エピローグ【前篇】

ゆかりは由行と共に家の前に立つ。


「ただいま」


少し古さが目立つ家を見上げるゆかりの表情からは、懐かしさと嬉しさ、そしてほんの少しの後悔が垣間見えたような気がした。


「おかえり」


いつ帰って来てもいいように部屋をそのままにしていた由行だったが、内心ではもう二度と帰ってこないかも知れないと半ば諦めていた事を思い出していた。

この古びた家は2人にとって共に過ごした特別な時間とその歴史を物語っている。

由行が鍵を回しドアを開けると、ゆかりは驚きで目をぱちくりとさせた。

「お父さん… これ…。」ゆかりは次の言葉が出て来ない。昔は玄関から由行の私物が散乱していたのだが、…… ない?。

「びっくりしたか?父さんだってな、変わるんだよ!とは言っても散らからないように物を増やさないだけなんだけどな。」廊下にあった由行のガラクタは全て消え去り、スッキリした空間が広がっている。リビングも和室もスッキリ… というよりは殆どの物がなくなっていて、何だか寂しい気持ちにさえなってくる。

「いま流行りの断捨離ってやつかな?」由行がゆかりの気を引こうと旬なネタを出したつもりだったが「それ流行ったの、もうだいぶ前だけど」と言われてしまい、由行が苦笑いを浮かべるとゆかりもクスクスと笑った。由行は左目の視力を失ってしまったが、ゆかりの感情が戻り、またこうして笑い会える日が来れたことに幸せを感じていた。



---1年後---


アカシャ研究所に二人の男女が訪れた。

「お会いするのは初めてでしたね、アカシャ研究所所長の御厨です」胸ポケットから名刺を差し出して2人に座るように手でソファーを指し示した。

訪れた男の方が口を開く。

「本来ならもっと早くご連絡をと思っていたのですが、なかなか決心がつかずに今になってしまい申し訳ございませんでした」と頭を下げると、女もそれに合わせて御厨に向かって頭を下げた。

「一般的には反抗期真っ只中なのでしょうが、彼は辛い体験をしてきた分だけ大人になりました。結構頭も良いんですよ、蓬莱さん」御厨の穏やかな表情が崇史の状態の良さを物語っていた。

「崇史は元気にしておりますでしょうか?ご迷惑をお掛けしていませんか?」常世は心配そうに、そして申し訳なさそうに御厨の表情を窺った。

「大丈夫です、元気ですよ!」御厨が笑顔を見せると、所員に崇史を連れてくるように指示し、彼のこれまでの様子を説明し始めた。


所員が崇史に声を掛けると「ヤマト!お前も一緒に来いよ!」と声を弾ませ言ったのだが「んー、僕はいいや」と遠慮がちな声でヤマトはやんわりと断った。「せっかく紹介しようと思ったのに」と残念そうな表情をしたのも束の間、両親に会える喜びからウキウキした様子で崇史は部屋を出ていった。「今は僕と会わない方がいいんだ」と少し寂しげな表情をヤマトは浮かべたが「うん!これでいいんだ!」と自分に言い聞かせるように言った。


蓬莱夫妻が崇史を連れて研究所を去ったあと、「見送らなくて良かったのか?」と御厨が不思議そうに聞いた。「今の僕が行ったらお兄ちゃんのパパとママの不安な気持ちがお兄ちゃんに伝わっちゃうから」と寂しさを堪える姿に御厨はヤマトの成長を見た。「少し寂しくなるな、でもヤマトがいてくれて良かったよ」とヤマトを見る御厨に対して、ヤマトは申し訳なさそうに「御厨さん、僕もここを出るよ」と御厨の目を見て言った。

「行くところ、あるのか?」という御厨のその言葉には、離れないで欲しいという気持ちが隠すことなく溢れていたが「うん!僕、もう行くね!」と元気にヤマトは答えた。「そうか…、元気でな」と言葉にするのが御厨には精いっぱいだった。


ヤマトが部屋に戻り荷物の整理をしていると、涙が一粒こぼれ落ちた。

「あれ?おかしいな、悲しい気持ちじゃないのに…」手の甲で涙を拭うとまた一粒頬を涙がつたった。

結局、黒いスケッチブックだけをバッグにしまったヤマトは洗面所で顔を洗い、最後の挨拶をしようと御厨の元に戻った。「本当に行ってしまうのか?」と御厨がヤマトの顔を見た時、初めて彼の素直な感情を目の当たりにした。「君も寂しいんだね?」と御厨が言うとヤマトは強がりを見せた。


『どうして?』

「目が赤いぞ!」

『御厨さんもね』

「また来てくれるよな?」

『うん、必ず!』


こうしてヤマトはアカシャ研究所を後にし、その足で藤島家へと向かって行った。

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