エピローグ【後篇】

ヤマトはインターフォンのボタンを押した。

〝ピンポーン〟と控えめな音がする。

「はい」と少し警戒の意識を含んだゆかりの声がした。

「ゆかりさん?僕。… ヤマトです」ヤマトが自分の名前を口にしたのはこれが初めてのことだった。だから少し照れくさくなった。


玄関の扉が開くと、そこには化粧をしたゆかりが立っていた。

「あら?ヤマト君!」今度は嬉しさの溢れる声が弾んでいた。「さあ、入って!」とヤマトを迎え入れると、奥から由行が顔を覗かせて「おぉ!ヤマト!久しぶりだな、上がれ上がれ!」と満面の笑みで言った。

「今日はゆかりさんにプレゼントを持ってきたんだ!」カバンから黒いスケッチブックを取り出してゆかりに手渡した。


「え?!私に?、嬉しいなぁ…、何が描いてあるのかしら」素直に喜ぶゆかりを見て「開いてみて!」とヤマトが嬉しそうに促す。


ゆかりがスケッチブックを開くと…

「………。ヤマト君…これって…」ゆかりの中から過去の記憶が溢れ出して来る。

そこには、〝ヤマト〟と書かれた段ボールに入れられた赤ちゃんが描かれていた。

様々な感情が渦巻く中で「この赤ちゃんってもしかして……」それだけ口にするのが精いっぱいだった。


「僕だよ!お母さん」とヤマトは初めてゆかりを【お母さん】と呼んだ。


その瞬間、ゆかりは「ゔぁっ、あ゛ぁぁぁぁ゛」と嗚咽をあげながら泣き崩れた。

「お母さん… ⁉︎」由行は驚愕の表情でゆかりとヤマトを交互に見たのだった。


「そうだよ、おじいちゃん!」

今度は由行に向かってヤマトはそう言った。

「お、おじいちゃん…⁈」由行はさらに目をまん丸くしてヤマトを見た。


「ヤ、マト… ごめ、んなさい。私…、私…」

ゆかりが泣きじゃくりながらも必死に言葉を絞り出した。

「大丈夫だよ、お母さん。僕はお母さんのこと、全部見てきたから!」


戸惑う由行と、泣いて言葉もままならないゆかりを見て、ヤマトはさらに続けた。


「お母さん、おじいちゃんにお母さんのこともう教えてもいいよね?」


その言葉にゆかりはただ頷いた。


「おじいちゃん、お母さんはね、ずっと寂しかったんだ。お母さんのママは、お母さんが小学生の時に病気で死んじゃったよね?おじいちゃんは仕事ばっかりで、お母さんと旅行も誕生日のお祝いもちゃんとしてこれなかったよね。それがすごく寂しかったんだ。



高校生になったお母さんは香椎さんと恋人同士だった。香椎さんは本当にお母さんのことが大好きだったんだ。でもお母さんは1人になるといつも不安になってた。香椎さんが、いつ自分のことを嫌いになっちゃうんだろうか、他の人に取られちゃうんじゃないか、いつまた1人で寂しい思いをすることになるんだろうかって。幸せの分どんどん不安になって耐えられなくなってお母さんは自分から香椎さんから離れていっちゃったんだ。



その後出会ったのが、僕のお父さん、松岡さんだよ。お父さんはお母さんに一目惚れだった。お父さんもお母さんのことが好きだった。でもまたお母さんはダメになっちゃったんだ。香椎さんと同じでまた自分から離れて行った。その後で僕がママのお腹の中にいるってわかったんだ…。」


「ごめんなさいヤマト!!本当にごめんなさい!!」ゆかりはそこで叫ぶようにヤマトに向かって声を上げた。


「大丈夫だよ、僕はお母さんの辛い気持ちも全部見てきたんだ」そしてさらに続けた。


「お母さんはもう心が壊れちゃったんだ。僕と離れた後、西田さんに出会って声をかけられた。お母さんは自分から望んで西田さんの研究に協力したんだ。もう記憶を無くしてもいいからって…」


由行も涙を流してただ黙ってヤマトの話を聞いていた。


「でも僕はお母さんから記憶を奪った西田さんをあの時は許せなかったんだ。香椎さんと同じ気持ちだった。香椎さんは西田さんを殺すつもりでいた。僕も殺してやりたいと思った。だから僕はあの時、香椎さんをわざと怒らせるようにしたんだ…お母さんの記憶は戻ったけど、僕は香椎さんを殺してしまった…」

「それは違うわヤマト!!」ゆかりが即座に否定した。そしてヤマトを抱きしめた。


「それは違う…!!」

「おか、あ、さん…!ゔっ!ゔぁぁぁぁぁ!」


ヤマトがゆかりに包まれて声を上げて号泣した。


「もういいヤマト!ゆかりも…!俺が全部悪かったんだ…!!」


由行は2人を包むように抱きしめて3人は皆、声を上げて号泣した。

そして今3人の心は初めて1つになることができたのだった。



黒いスケッチブックはいつか必ず出会えると信じ、母に向けてヤマトが自分の成長を記録していたものであり、ヤマトの能力はこの為にあったのかもしれない。

それを証明するかのように、ゆかりや由行に愛情を注がれると、その能力は徐々に失われていった。



ヤマトはアカシックレコードの扉に向かって

「僕、見つけられたよ!」と満面の笑みを浮かべた。「2人が同じ気持ちなら、必ず会えるんだね、ありがとう。」と言って自分から扉の鍵をかけた。 (了)



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ヤマト レオンハルト作 ねこ編著 @reonhadiritt

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