第36話 ここに来た意味1

「飛龍が来たぞ! 撃ち落とせ!」

「敵魔法攻撃来ます!」

「くそっ! アースジャベリンだ! これ以上車じゃすすめぇね!」


 敵迎撃部隊を辛くも突破したものの、俺たちの勢いは殆ど削られていた。今は殿部隊が決死の覚悟で迎撃部隊を押しとどめているものの、それは直ぐにでも破られ、俺たちは敵陣の真っただ中で包囲殲滅されてしまうだろう。


「将軍! 俺が!」

「まだです! まだですぞ勇者殿!」


 俺は近衛兵の一人に背負われながら、血がにじまんばかりに歯噛みをする。

 さっきの一撃で、俺の残りの変身回数はあと一回と言う所だろう。だが……だが!


 周囲では俺を守るために、第55師団の兵たちが体を張って敵の攻撃を凌いでくれている。人間の赤い血と、蛮族の緑の血が月明かりの下まじりあって奇妙な模様を描き出す。

 手足が吹き飛び、臓物が流れ落ちる。繰り出される地獄絵図に、不思議と吐き気は出てこない。


「何処だ、何処だ」


 俺は必死に目を凝らす。兎に角でかく、兎に角偉そうな軍旗が翻っている筈なんだ。


「ふんッ!」


 将軍のハルバードが敵デーモンを一閃する。上級パーティでなければ相手するのが難しいと聞いたことあるのに、この爺さんも化けもんだ。


「やはり姫の予測は正しいですな勇者殿!」

「えっ、それは!?」

「敵の数は多いものの、感じる殺気は半分以下、こやつら張り子の虎ですぞ!」


 将軍はそう言いつつも、まるで小枝を振り回すかのように、とんでもなくデカイ長物を振り回していく。

 確かに、よくみると、将軍のハルバードに切り裂かれて煙の様に消え去る敵も数多い。


「だとしたら、敵本陣も偽装されている可能性があるんじゃないんですか?」

「それはありますまい、蛮族の上層は人族以上にプライドの高い奴らばかりだ、偽の旗に敬意を払うものはおりますまい」


 それは一安心だが、そもそもこの人並みの中からどうやってそいつを見つけ出すかの問題は未だ残っている。

 グリフォンでも使えればいいのだが、制空権は相手側に完璧に抑えられている以上無理な相談だった。


 ★


「ほう、今の光が報告に在ったモンサットの光か」

「その様でございます。ここは危険ですので閣下は奥に御下がりください」


 敵は潰走寸前の烏合の衆。総大将であるグランバーグは最前線で采配を振るっていた。


「ふん、あの程度の攻撃我にとって我にとって避けるまでも無いわ」

「ですが。あの、ガードナー将軍も勇者との戦いに敗れたとの報告です、けして侮るべき相手ではございません」

「はっ、ガードナーか。奴はドレイクの面汚しよ。悪戯に暴を振りまくばかりの山猿一匹やられた位で何と言うのだ」


 グランバーグはそう言って嘲笑する。支配者としての美を重んじるドレイクの貴族にとってガードナーの様な武辺者は嘲りの対象であった。だが、それと同時にガードナーの戦闘力は何処までも侮れない物であった。

 ドレイクの魔力は額に生える角に象徴される。報告ではガードナーは敵にその角をへし折られたと言う。これで今までの様な傍若無人な振る舞いが潜まるだろうと思えば、その敵を称賛してやってもいいぐらいだ。


「ふむ、興が向いたな」

「閣下?」

「残兵処理はもう飽きた。ここは後顧の憂いを断っておくとしようか」

「閣下何を!」

「くくく、心配せずとも好い。モンサットの光についても報告は受けている。奴は不死身の存在と言うのだろう?」

「その様に報告を受けています」

「ではなぜ、奴単独で向かってこない。ガードナーめの時にはそうしたと言う報告ではないか」

「それは……」

「そう、奴は不死身の存在であって、そうではない。奴の能力にはペテンがあると言う事だ」

「ですが危険すぎます」

「もうよい、しつこいぞ」


 グランバーグはそう言って首をコキリと鳴らす。彼には考えがあった。ガードナーは腐ってもドレイク最強の戦士と言われている訳ではない。その存在が角をへし折られるまで戦い抜いたのだ。それはすなわち敵にもそれだけのダメージを与えているという事に他ならない。


 グランバーグは、いや全ドレイクはガードナーと言う存在にある意味ではコンプレックスを抱いていた。山猿だなんだと馬鹿にしていても、そこは蛮族、最終的には力が全ての存在である。


 そのガードナーを破った存在を自らがうち滅ぼす。これ以上に痛快な事は無い。

 その千載一遇のチャンスが今であった。モンサットの光は不死性と超常の力をむやみやたらと発揮できないほど弱っている。

 ここで、我が軍にとって唯一の脅威となるモンサットの光を討伐しておくことは後々の帝国での力関係に大きな影響を果たすだろう。


「軍旗を掲げよ! 勝どきを上げよ! 我ここにありと示すのだ!」


 ほぼ敗残兵狩りの会場と化していた、最終防衛線はグランバーグの号令によって雄たけびを上げる。

 それは同心円状に広がっていき。健二たちの耳にも届いたのだった。


 ★


「見つけた!」

「ええ、見つけましたぞ勇者殿!」


 本陣ではご丁寧に祝砲代わりの魔法弾が上空へと打ち上げられている。これでは見つけてくださいと言わんばかりのもだった。


「我らの戦いを愚弄するか!」


 ガストン将軍は獅子奮迅の勢いで縦横無尽に敵陣を切り裂いていく。だが遠い、だが深い。


「将軍! もう結構です、ここまで連れてきてくれてありがとうございました」


 奴は俺を、俺たち人間を舐めくさっている。ああ、その視線はよく分かる。下等なもの、無能なもの、弱い者を見下す死線。それは俺が嫌と言うほど向けられてきた粘つく視線だ。


「勇者殿!」

「将軍、王都で会いましょう」

「分かりました勇者殿! ご武運を!」


 俺はおぶわれていた背から降り、フラフラとした手で、心臓に短剣を添える。もはやそれを自分の胸に突き刺す力も無い俺は、そのまま地面に倒れ込んだ。


 短剣は俺の薄い胸板を貫き、ろっ骨をかき分け心臓へ、儚い鼓動を続ける心臓はその冷たい刃を優しく受け入れた。


 ドンと、心臓が力強い鼓動を刻む。ああ、そう言えばこの痛みには覚えがある。今となって遥か昔。おれが現実世界にいた時に味わった心筋梗塞の傷みだ。


 俺は立ち上がり、胸に突き刺さっていた短剣を引き抜く。


「勇者殿これを、業物ですぞ」

「お借りします将軍」


 俺はガストン将軍からハルバードを受け取った。勇者モードでなければ持ち上げられもしないだろうその長物は、妙に俺の手にしっくりきた。


「行きます!」


 時間は残り少ない、俺は歯を食いしばり一直線に駆け抜けた。

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