第6話 場末店のホスト、おっさんに説教するの巻

 26時。山田は尿意で目覚めた。やけ酒(チューハイ1本)の影響で、酷くのどが渇いている。水を飲むか、ションベンに行くか、それが問題だ。


(まずは出してからだな)


 そんな風に思いながら廊下に出た山田は、若い女から


「気が利かないわね!火が強すぎるのよバカ!」


 と怒鳴られてうな垂れる、ピンクのウサギの着ぐるみの、ややくたびれた若い男を見た。その手には赤いライターが握られ、咥え煙草の女の前髪からは、煙と異臭が漂っていた。


(気が利かないっていうか、どうやったらああなるんだ?)


 そんな感想を抱きつつ、若者たちの横を通り過ぎた山田は用を足して部屋に戻ったところで、自室内に陣取りタバコを吸う着ぐるみの男が、布団の上に鎮座するのを見てうんざりしながら


「天狗に言われてきたのか」


 と詰問口調で質問し、かつ不機嫌そうな顔つきで「ふん」と鼻を鳴らすと、着ぐるみ青年を「しっしっ!」という手つきで布団の上からどかして、そのへこんだ場所に今度は自分が座った。その時、青年の温もりが残る布団を通して得た感覚によって、得も言われぬ感情が山田を襲った。それが何なのか、山田には言い表す事ができないのだった。


「天狗って何?っていうかさ……女の人って、怒るよね。何でだろ俺、一生懸命やってるんだけど、やり過ぎちゃう感じ?おじさん、わかる?」


 いきなりその手の話を振られ、動揺する山田。


「いや、い、いや、どうかな。最近嫁に追い出されたし。俺に聞くのは参考にならん気がする」

「え、おじさん奥さんに追い出されたんですか」

「あ、ああ。って言っても、一晩で追い出されたし、夫婦って言えるのか」

「まー、色々ありますよねー。さっきのは店の客なんだけど、勝手に隣に引っ越してきてさ、正直、うざったいんだよな。店だけでいいわ、癒すのは。むしろ家では癒されたい、逆に」

「癒し……だよなあ。癒されたい。傷つくのはもう嫌だ」

「おじさん、どうしたんっすか。あ、魅力が2しかない! すっげー、スペック低すぎますね! そりゃあ辛いわ、女から癒されるどころか嫌われるよ。やべー」

「いや、何でそこまでディスられるんだ? 初対面の……ホ、ホストに」

「あ、職業差別っすか。ま、そういう価値観ありますよね。いや、ディスってるんじゃなくて、単純に、それじゃ辛いだろ、っていう話をしたんですよ」

「今ので既に、俺のハートはズタズタなんだけど」

「ああ、すいません。ボロボロハートは雑巾と一緒で、捨てて新しいのに替えてください。で、魅力が低い理由の話になるんですけどね」

「もういい。聞きたくないよ」

「いや、おじさんこのままじゃ死ぬから、寂しさで」

「もう死にかけてるよ」

「でしょ、どうせ死ぬなら、まあ聞きなよ。おじさんの、悪い意味で古い価値観、独りよがりな差別感情、思いやりの欠如、そういうのがトリプルで魅力を下げてんですよ。これ重要。顔もヤバいんだけど、性格がもっと最悪なんだよなー。顔がヤバくても、性格カッコ良すぎて魅力100越えの人知ってますよ、俺の店の店長だけど」

「……孤独や。死んでしまいたいよ」

「いや、死ぬ前にやってください、己の性格の改善を」

「めんどくさい」

「あー、出たよ。妖怪・めんどくさい。だからダメなんだよおじさん」

「もういい、帰れ」

「はいはい。俺は帰りますよ、言う事は言ったんで。天女さんから頼まれました」

「おい、天狗の差し金じゃないって言ったろ」

「天女さんの頼みなんで。じゃ!」


 着ぐるみホストを見送り、ぽつねんとその残滓に身を寄せる、山田なのだった。



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