330 巡礼者のキャラバン(11)

「――おや、これはこれは。ようやく新隊長のお出ましですか」


 アジトに帰り着き、彼らの待つ広間に踏み入った俺を出迎えたのは、誰の耳にも明らかな皮肉を滲ませたカラスの一言だった。


 暗闇の中にたむろする男たちの目が一斉にこちらに向けられる。


 カラスの言葉に返事を返すことなく、俺は広間の中央へと進んだ。夜の帳が降りきってからもうだいぶ時間が経っているのだから、カラスが一言ひとこと言いたくなる気持ちもわかる。そう思って、俺はいったんは反論を控えた。


 だがそんな俺に畳みかけるように、カラスはなおも嫌味ったらしい言葉を投げかけてくる。


「もう少しで相棒を問い詰めるところでしたよ。ご存じの通り、僕は昨日ハイジさんの命令を聞く前にこの部屋を出てしまいましたもので、後でリカから聞いたんです。『日が昇って暮れたら、またここに集まれ』ってね。なのにこんなに暗くなってもハイジさんが現れないところをみると、これはリカの聞き間違いか何かだったんじゃないか、ってそう思いまして」


「良かったな、うっかり問い詰めたりしないで」


「え?」


「聞くべき命令聞かず勝手に出て行っちまったうえに、それを親切で教えてくれた相棒をなんも間違ってないのに問い詰めるとかありえないだろ。人間の屑ってやつだな」


 早々に安全装置セーフティーを解除したこちらからの返礼に、周囲の男たちから乾いた笑い声があがる。憮然として口を閉ざすカラスを一瞥して、俺は小さく息をいた。


 ――ここからが勝負だ。このミーティングでのハンドリングをわずかでも誤れば、計画はその時点で破綻する。


 攻撃の手を緩めないカラスへの対応をいち早く転換したのもそのためだ。実際に遅れてきたのは俺なのだからカラスの追及には理由がある。とはいえ、新隊長としての自分の立場を考えれば、このまま言われっぱなしになっているわけにもいかない。


 もっとも、さっきのような切り返しができたのは俺自身の精神状態によるところが大きい。


 あのビルの谷間から首尾よくジープを持ち出せたことは俺の心に余裕を持たせ、もっといえば高ぶらせてさえいるようだ。……逆に、あそこでジープを入手できないままのこのこ舞い戻ってきていたならば、カラスのさっきの一言で俺は潰れていたかも知れない。


 そんなことを思いながら俺は、改めて周囲を見回した。


 率先してオープニングに付き合ってくれたカラスと、その隣に立つリカ。傍らにはゴリアスにラビット。斜め後ろにいるのはオズ。オーエンとユビナシ。片目が潰れた傷だらけの顔は確かエンゾとか言っただろうか。名前のわからないメンバーも何人かいる……これで今日から俺が彼らの隊長だというのだから笑わせる。


 昨日の戦闘の疲れがまだ抜けきっていないのだろう。皆どこか疲れた顔をした男たちが暗闇の中にたたずむ情景は、まるで昨夜の焼き直しだった。


 ただ俺を護るようにぴったりと後ろについて離れないアイネだけが昨日とは違っていた。それからもう一人、カラスの背中から匕首をつきつけるようにその背後に立つゴリアスと。


 そんなゴリアスを意に介することなく、カラスは俺を睨みつけたままふっと口元を緩めた。


「それとも、逃げたのかと思っていましたよ」


「逃げる?」


「ええ、アイネさんと二人で。仲の良い相棒同士手に手を取って、どこかへ逃げてしまったのかと」


「……さすがカラスだ。そうすりゃ良かったのかもな」


「え?」


「同じ逃げるにしてもお前の言う通りアイネと二人で逃げてりゃ、ぐだぐだと面倒なこと考えずに済んだのかもなって、そう言ってんだよ」


 俺のその一言で、場の空気が変わった。それまでからかい半分に俺とカラスの応酬を眺めていた男たちの顔が、すっと真剣なものになるのがわかった。


 それを確認して、俺は彼らに向き直った。そして彼らとは逆にさっきまでの態度を崩さず、無造作に頭の裏を掻きながら厄介事を告げる口調で言い放った。


「最初に言っとくけどな、俺はやりたくて隊長をやるわけじゃない。と言うか、ぶっちゃけ隊長なんかこれっぽっちもやりたくない。昨日までいたあの隊長がいなくなって、次の隊長に指名されたアイネがその役目を俺に押し付けた。だから仕方なく俺がやることにした。それ以上でも、それ以下でもない」


 始まったばかりの俺の独白に、周囲は水を打ったように静まり返った。カラスも、もう口を開こうとしない。胸の前に腕組みをし、おそらく他の面子と同じように、次に俺の口から飛び出す言葉に意識を集中している。


 ……新しく就任したばかりの隊長がこんなやる気のないようなことを言っているのだから当然だ。こいつにはついていけない、そう思ってトリガーに指をかけるメンバーがいてもおかしくない。


 けれども、最初にこれだけはどうしても言っておかなければならない。なぜならそれはとりもなおさず、隠し立てしない俺の本音に他ならないからだ。


「やっぱりアイネがやるってことなら今からでも交代するし、昨日も言った通りカラスが隊長になってくれるのでもいい。他にやりたいやつがいるんなら喜んで隊長の座を明け渡す。もう一回言うけど、俺は隊長なんかやりたくない。やりたくないけどやるんだ。そこだけは間違えないでくれ」


 一方的な俺の宣言に、誰からも声はあがらなかった。そのことを確認して、俺は内心に小さく息をいた。


 もちろん、俺はやる気をなくしてしまったわけではない。


 むしろこれまでに一度も演じたことがない役――口に出すのも憚られる『預言者』などという大それた役を真剣に演じ始めた自分に鳥肌が立つような高揚と、軽いてらいのようなものさえ感じている。


 何が何でもこの役を演じきってみせる。


 衝き動かされるような思いが、俺の全身を貫いている。そして俺がその役を正しく演じるためにはカリスマと呼ばれるものが必要になってくることは、あのミーティングの中でキリコさんと確認した通りだ。


 だが、DJあいつの真似をしても駄目だ。それだけははっきりしている。俺が彼らにとってすべてを任せてもいい新たな隊長になるためには、あいつとはまったく別のタイプのカリスマを彼らに示さなければならない。


 そのために、俺がこの場で守り通さなければならないものがあるとすれば――


「ただまあ昨日今日で、俺が隊長をだってことはわかってきたんだ」


「……どういうことですか?」


 カラスから訝しむような声がかかった。その質問に答えるでもなく、さも何でもないことを言うような調子で俺は言葉を継いだ。


「やりたくてやるわけじゃない。けど、俺はどうやらここの隊長になったんだってことがわかったってことさ」


 そう言って俺はもう一度まわりを見渡した。濃紺の闇の中に男たちは一様に困惑の面持ちで俺を見ている。それだけ確認して、俺は正面に向き直った。


「本題に入る前に、ひとつ報告をさせてもらう。知ってるやつも多いと思うけど、今朝、ヒダリテが死んだ。昨日の戦いで受けた傷が重傷おもでで、手の施しようがなかったんだ。薬があれば助かったのかも知れない。けど、薬はきれていた。だからヒダリテは死ななければならなかった」


 そこで男たちの間からどよめきが起こった。俺が懐から例の薬瓶を取り出したからだ。色めき立つ彼らを手で制して、俺はその薬瓶を眼前に掲げた。


「その薬が今、ここにある。今日、キリコ先生と会って、そのときにもらったんだ。これだけあればしばらくは大丈夫だろう。けど、俺はこの薬をこのまま自分で持っていようとは思わない」


 言いながら俺は薬瓶の蓋を開け、瓶を持たない左手に五粒の錠剤を取り出した。そしてその錠剤を握る手を突き出して、最初の組の名前を呼んだ。


「カラス」


 俺が何をしようとしているのかわからなかったのだろう。名前を呼ばれてもしばらく動かずにいたカラスは、俺が小さく左手を上下させて促すと、ようやく俺に近づいてきた。


「手を出せ」


 俺の言葉に、カラスは無言で右手をもたげ、掌を上に向けて俺の前に突き出した。その掌の上に、俺は左手の中にあるものを落としてやる。


「次、ラビット」


 薬を受け取ったカラスが釈然としない顔で退いたあと、俺は次の相棒バディの片割れであるラビットの名を呼んだ。


 そうして俺は相棒の確認も含めて、男たちを順番に呼びつけ、薬を配っていった。


 昨日の戦闘で片割れがいなくなった者は、同じくいなくなった者同士で新しく相棒を組ませた。相棒関係がわからない組についてはこっそりアイネに伺いを立て、何人かいた名前がわからない顔についても同様に解決した。


 俺とアイネの分の五粒を瓶に残して薬を配り終えてしまうと、広間にはまた濃く深い静寂がもたらされた。けれどもそれはさっきまでのそれとは違う、いかにも静寂だった。誰もがを俺に聞きたがっている、そんな圧のようなものを感じた。


 長く重苦しい沈黙のあと、やがて痺れをきらしたように、オズがその質問を口にした。


「ハイジは、何で俺たちに薬を配っちまうんだ?」


「配っちゃいけなかったか?」


「いけないってこたねえけど、前の隊長は自分で持ってて、死にそうなやつが出たとき飲ますようにしてたからよ」


相棒バディが撃たれて死にそうなとき、俺がそばにいるとは限らないだろ」


「けどよ、こんな風に配っちまったらあんたの睨みが効かなくなるだろ。薬さえあれば、ってんで裏切るやつが出てくるかも知れねえぜ?」


「そのあたりも考慮に入れて配ったんだよ」


「……? そいつはどういうこった」


「裏切りたいやつがいつでも裏切れるように、俺は薬をぜんぶ配っちまった、ってことさ」


 広間にどよめきが起こり、だがしばらくもしないうちに静かになった。


 暗闇に浮かぶ彼らの表情には一層の困惑が見てとれる。カラスでさえ顔をこわばらせて俺が話しはじめるのを待っている。


 男たちからの無言の圧力をいなすために、俺は無造作に頭の裏を掻いた。それから前に向き直り、真っ直ぐに彼らを見て、口を開いた。


「これから俺は突拍子もないことを話す。あんたらにとってはわけがわからない話だろうし、俺の頭が狂ったと思うやつも出てくるだろう。それどころか、隊を抜けたいってやつが出てきてもおかしくない。だから、そういうやつのために予め薬を配っちまうことにしたのさ」

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