天狗に攫(さら)われたおっさん
むらさき毒きのこ
第1話 34歳!弄ばれるおっさん!
とある田舎のコンビニ。23時の店内には騒がしい有線放送が流れる。大当たりが出るまでキティくじを引いたキャバ嬢が、彼氏に電気ポットなどを持たせて嬉しそうに帰っていった。
「キャバはコンビニで爆買いしがちやね」
23歳のフリーター、道下 千鶴が、セブスターを什器に補充しながら山田に話しかけた。
「え、ああ」
山田の返答が気に入らなかったのか、道下は山田ににじり寄り微笑みかけた。
「山田さん、マシュマロチョコ買ってや」
道下はいつもそうやって、山田にたかる。情けない事に、山田は10回中2回くらいは道下に奢ってしまうのだ。知り合ってから3年の間、ただの一度も、触った事もないのに、だ。
「やだよ、自分で買え」
山田はその日、機嫌がすこぶる悪かった。給料日の次の日にも関わらず、ほぼ無一文になってしまったからだ。理由は、パチスロである。実際、店のレジから「ある方法」で金を盗らなければならないほど、山田の生活はひっ迫していたのだ。そんな山田の惨状を知らない道下は、尚も山田に詰め寄る。
「やーまださん!やーまださん!」
道下の「山田コール」に、うんざりしながらもぐらつく山田。そして数分後……道下はチョコマシュマロを手に入れ、
「お先失礼します!」
かなり嬉しそうな様子で帰っていった。時刻は午前2時過ぎ。一人っきりの、夜勤だ。
新商品のカップ麺にばかり詳しくなる生活。食生活は乱れに乱れ、顔色は常にどす黒い。腹は、ビールなど飲まないのにビール腹と笑われる。
山田 勝久、34歳、独身。両親と3人暮らし。一人っ子。兼業農家。自宅は山奥、田んぼの横。有名な寺の名前が住所だが、仏の功徳(くどく)を感じる余裕は山田には無い。くたびれた体で、てくてく駅まで歩く事10分。一時間に一本の電車に乗り遅れたくない。走る山田。誰もいない電車に乗り込み、揺られているうちに眠り込んでしまった。
(30分は眠れる)
油断して乗り越すこともしばしば。だけど気にしない。家に帰っても、ゲームしかする事無いし……親がうるさいんだよなあ、結婚はまだかって……俺、彼女いた事無いし……好きな人から「新品」ってあだ名で呼ばれてる・・・
「うむ。この男はいいぞ!酷いもんだなあ、はっはっは!」
眠る山田を抱きかかえ、動く電車の窓から赤い顔の大天狗が飛び去った。
電車の床に、切符だけが残された。
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