前は開けていて、白いシャツにペンダント……じゃなくて、えっと、ドックタグが見える。切れ長の青い瞳、小ぶりな口………とがった耳。軍服を着てるのが不思議なくらいの、美人だ。


 三人は私を眺め、それから一斉に口を開いた。


「確か、あの、死にたがりの恋人の……」

「例のコスプレ好きの……」

「……扇奈のお気に入り」


 最初がオニの女医で、次がドワーフお母さんで、最後がエルフの軍人。

 ……色々と訂正したかったけど、私はそれどころじゃなかった。

 一斉の声と視線に私は少し気圧されて、けれどすぐに意を決して、口を開いた。


「あの……私……コホン」

 一回だけ、咳払いして、気を取り直して。

「将羅さんに言われて。お仕事、お手伝い、させてもらいたくて………」

 

 どうにも気を取り直しきれず、ちぐはぐに言った私に、オニの女医は問いかけてきた。


「………仕事が欲しいの?」

「はい」

「じゃあちょっとその辺の馬鹿一人捕まえて骨とか折ってきなさい」

「え………え?」


 ……今、なんだか、白衣を着ているのが疑わしい発言を聞いた気がするんだけど……。


 と、目を白黒させる私に、ドワーフお母さんが言う。

「見てわかるだろ~。先生は暇してんの?まあ、医者と軍人は暇な方が良いんだけどねぇ」

「ええと………」


 なんだろう。妙に気圧されてしまう。なぜだか、異様に、この空間自体がパワフルな気がしてくる……。


 と、気圧され続ける私の頭上で、不意に、パチン、と言う音が鳴った。

 髪飾りの留め具が外れた音……と、思い至った私の目の前を、ふよふよと、たった今まで私がつけていた髪飾りが漂っていく。


 ………どう見ても、独りでに浮いて、動いてる。

 呆気にとられた私の前で、髪飾りはエルフの下へと飛んでいき、やがてエルフはそれを掴み取ると、しげしげと私の髪飾りを眺めた。


「………へえ。花が彫ってある……意外と凝ってるんだ。貰って良い?」

「え?……駄目、です」

「そう」


 あんまり興味なさそうに、エルフはそう答えて、不意に立ち上がった。

 そんなエルフへと、女医とお母さんが声を掛ける。


「なんだいアイリス、もういくのかい?」

「あんまりヒトと仲良くすると兄さんがイライラしちゃうので」

「別に気遣わなくても、あれずっとイライラしてんだろ?」

「数倍イライラするんです。正直めんどくさくて………あ。今の、聞かなかった事にしといてね?」


 私の方……と言うか、戸口に私が立っているからだけれど、とにかくこっちに歩いてきながら、エルフの軍人――アイリスさん、は少し茶目っ気のある表情でそういった。


「は、はい………」

「別に貴方に恨みがあるとかじゃないけど、やたらエルフと仲良くしようと思わない様にね。笑えない事にあるかもしれないから」


 笑えない、事?

 私は、少し首を傾げた。その瞬間、私は突然、後ろから服を引っ張られたように、壁に背をぶつけた。

 後ろに誰かいた、と言う訳では当然なく……私が来ている服自体に押された、そんな感じだ。


 さっき、髪飾りが浮いたのと同じようなことだろうか?いまいち理解が追いつかない私と目先を合わせ、どこか暗さの見える眼差しを私に向けて、アイリスは急に言う。


「………貴方も、ハーフを生んでみる?」

「…………」


 私は、何も言えなかった。どう答えれば良いのかわからない。

 ………エルフの、ヒトに対する恨みは、本当に深いのだろう。かろうじて理解できたのはそれだけだ。


「やめなって。その子、本気でビビッてるじゃない」


 女医がそう言った途端、アイリスは私と目線をあわせるのを止め、私もまた、自由を得た。

 それから、アイリスは私の髪に髪飾りをつけながら、少し砕けた調子になって言う。


「男の方はそういう発想になるかもしれない、って話。じゃあ、仲良くしないようにしましょう、ヒトのお嬢さん?」


 それだけ言って、アイリスはその部屋から立ち去っていく。

 ………少し油断したら、急に現実に引き戻される。そんな気がする。そういう、暗い話が、現実なのだろう。


 なんとなく、だけど。アイリスを前にした時の印象は、扇奈さんに近い気がする。

 ただ、笑ってるだけ。私の様に、無力を隠すご機嫌取りでそうしている訳ではなくて………もっと、何かを諦めた上で笑っている。そんな気がする。


 不器用な軍人は無愛想になって、器用な軍人は、そんな風になるのかもしれない。


「悪いわね。あの子も悪気はないのよ?境遇が境遇だから」


 女医がそういったところで、私は漸く気を取り直して……いや、正確に言うと気を取り直そうとして、応えた。


「い、いえ。……えっと、エルフは、超能力が………?」

「ええ。生物以外に対する念動力ね。知らない?空子理論」

「……くうし?」

「ヒトが言い出した理論だし、FPAのラジエータにも使われてるでしょ?質量、電荷0でありながら確かに存在し特定種族がその感覚的受容体を持ってるから、まあヒトに出来ない事ができるって。これとか、エルフのこうとか?」


 女医さんは自分の角を指差して、それからエルフを真似るように、耳を引っ張った。

 そんな女医さんに補足するように、お母さんが言う。


「ドワーフはないよ。ヒトとおんなじさ」

「はあ………」


 わかったような………いや、ぜんぜんわからない。そんな私を置いて、女医さんは話し続ける。


「正確に言うと角や耳の付け根あたりの脳の構造の話なんだけど、とにかく。見つけちゃったからには、調べたくなるのはわかるけど……まあ、大和もオニもある意味平和だったってことよね。その点、エルフは最悪だったって事。FPAが第6世代……今のラジエータ形式になったのも大陸でだし、まあ、そう言う事よ。そもそも美人多いしね。男はモルモット。女は?……遊んだ上でモルモット。ねえ?」

「……はい」

「先生、話についてきてないよ、この子」

「じゃあ良いわ」

「ええ………」


 どうも、翻弄されっぱなしで、戸口に立ち続けるしかない私を、女医さんは暫く観察するように眺めて、それから言う。


「藤宮桜」

「は、はい……」

「私は、季蓮きれん。こっちは、アンナ」


 オニの女医が、季蓮さん。ドワーフのお母さんが、アンナさん。

 そう、今更ながら名乗った末に、季蓮さんは肩を竦めた。


「で?仕事?見ての通りないわ。……あ、お茶欲しかったら自分で汲みなさい。お菓子は好きにつまみなさい」

「は、はい………」

「……しゃんとしてない子はいらないわよ」

「はい!」


 すぐさま私は背筋を伸ばして、………とりあえずお茶を取りに行った。

 とにかく、仕事場?には、受け入れてもらえるらしい。


 *


 意外、と言ったら季蓮さんとアンナさんに失礼かもしれないけれど、そうやって少しの間話した後、私は結構忙しかった。


 救護兵……医局、と言うらしいそこの人手は、常に余っているけれど必要な時には足りなくなるらしく、有事に備えて、私は季蓮さんから応急処置を習う事になった。


 アンナさんの方は……特定の時間だけ人手が足りないらしい。「あんたらが食ってるもん、誰が作ってると思ってるんだ」だそうだ。本当に厨房のお母さんだったらしく、まず手始めに簡単な応急処置の仕方だけ習った後、私は厨房に立った。


 早速、応急処置が役に立ちました!………普通に暮らしている時も、中々、お手伝いさんは私に包丁を握らせてくれなかったし……。


 とにかく、私は仕事を見つけた。やっぱり、何もしようとしなかったから、何もする事がなかったんだろう。働いて、思ったのはそんな事だ。


 今日の出来事を鋼也に話したら、なんて答えるだろうか。

 相槌だけ?勝手な事をして、と怒り出す?………意外とリアクションが予想できない。


 外は、いつの間にか吹雪になっていた。

 皿洗いにいそしむ手が、酷く冷たい。


 ……鋼也が、戻ってこない可能性。それを、私は、勤めて考えないようにした。

 そうなってしまったら、頼る人がいなくなって………いや、ちがう。

 本当に、ただ、……寂しすぎるから。


 とにかく、帰ってきたら、笑って出迎えよう。

 それも、私に出来ることの一つだろうと思うから。


→9.5話 裏側で進む事態/響き寄る破局の歪み

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