第37話 ここに来た意味2

(鼓動が遅い、いや世界の流れが遅いんだ)


 眼前に並ぶ百鬼夜行の如き蛮族の群れ。それらが俺に向ける剣が、槍が、弓が、魔法が、全ての動きがスローモーションに見える。


 ガストン将軍から借りたハルバードを一閃する。粘つく空気を切り裂き横一文字に振りぬかれたそれから衝撃波が発生し、眼前の敵が枯草の様に吹き飛んでいく。

 地面に足を付き、そして全力で踏み込む。大地はその反動で爆発し、たった一歩で数百の蛮族を置き去りにする。

 前へ前へ。返り血や肉片で全身を汚しながらもひたすら前へ。

 残り時間は刻一刻と迫っていると言うのに、俺は不思議と落ち着いてた。


 敵総大将を打ち取れたとしても、この戦いがどうなるのか分からない。一瞬だけ敵が引いてくれるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 俺の命を懸けたこの攻撃は、ガストン将軍たちが命を懸けてくれたこのチャンスが、全ては無駄に終わるのかもしれない。


 ドクン、ドクンと、心臓がゆっくりと鼓動を刻む。それが刻むのは俺のタイムリミット。

 現実世界の事を思い出す、カーテンを閉め切った部屋でひたすら引きこもっていた毎日。全ての事から目を反らし、二次元の世界へ逃避していた毎日。

 こちらに来てからの事を思い出す。澄み切った青空、柔らかな草の匂い。魔法文明と言う現実世界とは全く異なる世界。便利か不便かと言われれば、そりゃとんでもなく不便な世界だし、街をちょっと離れれば命の危険に溢れている程危ない世界だけど、人々はとても明るく暖かかった。

 シュタンレー病なんていう伝染病の対応を任されたりした。国王陛下だなんて超おっかない人と面会させられた。

 沢山の人と出会った。屋敷の人、屋敷の外の人。リトエンドの外の人。

 ……その多くが、消えて行った。


「これ以上……」


 そして……イザベラ。


「奪われてたまるかよ!」


 俺は許さない、イザベラを泣かせた奴を許さない。

 あの太陽のような少女を、俺の惚れた女を泣かせる奴は許さない!


 ドクンと心臓の鼓動が大きくなる。体に残るありったけの力を循環させる。いらない物をカットする。そこに回すエネルギーなど勿体無い。

 消化器系へ回す血液をカットする。どうせあと残りわずかだ必要ない。

 味覚をカットする。そこに使う神経が勿体無い。

 嗅覚をカットする。どうせ血の匂いしかしない、意味は無い。

 余剰エネルギーを魔力に代えて循環させる。


 視力を強化、敵本陣が見える。

 敵大将と思わしき人物が余裕ぶった下卑た瞳を浮かべている。


 ★


「敵! モンサットの光来ます! 凄い速度です!」

「はっ慌てるな、奴をよく見よ」


 グランバーグには健二の様子がよく見えていた。彼は総大将を任されるほど経験を積んだドレイクである。

 矢の様な速度で突っ込んでくる健二からは、光の尾がなびいていた。


「あれは……」

「哀れな人族よの。足りない実力を、命を削って補っておるのだ」


 グランバーグは健二の限界を見切っていた。今のペースで進んで来てもぎりぎり間に合うか間に合わないかと言った所。一太刀かわせば敵は自壊し自分の勝ちだ。

 彼の経験はその様な計算をはじき出していた。


 グランバーグはするりと剣を構える。ドレイクにとって剣とは角と同じぐらい、いやそれ以上に大切なものだ。彼らは剣を携え生まれ落ちて来ると言う。

 その剣は成長する武器でもある。誰よりも歳を重ね、誰よりも経験を積んだグランバーグの剣は帝国において最強の剣と言えた。


「この剣に見合ったものかどうか、我が判断してくれよう」


 グランバーグはそう言って、剣に魔力を纏わせ……一気に振りぬいた。

 間にいる味方の損害等に構わず振りぬかれたソレは、黒い矢となって一直線に健二の元と向かっていく。


 しかしそれは寸の所でかわされた。

 黒い矢に貫かれた自軍の死体の向う、健二の目が鈍く光る。


「ほう、かわすか。ならばこれはどうだ!」


 グランバーグは左手に魔力を集める。黒き太陽の様に凝縮されたそれは稲光を放ち始め――


「逃げ場なぞないぞ? サンダーブラスト!」


 グランバーグの手から飛び立った黒い塊は、健二の手前で大爆発を起こす。そこから生じた雷は敵味方の区別なく、全てのものを食らい尽くした。


 ★


「だぁあああ! 鬱陶しい! 折角人がいい気分でアンニュイ浸ってるのに邪魔してんじゃねぇよ!」


 俺はバリバリとむやみやたらに派手な攻撃をハルバードの一振で吹き飛ばす。

 新角男が細かな嫌がらせをしてきたせいで、折角のペースが乱れてしまう。奴との距離はおよそ百メートル。

 2.3歩つめて、ついでに奴の首も詰めればそれで詰みだ。たったそれだけなのに、奴の攻撃は嵐のような勢いでドンドン激しさを増していく。


 じりじりと時間と魔力が削られて行く。良くない、こいつは良く無いペースだ。

 多少の被弾は覚悟で、守りを固め奴に突っ込む。だが奴には翼がある。俺が突っ込む分、奴はひらりと背後に跳ぶ。


「くそっ! 正々堂々勝負しやがれ!」


 俺の叫びを奴は下卑た嗤いで無視しつつ、魔法攻撃を繰り返してくる。


(ちっ、あいつ、俺のリミットを知っていやがる)


 直観だが間違いないだろう。あの腐れ尽くした様な人の弱みに付け込む笑いはそう言った種類の笑いだ。


 残り時間はおよそ1分、その間に勝負を付けなきゃ全てはおじゃんだ。

 俺と新角男は敵陣を縦横無尽に駆け巡る。じりじりと距離を詰めるが、決定的な間合いには入らせちゃくれない。元角男とは別の意味で手におえない。


 ライトニングアローは元角男には効果が無かった。もしかしたらこいつにも効果が無いと思うと無駄撃ちは出来やしない。


 ならっ!


 俺は巻き添えを食らってはたまらないと逃げ惑う蛮族の剣をドライブスルー感覚で奪い取り、新角男に向けて投擲する。


 轟と颶風を舞って剣が飛ぶ。奴は、剣本体はかわしたものの、その衝撃波でバランスを崩す。


(行ける!)


 やっぱり新角男は元角男と比べて戦い方が上品だ、やけくそ泥沼の戦闘は好みじゃないと見た!


 俺はガストン将軍から預かったハルバードを咥え――流石は勇者咬合力、10kgは在りそうなハルバードを咥えてもなんともないぜ。近くにある物を手当たり次第に投擲する。


 剣、槍、斧、盾、果ては蛮族の腕、足、頭、手当たり次第に掴み次第にブン投げながら奴に近づく。


 奴は大分ペースを乱したようで、逃げるのがおぼつかなくなってきた。


(まぁ俺の残り時間もおぼつかねぇがな!)


 奴が大きくバランスを崩した時に、とどめとばかりに、咥えていたハルバードをブン投げる。

 高速回転しながら飛んでいったそれは、奴の翼を切り裂いた!


「今だッ!」


 大地が崩れんばかりに踏みしめる。今度は俺自身が飛び道具だ、俺は大気の壁を突き破りながら、奴目がけて飛び立った。


「死ねやおらぁああ!」


 真っ直ぐ行って右ストレート、大きく振りかぶって右ストレート。細かい事は考えない。フェイント無しの真っ向勝負。勇者パワーを右腕に集中させ、一切合切をぶち砕く。


「くっ!」


 奴は剣で迎撃しようとしてきた。神速の突きが繰り出される。だが遅い。命の全てを燃焼させている俺には全ての動きがスローモーションに見えている。


(とは言ってもかわせる様な軌道じゃねぇな)


 その漆黒の大剣は俺の胸に吸い込まれて行く。だが、俺の拳もまた同様。命を切らせて命を砕く。

 俺の拳は奴の頭部を貫いた。

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