第11話 長老と卒業生

 数学科の会議室で山田の母親がお茶を一人で飲んでいる。約束の時刻より少し早く着いたのだ。まだ先生の姿はない。

 お花一つ飾っていない殺風景な部屋だ。北側の窓の向こうに隣の校舎が見える。その窓から日差しが入っている。しかし、電気をつける必要がある明るさだ。

 お茶を飲み終わって手持ち無沙汰だった。いらいらし始めていると三人の先生が現れた。

 山田の母親は、もう何回も高橋教授とは顔を合わせている。

(私の大事な息子を不合格にした非常識きわまりない高橋先生。いざ、決戦!)

 即座に臨戦態勢を敷いた山田の母親は、まだ席にも着いていない先生に鋭く問いかけた。

「お約束した謝罪文を見せてください」

 詰問口調の母親に名刺を出しながら五島教授がやんわり応じた。

「初めまして。……私、数学科最長老の五島と言います。こちらは電子工学科の松山先生。よろしくお願いします」

『最長老』との言葉に山田の母親の戦意が少し鈍った。

「山田です。こちらこそよろしくお願いいたします。ところで、なぜここに電子工学科の先生がいらっしゃるのですか?」

 母親は当然の疑問を口にする。

「それは後ほど説明いたします。ところで、山田さん。高橋先生に感謝状を出してもらえるとありがたいのですが。……如何ですか?」

 五島教授が山田の母親に意表の先制攻撃を仕掛けた。

「感謝状?」

 山田の母親の怪訝そうな反応を見て五島教授が続ける。

「そうです。感謝状です。……高橋先生は年度末に不合格者全員に対して再試験を受けるチャンスを与える予定です。それに、そのための補講も予定しています。そうですよね、高橋先生」

「はい。すでに補講は一回実施済みです」

 五島教授はことさら柔和な笑顔を作って母親に話しかける。

「先生には再試験も補講もやる義務はありません。それなのに高橋先生は、学生の学力向上のために無償で実施するのです。高橋先生が特に教育熱心なのがお分かりいただけますでしょうか?」

 母親は息子が良い成績で無事に卒業出来るかどうか心配なのだ。

「それでは、うちの子も今年度中に単位が取れるチャンスがあるのですか?」

「もちろんです。しっかり勉強することが大前提ですがね」

「でも、『不合格』の記録は残るのでしょう。それは息子の汚点になります」

 山田の母親の質問と心配に五島教授が丁寧に答える。

「最終的に残るのは合格したときの成績だけです。それに、企業に提出する成績証明書は合格した科目の成績のみの記載です」

「しっかり勉強して、『AA』を取ったら、それが残るのですか?」

「その通りです。それに一度成績が付いてしまうと変更が効きません。悪い成績が付いてしまい、『不合格にしてくれ』と、頼みに来る学生もいるくらいです」

 母親は五島教授の説明にいくぶん表情が穏やかになった。しかし、まだ半分騙されたような気分だ。

「本当ですか?」

「本当です。お宅のご子息は元来優秀な学生さんのようですから、次の試験では良い成績が取れるでしょう」

「そうだといいのですが」

「大丈夫ですよ。しっかり勉強するようにご家庭でもご指導願えるとありがたいですね」

 母親は、『すぐに良くわかる授業』にこだわっている。高橋教授への抗議は引っ込めない。

「でも、息子は、『高橋先生の授業は難しくて分からない』と、言っています」

「高橋先生が教えている箇所は習得が困難なのです。実際僕も、学生時代、ずいぶんと苦労しました」

「五島先生も苦労したのですか? スイスイ分かったのではないのですか?」

「たぶんそんな人はいないでしょう。それは無理というものです」

「そうなのですか……」

 そうつぶやく母親は半信半疑のようだ。その表情を見て五島教授が自信ありげに言う。

「それに、誰でもが容易に習得出来ることばかり勉強をしていたのでは、実社会に出たときほかの人との差別化が困難です。大学を出たというだけでは何の役にも立ちません。特徴も出ません」

 五島教授の意見を聞いて山田の母親が素朴な疑問をぶつけた。

「数学を学ぶことは学生にとって実社会で有利に働くのですか?」

 この質問に五島教授は正直に回答した。

「数学をきちんと学んでいれば論理的な思考法が身につきます。数学科は、体は鍛えませんが考える力を鍛えます。この点で、数学を真剣に学ぶことは実社会で大いに役に立つと信じています。数学は頭脳を鍛え上げます。けれど、数学科で学ぶ数学そのものが実社会に役立つかどうかは正直言って僕には分かりません」

 和らいだ表情になっていた山田の母親が、これを聞いて再びけわしくなった。

「そんなの無責任です。それに、数学科で学ぶ数学って何なのですか?」

 笑みを浮かべながら五島教授が山田の母親に回答する。

「工学や経済でも数学は必須です。でも、それらと数学科で学ぶ数学は毛色が違うのです」

「五島先生のおっしゃりたいこと私には分かりかねます」

「極端な言い方をすると、『数学を道具として学ぶ』のか、『芸術として数学そのものを学ぶ』のかの違いでしょうか」

「ますます分かりません。でも、芸術として学んだ数学が本当に実社会で役に立つのですか?」

 五島教授はこの質問を待っていたのだ。すかさず松山教授に話を振った。

「松山先生! 数学科出身の大手電機メーカーの部長経験者ですよね。すいませんが、山田さんに回答してくれませんか」

 山田の母親に驚きの表情が浮かんだ。そして、視線が松山教授に移った。その瞬間、高橋教授の銅鑼声が響いた。

「松山先生。……数学屋だったのですか? 僕、知らなかった」

「ええ、恥ずかしながら五島先生の不肖の弟子です。もっともあの頃、五島先生は自分の研究が忙しくて、僕ら、ほったらかしだったですけれどね。……そうですよね、先生」

 それを聞くと五島教授が昔を懐かしむようにはにかんだ。

 山田の母親は二人の会話にぬくもりを感じる。そして、率直に尋ねた。

「私も実は実社会を知らないのです。……松山先生は本当に数学を使ってお仕事をしていたのですか」

「正直言って、僕、電磁波の物理的な性質なんて何も分からないのです。でも、数学モデルがびっくりするくらいきちんと出来ています。おかげで電気屋さんには手に負えない仕事がどんどん僕に回ってきました」

 松山教授の話を山田の母親は真剣に聞く気になっている。

 松山教授は、それにしっかり応える。

「学生時代出来が悪くても数学屋は数学屋です。僕みたいな阿呆でも、電気屋さんから見たらとんでもない天才に映ったのかも知れません。……電気屋さんの直感と知識が無ければ僕なんか役立たずの典型だったのでしょうがね」

 話を聞く二人の教授も、山田の母親も、松山教授の話に引きずり込まれていった。

 そして、山田の母親と松山教授の会話が始まった。

「それで、ご苦労はなされなかったのですか?」

「苦労ばかりでしたねえ。入社した当時のことです。『リレーって何だ』って、からかわれました」

「リレーですか?」

「僕、小学生の運動会しか思い浮かばなかったのです。バトンタッチのあるあのリレーです」

「違うのですか?」

「今でもよく分かっていないのですが、電子回路の一つのようです」

「まあ!」

「僕、工学的な知識に欠けていました。でも幸いなことに数学は工学の基礎だったのです。だから、知識を周りの人から吸収しながら、ものごとを基本的なことから考えることが出来ました。多分これが数学科で育った人間の強みだと思います」

 母親は自分の理解が正しいかを松山教授に確認する。

「数学はすべての基礎なのですね.だから、数学を身に付けておけば実社会で断然有利と言うことですか?」

「すべての基礎は言い過ぎです。……学生時代に聞いた五島先生の口癖を、僕、今でも、よく覚えています」

「口癖?」

 母親の戸惑った表情に松山教授が解説する。

「五島先生は出来の悪い僕らに何度もおっしゃっていました。『数学は正しい日本語を正しく理解出来る能力さえあれば誰にでもわかるものなのだ。姓にも、性にも、まして背にも関係ない』って」

 これを聞いて山田の母親の表情がほころぶ。

「僕たちこれを、『五島の三セイの原理』って呼んでいました。……先生、こんな名前が付いていたのご存知でしたか?」

 いきなり振られた質問に五島教授はニコニコしている。五島教授と松山教授は三十数年前の師弟関係に戻ったように見える。

「松山君、とぼけたって駄目だよ。『五島の三セイの原理』の命名者は、君なのだろう」

「先生、やっぱり分かっていたのですね?」

「あの頃の僕は若かった。訳の分からないことを言っていたのだろうね」

「僕、先生は正しいことをおっしゃっていたと思います。現代数学には、確かに、難しい計算や複雑な図形は出てきません。そもそも、四次元や五次元。まして、無限次元の世界なんて絵に描けませんからね」

「そうだなあ。でも、君たちがよく理解出来るように、もっと平易な言葉で語るべきだった。反省しているけれど、もう手遅れだな。僕の人生最大の過ちは松山君を数学の世界に引きずり込めなかったことかな。

 ……その後の人生で、松山君のような鋭い感性を持った学生に出会うことはついに無かったからな」

「僕は先生に破門されたと思っています。……数学そのものは捨てたのですから」

 松山教授の寂しそうな声を聞いて高橋教授が口を挟んだ。

「五島先生、すごく喜んでいましたよ。『企業に勤めていた教え子が工学の学位を取って母校に戻って来てくれた。ただの大酒飲みではなかった』って。これ、きっと松山先生のことですよね? ……だとしたら、松山先生は五島先生の一門ですよ。だって、数学マインドを持って実社会で活躍したのですから」

 山田の母親は先生の間の会話が理解出来たわけではなかった。

 しかし、『数学を学んだ人間も企業で生きていけるのだ』と、感じ取っていた。

 それで一安心だった。

 でも、まだ息子の将来が不安だ。さっきまでの詰問調とは打って変わった口調で柔らかく尋ねた。

「これからのグローバル化社会に生きていくのには、私、英語がとても大切だと思います。鵜の木学園では英語で専門の講義をなさっているのでしょうか?」

 松山教授との会話で若き日を懐かしんでいた五島教授は、この質問に、そう言えばまだ山田の母親がいるのだと我に返った。そして答えた。

「専門用語に早く馴れた方がよいので一年生の時から英語のテキストを一部使用しています」

「それでは読む能力だけですね。これからのグローバル化社会では、話したり書いたり実践的な英語が必要となります。その教育はどうなっているのですか?」

 五島教授がこの質問に正直に答えた。

「英会話の能力向上は、全学教育の先生にお願いしています。数学科では格段のことはしていません」

「専門も英語で講義して頂くと学生の語学力は飛躍的に向上すると思います。……数学科の先生だから『学生の英会話能力向上には無関心』では、あまりにもセクショナリズム過ぎると思います。実社会に出た学生は、すごく困ると思います。もっとグローバル化に熱心に取り組んで頂かないと日本の将来はありません」

 自分の演説に酔い始めた山田の母親は、

『企業出身の先生なら私の主張は分かりますよね』

 と言いたげに、松山教授に艶然とした視線を送る。

 松山教授は世間知らずのおばさんを諭すように回答する。

「僕、数学科はグローバル化に熱心だと思いますよ。……とくに、高橋先生」

 この答えに山田の母親は戸惑った。

「えっ! 高橋先生が?」

 高橋教授も戸惑った。そして、部屋にいるみんなが、松山教授にさらなる回答を無言で督促した。

「高橋先生、学生を厳しく熱心に指導しているみたいですよね」

「ええ」

「一人一人が自分の持ち場で世界に通用する人間になること。これが熾烈な国際競争に打ち勝つための最低条件だと僕は思うのです。……英会話能力が有りさえすればグローバル化に適合しているとの考えはおかしいと思いますよ」

「では、何がグローバル化には大切なのですか?」

 松山教授はこの質問に答えない。代わりに、『何がグローバル化』を逆に問い掛ける。

「日本の文化や技術に憧れて世界中の人が日本語を勉強したくなったら日本はグローバル化したと言えるのではないですか?」

 山田の母親はこの回答に納得出来ない。ますます不安になって、しつこく同じ質問を繰り返す。

「数学科としての英語教育はどうなっているのですか?」

 松山教授が母親に答える。

「さっき僕、『五島の三セイの原理』の話をしましたよね」

「ええ」

「日本人は日本語が達者です。だったら日本語で書いた数学の専門書は、日本人みんなが理解出来てもおかしくないはずですね。……でも実際はそうはならない。お宅の優秀なご子息でさえ苦労している。違いますか?」

「それはそうですが……」

「日本語さえ出来れば、日本でならどんな仕事も出来る。何でも出来る。……こんなこと正しいと思いますか?」

「でも、読むだけの英語だけではなく、これからは実践的な会話能力がないと困るのではないでしょうか」

「僕、思うのです。『解体新書』を刊行した人達は流ちょうにオランダ語がしゃべれたのでしょうか? お母さん、どう思います?」

「しゃべれなかったでしょうね。ネイティブと話す機会なんか江戸時代には多くはなかったでしょうからね」

「僕もそう思います。でも、オランダ医学を翻訳することにより、彼らは当時の医学を著しく発展させました」

「でも英会話能力がないと国際人にはなれないのでは?」

「英語が母国語の人は全員国際人ですか?」

「それは違うと思います。けれど、やっぱり、英会話は重要ですわ」

「もちろん英会話に限らず何でも出来た方がよいのです。これは事実だと思います」

「それでは世界共通語の英語も是非」

「でも一人の人間がすべてをカバーすることは出来ないのです。医学を学ぶ人間は、まず医学。数学を学ぶ人間は、まず数学。世界的なサッカーの選手になるのには、まずサッカー。スペインのリーグに所属したら、それにスペイン語。……ですよね。お母さん。そうは思いませんか?」

 山田の母親は松山教授が『頑固者』だと思った。それで最長老の意見も聞くことにした。

「五島先生。……息子は数学だけ勉強していれば良いのでしょうか。それだけでは世の中を渡るには不利だと思うのですが」

 この問い掛けに五島教授は自分の父親の面影を思い出した。そして答えた。

「ぼくの親父は建築家でした。それで、『数学科に進学を決めた』と話したら怒られましてね」

「どうしてですか?」

「建築科に進学すれば食べていく心配が無い。……それに面白い仕事だとね。親父の頭は、『数学科なんか出ても学者になるか教師になるしかない』だったのでしょう。親父の時代には数学科の出身者が松山先生のように大手電機メーカーのエンジニアとして活躍出来るなんて考えられなかったのでしょうね」

 五島教授の父親の意見に山田の母親は力を得た。

「私、五島先生のお父様と同感なのです。数学科の受験、私、反対したのです。けれど息子は親の意見を聞かないで。……でも、松山先生のような方もおられるし心配のし過ぎなのでしょうか?」

「企業経験者として思うのですが、『何を学んだら有利か』を悩むより、『しっかり学んで、それをどう生かすか』を考えた方がよいと思います。もっともエンジニアも学校で学ぶことより社会に出てから学ぶことの方が遙かに多いのですけれどね」

「それではこのまま息子は数学を中心に学んでいれば良いのですね。私、英文科出身で数学は分からないのです。だから、とても心配なのです」

 松山教授は山田の母親を慰めるように、五島教授の話を引き取って答えた。

「五島先生のお父さんの時代は高度な理論を学んでも使えるところが限られていました」

「今は違うのですか?」

「まったく違います。計算機が発達するとともに実務で必要とする技術がどんどん高度化しているのです。立派な理論も昔は実現手段がなかった。残念ながらね。いわゆる『理論倒れ』です」

「立派な理論って例えば微分や積分ですか?」

「微分や積分は簡単なハードウェアで実現出来ます。だから多くの製品に古くから使用されています」

「では、どんな理論ですか?」

 素朴な質問にどう答えたらよいかと松山教授は返答をためらった。質問相手は数学や物理を学んでいない人間なのだ。

 それでもやっと決心した。

 『微分』や『積分』が難しい数学の代表と勘違いしている人間が相手の回答にしては理屈っぽい説明だった。

「多くの変数により多くのことが決まるような理論は、従来は実現手段がなかったですね。それに繰り返し繰り返し何度も計算を行って収束させて理論値を求めるようなことも以前は実現が困難でしたね」

「今は大丈夫なのですか?」

「今はディジタル技術が発達しています。計算機はどんどん速く安くなっています。おかげで高度な理論が製品に使われたり、設計のツールに使われたり、以前とは様変わりなのです」

「本当ですか?」

「お母さん。電気メーカーが何十年も前の技術を今も後生大事に使っているとお思いですか?」

「それは……」

「そんなことをしていたらメーカーは国際的な技術競争にとても勝てません。あっと言う間に倒産です」

「先生のおっしゃっていること何となく分かります」

 松山教授が念を押す。

「それに僕らは学びながら技術の高度化と付き合ってきました。でも今は卒業したらいきなり高度化した技術と付き合わなくてはいけません。今の学生は本当に大変です」

 まだ山田の母親は心配そうだ。その様子を視野に入れ松山教授は続けた。

「企業にいた時、僕、採用面談によく駆り出されました。学生の多くは、『どの会社が有利か。会社は何をしてくれるのか』が関心事になっていました」

 山田の母親は松山教授が何を言いたいのか訝しげに見詰める。

「でも採用する側は、『会社に対して何が出来るか、どう貢献出来るか』を学生に考えてほしいのです。……『自分はこんなことが出来る。出来そうだ。これをやらしてくれ』って胸を張る元気で積極的な人間を企業は欲しいのです。とくに学生に人気の開発エンジニアになるためには、まずしっかりした基礎学力を身に付けることが大切です」

「……でも、うちの息子に数学の才能がなかったらどうなのでしょう? とても心配ですわ」

 この山田の母親の心配を聞いて五島教授は今日の面談を終わらす頃合いだと感じた。そしてまとめに掛かった。

「数学をきちんと理解して卒業していった学生は正直言ってそう多くはいないでしょう。ほとんどの学生は、『数学は難しくて理解困難』と分かったところで卒業だったと思います」

 五島教授の話を聞いて山田の母親はますます不安になった。それに構わず五島教授は今日の話し合いに決着をつけようとする。

「でも、うちの数学科の卒業生はほとんどみんな社会で活躍しています。けしからんことに僕なんかよりずっと良い給料でね。もっとも民間の大手と比べると大学の先生の給料は安いから、ちゃんとした比較にはならないでしょうけれどね。……松山先生、大学に来て年収はどうなりました? 半分くらいかな?」

 笑いながら松山教授は五島教授の問いに答える。

「半減とまでは行かないですが数百万は下がりました」

 すると、びっくり顔の山田の母親が尋ねた。

「本当ですか?」

「ええ。本当です」

 最後に五島教授が駄目を押すように締めくくった。

「数学科に進学したら数学を中心に勉強するのが本筋でしょう。高橋先生を始め僕ら全教官で、びしびし学生の頭脳を鍛えます。安心してください。お母さん」

 主任の期待以上に五島教授は山田の母親をうまく丸め込んだようだ。

 いつの間にか謝罪文と感謝状の話は相殺されたようだ。どこかに消し飛んでいる。

 高橋教授の『教育への情熱』も今日の話し合いで一段と高まった。

 もっともその結果、学生はより苦労することになる。その仕掛け人は、その自覚のまったくない山田の母親だ。

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