第8話 前期定期試験
八月最初の月曜日。
あと一週間と少しで夏休みだ。
しかし、朝早くから教室に集まった数学科の学生は一様に緊張した面持ちだ。暑さを感じていないようだ。
これから理工学部基礎共通科目の『微分積分学Ⅰ』の定期試験が始まる。
一生懸命勉強してきたつもりのメガトンは、机に置かれた学生証を見詰めながら落ち着かない。学生証に添付された顔写真が、いらだちを増幅させる。
(いつ見ても不細工な顔だわ。どうしてママさんそっくりに生まれなったのかしら?
今度はもっと小さな写真を学生証に貼るわ。それの方が、ずっと見場がいい。うん、これは名案!)
自分の容姿に自信のないメガトンだが、試験には自信があった。
例えば、『0以上1以下のように、右端及び左端を含む実数上の閉区間で定義された連続関数は必ず最大値をもつ』と言う定理を完璧に理解したつもりだ。
もっとも、『微分積分学Ⅰ』の教科書と高橋教授の『解析学特論』の教科書『解析概論』を読み比べ、なんとか理解したのだ。
それと彩に、『上限』の定義の意味を教わったのが大きかった。
苦労して理解したつもりになったせいか、『分かった』と実感したときのメガトンの喜びはひとしおだった。
とは言え、『この定理を証明せよ』との問題が出たとき、きちんと解答を書けるかどうか一抹の不安があった。
試験監督の先生が口を『への字』に曲げ、テーィチング・アシスタントの大学院生を従え講義室の前方のドアから入って来た。
『出席』にだけ熱心な学生が多い。
そんな学生も試験の時は眠くない。
いつもは講義の始まる前から突っ伏して寝ている学生も、今日は教卓に向かう先生に真剣な眼差しを送っている。
注意事項を試験監督の先生が淡々と読み上げる。
「不正行為を行った学生の単位は当該科目以外もすべて取り消す。また不正行為を行った学生には就職活動において学校推薦を行わない」
注意事項の読み上げが終わると問題用紙が配布される。
試験問題の傾向を先輩から聞き出している彩は自信満々だ。無駄のない試験対策は万全のはずだ。
問題用紙を配布するテーィチング・アシスタントの大学院生が、まぶしげに彩に視線を送る。
彩が顔を上げると、あわてて目をそらし知らんぷりをして通り過ぎていく。
彩は、『またか』と思った。
自分に向けられた視線を見返すと相手がたじろぐのを、彩は何度も経験しているのだ。
彩は、相手をひるますほど自分が十分美しいのを改めて意識する。もちろん悪い気はしない。
解答を書く鉛筆の音が講義室を支配する。ときどき消しゴムの音が混じる。
彩の鉛筆は快調に動く。
鵜の木学園の『微分積分学Ⅰ』は、ほかの大学と同様に高校の数Ⅲの復習を兼ねている。復習に力を入れないと大学の講義に付いていけない学生が増えているのだ。
しかし、彩は高校生時代から微分や積分の計算が得意だ。歯ごたえのない問題に彩は美しい瓜実顔を曇らせる。そして独り言を呟く。
(こんなやさしい問題では他の人に大きな差は付けられないわ。つまらないわ)
一方、鉛筆を握ったメガトンの小さな右手は答案用紙に学生番号と氏名を書いたきり動かない。
問題用紙を上から順に三度読み返した。だが、どれから手を付けてよいか踏ん切りがつかない。
(計算問題がこんなに出るとは思わなかったわ。教科書の練習問題を解いておけばよかった。これではわたし、退学だわ。どうしよう?)
どんな問題が出るかに無頓着だったメガトンは涙ぐんでいる。
それでも公式を思い出そうと必死になる。しかし、折角思い出しても、その公式にプラスが付いていたのかマイナスだったのかがはっきりしない。
やっとメガトンは開き直った。
(駄目で『もともと』だわ。白紙より何か書いた方がましよね。やったれ!)
度胸を決めて自己流の公式を駆使して問題を解いていく。
解き始めるとメガトンは速い。難しいことは覚えていないので、『えいや、えいや』と勘を頼りにどんどん進んで行く。細かいことは気にしない。
──それいけ、どんどん!
ついにメガトンは彩に追いついた。
メガトンはすべての問題に解答した。それで、うれしくてたまらない。もう単位は取れた気でいる。黒ぶちの眼鏡の丸い顔が笑顔でくしゃくしゃになっている。
彩は丹念に験算を始める。でも、メガトンは験算なんかしない。しようがないのだ。
メガトンはあやしげな独特の公式を使用したうえ、どんな公式を使用して解いたかも覚えていないのだ。
もう一度解いたら違う答えになるだろう。
腕時計を見たメガトンは困惑する。どうやって暇をつぶそうか考え始めた。残りの試験時間が退屈なのだ。
試験監督の先生が驚いた顔で余裕のメガトンに目をやる。メガトンは満点を取るのが当たり前のようなニコニコ顔なのだ。
視線を受けたメガトンは、先生に『Vサイン』を突き出したいところだ。でも、ぐっと我慢をする。
試験を受けている学生の中で余裕しゃくしゃくで暇そうにしているのはメガトンだけだ。嫌でも目に付く。
験算を終えた彩は、学生番号と氏名が、きちんと書かれているかをもう一度確認する。
大方の学生は、まだ試験問題に悪戦苦闘している。
講義室は不気味なほど静かだ。諦めてふてくされた顔の学生も、おとなしくしている。
彩が答案用紙を持って自信満々教卓に向かう。すると、それを待っていたかのように山田が続く。ならばとニコニコ顔のメガトンも続く。
次々に教室を出て行く三人を見送る浜口は、唇をかみ締めしめる。まさかの展開なのだ。
(俺だけ残された。彩やヤマちゃんに負けるのは分かる。だけど、メガトンに俺が負けるなんて考えられない。メガトンは、どんな魔法を使ったのだ)
それでも気を取り直し、もう一度試験問題に取り組む。浜口には充分に歯ごたえのある問題なのだ。
実際この試験で満点だったのは彩と山田の二人だけだった。二人は驚くほど速く正確だ。速いけれど支離滅裂なメガトンとは対照的だ。
三人が講義室を出てから三十分が経った。
その間に退室した学生は1人もいない。
講義室の後方で試験監督をしていた先生が腕時計をちらっと見ると教卓に向かった。
そして、おもむろに声を出した。大きな声ではない。しかし、いつもとは違い静かな講義室なので声が良く通る。
「試験終了です。筆記具を机の上に置いてください。……氏名と学生番号をもう一度確認してください。書き忘れている学生は手を上げてください。試験監督が追加記入に立ち会います」
先生が教室を見渡し一呼吸置いて試験終了を宣言する。
「……いませんね。それでは答案用紙を集めます」
不出来な答案を提出した浜口は浮かない顔で講義室を出た。
試験を終え講義室を次々に出てくる学生で廊下はごった返している。
山田と彩と話しながら立っていたメガトンが視線を落とし通り過ぎようとする浜田に叫んだ。
「シンちゃん! 待っていたのよ。どこへ行くの?」
「あっ! いたのか?」
「失礼ね。背が低いと思って馬鹿にしているでしょう」
「馬鹿にしてなんかいないさ。ただ見えなかっただけ! あと五センチあれば見えただろうに。実に残念」
これを聞いてメガトンが膨れた。
「彩はわたしより一〇センチ以上高いわ。それじゃあ彩は見えていたの? どうなのシンちゃん。ちゃんと答えなさい!」
「……俺、ちょっと考え事をしていたのだ。ごめんね。彩さん」
『中村さん』と呼んでいたのが、いつの間にか『彩さん』に変わっている。美人に少しは慣れたのだ。
あやまりながら浜口は彩をまぶしそうに見る。
それを山田がからかった。
「僕の女神は、『どうしてあんなに数学が達者のだろうか』って考えていたのかい?」
浜口は真っ赤になった。全身が火照っている。
山田は浜口に悪いことをしたと思った。
でも彩はこんなことに慣れっこだ。
それでも浜口はなんとか反撃した。
「講義の時間は長く感じるのに、どうして試験時間は短く感じるのだと悩んでいただけさ」
これが照れ隠しの発言なのは彩も山田も分かっている。それに気付かないメガトンが生真面目に浜口に反論する。
「馬鹿ねえ。同じ九十分じゃない」
浜口はさらに続けた。
「それに理工学部だけ、どうして試験期間が長いのだ。嫌になるなあ。……文学部なんか、とっくに終わっているぜ」
浜口の意見にメガトンは賛成だ。
秀才の山田は別の意見だ。
「理工学部の先生は教育熱心なのさ。僕たちが、きちんと理解しているかどうかを知りたいのだ」
山田の意見に浜口が反論する。
「試験無しだって教育は出来るさ」
山田は現実を良く見ている。
「シンちゃんの言う通りだけれど、試験がなければ勉強しないのも事実だ。違うかい? それに、若いときに鍛えられた方が実社会で有利だと思うよ」
彩が山田に同調する。
「試験に合わせて勉強するのは現実ね。試験がなかったら、ほとんどの学生は講義にただ出るだけ。勉強なんかしないわ」
浜口は彩には逆らわない。彩の意見を発展させる。
「講義に出て出席点を稼ぎ机の下で存分にゲームを楽しむ。まあ、大半の学生はそうだろうな」
彩が形のよい小さな口を開く。
「まあシンちゃんたら人ごとみたい。『シンちゃんは講義の間、ゲームを楽しんでいる』と聞いているわ」
むっとした表情で浜口が問いただす。
「誰が、そんなこと言ったのだ?」
「僕だけれど本当のことだろう」
「そうだけれど、彩さんにそんなこと言いつけなくてもいいじゃないか」
浜口は口をとがらせ恨めしそうに山田を見る。
彩は、だだっ子をなだめるような口調で浜口に話しかける。
「ちゃんと講義を聴かなければいけないわ」
「でも先生、証明ばかりしていてまるで分からない。一時間半もちんぷんかんぷんのことを聞くのは地獄だよ。なあ、メガトン」
同意を求められたメガトンは浜口に反論する。
「わたしも先生の言っていることは分からないわ。でも、中間値の定理 [注4]の証明なんておもしろいわ」
メガトンの発言にびっくりして彩が確認する。
「中間値の定理って、『連続な関数が異なる値を持てば、その中間の値も必ず関数の値となっている』ということよね」
「彩、すごい! 定理がすらすら言えるのね」
メガトンが感嘆する。
浜口はメガトンの『おもしろい』との意見に反発する。
「そんなこと当たり前じゃないか。紙の上に絵を描いたらすぐ分かる話さ。それなのに、なぜ証明がいるのか俺には分からない。数学は物事を難しくしている」
彩は浜口に賛成する。
「それは、そうね。微分や積分の計算は面白いわ。でも、中間値の定理なんて本当に必要なのかしら? 分かりきったことをわざわざ証明するなんて無意味よね。シンちゃんの言う通りだわ」
メガトンは彩や浜口の意見に反発する。
「わたし、証明はまだ良く分からないの。何となく、しっくりしないのよね。……でも、『関数の連続性』と『実数の連続性』の二つの『連続性』から中間値の定理が証明出来るなんて、とても素敵だと思うの」
彩はメガトンの言っていることが分からない。でも、メガトンには反論をせず無言でいる。
山田はメガトンの発言を聞いて、
(関数と実数に使用されている『連続性』が、ひょっとすると異なる意味をもっているのでは)
と感じ始める。
一方、浜口はすぐに感情を爆発させる。憎々しげに声を荒らげる。
「どこが素敵なのだ! つながっている線がどこかで中間の値を通るのは誰だって分かるさ。目で見れば明らかなことを仰々しくむずかしく見せるなんて馬鹿げている。だから、数学は嫌われるのだ」
メガトンは悲しそうだ。涙ぐんでいる。
(ママさんの大好きだった数学の悪口なんて、わたし聞きたくないわ)
山田は小柄なメガトンを妹のように思うことがある。
それで思わず慰めたくなった。
「そう興奮するなよ、シンちゃん」
浜口が大声を上げる。
「俺、興奮なんかしていないさ」
「シンちゃんが数学を嫌いになったのはメガトンのせいじゃないだろう。メガトンに怒るのはお門違いだ」
浜口はメガトンに八つ当たりしたのが恥ずかしくなった。
「ヤマちゃんの言う通りだ。素敵かどうかは個人の感情の問題だ。メガトンをペットにしようという物好きがいたっておかしくないかも知れない」
彩が思わず笑みを漏らした。
メガトンのまなじりがつり上がる。
山田があわてて話を数学に戻す。
「僕、思うのだけれど、直感的に明らかなことをきちんと証明しておくのは、とても大切なことじゃないのかなって」
山田の意見に彩が疑問を呈する。
「どうしてなの?」
「例えば今、僕たちが議論しているのは一変数の実数値関数だ。つまり、ある値を与えてやると何か一つの値が決まるタイプの関数だ」
「ほかに何があるのだ?」
そう不思議そうに浜口が山田に尋ねる。すると、山田が答える前に彩が意見を述べた。
「二次元ベクトルを他の二次元ベクトルに移す行列は、二変数を二個の実数に移す関数だわ」
「その通りだ。そして、この中村さんの言っている関数は絵に描けない」
メガトンは山田が理解出来ない。山田に続きを話すように促す。
「もう少しわたしにも分かるように話してくれる。どうして絵が描けないの?」
自信ありげに山田が答える。
「一変数の実数値関数は、横軸を変数、縦軸を関数の値として絵が描ける。つまり二次元平面にグラフが描ける」
彩が山田に相槌を打つ。
「二変数の場合、縦軸と横軸とを変数を表すのに使用してしまう。だから、関数の値は高さで示す必要がある。すると、三次元空間の曲面が、二変数の実数値関数を表すことになる。ヤマちゃん、そうなのね」
「そう。もし三変数の実数値関数を描こうとすると四次元の世界が必要となる」
浜口とメガトンが同時に声を出す。
「つまり、絵が描けない」
山田は二人の反応を確かめ、さらに自分の意見を述べる。
「でも、三変数の実数値関数の性質も明らかにしておく必要がある。絵が描けないからとあきらめていたら何も分からない」
彩は山田の言いたいことを先取りする。
「直感的に分かることをきちんと理解しておかないと絵が描けない世界ではあわれな迷子になってしまうのね」
浜口は彩や山田の言うことを理解したが、余計ふてくされる。
「俺は一変数の実数値関数でも理解出来ない。これ以上難しいのはごめんだ」
山田がふてくされた浜口を心配する。
「それじゃあシンちゃんは転学科するのかい? それとも、あこがれの美人のいる数学科で、もう少し頑張るのかい?」
浜口の顔が、また赤くなる。
一方、メガトンは自分が無視されたようで腹立たしい。引き立て役にも感情はあるのだ。
話を数学に引き戻す。
「わたし、証明は面白いと思うの。『分かるようになったら、とても素敵だろうな』っていつも想像しているわ。それに、とても重要なことなのよね、きっと」
浜口はメガトンに反対だ。
「証明なんて何の役にも立たないさ。結果だけでいいじゃないか」
メガトンは他人の力を借りて主張を通そうとする。
「高橋先生も、『証明は、きちんと理解しなさい』って言っているわ。でも、今度の試験、計算問題ばっかり。どうして証明問題が出なかったのかしら? わたし、大ショック。こんなことなら公式をきちんと覚えておくのだったわ」
メガトンの愚痴を聞いた途端、彩が笑いこける。
「メガトンたら!」
メガトンは何を笑われているのか分からない。
「何が、そんなにおかしいの? 彩」
「解析学特論を教えているのは高橋先生。高橋先生の試験問題を予測することは確かに困難ね。でも、微分積分学Ⅰは、毎年、計算問題しか出ないの。これは分かっていることだわ」
メガトンが疑問をぶつける。
「でも、講義は証明ばかりしていたわ」
「過去問を取り寄せるか先輩に聞けば、すぐ分かることだわ」
「そうなの……」
「それで試験の出来はどうだったの?」
彩の問いにメガトンは笑顔で答える。
「一応、みんな出来た」
彩はメガトンを信用していない。メガトンに尋ねる。
「どんな解答をしたのか覚えている?」
「問題用紙に解答を書いて持ってきたわ」
「それじゃあ答えを合わせてみましょう。ヤマちゃんもシンちゃんもいいかしら?」
答え合わせを始めるとメガトンの顔色がみるみる青ざめる。出来がひどく悪いのをメガトンは悟ったのだ。
メガトンはがっかりして呟いた。
「彩とヤマちゃんの解答は、みんな同じなのね……。わたしの答えとは、ほとんどみんな違うのに」
浜口は自分より出来の悪い人を見つけたので、いくらか元気を取り戻す。
「俺は彩さんやヤマちゃんと似た解答だな」
メガトンは浜口の発言を認めない。
「少しだけだわ」
浜口もメガトンにやり返す。
「ほとんど違うより、ずっとましさ」
彩は出来の悪い浜口とメガトンのやりとりには関心がない。
このとき彩は山田が強力なライバルと、はっきり意識した。
(もしかすると山田君は、私より先に解答し終わったのかも知れない。そして答案を先に出す学生を待っていたのだ。
しっかり勉強しないと、私、学年トップにはなれないわ。油断せずに頑張らなきゃ)
同時に彩はメガトンが自分の競争相手には到底なりえないと判断した。
そして、気の毒にさえ思った。それで、やさしく慰めの言葉を掛けた。
「メガトンは数Ⅲをやっていないのですもの、今度の微分積分学Ⅰの試験は出来なくても仕方ないわね」
彩の言葉はメガトンの慰めにはならない。
「でも、わたし、専門科目を一科目でも落としたら退学を勧告されるの。後期の授業が始まる前に学生生活が終わってしまうなんて悲しいわ」
メガトンに彩が鵜の木学園のルールを解説する。
「今回はだめでも、まだチャンスはあるわ」
「本当に? でも、どうして?」
「数学科には再試験や再履修の制度があるの」
「それ、なーに?」
「試験で不合格だった学生に、もう一度合格のチャンスを与えるのが再試験。普通、再試験は夏休みの間に行われるわ。これとは別に、不合格の学生に後期の間に補講をしてもう一度試験を行うのが再履修。両方やる先生もいるし、全然やらない先生もいるわ」
半信半疑の表情でメガトンは彩に確かめる。
「微分積分学Ⅰは、やってくれるの?」
「去年までは毎年両方を実施していたわ。今年も、きっと大丈夫よ」
引きつっていたメガトンの顔が、いくらか和らいだ。
もちろん浜口も大喜びだ。
「それじゃあ今回駄目でも、まだ俺にもチャンスがあるのか。よかった!」
山田が浜口に論理的な意見をする。
「チャンスは確かにあるさ。でも、合格が保証されているわけではない。きちんと勉強しなきゃあ」
「そんなこと、俺だって分かっているさ。今度は、もっときちんと一夜漬けをする」
山田は元気を少し取り戻した浜口をからかった。
「シンちゃん、いやに張り切っているけれど、まだ不合格って決まったわけじゃないだろう?」
「大丈夫。俺、不合格の自信がある。でも、メガトンよりは出来はいいさ」
「失礼ね! わたし、シンちゃんと違って全部解答したわ」
「でも、彩さんやヤマちゃんと、まるで違う答えじゃないか。まず不合格だね」
むっとするメガトンを彩がなだめる。
「たとえ不合格でもいいのよ。次に頑張ればいいのだから」
山田は彩より親切だ。メガトンに申し出る。
「メガトンは高校生のとき数Ⅲを習っていないのだから、今回出来が悪くてもしょうがないよ。僕でよかったら、試験勉強のお手伝いをするよ」
これを聞いた途端、メガトンはニコニコっとした。満面の笑みだ。感情が正直に表情に出るのだ。
メガトンのうれしそうな顔を見て、彩は思った。
(メガトンって子供だ。正真正銘の子供だ。背が低くて胸がペチャンコだけではない! 精神的未熟児だ)
[注4] 中間値の定理。
a以上かつb以下の数直線上の区間で定義された連続関数が、点aで正、別の点bで負ならば、この二つの点a,bの間のどこかで、関数の値は0になる。
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