第38話 ここに来た意味3

「グランバーグ様!」


 その一騎打ちは多くの蛮族が目にしていた。絶対強者であるドレイクの中でも最上級の存在であるドレイクキング、その中でも誰もが強者と認めるグランバーグがたった一撃の拳で絶命した。その事は大きな動揺を持って帝国軍に広がった。


「今だ者ども! 勇者殿が敵大将を討ち取ったぞ! 勝どきを上げろー!」

『応!』


 戦場には流れがある。それは小さなきっかけで変化する大きな流れだ。機を見るに敏なり、歴戦の勇士であるガストンは、四方を敵で囲まれた状況でありながら高らかにそう叫ぶ。


「攻めるぞ者ども! 残党狩りじゃ!」

『応!』


 大言壮語もここに極まり、どう見ても劣勢なのは王国軍なのだが、将軍は傷だらけの体でそう怪気炎を上げた。

 生き残りの第55師団もその勢いを殺すまいと後に続く。これまで連戦連勝を続けて来た帝国軍に僅かな、だが大きな混乱が生まれた。


 その声は、崩壊しかかった最終防衛線にも届く。


「なんだ!? 何がどうなっているんだ!?」

「分かりませんボードウィン様! ですが敵総大将を討ち取ったと!」

「ええい、なんだか分からんが今がチャンスだ! 押せ! 押すのは今しかない!」


 今にも逃げ出さんとの準備を始めていた本陣では、この機を逃すまいと必死の号令を出す。


「声だ! 声を上げよ! 勝どきの声だ!」

『応!』


 何が起こっているのか分からないまでも戦の流れが変化したことは感じ取れた。それを逃しまいと王国軍は喉が張り裂けんばかりに声を上げた。


 ★


 王国軍は今大戦において初めての勝利を挙げた。だが、それはかりそめの勝利であった。

 総大将を失った帝国軍は、一旦引きはしたものの、直ぐに体勢を立て直し、再度最終防衛線への進攻を始めた。

 だが、王国軍にそれを跳ね返す力は残っておらず。最終防衛線はあっけなく突破された。


 その後も帝国軍の勢いは止まらず、王都は蹂躙され、王国軍の残党は王国南部まで押しやられた。


 帝国軍は王国の8割を蹂躙した所でその進軍を止めた。そこが攻勢限界点だとのランサットの判断である。

 元より、蛮族の数は――ゴブリンなど知能の低い種族を除き、人族より少ないのである。 これ以上進行してもとても統治することなど出来なかった。


 帝国軍は王国の北半分を自国の領土とし、南半分には傀儡政権であるヴィシールクルエールを建てた。国王こそは人族だが、その臣下の大半が蛮族である、人蛮混合の国である。その初代国王にはいち早く帝国に恭順の意を示した、元聖王国王位継承権第3位であるボードウィンが選ばれた。

『帝国に従い、物資を上納し続ける限り、命を奪う事だけは免除してやる』と言う屈辱的な成り立ちだったが、それでも命には代えられなかった。


 もちろん、それに納得できない人たちも居た。その者たちは自由ルクルエールを名乗り、ゲリラ戦に打って出た。だが圧倒的な戦力を誇る帝国の前では所詮は蟷螂の斧。さしたる戦果も果たせぬまま、野ネズミのような暮らしを送っていた。


 ★


「ダルム公国の様子はどう?」

「あそこは元々人蛮混合の国、あくまでも中立を貫いております」

「リストン王国は?」

「あくまでも対岸の火事と様子見を決め込んでおります」

「シャーレ共和国は?」

「そんな余裕はないと」

「まったく、何時まで他人事だと思い込んでるのかしらねー」


 上昇志向の塊である蛮族が何時までもこのままで良しとするなんてことある訳がない。支配が盤石となり、軍備を整え終わったら再度の進攻が始まるだろうことは目に見えていた。

 その行き先が西か東か北か南か、全ては皇帝様の気持ち一つだろう。


「これって人族の危機だと思うんだけどなー」

「まったく、その通りでございますな。だと言うのに、どこもかしこも己の保身ばかり」

「まっ、私達は私達の出来る事を、やるしかないって事は分かってるんだけどやるせないわよねー」


 薄暗く汚れた洞窟の中、ガストン将軍からの報告を受け取ったイザベラは、洞窟と同じように薄汚れた格好をしながらも、胡坐を組みながらそう愚痴を漏らした。


「ところで、将軍……」

「いえ、依然として」


 ガストンはイザベラが最後まで言い終える前に頭を横に振る。彼女の問いは分かっていた、あの時の戦いで行方不明となった健二の事だ。

 敵総大将グランバーグと相討ちとなった健二の姿は発見できないでいた。ある者は光に包まれ消えて行ったと言い、ある者は敵兵に連行されて行ったと言う。

 どちらにしても、健二が今ここにいない事には変わりなかった。


「勇者殿の戦力は我々にとって欠かせぬもの、探索をおろそかにしている訳ではございませんが」

「うん、勿論それは知ってる。疑ってる訳じゃないわ」


 だが、例え健二が見つかったとしても、もはや戦力としては当てにできないであろう事はイザベラはよく分かっていた。健二は限界だった。限界に限界を幾つも重ねた上でのあの結果だ。


「人間死ぬのは一度でおつりがくるってのに、頑張りすぎたのよねーアイツってば」


 イザベラは懐かしいような、はたまた申し訳ないような、どこか中途半端な笑みを漏らす。


「左様でございますな」


 ケンジはやった、やりつくした、だけど無力な私達には彼の力が必要だ。そんな情けない気持ちが消えてくれなくて少し凹む。


「姫様、解読が終わりました」

「マジで! さっすがリリアノ!」


 洞窟の奥から山のような資料を携えながらリリアノが顔を出す、その顔には疲れが目に見えて取れたが、彼女の姿勢はピンとしたままだ。

 彼女が手にしているのは、落城寸前の王城より持ち出した、300年前の勇者召喚の儀式の資料だ、300年前の資料と言う事もあり完全な形で残っているとはいいがたいが、かき集められるだけをかき集めて来た。


「そんでそんで! やれそうなものなの?」

「残念ながら、儀式には国家規模のリソースを必要とします。今の我々ではとても……」

「あーまー、そりゃそうよね。昔やった時はそれで国が傾いたって話だしねー」

「ですが、この資料を解読するにあたり、判明したこともございます」


 リリアノはそう言ってイザベラを真っ直ぐと見る。


「かつての王弟閣下は非常に用心深い方でした。勇者召喚に当り何重もの安全装置を付けたようです」

「……続けて、リリアノ」


 リリアノは一呼吸おいてから話を続ける。


「一つは契約。彼の勇者は王命に逆らう事は出来ない。

 一つは使命。彼の勇者は蛮族に対してのみ、その力を振るうことが出来る。

そして……寿命。彼の勇者は目的を達するまで死ぬことはできない」

「それって……」

「あくまでも残った資料を分析した結果です、そもそも勇者召喚の儀は完全なものではありませんでした」

「けど……」

「ええ、ケンジさんは生きている可能性がございます」


 勝手な話だ、いや酷い話だ。人を物扱いにも程がある。奴隷だってもっとましな待遇だ。

 けど……。


「彼の勇者は目的を達するまで死ぬことはできない」


 私はボツリとそう呟いた。

 その縛りが生きているならば、ケンジは今もどこかで生きている可能性がある。

 勇者の力なんて無くなっていても構わない。ただ生きていてくれさえすればそれでいい。


「よーっし! 元気が出て来たっしょ!」


 私はそう言って立ち上がる。目の前には難問奇問、無理難題の山々々。だけどそんなものなんだって言うんだ。


 その程度の苦しみ、ケンジが味わった苦しみに比べればなんてことはありはしない。


「勝手に告白して、勝手にいなくなるなんて許しはしないんだからね!」


 ケンジは私を守ると言ってくれた。私を好きだと言ってくれた。私の笑顔が好きだと言ってくれた。

 ならば私はケンジが好きな私であろう。いつも笑顔を絶やさず、馬鹿みたいに笑っていよう。


 ★


 その後、帝国は溢れる野心を抑えることが出来ず次第に自滅の道を下って行くことになる、平和主義の皇帝に対してのクーデターが起こったのだ。

 自由ルクルエールはその間隙を突き、諸国の助けを得ることで、辛うじて元の領土を取り返すことに成功した。


 その陰にはどんな時でも笑顔を絶やさぬ1人の姫と。何時も仏頂面を浮かべた車いすの男の姿があったと言う。



 陰キャな小者と陽キャなギャル姫  完

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陰キャな小者と陽キャなギャル姫 まさひろ @masahiro2017

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